第14章 廃れた正義
第179話 道中
「あれから何年経っタ……。あたしは今何をしているんダ。グアアアアアア!!」
とある崖の下に大きな陣営がある。
その陣中に多くのテントが点在し一番奥には他と比べて一際大きいテントがあった。
もちろん、こんな場所に人が居ないはずもなく獣の皮で作られた衣服に身を包んだ男女が忙しなく陣中を動いている。
男女比率は圧倒的に男性が多い。
そして、一つのテントの中に一人の男性が椅子に腰掛けていた。
頭の片側は剃り込んでおり色は主に黒だが先端は紫に染まっている。
サングラスをかけており傍から見ればただの怪しい男だ。
しかし、この男こそこの集落の副頭領なのだ。
そんな副頭領は険しい顔をして頭を抱えていた。
その視線は目の前にある文字がびっしりと書き詰められている台帳に向けられている。
「……金が足りてねぇ。……もう少し稼ぎが必要か。出稼ぎに行かせる人数を増やすしかねぇな」
「そんな全うにしなくてもそこらの盗賊どもの金品を奪えばいいんじゃないっすか? あいつらも奪った金品でしょうし変わらないでしょ」
すぐ隣で金銭の出入りをまとめる手伝いをさせていた青年がそう提案してくるが一息置かず一蹴する。
「何度も言わせるな。どこまで落ちぶれようとも騎士の矜持だけ忘れるなと言っているだろ。……それに略奪なんてすればあいつは二度と立ち直れない」
あいつとは頭領のことだ。
数年前の出来事からなんとか命は繋いだが今の調子が何年も続いている。
「もうそろそろか……」
もう元には戻れないかもしれない。
しかし、こればかりは副頭領にできることは何一つない。
ただ、信じることしかできなかった。
「何かきっかけがあればまた変わるかもしれねぇが……」
そのとき奥のテントからガッシャーンと何か物が壊れる音が響いてきた。
その音は一度に止まらず何度も続いている。
「始まったか……。後片付けは頼むぞ」
「はい」
男は立ち上がりテントから外に出る。
「……ガンテツ。俺じゃなくお前が生き残るべきだった」
そう小さく呟いたと同時に見た目が完全に不良の男が慌てた顔して走ってきた。
「兄貴!!」
「どうした?」
「ザンドフの奴らが動き始めました!!」
「なんだと!? 今まで鳴りを潜めていたと思っていたが……ついに動き始めたか」
男はしばらく考え込み顔を引き締めて口を開く。
「頭領は今始まったばかりだ。落ち着くまでにはまだ時間が掛かる。そもそも戦える状態ではない……。分かった。すぐに迎え撃つ。準備をしろ!」
そう言うが副頭領は不良男が困ったような表情をしていることに気が付いた。
「どうした?」
「いえ、標的は俺らではございません。近隣の村に進軍しているようで」
「村?」
「はい。俺らが狙いではないですし無理に戦うこともないのでは?」
どうやら目の前の不良男はザンドフのことを恐れているらしい。
確かにこの地域では名の知れた盗賊だ。
だが、それだけならばそこまで恐れることはない。
それも頭領がザンドフとの決闘で一方的にやられる姿を見てしまったからに他ならなかった。
それでも副頭領はそれほどザンドフの事を危険視していない。
「いや、ここで助けることで村人たちに恩を売る。そうすれば後々に働き口が増えるかもしれない」
「……マジっすか。姉御を子どものように捻ったあいつに勝てる気はしませんけど……」
「まさかお前……あれがあいつの本気だと思っているのか?」
その言葉を聞いて不良男は押し黙る。
「安心しろ。ザンドフの奴がいたら俺が相手にする。おい、俺の武器を!」
そう声を張り上げるとテントの中から人が出てきてその手には大きな斧槍を持っていた。
副頭領は斧槍を受け取り大きく息を吐く。
(村人を守るよりもその後の金が目当て、か。俺の方こそ矜持を捨ててしまったらしい)
そして、戦地に向かう戦士のような目付きに変わり重々しく口を開く。
「よし、行くぞ」
一方、デルフたちはジャリムの跡地に向かうべく道なりに歩いていた。
街があれば寄って宿を取り食料品などを蓄える。
生憎とそこまで所持金は持っていなかったため馬車を買うことはできなかった。
そのため蓄えた物はリュックサックに入れてアリルが背負っている。
最初はデルフが背負おうとしたがアリルが自分が持つと言って聞かなく掠め取られてしまったのだ。
「そのような雑事は私がします!」
「ふっ。メイドぶりが身についてきたようじゃの〜」
宙に浮いて暢気なリラルスがくすくすと笑う。
仕方なくアリルに荷物を持たせたがデルフとしても手ぶらで歩くのは気が引けたので他の荷物を手に持っていた。
食料と衣類が三人分。
衣服に関してはデルフは自分で作り出せることができるので正確には二人分だが。
それでも荷物は決して少なくはない。
あの勢いだとアリルは全て持つと言い出しかねなかったためデルフは何も言わず持っていた。
言って聞かなかったと言えばとデルフはチラリと隣に歩くヨソラに目を向ける。
子どもからすると決して短い距離ではない道のりだ。
既に前の街から出て何日も日が経っている。
たとえ、ウェルムの実験により天人と進化し身体能力が跳ね上がっているとしても気が気でならない。
それに加えてヨソラも荷物を持つと言って今も両手でデルフが作ったぬいぐるみと一緒に抱えて持っている。
「ヨソラ、大丈夫か?」
リラルスは宙を泳ぐように移動してヨソラの隣に並ぶ。
「うん……だいじょう、ぶ」
「すまぬのう。私が持とうとしても透けてしまうからのう……」
「ほんとうに、だいじょうぶ、だよ」
ヨソラを心配するリラルスの表情は本当の母親かと勘違いしてしまうほど穏やかだ。
自然とデルフの口元に笑みが浮かぶ。
(今頃、陛下はシュールミットだろうか。陛下ならば大丈夫だと思うが)
「なんじゃ。あんな陛下は大丈夫だと自信満々に言っておいて。一番心配しておるのはお前の方なのではないか」
いつの間にかデルフの隣にまで戻ってきたリラルスが含み笑いで茶化してくる。
ヨソラの方を向くとアリルがそわそわと見守っていた。
「お嬢様、お持ちしますよ」
「おてつだい……する」
ヨソラは首を振って突っぱね如何にも困った顔をする慌てるアリル。
そんな微笑ましい光景を眺めながらリラルスに言葉を返す。
「仕方がないだろ。いくら大丈夫だと思っていても陛下にとっては初めて最初から外交をなさるんだ。特にデストリーネはシュールミットとの関係が乏しいとはいえフテイルとは長年戦争を続けていた。そのフテイルと友好関係を結んでいる陛下に対してどう接してくるかが一番の鬼門だろう」
「こればかりは信じて待つしかないのう。それもお前が決めた事じゃ」
「ああ、分かってる」
そして、デルフは重々しい顔になってリラルスに尋ねる。
これは前から気になっていたことだ。
「リラルス、一つ聞きたい」
「……何じゃ?」
デルフの強い眼差しで真剣な話だと感じ取ったリラルスは微笑んでいた顔を引き締める。
「ヨソラに刺さっていたウェルムの楔を“
「……武闘大会の折に使った“
「つまり、今の俺ならカリーナを助けることができるのか?」
「私の考えでは恐らく可能じゃろう」
「そうか。……できるか」
デルフは無意識に拳を握りしめる。
今まで探し続けていたカリーナを助ける方法。
しかし、それは既にデルフは持っていた。
もはや、懸念するべきことはジャリム、シュールミット、そしてデストリーネの次に大国であるノムゲイルの調略だ。
ジャリムとシュールミットはデルフとフレイシアの同時並行で行い、その後フテイルに再び集結してノムゲイルに向かう。
これが今後の予定だ。
そして、全てが終わったときついに決戦を挑む。
だが、懸念もある。
そうデルフたちが事を進めているように敵も準備を着々と進めているはずだ。
全てがデルフたちの思うように運べるとは限らない。
(だが、相手の動きが把握できない以上は推測して行動するしかない。誰か向かわせて探るべきか? しかし、誰を? 正体がばれたらまず命はない危険な役目だ。……今思えば仲間たちの魔法や技を全て把握してないな。かなりの勢いで前に進みすぎた弊害か)
デルフはこれらをフテイルに戻ったときの課題と決める。
「しかし、もうすぐジャリムの国境に入るというのに街一つ見当たらないな」
辺りを見渡して見るが目線の遙か先も野原が続いていた。
「これは……骨が折れるな」
数時間後、ようやく目の先に大きな村が見えてきた。
しかし、デルフの顔は険しくなる。
「煙?」
そして、すぐにそれが火事によるものだと分かり村の中で暴れ回っている盗賊の姿が見えた。
「賊に襲われているようだな」
「どうしますか?」
「知った以上、見捨てるのは気分が悪い。……行くぞ」
「はい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます