第90話 立ちはだかる者(1)

 

 デルフが王都に向かった後、三番隊は魔物相手に善戦していた。


「右方、押しが甘いでござる!! ヴィール、力添えを!」


 ガンテツは魔物と戦いながら周りの把握を怠らずに的確に指示をしていく。


「わかった!!」


 ヴィールが走ってガンテツの指示があった場所に向かう。


からちゃん! 頑張ってね!」


 ヴィールの魔法剣である空切りによる斬撃が魔物を襲う。


 その切れ味の良さは岩石のような大きな甲羅を持つ亀の魔物を甲羅ごと軽々と切り裂く。

 亀の魔物は硬化の魔法を使いさらに甲羅の堅固さを底上げしていたが空切りの前ではその意味を成さない。


 この調子ならば空切りの本領である“そら悲鳴ひめい”を使うまでもない。


 そもそも“空の悲鳴”は使うだけで今のヴィールの魔力量では全てを消費して発動できる技だ。

 さらに己の身体にも甚大な損傷を負わせるためまさに最終手段であるためそう簡単には使うことができない。


 ガンテツは次にアクルガに目を向けた。


 アクルガの攻撃は大剣にもかかわらず繊細な太刀筋で的確に魔物の首を切り落として屠っていく。


 しかし、流石のアクルガも魔物数が果てしないからか力押しができていない。

 周りの様子を窺いながら攻防一体となって魔物を相手にしている。


 それでもアクルガの攻撃は大剣というよりも魔力を用いた己の身体、拳の突きや蹴りが主体だ。


 まだ使っていないところを見ると余裕があるのだろう。


 ガンテツはアクルガの戦いぶりを見て驚嘆する。


「アクルガ殿、流石でござる。いつ見ても凄いでござるな……」


 一人で何体もの魔物を同時に相手にするなどガンテツには不可能だ。


 三番隊が大量の魔物を相手に善戦することができているのはアクルガの存在が大きい。


 確かに三番隊は以前よりも力を増したがそれでも魔物化した捕食者(プレデター)を一人で相手をするまでには至っていない。


 ノクサリオは自分では魔物の相手をせずに得意の煙を出して魔物を翻弄、攪乱している。

 しかし、ただ見ているだけではなく隙を見れば斧槍で確実に魔物の数を減らしていた。


 負傷者がまだ少ないのはノクサリオの援護によるところが大きい。


 それぞれが自分が為せることを全力で取り組んでいるからこそ今の戦況を作り出すことができている。

 ガンテツは隊長としてこれを誇らしいと思わないわけがない。


「自分も負けてはいられないでござる」


 ガンテツは一先ず周りは安全だと考え目の前にいる狼の群れに目を向ける。


 狼はノクサリオの援護も意味がない。

 ノクサリオの煙では人と比較にならないほどある狼の嗅覚を潰すことはできないからだ。


 火災の時のような有害物資を含んだ煙であれば鼻を潰すことができただろうがノクサリオの煙は無臭で無害、ただの目眩ましにしかならない。


 ガンテツは己が壁として狼の前に立ち塞がる。


 そして、鞘に入れた刀に手を添えて目を瞑り自分の世界に潜り集中する。


 ガンテツの速度は居合い斬りの時のみ、デルフに匹敵するほど速い。


 急変したガンテツの異様な雰囲気にたじろぐ狼たち。

 だが、痺れを切らして一斉に飛びかかってくる。


 それでもガンテツはまだ動かない。


 そして狼たちが間合いに入った瞬間、ガンテツの目は見開いた。


 瞬速の刀が鞘を滑り鋭い音を鳴らしながら狼に襲いかかる。


 一太刀目で一匹の狼を両断し再び刀を鞘に戻す。


 目も止まらぬうちに二太刀目を放ちさらにもう一匹を両断する。


 後はその繰り返しだ。


 日頃の鍛錬と同じことを繰り返していくだけ。

 特に珍しい技でもないが何千何万と振り続けてきた居合いは決まった所作のように流れまるで芸術作品のように美しい。


 もはや、この居合いはただの居合いではなくガンテツだけの居合いとなっている。


 ガンテツの攻撃は有無を言わさず次々と狼を屠っていく。


 狼は魔物化により得ることができた魔力を使うことなく絶命する。


 ガンテツはわざわざ敵の攻撃を待つような戦闘狂ではない。


 倒せるうちに倒す。

 それがガンテツだ。


「これで、最後でござるか」


 ガンテツは最後の一匹を両断するとホッと息を吐いた。


 そして、周囲の状況を見渡す。


 新米騎士であるスルワリやクロークも魔物を倒しておりその実力は疑いようがない。


「これは豊作でござるな」


 三番隊の戦力が強大化していることに満足がいったガンテツは笑みを浮かべる。


虎掌波こしょうは!!」


 アクルガの怒号が轟く。


 熊の魔物の溝に右手の掌を当て左手でそれを押さえ魔力の衝撃波を放った。


 すると、熊の背中から青い虎の顔をした魔力が突き抜ける。

 その攻撃は隈のさらに後ろにいた魔物にも及ぶ。


 虎の顔を形取った魔力がまるで噛み千切るように魔物たちの身体を削っていく。


「余波だけでこの威力でござるか……」


 そんな攻撃を直接受けた熊は既に絶命しており前のめりに倒れてアクルガにのし掛かる。


 そんな巨体をアクルガは片手一本で支えて目の前に落とした。


「ふん。あたしを本気にさせるとはなかなか見所がある奴だった。だが、あたしの方が上だと言うことだな。ハッハッハッハッハ!!」


 上機嫌に笑うアクルガ。


 あれだけの大技を放ったというのにまだまだ余裕の表情を伺える。


「どっちが化け物かわからんだろ? ガンテツ」


 いつの間にか隣にいたノクサリオが溜め息交じりに呟く。


「確かに。されどこの状況では心強いでござるよ」


 そして、随分と時間は掛かったが周囲にいた魔物は粗方狩り尽くした。


 捕獲する余裕などあるはずもない。


「危なかったでござる。危険度が跳ね上がるわけも納得でござるよ」


 ガンテツは虫の魔物を思い出す。


 バッタのような跳ねる虫で口には肉をかみ切るような鋭い牙があった。

 よもや、虫まで魔物になっているとは自身の目で見るまでは思わなかった。


(身体を両断しても襲いかかってきたときは肝が潰れたでござるよ……)


 どっと疲れが出てきたガンテツは疲労した身体を刀で支えて息を整える。


「そうだね。もう少し数が多かったら危なかったよ~」


 もちろん、全員が無傷ですんだわけでもない。


 重傷者も少なからずいるが命を落とした者は一人もいなかった。


 あれだけの魔物となった捕食者に襲われたのにもかかわらずこれだけの被害ですんだのは奇跡に近い。


「いや、奇跡などではないぞ。皆が鍛錬を怠らずに上を目指した成果だ。偶然やたまたまなんて言い草をしたら皆の努力が報われないだろう?」


 アクルガが笑いながら言った。


「そうでござるな」


 アクルガの意見は至極もっともでありガンテツもそれに頷く。


 ガンテツは息が整い刀を鞘に戻して全員が聞こえるように声を張る。


「さぁできるだけ早く治療を行い、王都に戻るでござるよ。動ける者は準備を始めるでござる」


 迅速にそして確実に準備を整えていく。


 負傷者が出たのにもかかわらず三番隊の指揮は落ちるどころか上がっていた。

 何しろあの魔物を相手にして犠牲者を出さずに勝つことができたのだ。


 それにアクルガの武勇もある。


 しかし、それに対してガンテツの顔色は良くなかった。


「しかし、戻るまでに王都を襲っている魔物を相手にできるまで回復できるのか不安でござる」

「ハッハッハッ! 心配するなガンテツ! こいつらもそんなやわじゃない。いざとなったらあたしが全て狩り尽くしてやるさ!」


 アクルガは元気に笑い励ますようにガンテツの背中をバシバシと叩く。

 ガンテツはそのアクルガの表情を見てふっと笑う。


「頼りにしているでござるよ」

「任せておけ!」


 そして、ガンテツたちは準備の差配に戻った。


 


 全ての準備を完了しガンテツたちが移動を始めようとする。


「む?」


 しかし、そのとき妙な気配をガンテツは感じた。


 背後から剣を突きつけられているような感覚。

 隣にいるアクルガを見ると目を見開き冷や汗を掻いていた。


 あのアクルガがだ。


 ガンテツもようやく自分の身体が震えていることに気が付いた。

 心よりも先に自身の危機を訴えているのだ。


 ガンテツはその恐怖を振り払い勢いよくその気配の方を振り向いた。


 来た道とは逆でログハウスの方向。


 まるで最初からそこにいたかのように猫のお面を付けた者が佇んでいた。

 ローブを纏って全身を隠しているため服装や髪型は不明だ。


 それでもガンテツは即座に確信した。


「味方ではない。敵だ」と。


 その不気味さはかつて感じたことなくまるで闇その物を見ているかのような底が果てしないものだった。


 そんなガンテツの様子に気が付いた騎士たちは猫仮面に目を向ける。


 ガンテツたちは知らないがその猫仮面はファーストと呼ばれておりかつての四番隊隊長ソルヴェルを容易く倒すほどの驚異的な力を持っている人物だ。


 全員が警戒を絶やさずいつでも剣を抜ける態勢の中、ファーストは先に仕掛けてきた。

 地面を無造作に蹴ってから瞬く間に距離を詰めてガンテツの目に現われる。


 一切、目を離していないはずなのだがそのファーストの速さにガンテツの目では追いつけていない。


 そして、ファーストは拳を軽くガンテツに放つ。


 依然としてガンテツは反応できていない。


「ガンテツ!!」


 アクルガが間一髪でガンテツとファーストの間に割り込んだ。

 そして、持っていた大剣を勢いよく地面に突き刺す。


 その瞬間、ファーストの拳が壁となった大剣にぶつかり轟音が響く。


 とても大剣と拳がぶつかったような音とは思えない


 なんとか間に合ったアクルガは安堵の表情をするがそれは長く続かなかった。


 そのときアクルガの大剣の刀身に罅が入っていく。

 そして、無残にも砕け散ってしまった。


「なっ!」


 平然としているファーストは戸惑っているアクルガに追い打ちで拳を放つ。


 アクルガはすぐに気持ちを切り替えて後ろに下がりファーストの拳を直前で躱す。


 アクルガを確実に捉えたと思っていたのだろうか拳を放ったファーストは大きく態勢崩している。


 そんな隙をアクルガが見逃すはずがない。


 アクルガは素早く地面を蹴りファーストに迫る。

 その際に片足を軽く上げファーストの顔に膝をぶつけた。


 常人ならばその顔の骨を砕く勢いの蹴りだ。

 アクルガには始めから手加減をするなどという甘い考えは捨てている


 既に全力を出していた。


 だが、ファーストは微動だにしない。


「な、に……?」


 実際にはアクルガの膝蹴りはファーストに当たってはいなかった。


 その寸前で不自然に止まってしまっている。


 アクルガは気付いた。

 ファーストの身体の周りに薄い光の膜が覆っていることを。


「これは……強化の魔法、か?」


 アクルガの隣に来たノクサリオも驚いている。


「魔力が可視化するほどの強化って……嘘だろ?」


 騎士なら誰でも使えるありきたりな強化の魔法だが可視化するほどの強力なものをノクサリオは見たことがなかった。

 ましてや可視化した強化の魔法自体が攻撃を受け止めることなど信じられるはずがない。


 しかし、現にアクルガの渾身の攻撃が受け止められているため納得するしかなかった。

 もはや自身の強化というよりは魔力の壁を作っているのに等しい。


「まだだ!!」


 アクルガが再び飛び出した。


 即座にファーストに近寄ると拳の連撃を始める。


 ファーストに避ける気など微塵もなくただじっと立ち尽くしている。


 それでもアクルガの攻撃は一度たりともファーストには届かない。


「あたしを嘗めるな!!」


 アクルガは両手の掌をファーストに近づけて魔力を解き放った。


虎双波こそうは!!」


 両手の掌から虎の顔を形取った魔力がファーストを襲う。


 だが、そのアクルガの虎双波がファーストを突き抜けることはなかった。


 虎の魔力がファーストの光に噛みついた瞬間に弾き返されてしまった。

 逆に跳ね返ってきた自分の技が頬に掠り血が伝う。


「な……」


 アクルガは目を見開き固まったままだ。


 ファーストの魔力に押し返された。

 それはつまりアクルガの力を越えているという証明に他ならなかった。


 そして、ファーストは驚きで固まっているアクルガに拳を突き出した。


 ファーストの拳に光が収束しアクルガに一直線に向かってくる。


 アクルガは遅れて防御の姿勢を取った。


 寸前で防ぐことはできたが衝撃が襲うと同時にアクルガの視界が途切れてしまった。


 意識はあるが何が起こったか理解が追いつけていない。


「がはっ!」


 肺に溜まった息が飛び出すことでようやく視界が戻ったときアクルガは大木を背に地面にへたり込んでいた。


 何が起きたか全く理解ができていないアクルガ。


 目を上げるとその先にファーストが拳を振り抜いている姿があった。


「殴り飛ばされた?」


 そのとき、アクルガに急激な痛みが襲った。


「ぐああああ!!」


 その痛みの発生源にアクルガは苦痛の表情で目を向けると両腕がかつてない方向に折れ曲がっていたのだ。


 アクルガの防御力はファーストの拳の威力に完全に負けていたことに他ならない。


「“空の悲鳴”!!」


 アクルガが一方的に押されている様子を見て堪らずにヴィールが飛び出す。


 自分が今出せる最高の技を使用して。

 出し惜しみをしている場合ではない。


 最強と思われていたアクルガがこんな一方的にやられたのだ。


 ヴィールの空切りが甲高い不快音を轟かせてファーストに直撃する。


 だが、またも光の膜に阻まれそれ以上進まなかった。


 鉄さえも簡単に切断できる空切りが、それも最高の技である”空の悲鳴”を用いてでもファーストの光の膜の前にはビクともしない。

 火花を立てて擦れているのが微かな抵抗にしか見えなかった。


「嘘!! “空の悲鳴”でも!?」


 そして、ファーストの光の膜がさらに膨張した。


 その衝撃であえなくヴィールは弾き飛ばされてしまう。

 受け身を取ることもできずにヴィールは木に直撃し倒れてしまった。


 既に意識はない。


 ”空の悲鳴”の代償として肌が見えないほど両手が赤に染まり流れ落ちて空しく地面も赤に染めていく。


 あれほど不快音を募らせていた空切りは力尽きたように静かになりヴィールの隣に落ちていた。


「ヴィール!!」


 ガンテツが叫ぶが返事は返ってこない。


 ガンテツは真っ先に現状を把握しようにもあまりにも多くの出来事が短時間でありすぎて頭が回らない。


 ノクサリオとその他の騎士たちは実力が違う戦いにただ黙ってみることしかできていなかった。

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