第十五話 蒼夜の決戦Ⅳ

「アルメリアッ!」

 ある秘策を持って悠月は自ら瘴気に満ちた死地へと足を踏み入れた。

「馬鹿者。何故、戻ってきた!」

「すみません。でも、どうしても試したい事があって」

 背中合わせになって二人は互いを守るように身を寄せ合う。

「試すだと? こんな時に一体なんだ。何を考えている」

「あなたの力を借りたいんです。風の精霊は僕にも扱える?」

「なに?」

 真意を推し量りかねてアルメリアは小首を傾げた。

 だが、理由はともかく結論ならばすぐに出た。

「無理だ。こいつらは私の命令にしか耳を貸さない。仮にお前に力を分け与えることが出来たとしても御しきれなければ食い殺されるのがオチだぞ」

「だったら命令してください。僅かでもいい、奴に届くだけの力を貸してくれって。奴はまだ自分が見つかったことに気づいていない。仕掛けるならここしかないんです。肉薄すれば勝機はある」

「まさかお前、一人で乗り込むつもりか。あの空に。飛べないお前が」

「だからあなたの力が必要なんです。何の道、奴を倒すには僕の力が必要だ。連れて行ってください、あいつが居る空まで」

「……ッ、迷っている暇はない、か。これは分の悪い賭けだな」

 頭を左右に振ってアルメリアはあらゆる思考を放棄する。

 悠月の言い分はもっともだった。

 既に当初の作戦からはかなりかけ離れた戦況になっている。

 ウィリアス相手に計画通りに事が運ばないのはアルメリア自身も承知していたが、よもやこれほどまで消耗戦を強いられるとは考えていなかったのだ。最初の奇襲に失敗した以上、次に反撃を受ければ今度こそ逆転のチャンスは訪れない。

 幸いにも悠月は星を見つけ出している。幻燈投影によって生み出された邪魔な雲は蒼士と共に抑え込めば勝機はあるだろう。

「良し、いいだろう。乗ったぞ、その作戦。音切、聞いての通りだ。まだやれるな」

『やるなら早くしろ。こちらも長くはもたない』

 蒼士の同意を得て、アルメリアが悠月に指示を出す。

「いいか、悠月。チャンスは一度きりだ。私がこの霧を掃う。その隙にお前は本体を目掛けて飛べ。お望み通り、連れて行ってやるよ。大空へな」

「わかりました!」

 悠月の返答を聞くと、アルメリアは風の守りを解除する。

『ようやく諦めたか、アルメリア』

「なぁに、ほんの小休止さ。一服くらい許してくれよ。せっかちな男は嫌われるぞ」

『戯言を……ハァッ!』

 アルメリアは錠箱を取り出すと錠菓を口の中に放り込んで噛み砕く。

 あれだけ騒がしかった戦場に一瞬の静寂が訪れた。

 奴らの爪先が二人の首を掻き切るのは五秒と必要ないだろう。傀儡たちはこれを攻め入る好機と見るや雪崩のように一斉に襲いかかってきた。

 引き寄せ、吸い寄せ、手繰り寄せて。

 集積された大気の風がいま再び、魔力を纏い吹き荒れる。

 すんでのところで進行を阻まれた傀儡たちは新たに生まれた風に成すすべもなく吹き飛ばされる。

『まさか、まだこれほどの力が残っていようとはな!』

 瘴気共々祓われた二人の空間には晴れ渡った空気と星々で彩られた夜空が広がった。

「今だ、悠月!」

「はい!」

 悠月は空を見上げた。

 魔眼が直視する先。数ヶ月に及ぶ戦いの果てに、ようやく悠月は敵の本体と正対する。

 其処には漆黒に染まりきった四つの翼を持つ悪魔が浮遊していた。

「ようやく捉えたぞ。今度は逃がさない!」

 黒衣の魔法使いは見破られたことに狼狽しつつも逃げ出すことはしなかった。

「……ッ、来るか、魔眼を有する少年よ!」

 地を蹴り、助走を始める悠月。

 それを見て取ったアルメリアが風神の一画を彼の足元に展開する。

「ノトス! 悠月を運んでやれ。空高く、奴に届くまでなぁ!!」

 そよ風は悠月の前方で渦を巻き、やがて激しい上昇気流を形成する。

 踏み出す足に迷いはない。悠月は翼を与えられた鳥の如く天空へと一気に跳躍する。

「勝負だ、ウィリアス――奪われたもの、今日ここで返してもらうぞ!」

「出来るものならやってみるがいい。どれほど成長したか、見せてもらうぞ!」

「はぁああああああああぁぁぁッ!!」

 裂帛の気合と振り上げた刃がウィリアスの堅手と打ち合い火花を散らす。

 空中戦においてはウィリアスの方が有利だ。付け焼刃として借り受けた風神の力は一定時間しか効力を発揮しないだろう。

 事実、足元に付与された飛翔の魔力は徐々に弱くなっている。理由は言わずもがな、地上で善戦しているアルメリアが悠月の分まで魔力を供給しているからだ。

 加えて彼女は、ダウンバーストによる暴風を形成し下界に蔓延る幻影の行く手を遮るために急速に魔力を消費している。これではあと幾ばくかも猶予は残されていないだろう。

『くっ……アルメリア、俺まで巻き込むつもりか!?』

『なんとか上手くやれ、こちらも精一杯なんだ!』

〝このままじゃまずい。なんとかしないと……〟

 悠月は、ウィリアスの背後に聳える廃墟に視線を向けた。

 半壊している壁面は吹き曝しの状態になっていて侵入するだけなら容易に可能である。

フロアの強度はともかくとして、このまま空中戦を続けるよりも地上戦に持ち込んだ方が勝機は生まれるだろう。

 悠長に読み合いをしていれば相手に余計な思考時間を与えてしまいかねない。ウィリアスの攻撃を回避しながらも悠月はそう結論づけて仕掛けた。

「……ッ!!」

「何をしてくるかと思えば。随分と単純な攻撃だ。この程度、避けるまでもない『U』」

 どこかで聞き覚えのあるワードだった。

 あれはアルメリアが天音を救護した時のことだったか。

 発せられた言葉に動揺を覚えるのとほぼ同時。ウィリアスの双腕が紅蓮に燃え上がる。

 ルーン文字には一つの単語に複数の付与効果がある。ウィリアスはこれを両腕の強化へと転用し掌に魔力を集中させている。立ち塞がる細身の長身はあえて悠月の攻撃を真正面から受け止めるつもりでいるようだ。

 だが、悠月の一撃も風の推進力を受けて強化されている。勝敗は凡そ五分。此処まで来て後退は有り得なかった。

「くぅううううううぅッ!!」

「ムゥ……ッ!!」

 力と力のぶつかり合いは空中に衝撃波を生じさせる。

 互いに競り合うかたちとなったこの勝負は、ほんの僅かに拮抗の様相を呈したが、次の瞬間には風神の力を借り受けた悠月に軍配が上がることとなった。

「グッ……!?」

 結果として、目論見通りにウィリアスを廃墟へと追い込むことに成功した悠月。

 フロアに着地すると同時に己の力を不用と判断した風神はアルメリアの元へと還っていった。

『生きているか、悠月。まさか死んでないだろうな』

「心配要りません。こっちは大丈夫ですから、もう暫く持ち堪えてください」

『――抜かるなよ』

 通信が途絶える。

 舞い上がる砂埃。息もつかせぬ緊張感の中で二人は静かに対峙した。

 金色の魔眼は紅蓮に燃ゆる憎悪の双眸を捉えていた。

 紅蓮に燃ゆる憎悪の双眸は金色の魔眼を捉えていた。

 互いに逃げる場所は残されていない。逃げるという意志すら持ち合わせてはいないだろう。

 殺すことで救う魔法使いと救いを求め殺す魔法使い。

「僕は、あなたを殺してみんなを助ける」

「我は、生き永らえるためにお前たちを殺す」

 二人を突き動かすのはもはや相容れぬ信念のみだった。

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