第149話 それぞれの道へ

 

 新王フィルイン・ソフラノによる内乱の終戦の宣言。


 その数日後、フィルインは改めてフレイシアを王城に招待した。


 そして、今日フレイシアはウラノ、アリルという名の少年たちを引き連れてやってきた。


 フィルインも無礼がないよう第二の都市イリュンに向かわせていたデンバロクを呼び戻して最高幹部の両軍団長を引き連れて出迎える。


「ようこそお越しくださいました。フレイシア殿」

「こちらこそ王国の重要な今に早急に取り計らってくださって感謝の念に堪えません」


 フィルインはまだ正式には王に即位をしていない。

 その準備をジュロングやデンバロクに任せているところだ。


「かの大国デストリーネの王女であるフレイシア殿に対して当然のことをしたまでです。反対に待たせてしまったかと内心では不安になっておりました」


 フィルインは微笑みながら答える。


 そんなフィルインをフレイシアは心配そうにまじまじと見詰めてきて顔に出さずドキッとする。


(顔に出ていたか……?)


 この数日、フィルインはまともに休息を取ることができていなかった。


 休息の時間は配下たちが作ってくれているため休んでいないといえば嘘になる。


 だが、そもそも今のフィルインが心から休めるはずがないのだ。


 眠ろうとしても自分が兄であるグランフォルを殺したという事実、そのグランフォルの遺体を消し去ったジョーカーという脅威、新王としての重圧。


 そのことが頭から決して離れることはない。


 まだ未熟なフィルインには荷が重すぎる。

 。

 その結果、フィルインの疲労は溜まる一方で気を引き締め続けて顔には出さないよう気をつけていたがフレイシアの目は誤魔化せなかった。


「うふふ」


 フレイシアの微笑みにフィルインは苦笑をする。


 そして、恥ずかしさを誤魔化そうとわざとらしく咳払いしてから姿勢を正す。


「立ち話はなんでしょうしこちらへ。ご案内します」


 フィルインはフレイシアたちを会議室に案内する。


 長机を前にして対面するようにフィルインとフレイシアは席に着いた。


 軍団長たちとフレイシアの付き人の少年たちはそれぞれ後ろに控えている。


 そして、フィルインが先に口を開く。


「改めて此度はこのソフラノの内乱を収める手助けをして頂き誠にありがとうございます」


 しかし、フレイシアは不思議そうに首を傾げ微笑んだ。


「その言葉は私に不適切ですね。私は見て見ぬ振りをしてやり過ごそうと思っていましたので」


 確かに今のフレイシアの状況からはこんな至る所に溢れている小国を相手にしている場合ではないとフィルインは考える。


「では、なぜ?」

「とある人物を見ていたら勝手に身体が動いていました。ですのでそのお礼の言葉はその人物にこそ相応しいです」

「その人物とは? 是非、お会いしてお礼を申し上げたい」


 しかし、フレイシアは微笑むだけで名前を言わない。

 ようやく口を開いたと思えば。


「直に会えますよ」


 そう言うだけだった。


「では、本題に移って良いでしょうか?」


 そう話を変えて尋ねてきたのでフィルインはフレイシアを動かしたという人物について考えていたが後回しにして頷いた。


 そして、フレイシアは真っ直ぐにフィルインを見定めて言葉を放つ。


「私、このフレイシアと同盟を結んで欲しいのです」


 フィルインもそれしかないと考えていた。

 フレイシアと会議を行う前、ジュロングから兄であるグランフォルの考えを聞いていたのだ。


(フテイルという後ろ盾を得たフレイシア殿に付くことがこのソフラノが生き残る最善の道か……)


 だが、フィルインはそう断定するのは早いとも考えていた。


「その前に確認したいことが……」

「はい。何なりと」

「では……」


 フィルインは改めて姿勢を正し言葉を紡ぎ始める。


「あなたはデストリーネの王女でありながらその自国に立ち向かおうとしておられる。デストリーネに急激な変化が起きたのは一年前でしょうか。そのときにデストリーネ前王並びにフレイシア殿も命を落としたと宣言がありました。あのとき一体何があったかご説明頂きたい」


 フレイシアは少し顔を渋くさせたがすぐに戻して頷いた。


 フィルインとしてもその反応は正しく、おかしいのは自分だと考える。


 敵対しているとはいえ自国に起きた事件を他国のそれも王になるフィルインに言葉を出すのは憚られるだろう。


 それでもフィルインは聞いておかなければならない。


 十中八九ないと思うがフレイシアとデストリーネの敵対が虚偽である可能性もある。


 国を預かる身として全てを吟味して答えを出したいというのがフィルインの本音だ。


「そうですね。お話ししましょう。あのとき何があったのか」


 そして、フレイシアは話し始めた。


 その口から語られる内容は驚きの連続で物語の中の話かと疑ってしまうほどだ。


 デストリーネの前王であるハイル・リュウィル・デストリーネはフレイシアの兄、つまりジュラミール・ドゥムリ・デストリーネの謀反により命を落としその牙は妹であるフレイシアにも剥いた。


 さらには実際に手を下したのはあの黒を象徴するジョーカーという人物と言う。


 魔人と呼ばれるジョーカーはジュラミールとその配下が長年かけて生み出したという化け物らしい。


(ジョーカーとやらも知りたかったから丁度良かった。しかし、あれはデストリーネの手による者だったか……)


 フィルインは知らずの内に強く拳を握っていた。


 そして、そのジョーカーの派生として生まれたのが巷で騒がれている魔物らしい。


(その魔物をデストリーネは支配し戦力にしているのか……。我が国で魔物に立ち向かえるのは軍団長二人と僅かな幹部しかいないだろう)


 その点から置いてもソフラノが危機的状況であることが切々と感じる。


 どちらにも関与しないという選択肢はまずはない。


 デストリーネの目的は全領土を支配することにある。

 つまり、その本質は全ての国家を滅ぼすつもりなのだ。


 そして、フィルインは決断する。

 いや、そもそもフィルインにデストリーネに付くという選択肢はない。


 私事になるが兄であるグランフォルの遺体を消し去ったことをフィルインは断固として許すことはできない。


 フィルインの中でデストリーネは大きな敵と再認識した。


(デストリーネ、強大な敵だ。まさかこの小国が大国相手に兵を挙げることになるとは)


 フィルインはとんでもない時代に王になったものだと少し頭が痛くなった。


「分かりました。いえ元より選択の余地はありません。むしろこちらこそお願いしたい。是非我らソフラノ王国をフレイシア殿の味方に加えて頂きたい」


 そして、フレイシアは微笑む。


「感謝します。このご恩は決して忘れません」

「いえ、フレイシア殿も兄妹で戦わなければならないとは。心中お察しします」


 するとフレイシアの瞳がすーっと黒ずみ冷たくなった。

 それを見てフィルインは畏怖する。


(この人、いやこの御方は既に覚悟なされているというのか……)


 自分には受け入れがたかった血の繋がった兄弟の命を取るということを目の前の少女は何も動じていない。


 それどころかその瞳の奥にはもっと別の覚悟がフィルインには見えた。

 堪らずにフィルインは尋ねていた。


「フレイシア殿。この争いに勝利を収めた後、あなたは何をお考えですか?」

「そうですね……。失礼ですがお人払いをしてもよろしいでしょうか?」


 フレイシアの真剣な表情を見てフィルインは何も言わずに軍団長たちを下がらせた。


 フレイシアもウラノとアリルを下がらせている。


 そして、フレイシアは話し始めた。


「まずは他言無用でお願いします」


 フィルインが頷くとフレイシアは言葉を続ける。


「お恥ずかしながらまだ薄らとしか見えていないのですが……」




 その後、会談を終えたフレイシアは王城を後にした。


 何ももてなさずに帰すのは忍びないと思い会食を誘ったがこちらの慌ただしさを見て気遣って断ってくれた。


 せめてはと外まで見送りフレイシアの姿が見えなくなったのを確かめてフィルインはようやく緊張を解いた。


 フィルインはしばらくに一人にさせ欲しいと軍団長たちを退けて城中を一人で歩く。


(まさか、あれほどの考えをお持ちだったとは。今はまだ夢物語のように聞こえるが……なぜかあの御方ならば成し遂げることができる気がする)


 改めてフィルインは年の差など関係ないのだと思い知る。


 会談の後、フレイシアの言葉を聞きフィルインは独断で同盟の期限をデストリーネ討伐までから無期限に変更した。


 しかし、フィルインはこれが同盟とは思っていなかった。

 自分はフレイシアに属国を願い出たに等しかった。


 それほどフィルインは今のうちにフレイシアに恩を売っておいた方が良いと思ったのだ。


(これが吉と出るか凶と出るか……。それも全ては決戦のときに決まる)


 フレイシアは時期が来れば追って連絡するのでそれまでは英気を養い万全の準備を整えておいてくださいと言っていた。


(どれだけ先を見据えているのか……。それに比べて私は王としての振るまいができていたかすら怪しい。兄上ならば何も動じずにこなすことができように。……ん?)


 顔をあげたフィルインの目の前には空を覆い尽くすほどの大木があった。


 兄であるグランフォルがいつも昼寝を興じていた場所だ。

 無意識に庭に来てしまったようだ。


 フィルインは先日の内乱を思い出し顔を歪ませて下を向く。


(兄上はもういない! 私が王なんだ。しっかりしろ!)


 ここに自ずと足を運んだことに苛つきフィルインは自分に叱責する。

 しかし、心とは別で口は反対のことを呟いていた。


「兄上、やはり私には王には相応しくありません」


 拳を握りしめ自身の情けなさから涙が零れる。


「これからこの国も外の対処に追われるでしょう。私にはそれをこなす自信がありません」


 まるで目の前の大木がグランフォルであるように自分の弱みを次々と語っていく。


「なぜ、なぜあのとき私を生かしたのですか。兄上の方が……」

「何言ってんだ。フィルイン。お前しかないと思ったからに決まっているだろ」


 そのとき、もう聞くことのないはずの声が聞こえてきた。

 フィルインは俯きながらも目を見開いて驚いていた。


「あ、兄上?」

「まぁ確かにまだ立派とは言えないだろうな。だけどな。始めから完璧なやつなんていないんだよ」


 フィルインはようやく顔をあげ上に目を向けた。


 すると太い枝の上に薄らと見えた。

 薄緑の長髪に大きな書物を開いて寝転んでいるグランフォルが。


「兄上、生きて……」

「ばーか。お前の攻撃なんかで俺が死んでたまるか。悔しかったらもっと腕を上げるんだな」


 笑い声が返ってくるがフィルインはそれどころではなかった。


 自分で殺したと思っていたグランフォルが生きていた。

 それがフィルインの心をどれだけ救ったか。


「兄上! 兄上が生きておられるなら私よりも王の座に……」


 だが、その言葉は途中で遮られた。


「いいや、王はお前だ。フィルイン」


 グランフォルは起き上がり枝に座って言い放つ。

 しかし、木陰でグランフォルの顔はよく見えなかった。


「し、しかし!」

「死んだ俺がのこのこ出てこられるか。この国はもうお前のものだ。俺にでる幕はもうない」


 そしてグランフォルは木の上に立ち上がり大声を放つ。


「……フィルイン!」

「は、はい!」


 そのときグランフォルが少し笑ったような気がした。


「この国はまだまだ弱い。外側も内側もな。またいつ割れるかわからない。そうなるかならないかはお前次第だ。お前にこの国を任せる。俺が戻ってきやすい国にしといてくれ」


 そのときグランフォルの全貌がはっきりと見えた。


 (兄上……。本当に生きて……)


 しかし、すぐにその姿は徐々に透明になっていき消えてしまった。


 だが、フィルインはこれが夢だとは思わない。


 フィルインはグランフォルが立っていた枝を見詰めて朗らかに笑う。


 そして、いつの間にかフィルインの身体には力が戻っていたことに気がついた。


「はい。必ず」


 そう一言呟いた。

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