第155話 一対一の面談

 

 一先ず、デルフとアリルはサフィーたちと別れた後にフレイシアが待つ今の拠点である宿に戻った。


 さすが、大国だけあってフテイルやソフラノなどの小国とは比べられないほど広く宿に着く頃には日が完全に沈み夜となっていた。


 ウラノは既に宿に戻っており早速各々が得た情報について交換をする。


 デルフは一通り説明が終わりあのことが気になっていたのかアリルが尋ねてくる。


「それでデルフ様。どうするのですか?」

「何をだ?」

「あの生意気な少女……サフィーが言っていたことです」

「武闘大会のことか」


 説明の中で武闘大会に誘われたことをデルフは入れていなくフレイシアたちは不思議そうにデルフを見詰める。


 デルフは自分がその大会に出るメリットについて考える。

 だが、いくら考えても思いつかない。


 むしろデメリットの方がいくらでも思いついてしまう。


 そもそもデルフは隠密で動くことを主体としているため武闘大会のような多くの目に映る場には極力出たくはない。


(昔の俺だったら腕試しで出たかもしれないが)

『とはいえここは敵国じゃぞ。騎士であったお前が立ち寄れる場所ではない』

(それもそうだな)


 ということでデルフはアリルにその旨を伝える。


「サフィーには悪いが出るつもりはない」

「そうですか」


 少し残念にしつつも薄々そうであろうと考えていたらしくアリルに驚きの様子はない。


「それでこれからどうするのですか?」


 フレイシアがデルフに尋ねる。


「私が正式に目通りを求めても良いのですが」


 そう付け加えるがデルフは即座に首を振る。


「いえ、ジャンハイブがこの国で人気であるからと言ってまだ安全とは言い切れません。あちらにとって陛下は未だ敵国の王女なのです」

「では、どうするのですか?」


 デルフはフレイシアとジャンハイブが対面する前に自分が一回会っておくべきだと考えていた。

 そして、今がその機会だと感じる。


 もう少し調べてからでも良いがデルフたちは数分数秒でも時間が惜しい状況だ。

 この際、多少危険かもしれないが向かう価値はあると判断する。


「……深夜にジャンハイブの下に向かおうかと思います」

「?」


 フレイシアは理解できないらしく首を傾げる。

 もちろん、事前に面会の予約を取っているわけではない。


 そもそも見た目が怪しく得体の知れないデルフが取れるわけがない。

 デルフの頭にリラルスの笑い声が広がるが無視をする。


(危険は分かっている。だが……話を聞かず問答無用で攻撃を仕掛ける人物ではないと思うが)

『どうかのう〜。侵入されたとなるとすぐさま攻撃してくると思うがの』


 確かにリラルスの言う通りだ。

 しかし、他に方法も思い付かないので考えたとおりのことを口にする。


「まぁ、不法侵入ですね」

「それは……大丈夫なのですか?」

「元より俺は反逆者という汚名を被っています。今更、不法侵入ぐらいでは何も傷付きません。第一、汚名を被っていいようにジョーカーと名乗っていますから。間違っても陛下の名に傷を付けぬよう動きます」


 しかし、フレイシアは顔をしかめてデルフの言葉に否を唱える。


「そういうことではありません。私はデルフの身を案じているのです。今の私にはデルフが頼りなのですよ。あなたに何かあれば……」


 デルフはフレイシアに最後まで言わせずに口を開く。


「安心してください。何も戦いに行くわけではございませんので。ただ、話をしに行くだけです。まぁ、いざとなっても一人であれば容易に抜け出せますよ」


 さらにデルフは言葉を続ける。


「それに何も俺だけが陛下の頼りではございません。この場にいるウラノ、アリル、グラン、もちろん俺を含めて全員が陛下の力です」


 それに呼応したように三人は頷く。


「殿の主であるフレイシア様は小生にとっても身命を賭けるに相応しい主でございます」

「ええ、僕もフレイシア様は気に入っています。第一、デルフ様が仰ぐ方ですので」

「まぁ、俺も今は流浪の身だ。この際、主を持つのも悪くはないしな。……それだけではないが。そう簡単に諦めきれないし」


 グランの最後の言葉はぼそぼそとした小声で言うが誰にも聞こえていない。


「……ふふ、あなたたちは私には勿体ないくらいの臣下たちです! 今は何も御礼を与えることはできませんがもし王座に就いた暁には期待してくださいね」


 フレイシアは少し感極まったのか目頭に涙を潤ませて微笑む。


「それではそろそろ行って参ります」

「はい。無事を祈っております」


 しかし、何の話を聞いていたのかウラノとアリルが付いてくると言って聞かなかった。


(今の話の流れで俺が一人で行くと言っていることは分かるだろ……)


 何とか二人を抑えたデルフは宿を後にする。




 城下街の奥にある王城に向かうデルフ。


 周囲の暗闇に溶け込んで走っているデルフの姿を発見できるものはいない。

 たとえ真横を通り抜けても感じるのは風だけだろう。


(そろそろか)


 城と城下街の間には水堀があり夜になると城に続く唯一の橋は上がっており攻めることが不可能な完全な要塞になっている。


 しかし、それは軍勢が攻めてくることを想定しているもので個人で乗り込もうとしているデルフにとっては意味を為さない。


 城の目の前に到着したデルフは躊躇せずに水堀を飛び越え難なく侵入する。


『妙じゃの……』


 城に入ってすぐリラルスがそう呟いた。


 しかし、デルフはリラルスがそう呟くのも頷けた。


 なぜなら城には兵が少なく形だけの警備みたいなものだったからだ。

 これでは侵入しろと言われているように見えてしまう。


(だが、罠であってもそうでないにしてもこれは俺たちにとっては好都合だ)


 デルフは少ない警備兵の目を盗み穏便に王室に向かう。


「ここか……」


 王室らしき木製の分厚い木製の扉の前に立つデルフは中に気配を飛ばす。


「何も感じない。……いないのか?」


 少し不穏に感じたがここまで来て入らないという選択肢はない。


 デルフは扉に手を掛けて豪速で開き目にも止まらぬ速度で中に入る。


 そして、音が鳴らないように静かに扉を閉めて前を向くとデルフは驚きで動きが止まってしまう。


 部屋の奥にはジャンハイブが椅子に座ってこちらを睨み付けていたからだ。

 手には聖剣を持っており身嗜みもボワールとの戦争の時と同じ薄い鎧を着用していた。

 まさに完全武装だと言える。


 あの天騎十聖に劣らない、むしろ勝るほどの殺気を感じデルフは緊張を隠せない。


「考えていたよりも遅かったな」


 驚きで固まっているデルフを見てジャンハイブが一言呟く。


「気が付いていたのか」


 デルフは平静を装いそう返す。


「お前は気を隠しているつもりだろうが見た瞬間から冷や汗が止まらなかったぞ。警戒ぐらいはするぜ」


 ジャンハイブが言っているのは昼間のときのことだろう。


「……久しぶりだな。デルフ・カルスト。見た目が大分変わっていたから思い出すのに苦労したぞ」

「その名は捨てた。今はジョーカーと名乗っている」

「ジョーカー……その名は有名だ。あのデストリーネを窮地に陥れた存在。……ふふふ、ハッハッハッハ!!」


 突如笑い出すジャンハイブ。


 デルフはジャンハイブの空気に流されずに質問する。


「それで……そこまで知っておきながらなぜ見逃した?」

「一番は部下を守るためだ。万が一、あそこでお前の名でも呼んでみれば衝突したかもしれない。そうなるとお前相手ではブエルはともかく他の奴らでは勝負にすらならん。あの嬢ちゃんも中々やりそうだったしな」


 その言い分でデルフも合点がいく。


「なるほど、だからこの城は兵が少ないのか」

「ああ、お前がすぐにでも来ると思ってな。色々理由付けて今日は最低限の兵しか配備していない」

「そうか」


 そして、二人は黙り睨み合いを続ける。


 ここで勘違いしてはならないのはデルフとジャンハイブは敵同士ということだ。


 デルフから仕掛けるつもりはないがもしジャンハイブが仕掛けてきたら応戦せざるを得ない。


 睨み合いが数分にも及んだ後、ジャンハイブがにやりと笑った。


「どうやら殺し合いを来たわけではなさそうだ。これは必要ないな」


 そう言ってジャンハイブは持っていた聖剣を手が届かない距離まで放り投げた。

 それを見たデルフはジャンハイブの間合いまで無防備に進み床に座る。


「ああ、話に来ただけだ」


 ジャンハイブはにやりと笑った。


「それならわざわざこんな時間にやってこなくていいだろ」

「正式には陛下が尋ねられる」

「陛下?」

「デストリーネ王国王女フレイシア様だ」


 それを聞いたジャンハイブは目を見開いて驚いた。


「本当に生きていたのか。……それならフテイルが王女フレイシアを担いだことも真実か。いや、それよりもまさかこの国に来ているとはな」


 ジャンハイブは少し動揺していたがすぐに冷静になった。


「なるほど、きな臭さが増大したな……。カルス……いや、ジョーカーだったな。お前は今のデストリーネがどう動くか分かるか?」

「一つ、俺があの国でどのような人物か何を起こしたのかは知っていると思う。それを吟味した上で俺が言った言葉を信じられるか?」


 そのデルフの言葉をジャンハイブは一笑に付した。


「一回、剣を交えれば人となりは大体把握できる。しかし、どうせ濡れ衣なのだろう。それに聞いてみないと始まらないからな」


 確認したデルフは話し始める。


 伝える内容は今のデストリーネが何を目指しているのか、そしてその危険性などだ。

 そして、その中にデストリーネが紋章を狙っていることについても伝えておいた。


 それを聞いたジャンハイブは悪戯な笑みを浮かべた。


「なるほど、これを狙っているのか」


 ジャンハイブは左手に記されている紋章を眺める。


「俺が狙いである以上、最初ハナから戦争を回避する手段はないというわけだな。しかし、あの騎士団長ハルザードを下した相手か。強敵だな」


 そして、ジャンハイブはデルフに視線を戻す。


「それで、お前たちは何が目的なんだ?」

「単刀直入に言う。陛下と同盟を結んで欲しい」

「同盟?」


 ジャンハイブは考える素振りを見せる。


「確かに同盟を結べば勝率は限りなく上がるだろう。だが、敵国の王女であるフレイシアと同盟を結ぶと言って部下たちが何というか」


 そのときデルフは嫌な予感がした。

 ジャンハイブは深刻な表情でそう懸念をしているがその裏に悪戯な笑みが隠れているのに気が付いたからだ。


 ジャンハイブはデルフの目を見てにやりと笑いこれ以上、小細工は必要ないと思ったのか裏に隠していた笑みを表に出した。


 そして、指を一つあげた。


「条件が一つある」

「なんだ?」


 理由がどうであれボワールが味方になってくれるのであるならばデルフは可能な条件ならば飲むつもりだ。


「この国でもうすぐ開かれる武闘大会に出場しろ。そして、優勝を勝ち取れ。それが条件だ」

「武闘大会……」

「疑問に思っているようだな。もちろん、俺の望みはその後だ」


 デルフは昼間に出会った少女サフィーの言葉を思い出した。


「優勝……そうか国王、お前への挑戦権か」


 そう呟くとジャンハイブは頷いた。


「ああ、俺が望むのはあのときの決着だ。この数年、あれだけが心残りだった。勝ちは勝ちだがあのような気分の悪い勝利は初めてだ。だから、俺はお前と改めて戦い決着をつけたい。しかし、だからといってもはや殺し合いはどちらも望まないだろう」

「だから武闘大会か……」


 ジャンハイブは頷く。


(出ないと決めたはずなのに……もう覆るか)

『ククク、仕方なかろう。理由ができたのじゃから』


 思いのほかリラルスは楽しそうにしている。


 そして、デルフはジャンハイブの提案に頷いた。


 目立ちたくないというのが本音だがボワールが味方に付くメリットを考えれば背に腹はかえられない。


 ジャンハイブはにやりと笑う。


「決定だ。お前が優勝したときにはフレイシアと話の席を設けよう。そして、もしお前が俺に勝つことができればお前たちの指図にできる限り従うぜ」


 つまり、デルフが勝てばジャンハイブは主導権を譲ってくれるというのだ。

 同盟関係だからと言ってもちろん挙兵を強制することができるわけではない。


 この申し出はデルフにとって願ってもないことであった。


 デルフは半信半疑になりながら確認を取る。


「いいのか?」

「強者に従うのが世の常。俺もその世の中で育ってきたからな。現に俺もこうして王座まで手に入れた」


 そう言っているときのジャンハイブは少し儚げであった。


「だが、期限は決めさせて貰う。そうだな、デストリーネと決着が着いたときまででどうだ?」

「十分だ」

「ふっ。だが、それも全ては俺に勝ってからだ」

「それもそうだな」


 二人は笑い合う。


 そのとき、扉の方から声が聞こえてきた。


「陛下! ブエルです!」

「ちっ、どうやら兵を動かしたことがばれたようだな」


 デルフも良い頃合いなので腰を上げる。


「それでは俺は失礼する。次は闘技場だな」

「ああ、楽しみにしているぜ」


 そして、デルフはジャンハイブの下から姿を消した。


『やはり話が分かる奴じゃったの』

(そうだな。だが、まさか武闘大会に出ることになるとは)

『そう言いつつも薄々そんな気はしておったじゃろ?』

(まぁ、な)


 デルフも武闘大会のことを聞いてから他人事のようには思えていなかった。

 しかし、だからといってジャンハイブがこんな条件を突き出してくるとは想像にもなかった。


(取り敢えず、一旦戻って報告するか)

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