第18話 白髪の少女

 ある日、俺が店のカウンター裏でポーションの調合をしていると。

 

「あ、あの……少しいいですか」


 声をかけられて振り向けば、ショートヘアの女の子がこちらを覗き込んでいた。

 俺は表へ出て、笑顔を作る。


「どうしましたか、お客様」

「このお店に元気が出るお薬、ないですかね?」

「元気が出るお薬……強壮剤ですか?」

「い、いえ! そういうのじゃなく! えっと」


 彼女は雪のように白い髪を指で弄りつつ、言った。


「親友が虚弱体質でして、今すごく気怠そうなんです」

「なるほど。医者には診てもらいましたか?」

「はい。でも病気じゃなくて、体質による倦怠感だと言われました。処方薬でどうにかなるものではないと……だから魔導具屋さんになら、身体の底からパワーの湧いてくるお薬があるんじゃないかと思って」

「そうですか。少しお待ちを」

 

 今日はフィオナもユーノも定休日でいないので、少女の対応は俺がする。

 カウンターから離れ、少女を棚のほうへ誘導した。

 棚に並べられていた瓶を一つ手に取る。


「この体力増強の魔法薬ならば一時的にパワーが出ると思いますが、効力は短時間ですね」

「短時間ですか。半日ぐらい効くお薬はありませんか?」

「半日でしたら、やはり強壮剤が一番かと」

「あ、あの! 親友は女の子なんですけど!」

「……?」


 俺は一瞬何を言われているのか分からなかったが。

 どうやら少女は強壮剤を精力剤だと勘違いしているようだった。

 まあ似たようなものだし、実際同じ棚に並べている。


「強壮剤は女性にも扱えますよ」

「そうなんですか? 男性の……その……あそこを元気にさせるやつでは?」

「それもありますが……そちらのほうがお望みで?」

「いえ! 強壮剤でいいです!」


 少女は顔を赤くして、緑色の液体が入っている瓶を手にとった。

 

「これください!」

「かしこまりました。お値段は……」


 俺が金額を提示すると、少女は服のポケットから巾着袋を取り出す。


「すみません、これだけしかなくて」


 少女が差し出した硬貨の枚数は、提示した値段より若干少なかった。

 俺は少女の手から硬貨を受け取って微笑む。


「今回はサービスです。お買い上げありがとうございました」

「あ……こちらこそありがとうございます!」


 少女は土下座するかの勢いで頭を下げ、いそいそと店を出ていった。

 なかなか可愛らしい少女だった。

 年頃はユーノと同じぐらいだろうか。


「親友、元気になるといいな」


 そして、翌日。


 同じ時間帯に、少女はまた店に訪れていた。

 昨日と同じ強壮剤を手にとって、俺に差し出す。

 その腕はぶるぶると震えていた。


「あ、あの……お金、もうこれだけしかなくて」


 少女は半泣きで巾着袋をカウンターに裏返した。

 ぽてぽてと何枚かの硬貨が落ちる。

 その硬貨の総数は、強壮剤の値段には程遠かった。

 

 さすがに値段を半額未満にしたら、こちらとしても支障が出てしまう。

 

「申し訳ありませんが、この金額では売ることができませんね」

「そ、そこをなんとか! 親友が辛そうなんです!」


 少女が強い眼差しで見つめてくるが、俺は心を鬼にして首を振った。

 ショックを受けた少女は、肩を下ろすが。

 その少女の肩に手を置いたのは、フィオナだった。


「リオン、値段を下げてあげたらどうかしら?」

「無理だな。さすがに半額以下にはできない」

「ならば値段の全額を私のお給料から引いてもいいので、この子にお薬を購入させてあげてください」

「はあ……分かったよ」


 俺は少女に強壮剤を手渡した。

 少女は満面の笑みを浮かべて、何度も頭を下げる。


「ありがとうございます、お兄さん、お姉さん!」

「お友達、元気になるといいですね」

「はい! じゃあ私はこれで!」


 駆け足で去っていく少女の背中を見送ったフィオナが笑っている。


「甘いな、フィオナ」

「あら、リオンだって甘いでしょう? 特にああいう、可愛い子には」

「まあ……そうだが」

「あの子、また明日も来るんじゃないかしら」

「その時はさすがに追い返すぞ。三度目の正直は認めない」


 やれやれとした気持ちで、俺は店の奥に戻った。


 さらに翌日。


 少女はやはり、店にやってきた。

 おずおずと強壮剤をカウンターに置く少女は、うつむいていた。


「あの~、この強壮剤」

「この前に言った通りの金額となりますが」

「実はもう硬貨が一枚もなくて」

「ならば買えませんね」


 強壮剤を棚に戻そうとする俺の腕を、少女は強く掴んだ。


「そこをなんとか! お願いします、お兄さん!」

「ダメです」

「格好いいお兄さん! 強そうなお兄さん!」

「おだててもダメです」

「じゃあ私、なんでもします! 靴を舐めろと言われたら舐めますし、犬の芸をしろと言われたらします!」

「はあ……いい加減にしてくれ」


 俺は敬語をやめて、少女を睨みつける。

 びくりと身体を震わせた少女は、ささっと俺から離れた。


「うう……お兄さん怖い……」

「金が無いなら親にでも貰え。それか、親友とやらを引っ張り出して店に連れてこい」

「私の親友をどうする気ですか? もしかしてえっちなことを――」

「するわけないだろう、バカ」


 俺は段々と対応がめんどくさくなってきて、思わず髪をガシガシと掻くのであった。


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