アウターレコード
真鍋仰
プロローグ「記録」
まずは興味を持っていただき、ありがとうございます。
一話ごとに短いので、軽い気持ちで読んでみてください。
では、本編をどうぞ。
─────
物事を達成するためには、犠牲や生贄といったものが必要不可欠だ。
それがどんなことでも、たとえ成功しようが、失敗しようが、たとえばチェスで捨て駒が必要なように、得ようとすることは失うことと同義なのだ。
「つまり、だ。僕の仕事は、他人の記憶を失わせることで、日々の美味しい食事を得ることなんだよ。食事だけじゃない。ゲームをするにも、服を買うにも、慈善団体への募金をするにも、ああ、募るのだから、正確には寄付が正しかったんだっけ? ともかく、そうやって仕事をする、対価を得るためには自分の能力や時間を犠牲にしなければならない」
学生服を身に纏った少年はビルの屋上で風を浴びながら、そう独り言ちる。
日が落ちるのが早くなってからもう何週間経っただろう。街の明かりを見渡しながら、少年はそんなことを考える。
「
ごもっともな指摘を突きつけ、あやうく少年をアイキャンフライッ! させかけたのは、街中を歩けば目を引く容姿をした少女だった。
一言で形容するならば、キャンバスだ。
真っ白な少女は足音を消して少年に近づいた。
「マツリか。いたのなら先にいっておいてくれないかな」
「すみません。帰りが遅いので、どうせそこらで油を売っているのだろうと思い、お迎えに上がりました」
「悪かったよ。さ、今日も仕事は終わったし、帰ろう」
ビルの淵に座り込み、そういいながらも少年は立ち上がらなかった。
いや、正確には立ち上がれなかった。
「もう、仕方ないお方ですね、あなたさまは」
ぐい、と腕を引っ張り上げられ、その勢いで柵に身体をぶつけた。
ガン、と低い音が響くが、それは風でかき消された。
「ははは、ごめんよ」
今日もまた、足を踏み外した人間の記憶をいじくり、日常へと戻したばかり。
一仕事終えた少年は、今日もまた不安定な日常へと戻る。
ところで、知っているだろうか。
この世には二種類の人間がいることを。
ひとつは、他人に指示されたとおりに動き、それをこなす者。
ひとつは、他人の指示を考慮に入れたうえで、自らで行動する者。
「僕は後者だという自覚がある。マツリはどうだい?」
「そうですね。熟考いたしまして、彩さまの従者だということを観点に入れて。わたくしは前者ではないでしょうか」
「そうかい、そうかい」
彩は頷いた。うんうん、そうだねそうだね、と首を縦に振ってみて、鋭い眼差しを機械然とした無表情に近い表情を浮かべ続けているマツリの方へ向けた。
「じゃあ、今日のこれは何だい?」
「シチューです」
青みがかった液体を指して即答した。
「……カレーだといわれたのなら、ああ、と納得できないまでも納得していたかもしれないけれど、シチュー、だって? これ、米が入っているんだけど」
「シチューご飯、いいじゃないですか。もしや彩さまはお好みでございませんでしたか?」
「それ以前の話だといっている。第一なんだ、青って。紫とか黒とか、そういうわかりやすく忌避感を覚える色ならまだしも食欲を削ぎに来ているじゃないか。まあ、そもそもカレーですらないというのだから驚きだよ。シチューなら白だろ」
「それは先入観というものです。青だからダメとか、理不尽に過ぎます。サワーカクテルとか、ブルーハワイのシロップとか、ああいう類すらも否定することになるんですよ」
「そういう話をしているんじゃない。大切なのでもういう一度いうけれど、そういう話をしているんじゃない」
はあ、と息を吐きだした。
おそるおそる、スプーンでドロッとした液体をすくい、鼻腔へと近づけ──
「ごほっ、ごほっ」
むせた。何も口にしていないにもかかわらず、むせた。
あれだ、と彩は思い返した。化学の実験の時のやつだ、と。
「おまえ、これ。何を入れた。塩酸とか入れてないよな? 他になんかヤバい液体とか入れてないよな? 匂いから殺しにかかってきているんだけど」
「そんなはずはありません。煮込んでいた時は鼻をつくいい香りでしたよ」
「鼻をついてんじゃねぇか。痛いよ、怖いよ。刺激臭だよ」
ところで、知っているだろうか。
この世の中には二種類の人間がいることを。
ひとつは、自分を信じる者。
ひとつは、他人を信じる者。
両者は拮抗せず、もしも両者を備えていたとしても矛盾しない。
ただ記録と記憶に特化したフリーの魔術師の場合は矛盾する。
魔術師であるがゆえに前者を備え、けれども記録と記憶を扱うゆえに後者を備える。
そして、それは矛盾する。例外的に矛盾する。
「いただきます」
ぱくり、と大口を開けて頬張る。
もぐもぐ、と頬張る姿に、機械のごときこわばった表情は誰にもわからぬほどに微々たるものだったが氷解する。
「ん。意外といけるじゃないか。悪かったな、散々いってしまって。うん。僕の口に合っている味だよ」
無事完食したその後。
食後のテレビを見ている間にひどい腹痛に見舞われ、学校を休んで、裏家業も休んで、病院へ搬送されたことは彼らだけの秘密である。
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