第77話 スラム街

 馬車が地面の小石を踏みつけてガタガタと揺れる。

 森を抜けた先では街道が途絶え、荒野が広がっていた。

 しばらく馬車が走り続けると、村が見えてくる。一見してみるとセロル村よりも小さそうだ。停まった馬車から降りた俺とフィオナは宿屋を探した。


 宿屋には冒険者らしき風貌の中年男が酒を飲んでいた。宿泊の手続きを済ませた俺は、男と会話する。この辺りのことを聞くと、男はジョッキに口をつけながら応えた。


「ここらは鉱山が多い。貴重な鉱石が採れるもんだから、労働者たちがせっせと掘ってるよ」

「その割には、あまり人が出入りしていないようだが」

「近くにスラムがあるからな。まともな奴なら、ここら一帯は避けて通る」


 スラムがあるのは地図で把握済みだ。

 男に吸血鬼レヴィの噂を知らないか尋ねてみた。


「レヴィ? 確か偏屈な女吸血鬼だと聞いたことがあるな。住んでる場所までは知らないが」

「そうか……」

「情報が欲しいならスラムの女王に聞くといい」

「スラムの女王?」

「ああ。その女王はかなりの情報通で有名だ。噂によれば、そいつに知らないものはないらしい」


 俺はフィオナと視線を合わせてから頷いた。

 宿屋で一夜を明かした俺達は、スラムまでの道を歩くことに決めた。

 山岳地帯に入ってから足場が悪くなったので馬車は使えないのだ。

 道中に何度か魔物の襲撃を受けたが、俺達は難なく片付けてから先を急いだ。


 そうしてスラムに辿り着いた。

 周りを見ると、道に座り込んだ老人や露出の多い服を着た路上娼婦の姿があった。前者は道を歩く者に大げさな身振り手振りで物乞いを行っており、後者は艶めかしい仕草で男を誘惑している。


 その人達を見たフィオナは、静かな声を漏らす。


「なんだか思ったよりも普通ですね。雰囲気が明るいというか」

「そうだな……俺が以前訪れたスラムよりも随分と活気がある」


 住民の身なりはスラム相当だが、暴力や犯罪が渦巻いている無法地帯なわけではなさそうだった。実際、よそ者の俺達が歩いていても難癖を付けられる様子はない。殆どの住民は物珍しげに視線を寄越すだけで、時たま物乞いが声をかけてくる以外には目立ったアクションがない。フィオナがいるおかげか、娼婦も声をかけてこなかった。


「住民の様子は気になるが……それはともかく、女王を探さないとな」

「そうですね。誰かに居場所を聞いてみますか?」


 頷いた俺は、前方から歩いてきた路上娼婦らしき少女に声をかける。


「少しいいか?」

「ん~? お兄さんどうしたの? もしかしてご指名かにゃ?」


 少女はにやにやと意地悪気な笑みを浮かべながら八重歯を見せる。

 乳房と股間に布を巻き付けただけの格好と指名という言葉からして、やはり彼女は娼婦だったようだ。


「申し訳ないが、指名ではない。この街で女王と呼ばれている者の居場所を知らないか?」

「あー、はいはい。女王ね。知ってるよ」


 少女はくるりと身体を一回転させ、ウインクしてみせた。

 適当に声をかけたが、どうやら当たりを引いたらしい。

 

「ならば話が早い。さっそく教えてくれないか」

「んー、どうしよっかなー」


 にやにやと笑い続ける少女の金色の瞳が、俺とフィオナを交互に見る。

 その表情は年相応の悪ガキだった。

 ふとフィオナに視線を向けると、なにやらバツが悪そうな表情をしている。


「どうした、フィオナ?」

「……いえ、なんでもありません」

「そうだな~。お兄さんがあたしを買ってくれたら教えてあげてもいいけど~?」

「悪いが妻の目の前で女を買う気にはならないな」

「あら、夫婦だったんだ」


 少女は驚いたようで、丸い猫のような目を見開いた。


「夫婦でこの街を歩いてるなんて、よっぽどの事情があるみたいだね」

「まあな。結構急いでるんだ。金ならやるから、女王の居場所を教えてくれ」

「分かった分かった。お金はいらないから。あたしに付いてきて?」

「ありがとう」


 もと来た道へと振り返った少女の裸足がステップを踏む。

 軽い足取りの彼女を先頭に、俺とフィオナはスラムを歩いた。

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