16 オルヒデー家という人柱
レティシアは客間にリーヴェスを案内すると、人払いをしてくれた。侍女たちはお客様にお茶もお菓子も出さないのは失礼だと主張し部屋から出て行くことを嫌がったが、レティシアの勢いに押されて渋々部屋から出て行った。
戸が閉まるのを確認して、僕は窓から部屋の中に入る。
リーヴェスは僕を見ると、
「お前は昨日もいたな。お前が持っている、その錆びた剣は何だ? ――まさか聖剣か?」
と聞いてきた。
「よぉ、リーヴェス、久しぶりだな。と言っても、実際に話すのは初めてか」
グラディウスが元気よく話し始めると、リーヴェスは目を少し見開いた。彼なりに驚いているようだが、表情にはあまり変化がない。
「――俺の持っている剣と同じか?」
リーヴェスは僕に近づいて来た。僕はリーヴェスに見やすいようにグラディウスを手に持つ。
リーヴェスは顔だけ近づけてグラディウスを確認すると、
「――状態は悪いが、同じ剣のようだな」
と僕の目を見て言った。僕と一緒に未来から来たグラディウスのことが気になるようで、リーヴェスは僕の手元にいるグラディウスにまた視線を戻すと、食い入るように眺めている。
「僕は、百年後の未来から来たんだ。これから百年の間に、魔物のせいで多くの人が死ぬ。そんな未来を変えたくて、この国の人たちを救うために来た。この剣は、君の聖剣の百年後の姿さ」
リーヴェスの反応を確認しながら話すが、僕が未来から来たと言っているにも関わらず、リーヴェスは眉すら動かさない。あまりにも表情が変わらないので、本当に僕の話を聞いているのかと心配になるほどだ。
「僕のいた未来では、君は聖剣を引き継ぐ前に死んでしまったんだ。邪気は昨日レティシアが払ったから、もう君は大丈夫だと思うけど。オルヒデー家が聖剣を引き継いでいかないと、悲惨な未来が待っている。未来の平和のために聖剣を繋いでほしい」
黙って僕の話を聞いていたリーヴェスだったが、僕が聖剣を次の代に繋ぐ話をした途端、すぐに
「断る」
と無表情のまま言った。
「ことわる?」
すぐに意味を理解することができなかった。
「ことわるって、聖剣を引き継ぐ気はないということか?」
「その通りだ」
念のため確認してみたが、言葉の通りだった。
聖剣を継承している以上、聖剣でないと魔物退治ができないことくらい、リーヴェスも理解しているはずだ。状況を知っているくせに聖剣を引き継ぐ気がないだなんて、どういうつもりなんだ。
仮にレティシアとリーヴェスを引っつけるのに失敗したとしても、リーヴェスさえ死ななければグラディウスは途切れることなく次の代に引き継がれるものだと思っていた。
せっかく助けてやったのに、元気になったところでそもそもリーヴェス自身が聖剣を引き継ぐ気がないなんて、意味が分からない。
思い通りに進みそうにない現実に、僕は叫びたい気持ちになった。怒りの感情を自分の中でうまく制御できず、意識して作っていた穏やかな表情を保つことができなくなった。
僕の憤りはリーヴェスにも伝わっているのだろうが、リーヴェスは気にする様子もなく淡々と話す。
「俺が生きているうちは、魔物は残らず退治する。だが、オルヒデー家は俺の代で終わりだ」
表情の乏しいリーヴェスの隣で、思っていることがすぐ顔に出るレティシアが心配そうに僕たちを見ていた。レティシアの目は大きく見開かれ、口は半開き状態だ。
僕は今にも怒りが爆発しそうだったが、レティシアのまぬけ面が視界に入ったことで少し怒りがさめた。
レティシアが頼りない以上、僕が冷静さを欠くわけにはいかない。グラディウスが言うように、リーヴェスがなぜそのように考えるのか、理由を聞いてみることにした。
「魔物を攻撃できるのは君の剣しかないんだ。普通の剣で攻撃しても、魔物にはいっさい攻撃が通じないのは知っているだろ? なのになんで、聖剣を自分の代で終わらせようとするんだ?」
「お前は聖剣の継承について何も知らないからそんな事が言えるんだ」
冷静さを保ってはいるものの、リーヴェスは眉を寄せ、やや強い口調で言った。
「次の継承者は、聖剣が選ぶ。今までのオルヒデー家の主は、聖剣を繋ぐために複数の女性と関係を持ち、多くの子を残そうとしてきた。
オルヒデー家しか聖剣を使うことはできないが、聖剣はこの国で一番強い人間でないと継承者に選ばない。オルヒデー家は多くの犠牲を払って、今までなんとか聖剣を繋いできた。
――俺の母親はオルヒデー家の特殊な家庭環境になじめず人が変わり、最終的には何もない寂しい家で、一人で死んだ。
九人いる男兄弟のうち、聖剣の後継者選びの時に七人が死に、残りの二人は人目に触れないようにオルヒデー家の別宅に隔離されている」
今まで口数が少なかったので気づかなかったが、リーヴェスの話し方には人を惹きつける何かがあった。
リーヴェスは途中何度も間を置きながら話していたので、話の途中で口を挟むことはできたのだが、彼が話し終わるまでは、誰も何も言わなかった。
リーヴェスは気に食わない奴だが、グラディウスが自分の継承者にと選んだだけあって、人の上に立てるだけの魅力があることは認めざるをえなかった。
自分との格の違いをリーヴェスに見せられた気がして、僕は一人みじめな気持ちになった。
オルヒデー家の男たちが背負わなくてはならない運命には同情するが、魔物を一撃で倒せるほどの大きな力が得られるのだから、ある程度の犠牲は仕方がないように思える。
リーヴェスが何と言おうと、僕は彼に次の代へと聖剣を繋いでもらわなくてはならない。どう返事すべきか考えていると、
「継承者選びって、死人が出るくらい激しく戦ったりするの?」
と、今まで無言だったレティシアが口を開いた。この部屋の緊迫した雰囲気を壊すような、のんびりとした声だった。
「違ぇよ。ただ、オレを握るだけさ。オレが選んだ継承者が握ると、剣のつばの部分についている石が光るんだ」
グラディウスが答える。
「握ればいいだけなんて簡単そうなのに、なんで死人や重症人が出るのよ」
「この時代のオレは邪気がまとわりつきすぎてて、魔剣みたいなものになっちまってるからな。よっぽど力のあるやつが握らない限り、人間は狂っちまうんだよ。肉体がダメになるか、精神がダメになるかは、それぞれだな」
とグラディウスが笑いながら答え、
「そうなの、それは大変ね」
と、グラディウスの笑いにつられてレティシアも笑いそうになっていたが、途中でおかしいと気づいたのか、
「ちょっと待って、全然笑えないんだけど」
と、いつもより低い声でグラディウスに突っ込みを入れた。
話の内容は別として、レティシアとグラディウスの間だけ穏やかな雰囲気に包まれている。
そんな二人を、リーヴェスは呆れたように見ていた。
レティシアの質問をきっかけに話がそれてしまったので、ため息をつくと僕は話を戻した。
「聖剣さえあれば簡単に魔物が倒せるのに、君は多くの人を見殺しにする気か?」
リーヴェスを挑発するような言い方になってしまったが、リーヴェスは少しも動じなかった。
「他の大陸に移動すべきだと、国王にはかなり前から進言している――王は聞く耳を持たないがな」
「この国に住んでる人間全員を他の大陸に? 戦争でも起こす気か? むちゃな話だ」
国民全員で他国に移動するなんて戦争に発展しかねないだけでなく、そもそもそんなに簡単に他国へ行ける距離でもない。
島国であるこの国は、他の大陸から離れた場所に位置している。一番近い国に船で移動するだけで、少なくとも一か月はかかる。その間、事故に遭遇したり、船の上で体調を崩してしまったりすると、命取りになりかねない。
外国人は王都にはちらほらいるようだが、今の平和な時代であっても、あまり多くはないようだ。
「オルヒデー家という犠牲なくして、この大陸では人々の生活が成り立たない。いまこの地に住んでいること自体がそもそもおかしいんだ。だが、この大陸の良いところしか知らない奴らは、他の大陸へ逃げようなどと考えない。昨日までは、そんな都合のいい奴らはみんな死んでしまえばいいと思っていたが――さすがに疲れていたらしい」
リーヴェスは鼻で笑ったが、目は真剣そのものだった。
「待て、まだ話は終わっていない」
帰ろうとしているリーヴェスを僕は呼び止めたが、
「少し話せば分かる。お前とはいくら話しても、分かりあえることはない。話すだけ時間の無駄だ」
と言い、部屋の外へと向かって歩く足を止めようとはしなかった。リーヴェスはレティシアや僕を見ることもせず、歩きながら話す。
「聖剣についての話は、国家秘密だ。国内に混乱を生じさせないためにも、他言はするな」
僕はレティシアに、リーヴェスを止めるよう目で訴える。今回レティシアは、リーヴェスを客間に連れてきたこと以外、何の役にも立っていない。僕がリーヴェスを説得しようとしている時も、だんまりだ。
僕の視線に気づくとレティシアは困ったような顔をして、
「リーヴェスは聖剣を次の代に繋ぎたくないんでしょ? 決意は固いようだし、他の方法を探しましょうよ。人を変えることってなかなかできないわ」
と言ってきた。リーヴェスは
「その通りだ」
と言って、レティシアの横を通り過ぎる。
味方だったはずのレティシアが、このわずかな時間でリーヴェス側に寝返った。これだからあまり深く物事を考えない奴は嫌いなんだ。自分の頭で考えていないからこそ、他人の意見にすぐ左右される。
僕はいらいらしながら言う。
「聖剣以外の方法? 今まで探してきたけど、何も見つからなかったよ。魔物を倒すには、聖剣しかないんだ」
急にレティシアが、彼女の顔には似合わない真剣な表情をしてきた。
「魔物が手に負えないくらい増えてしまった未来と、まだ魔物があまり出現していない今とでは、とれる手段が同じだとはかぎらないわ。他に方法はないのか、探してみる価値はあるはずよ」
何を悠長なことを、と思ったが、頑固そうなリーヴェスを説き伏せるのもなかなか時間がかかりそうなので、すぐには反論できなかった。
ただ、僕に残された時間があまり長くないというのは現時点で唯一確かなことで、僕は焦りを感じた。
レティシアは真剣な表情のまま、次はリーヴェスを見た。
「ねぇ、リーヴェス。最後に一つ教えてくれないかしら?」
「なんだ?」
リーヴェスはドアノブに手をかけようとしていたところだったが、立ち止まってレティシアを見る。
「聖剣を継承する気がないって話、今まで誰かに話したことある?」
「お前たちが初めてだ」
「婚約者はいるんだから、結婚はする気なのよね?」
一つ教えて、と切り出したのにも関わらず、レティシアは遠慮なく二つ目の質問をした。
「イレーヌには婚約前から、結婚する気はない、そちらから婚約破棄をしてくれ、と言ってある。なかなか聞き入れてくれないが、俺自身が結婚する気がない以上、時間の問題だ」
リーヴェスはこれ以上質問に答える気はないようで、部屋を出て行こうとした。
「そうなのね。考えを変える必要はないんだけど、でもとりあえず、いろんな違う立場の人の意見を聞いてみてもいいと思うの」
言い終わるや否や、レティシアはリーヴェスに歩み寄る。
「だから、あなたの聖剣、浄化させてもらうわね」
と言いながら、レティシアはリーヴェスの腰元にある聖剣に手を伸ばした。しかし、リーヴェスは軽々とレティシアの手を避ける。
「最初にした話を忘れたのか? もう邪気を浄化しようなどと思うな。今後、お前の身に何が起こっても知らないぞ」
リーヴェスはため息まじりに言った。しかしレティシアは夢中で聖剣を追いかけており、何も答えない。
リーヴェスの身体能力を考えると、レティシアが簡単に聖剣を触ることができるとは思えなかったが、グラディウスとの別れの時が近づいているため、レティシアにこの場は任せ、僕は一時的に離れることにした。
「レティシア、何としてでもこの時代のグラディウスを目覚めさせろ。少ししたら戻る」
僕が窓から外に出ようとした時だった。
リーヴェスはレティシアを軽くかわし、戸を開けた。そうしたら部屋の外にはなんと、リーヴェスの婚約者が立っていた。
表情に変化のないリーヴェスも、この時ばかりはさすがに驚いた顔をした。
彼女は今にも泣きそうなこわばった表情をしており、リーヴェスと目が合うと
「あなたがキルキュバオム家に行ったと聞いて、いても立ってもいられなくで……。はしたないと思いながらも、後を追って来ましたの……」
と、かぼそい声で言った。
レティシアはチャンスだとばかりに、リーヴェスに飛びつく。
僕は慌てて部屋の外に出て、人目のない場所を探して走った。
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