第132話 最強の存在

 シャルロットがクラスメイトに囲まれて大粒の涙を流しているころ、ヴィクトリア女王とクリスティーナ、そしてエリザベスの三人は、町の西側に位置する王家所有の屋敷を訪れていた。魔物襲来の際に避難場所となっていた屋敷である。

 三人は応接室に入ると、鍵を閉めてソファに腰かける。


「ふぅ……今日は疲れたわ……」


「お母様……昼間は町中を走り回ったって聞いた……」


「そして夜は住人とお祭り騒ぎか、まったく無理しすぎだな」


「夜のお祭り騒ぎは強引に誘われたのよ。楽しかったけど、はあぁ……疲れたわぁ……」


 ヴィクトリア女王は深々と……というよりだらーんとソファに腰かけている。普段の上品さはどこへやら、家族の前でしか見せないだらけきった姿である。


「ところでお母様……ずいぶん厳しくシャルロットを叱ってた……」


「あれでいいのよ、失敗した時は厳しく叱ってあげなくちゃ。ちゃんと失敗して、ちゃんと叱られて、そうやって子供は成長していくのよ」


「しかしシャルロットはかなり落ち込んでいた、少し心配だな」


「それこそ心配いらないわよ。あの子には支えてくれるクラスメイトがいる、みんなシャルロットの力になってくれるわ。下級クラスは本当にいいクラスよね」


 ヴィクトリア女王の言葉からは、シャルロットに対する深い愛情が溢れている。応接室は優しく柔らかな空気に包まれる──かと思いきや。


「ところで二人とも、ここへ来た理由は分かっているわよね?」


「「うっ……」」


 先ほどまでとは打って変わり、ヴィクトリア女王の口調はチクリと刺すように鋭い。


「ねえクリスティーナ?」


「はいっ」


「あなた達はどうしてロアーナの町にやって来たのかしら? 言ってごらんなさい?」


「それは……お父様からのご下命で、ロアーナ高原の魔物を討伐するために……」


「そう……それだけかしら?」


「あうぅ……」


 ヴィクトリア女王に詰め寄られて、クリスティーナは蛇に睨まれたカエル状態だ。


「ねえエリザベス?」


「はいっ」


「教えてほしいわね……ゼノンはあなた達にどんな命令を下したのかしら?」


「いや……その……」


 ヴィクトリア女王の迫力に、聖騎士筆頭であるエリザベスも小さく縮みあがってしまう。


「あなた達……なにか私に隠しているわよね?」


 揃って首を横に振るクリスティーナとエリザベス。二人の顔色は真っ青で、額からはダラダラと冷や汗を流している。

 対するヴィクトリア女王は満面の笑みを浮かべてる。ニコニコと満面の笑顔、しかし目は一切笑っていない。


「あなた達はゼノンと私、どちらの味方をするのかしらね?」


「お母様……あの……」


「そいえば私、二人の恥ずかしい秘密をたくさん知っているわ。あれは確かエリザベスが十歳のころ……」


「待ってくれ母上、それは卑怯──」


「あら? まだ私はなにも言ってないわよ、“まだ”ね……」


「私は……私はお母様の味方です……」


「参りました母上、全部お話します……勘弁してください……」


 国内最高峰の魔法使いといえども、国内最高峰の聖騎士といえども、母親の前には無力なのである。


「素直な娘を持って、私は幸せ者ね」


「はぁ……実は──」



 ………………。


 …………。


 ……。



「──というわけなので、ガレウス邪教団のことは内密に調査をする必要があるのです」


「ガレウス邪教団……なるほどね……」


「お父様ごめんなさい……お母様には逆らえませんでした……」


「母上は最強の存在だ……」


 ゼノン王からの密命を喋らされて、クリスティーナとエリザベスの顔色はゲッソリと青白い。

 そんな二人とは対照的に、疑問が解けてスッキリとした表情のヴィクトリア女王。おもむろに立ちあがろうとするが。


「とにかく事情は分かったわ、私も協力を──あっ」


「危ない母上!」


 立ちあがろうとした瞬間、足をふらつかせて転んでしまう。咄嗟にエリザベスが支えたものの、危うく床に頭を打ちつけていたかもしれない。


「昼間の疲れが出たのかしら……ありがとうエリザベス」


「母上も若くないのだから、あまり無理をしないでくれ」


「あっ、エリザベス……それはマズい……」


 危険を察知したクリスティーナは、慌ててエリザベスを止めようとする。しかし時すでに遅く。


「若くないのだから? ちょっとエリザベス、誰がオバサンですって?」


「待ってくれ! 誰もオバサンだなんて言ってないぞ!」


「エリザベスったら、そんなに恥ずかしい秘密をバラされたいのかしらね?」


「母上ぇ!?」


 こうして母と娘達の、ちょっと賑やかな夜は更けていくのだった。

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