第206話 滅亡の黒き星

 天を貫く光の柱、細々と散りゆく雨雲、時空間魔法の衝撃は天候すらも一変させる。


 見渡す限りの平原に突如として現れた一団。エリッサと南ディナール王国の元老院。アルフレッド、クリスティーナ、シャルロット、ロムルス王国の騎兵隊。そしてウルリカ様とラドックス。

 ウルリカ様は時空間魔法により、洞窟にいた全員を地上へと転移させたのである。


「うむ、ここなら遠慮なく暴れられるのじゃ!」


「くっ……まさに怪物……!」


 超常的なウルリカ様の力に戦慄を禁じえないラドックス。しかしハミルカルを人質としていることで、どうにか平静を保ち続ける。


「ふぅ、外へ出たからなんだと言うのです? 暴れられるのは私も同じ、ここからは手加減なしです!」


「うむ、遠慮は無用なのじゃ」


「地縛魔法、カースバインド!」


 魔力により形成された力場、超重力に歪む空間。ウルリカ様へと襲いかかる、絶え間のない強烈な圧力。


「捕らえたぞ! 地刃魔法、グラングラディウス!」


 続けざまに放たれるラドックスの魔法攻撃、大地を割いて出現した八本の巨大な岩の刃。じっと動かないウルリカ様は、呆気なく岩の刃に飲み込まれる。


「トドメだ! 圧潰魔法、グラングラインド!」


 ウルリカ様を飲み込んだ岩の刃は、交互に噛みあいギュルギュルと回転する。内部に閉じ込めたウルリカ様を削り潰さんとする、高硬度の巨大掘削機だ。


「クフフフッ、口ほどにもない」


 土の魔人という異名に恥じぬ、大地を操る魔法の数々。完璧に決まった連続攻撃に勝ちを確信するラドックス、しかし──。


「ふむ」


 ──相手は魔王ウルリカ様、その強さはまさに別格。

 砂糖菓子でも割るかのように岩の刃をボコッと砕き、テクテクと外へ出てきてしまう。当然のごとく傷一つない、いたって涼し気な表情である。


「退屈な魔法ばかりじゃったな」


「なっ、バカな!」


「さて、今度は妾の番なのじゃ」


 そう言うとウルリカ様は一瞬でラドックスの背後へと回り込む。その速度は瞬間移動に近しく、ラドックスは反応すら出来ない。


「ほれ、捕まえたのじゃ」


「いつの間に!?」


「拘束魔法、デモジェイル! 創造魔法、デモクラフト!」


 どこからともなく現れた闇を纏う無数の鎖は、ラドックスへと巻きつき自由を奪い去る。

 そして同時に作りあげられた土塊の人型、見るからに粗雑な作りの土人形である。


「くそっ、動けな──」


「苦磔魔法、デモトーチャ」


「──ぐっ、ぐああああっ!?」


 それは悍ましき拷問の魔法、耐え難い苦痛にラドックスは堪らず絶叫をあげる。


「がああっ、止めろ! ハミルカルまで殺すつもりか!」


「大丈夫なのじゃ、苦磔魔法はまやかしの苦痛を与える魔法じゃ」


「バカな、この苦痛がまやかしだと!?」


「肉体への損傷は起らぬ、安心していいのじゃ」


 優しく微笑むウルリカ様、一体なにを安心すればいいのやら。


「ほれ、その体から離れなければ永遠に苦痛は続くのじゃ」


「ぐおおぉ……っ」


「ほれほれ、おあつらえ向きな人形を用意してやったのじゃ。お主の魔法ならば精神を人形へ移せるはずなのじゃ」


「くっ、くそ!」


 苦痛に耐え切れなくなったラドックスの精神体は、ついにハミルカルの身体から離れる。逃げ込んだ先はウルリカ様によって作られた土塊人形だ。


「精神侵食などと言うておるが、大した魔法ではないのじゃ。己の精神を宿した魔力で、人や物を操作しておるだけなのじゃ」


「はぁ……はぁ……」


「真の精神侵食とは、自らの精神と他者の精神を融合させる高度な魔法なのじゃ。死者の精神は死滅するもの、つまり死者に対する精神侵食は不可能なのじゃ。死者を操っておる時点で、お主の魔法は精神侵食とはかけ離れたものなのじゃ」


「お……おのれ……!」


「所詮は寄生虫のような低級魔法じゃ。それにしても己の精神を宿した魔法とは、なんとも貧弱な魔法じゃな」


「貧弱? 貧弱だと!?」


「まったく貧弱なのじゃ、そのせいで苦磔魔法の効果を受けたではないか」


「私の魔法をこけにしおって、許さんぞ──」


「もうお主には飽きたのじゃ」


 憤るラドックスのことなど無視、ウルリカ様はラドックスの精神を宿した土塊人型をポイッと遠くへ放り投げる。散々苦しめられたラドックスに、もはや抵抗する力は残されていない。


「ではトドメなのじゃ、強き魔法というものを見せてやるのじゃ!」


 ここにきてノリノリのウルリカ様。溢れ出す魔力は桁違い、周囲の空間を歪めるほどだ。

 そして世にも恐ろしい、トドメの一撃が放たれる。


「第七階梯! 滅亡魔法、デモニカ・ホロウ!」


 それは滅亡の黒き星。

 解き放たれた魔力は巨大な漆黒の球体と化し、何もかもを無慈悲に飲み込む。触れたものは等しく消滅し、周囲の草木は瞬く間に枯死する。

 滅亡の闇に飲み込まれ跡形もなく消滅するラドックス、僅かな悲鳴をあげる間すらない。

 大地を抉り、山一つを消滅させ、滅亡の黒き星は空の彼方へと消えていく。その威力はまさに異次元、人知を超えた天災だ。


「うむ、スッキリなのじゃ!」


 そんな天災を撒き散らしておきながら、スッキリ笑顔のウルリカ様。


 授業を受けられなかったモヤモヤを解消し、ニッコリと微笑むのであった。

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