第221話 本陣への強襲

 

 デストリーネ、大連合との大戦。

 その中央戦場のデストリーネ本陣。


 ヒクロルグはぽかーんと驚いて戦場の光景を見ていた。


 天騎十聖の一人であるヒクロルグほどの実力者が言葉を失うほど出来事が起きたのだ。


 ただ、クロサイアだけは笑みを浮かべている。


「驚いた。まさか姉貴の大魔法が防がれるなんてな」


 だが、クロサイアは少し冷静になって表情を引き締める。


「……なんだ? あの魔法。姉貴に引けを取らねーぞ。どうやらウェルムの予想は外れ警戒が必要な奴はジョーカーだけじゃなかったようだ」


 “超隕石スーパーメテオ”が戦場に襲いかかる少し前、カハミラがこの陣に立ち寄り作戦の変更を伝えに来たことをクロサイアは思い出す。


「まさかあの生真面目なグーエイムがやられるとはな〜。大方、いつもの嗜虐性が邪魔をしたんだろうけどな」

「……気楽だな。我らが一聖が落ちたのだぞ」

「油断していたとはいえあのグーエイムを倒したやつだぞ。おもしれぇじゃねぇか」

「否」

「?」

「倒したというよりは相打ちだ」


 首を傾げるクロサイアを見てヒクロルグは溜め息をつく。


「深夜の大爆発を見ていただろう。あれは相当な使い手が己の命を燃やし尽くしてやっと為せる領域の代物。恐らくグーエイムの命と引き換えにその相手は死んでいる」

「ふぅーん。相打ちか。そりゃ残念だ。まぁ、姉貴の魔法を防ぐやつがこの戦場にいることだしそれなりに楽しめるか」

「カハミラ殿にこの戦場を譲って貰ったのだ。成果を上げねば示しがつかんぞ」


 クロサイアはデストリーネ王城から出撃する前に正面の戦場をカハミラに譲ってもらってこの場にいるのだ。

 本来ならばクロサイアは東方の戦場に出撃している。


 その理由はただ「強い奴がここにいる」からだ。


「もちろん。やることやる。だが、その後は俺の自由だ」

「分かっているならいい。……力馬鹿のお前の相手をする奴は気の毒だ」


 いつもならば訳の分からない言葉を発するヒクロルグだがこの大戦に意気込み少しまともな口調になっている。


「なんか調子狂うな。いつも通りの俺が変じゃねぇか」


 ぼやくクロサイアの後ろには黒に染まった全身鎧の騎士が無言で佇んでいる。

 まるで甲冑の置物かと見紛うほど微動だにしていない。


「何も喋らねぇな」

「当然だ。ジュラミールが洗脳をかけている。我らが命令しない限り動かん。天騎の一員とはいえファーストと同様に我らの命令に忠実に動く駒に過ぎん」


 クロサイアが各地で小国と戦争を続けているうちにいつの間にか天騎の最後の一員になっていた謎の男。


 クロサイアはこの男がどんな人物なのか理解していない。

 いや、今の今まで興味すらなかった。


 少し目を細めて眺めてみるがすぐに飽きたように視線を外す。


「わざわざ洗脳までして駒にしなくてもいいのにな。あまり、よそ者を中に入れるのは不用心じゃねーか」

「実力だけは申し分はない。それに我が主が仰っていたがジョーカーの弱点になるかもしれぬ存在らしい。使わない手はない」

「まぁ、ウェルムがそう言うならいいけどよ」

「……今更だがウェルム“様”だ。長い付き合いだからといって呼び捨ては感心せぬぞ」


 クロサイアは言い返そうとしたそのとき、自分に向けられている視線を察知した。


「見られているな」

「なんだと?」


 ヒクロルグが警戒心を高めて周囲に首を動かすがそれは全くの見当外れだ。


 こちらに向く視線は正面の敵陣からだ。


 かなりの距離が開いているにも関わらずひしひしと伝わってくる視線を辿っていきクロサイアは上空で落下しているその人物を捉えた。


 そして、笑みを浮かべる。


「あれが噂の武士か。それも別格」


 その武士はクロサイアの笑みを見て警戒し木刀を構えるがそれを見てクロサイアは笑い飛ばす。


「別にここから何もしねぇよ。つーか、できねぇし。まぁ、ヒクロルグならできるだろうが……この有様だしな」


 横目でヒクロルグを見てみるとまだ周囲を警戒していた。


「だからそっちじゃねーって」


 はぁと溜め息をついて視線を戻すが既に武士の姿は消えていた。


「本題に戻るか。姉貴の魔法があるから犠牲を抑えるため兵を出すのを控えていたがもういいな。……敵兵が少ないのも気にかかるが」

「シュールミットが動いていないのが理由だ」


 妙に自信げに答えるヒクロルグに目を向ける。

 もしかするとクロサイアが知らない策があるのかもしれない。


 そう考えてヒクロルグに尋ねる。


「何か知っているのか?」

「知らん」


 今すぐ殴りかかろうかと考えたがぐっと堪えた。


(姉貴に正面を譲って貰った以上、みっともない喧嘩で迷惑はかけられねぇ。ここは我慢だ)


 クロサイアは一回冷静になってそれから考える。


「姉貴の魔法が防がれた以上、全軍を出撃させる。異論は?」

「ない」


 普通ならばこれで勝利は確定する。

 しかし、武勇に優れたフテイルでは四万の差でも耐えるかもしれない。


 それでもシュールミットが動かない以上、時間の問題だろうが。


(本当にこれでいいのか? もっといい策はないか?)


 頭を精一杯捻るが今まで考え無しに突っ込んでばかりのクロサイアに妙案が思い浮かぶのは奇跡に近い。


 そして、今回もその奇跡は起こらなかった。


「よし、決めた」


 逆に頭を空っぽにして思い浮かんだ行動に出ることにしたクロサイア。


「ヒクロルグ、こうなったら突撃あるのみだ」

「は?」


 素っ頓狂な声をあげるヒクロルグを無視してクロサイアは言葉を続ける。


「姉貴は力の差を見せつけろと言った。なら頭を潰しちまえば早いんじゃねぇか? 敵の軍勢は全て戦場に出ている。つまり、敵陣はもぬけの殻。さっさとやることやれば戦闘を楽しめる」

「そうか! ……そうか?」


 クロサイアの勢いに押され理解した気になったがすぐ正気に戻るヒクロルグ。


「よし! 決まりだ!!」


 クロサイア自身、妙案を思い付いたつもりだが結局今までの思考と変わってはいなかった。


「お、おい。待て!」


 ヒクロルグの言葉が届いていないクロサイアは鉄棍を回転させて先端を地面に置く。

 置いたときの衝撃が周囲に吹き荒れる。


 そして、鉄棍を敵陣に向けた。


「全軍、突撃!!」


 残り四万の大軍勢が戦場に向けて突撃を開始する。


 自身もその軍勢と共に走り出すクロサイア。


 それをぽかーんと見ていたヒクロルグは首を振って正気に戻る。


「カハミラ殿に任されて少しはまともになったと思ったがやはり貴様は……。お前も来るのだ!!」


 ヒクロルグは黒鎧の騎士に声をかけ慌てて走り出す。


 両軍が蔓延っている戦場に新たな軍勢が加わりさらに戦場は混沌と化してしまった。


 クロサイアたちはその衝突を掻い潜り最速で戦場を抜ける。


 先頭を走るクロサイアの目に敵陣が見え始める。


「見えた。そろそろか」


 敵陣のすぐ近くまで来たときやはり数人が飛び出してこちらに向かってきた。


「来たな」


 出てきた敵の数は三人。


 フテイル侍大将のサロク、参謀のタナフォス。

 そして、白夜の一人であるソナタだ。


 ただ、クロサイアたちが持っている情報の中にソナタは存在しない。


「知らねー奴がいるな。試してみるか」


 サロクを抜き先頭に躍り出たソナタ。

 先頭を走るクロサイアに向けて背中に背負っていた手斧を取り大きく振る。


「大振りすぎだ。……お前じゃねーな」


 クロサイアは軽く避けソナタなど眼中になく横を通り過ぎてしまった。


「ッ……」


 ソナタは追っても間に合わないと諦め後ろに続いて走ってきたヒクロルグに向けて地面を蹴り大きく手斧を振った。


「ふん、雑魚が。“紫末しまつほころび”」


 ヒクロルグは右手の人差し指をソナタの手斧に向ける。

 そして、放たれるのは全てを貫く紫の光線だ。


 ソナタは慌てて顔を横に逸らす。


 光線は手斧をへし折りソナタの頬を掠めて後方に飛んでいった。


「……避けていなかったら今頃」


 だが、反省をするには早すぎる。

 今は戦闘中だ。


 ヒクロルグがそんな隙を見逃すはずがない。

 ソナタが気が付いたときにはヒクロルグは再び人差し指を向けている。


「まずは一人、脱落だ」

「ま、不味い!!」


 紫の光がヒクロルグの人差し指に収束する。

 光線が放たれる瞬間、ソナタが急に横に吹き飛んでしまった。


「があっ!!」


 地面に転げていくソナタ。


 同時にヒクロルグの隣に黒鎧の騎士が着地した。


 それを見てヒクロルグは興味をなくしたように魔法の発動を中断させた。


「ふんっ、その雑魚は貴様に任せる。クロサイアめ。考えなしのド阿呆が!!」


 苛つき混じりの言葉を吐き捨てヒクロルグはこの場を去った。


 一方、ソナタの横を通り過ぎたクロサイアはさらに突き進んでいた。

 その前にサロクとタナフォスが立ち塞がる。


 サロクは既に刀は抜いており“気光刀きこうとう”を発動させているためその刀身は輝いている。


「面白い!!」


 刀身に込められた魔力量を見て口元を釣り上げるクロサイア。

 そして、巧みに鉄棍を回し勢いを付ける。


「“気光刀・鬼月きがつ”!!」


 サロクの刀身の輝きがさらに増大しそのまま横に大きく振った。

 だが、クロサイアは勢いをつけた鉄棍を振ることでサロクの渾身の一撃を軽く弾いてしまう。


「くっ……!!」


 まるで、鋼鉄に斬り掛ったような衝撃がサロクの手を痺れさせる。


「しっかり防げよ!」


 クロサイアは笑みを浮かべ透かさず飛び上がり瞬く間にサロクとの距離を詰めてきた。

 そして、片手で持った鉄棍を強く握りしめ大きく振り降ろす。


 体勢を崩しているサロクに刀で防ぐ時間は残されていない。

 それでも何とか左腕を出すことで致命傷は避けることができた。


 しかし、鉄棍がサロクの左手に直撃したとき強烈な衝撃が発生する。


「ぐああああああああ!!」


 決して少女の手から出る威力ではなくサロクの左手を中心に風圧が生じた。


「やるじゃねぇか。持ち堪えるなんてよ。だけどよ、その手じゃ俺の敵じゃねぇな」


 サロクは殆どの魔力を用いた“強化”を左手に使ったおかげで何とか吹き飛ばずに済んだようだ。

 しかし、何とか持ち堪えただけで左手は使い物にはならなくなっている。


 サロクは刀を地面に落としてその場に膝をついた。


 クロサイアはゆっくり歩き激痛に耐えているサロクの目の前に立つ。


「苦しませるのは趣味じゃねぇからな。楽にしてやるぜ」


 止めだと言わんばかりに鉄棍を振り上げたがそれを別の武士が阻んできた。


 タナフォスだ。


 鉄棍を振り上げて無防備となっているクロサイアの胴体に向けて木刀を振ってくるが身を翻して避ける。


「あんたか。さっき見たときは強敵と感じたが目の前にすると少し違うな。殺気が感じられねぇ。……いや」


 クロサイアはタナフォスの腰に差してある刀に指さす。


「それを抜けよ。木刀そんなものじゃ本気になれねぇだろ」

「そうしたいのは山々だがこちらにも事情がある故」

「そうかよ」


 そう吐き捨ててクロサイアは鉄棍を構える。

 タナフォスは反撃を警戒するがそれは間違いだった。


「まぁ、取り敢えずお前は後だ」


 クロサイアはそのままタナフォスとサロクを無視して本陣に向けて走り始めたのだ。


「ヒクロルグ、足止めは任せたぞ!!」


 タナフォスはクロサイアを追おうとするがすぐ横に紫の光が通り過ぎた。


「クロサイアの指図に従うはしゃくではあるが……我が主の命令はクロサイアの補助。良かろう。貴様たちの相手は我である!」


 ソナタ、サロク、タナフォスの間を通り抜けたクロサイアはフテイル本陣に乗り込んだ。


 向かってくる護衛の兵を次々となぎ倒して目的の人物を発見した。


 白のドレスに身に纏った敵の旗印であるフレイシアだ。


「敵の頭を取れば誰も文句はねぇだろ! その後、ゆっくりと喧嘩を楽しませて貰うぜ!!」


 クロサイアは跳躍し鉄棍を両手で回し勢いを殺さずに逆に利用して大きく振り下ろした。


 普通ならば、クロサイアが知っているフレイシアならばこの攻撃を回避する手段はない。


 だが、それは目の前にいるフレイシアが本物だった場合だ。


 カキーン!!


「!!」


 いつの間に取り出したのかフレイシアの両手には魔道銃が握られておりクロサイアの鉄棍をそれをクロスすることで防いでいた。


 フレイシアは驚くクロサイアの隙を突いて鉄棍を上に弾き後ろに跳躍して距離を取る。


「!? 一撃防いだだけで……天騎十聖。とんでもない化け物の集団ですね」


 クロサイアの攻撃を防いだ魔道銃は使い物にならないほどへこんでいる。

 それに気付いたフレイシアはそのへこんだ魔道銃を地面に落とした。


 魔道銃は地面に落ちる前に光となって消えたことも驚いたがフレイシアの両手には再び魔道銃が握られていた。


「まさか、王女様にこんな隠し球があったなんてな。あんたの確保が退屈な任務だと思って悪かったな。……その武器、確か銃だったか? ん? 確か……」


 クロサイアは誰かの報告の内容にその武器について書かれていたことを思い出す。

 だが、具体的には思い出せなかった。


「何か引っかかるな……」


 フレイシアの後ろで隠れてこちらを窺っている少女二人についてもどこか見覚えがあった。

 だが、もはや今のクロサイアにとってそんなことどうでもよくなっている。


「まぁいい。退屈から面白くなったのは確かだ。楽しませてくれよ」


 今のクロサイアの興味の対象は想像以上に実力を備えていた王女に向いているからだ。


「行くぞ」


 そして、クロサイアは静かに鉄棍を構えた。

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