第108話 しまった!

 一方こちらは王都ロームルスの上空。

 雲一つない青空に、小さな赤い点が浮かんでいた。


「グルオォォッ!」


 赤い点の正体は、真っ赤な鱗のレッサードラゴンだ。背中にウルリカ様、オリヴィア、シャルロット、シャルル、ベッポの五人を乗せて、町の上空を飛行している。

 誘拐されたナターシャを連れ戻すべく、五人はアルテミア正教会へと向かっているのだ。


「五人も乗せて飛べるなんて、ドラゴンって凄いのですわね」


「“アグニス”は凄いでしょう? 本気を出せば八人まで乗せられますよ!」


「「「アグニス?」」」


「このレッサードラゴンの名前だよ、カッコいい名前だろ?」


 そう言うとベッポは、アグニスの首元を優しく撫でてあげる。ベッポはアグニスのことを、とても自慢に思っているようだ。


「ところでシャルル、目的地はどこなんだ?」


「この先にある白い大きな教会だ、そこに教主様は滞在されている! もうしばらく進めば見えてくるはずだ!」


「もうしばらくか……だったら到着までの間に、アルテミア正教会のことを詳しく説明してくれよ」


「あら? ベッポはアルテミア正教会を知りませんの?」


「俺はアルテミア正教会の信徒じゃないので、あまり詳しくないのですよ。商売人は商売の神しか信仰しないのでね」


 どうやらベッポは目的地到着の前に、アルテミア正教会の情報を詳しく知っておきたいようだ。説明を頼まれたシャルルは「分かった!」と大きく頷く。


「アルテミア正教会は、宗教国家“アルテミア正教国”を総本山とする巨大な宗教組織だ。大陸全土に布教されており、各国に大きな影響力を持つ。ロムルス王国の王家もアルテミア正教会の信徒だったはずだ」


「その通りですわ、ロムルス王家はアルテミア正教会の信徒ですの」


「アルテミア正教会では“勇者アルテミア様”を信仰対象としている。勇者アルテミア様とは、千年前に魔王と戦った伝説の勇者様で──」


「ちょっと待て、魔王って……」


 魔王と聞かされたベッポは、思わずウルリカ様の方へと視線を移す。すると──。


「すやぁ……すやぁ……」


 視線の先ではウルリカ様が、可愛らしく寝息を立てていた。オリヴィアにもたれかかって、ずいぶんと気持ちのよさそうな寝姿だ。


「たくさんクッキーを食べていましたから、眠たくなってしまったのですね」


「みたいですわね……到着の前に起こしてあげましょう」


「むにゃ……クッキー……」


 ウルリカ様の可愛らしさに、ほんわかと和やかな空気が流れる。そんな中シャルルは、コホンッと咳払いをして話を元に戻す。


「あー……勇者アルテミア様は、千年前に魔王と戦った伝説の勇者様だ。アルテミア正教会の信徒にとって、唯一絶対の信仰対象なのだ。そしてアルテミア正教会の教主となるお方は、アルテミアの名とともに教主の座を引き継ぐしきたりなのだ」


「確か現在の教主様は、第十九代のアルテミア様でしたわよね」


「シャルロット様のおっしゃるとおりです。現在の教主アンナマリア・アルテミア様は、八歳の時に教主の座を引き継いだ、史上最年少の教主様であらせられる」


「なるほどねぇ……その教主様に、ナターシャは連れ去られたってことか」


「そうだな……その可能性は高い……」


 そうしてシャルルの説明が一段落したちょうどその時、進行方向に白い大きな影が姿を現す。


「見えたぞ! あの教会に教主様は滞在されているはずだ!」


「ようやく到着しましたわね、ではこのまま地上に降りますわよ!」


「頼むぞアグニス! あの白い建物の近くに降りるんだ!」


 目的地を前にして、気合い十分なシャルロット、シャルル、ベッポの三人。一方オリヴィアだけは、ギョッと驚いて目を丸くする。


「えっ!? このまま地上に降りるのですか?」


「もちろんだ! 早くナターシャ嬢を救出しないといけないだろう?」


「シャルルの言う通りですわね! 早く地上に降りて、ナターシャを連れ戻しますわよ!」


「いいぞアグニス! そのまま降りろ!」


「ちょっと待っ──あぁっ」


 アグニスは指示された通り、教会へ向かって勢いよく降下していく。オリヴィアは慌てて止めようとしたものの、残念ながら間にあわず──。


「……なんだ? なにか地上で騒いでいるみたいだぞ?」


「あれはアルテミア正教会の神官達ですわ、次々と教会から出てきますわね」


「教会に所属する魔法使い達も出てきているようだ、こちらに向けて杖を構えて……?」


「……って、ちょっと待て! どうして俺達の方に杖を構えてるんだよ!?」


「マズいですわ! この状況はどう考えてもマズいですわ!!」


 一斉に杖を向けられて、慌てふためくシャルロット、シャルル、ベッポの三人。一方オリヴィアだけは、呆れたように目を細めている。


「あの……ドラゴンに乗っているからではないでしょうか……?」


「「「ドラゴン?」」」


「つまりですね……ドラゴンは凶暴な魔物ですよね。そのドラゴンに乗って、私達は教会の近くに降りようとしているのですよね。そんなことをすれば教会の人達は、ドラゴンに襲われると勘違いするに決まってますよね……」


 オリヴィアの説明を聞いた三人は、口を開けてポカンと呆けてしまう。かと思いきや、見る間に顔を青ざめさせ、そして──。


「「「しまったーっ!?」」」


 王都ロームルスの上空に、うっかりさん達の絶叫がこだまするのだった。

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