第106話 ナターシャ誘拐事件
時間は少し経ち、ここは教室塔前の広場。
広場に集まっているのは、ウルリカ様とオリヴィア、シャルロットとシャルル、そしてベッポと謎のドラゴンである。
「グルルゥ……」
「ひいぃ……」
赤いウロコに覆われた巨大なドラゴンを前にして、オリヴィア達はすっかり委縮してしまっている。
そんな中ウルリカ様だけは、いつもと変わらない様子でポリポリとクッキーを食べている。先ほどクッキーを喉に詰まらせてしまったことは、もうすっかり忘れてしまっているようだ。
「心配しなくて大丈夫だ、このドラゴンはちゃんと躾けてあるからな」
「だったら安心ですわね……じゃありませんわよ! きちんと説明してくださいですの!」
「そ、そうですね……シャルロット様はこのドラゴンに見覚えありませんか?」
「見覚えって……あぁっ、もしかして!」
「シャルロット様からの依頼で、入学試験の時に連れてきたレッサードラゴンですよ」
なんと目の前にいるドラゴンは、ロームルス学園の入学試験で騒ぎを起こしたレッサードラゴンだったのである。シャルロットの策略で連れてこられ、ウルリカ様にコテンパンにされてしまった、あの懐かしのレッサードラゴンだ。
「最終試験でウルリカにやられてから、コイツは行方不明になっていたんですよ。ところが近ごろ王都の周辺で、レッサードラゴンが牧場を荒らしていると噂になっていましてね。王都の冒険者達で討伐しようって話になったんです」
「それは……なんだかちょっと可哀そうな話ですわね」
「そうでしょう? 元々は俺達の都合で連れてきたのに、討伐されてしまうのは可哀そうでね。だから俺の従魔にして保護したんです」
「ちょっと待ってください。レッサードラゴンは凶暴な魔物のはずです、そう簡単に従魔に出来るような魔物ではありませんよ?」
「うちの商会で作った新商品、“魔物メロメロ爆弾”でイチコロだったよ。コイツは空を飛べるから、貨物の輸送や俺の移動を助けて貰ってるんだ」
「「「魔物メロメロ爆弾……」」」
相変わらずの独特な商品名を聞いて、なんともいえない表情を浮かべるオリヴィア、シャルロット、シャルルの三人。
一方ポリポリとクッキーを頬張っていたウルリカ様は、ハッとした表情を浮かべて大きな声をあげる。
「なるほどなのじゃ……って、そんなことより! ナターシャはどうしたのじゃ!? 誘拐されたとはどういうことなのじゃ!?」
「そうだった! ナターシャは“アルテミア正教会”の連中に誘拐されたんだよ!」
「バカな……信じられない……!」
アルテミア正教会と聞かされて、最も衝撃を受けたのはシャルルだ。
「確かシャルルのご実家も、アルテミア正教会でしたわよね?」
「その通りです……どうしてアルテミア正教会は、ナターシャ嬢を誘拐したんだ? そもそも本当にナターシャ嬢は、アルテミア正教会に誘拐されたのか?」
「ドラゴンの背に乗って教室塔に向かっていた俺は、教室塔の前で剣の稽古をするナターシャを見つけた。俺は地上に降りて、ナターシャに声をかけようとした。すると見慣れない豪華な馬車が現れて、あっという間にナターシャを取り囲んでしまった。そして抵抗するナターシャを馬車に乗せると、そのまま連れて去ってしまった」
「待ってくれ! なぜそれでアルテミア正教会の仕業だと言い切れるんだ?」
「ナターシャを連れ去った馬車には、アルテミア正教会の紋章が描かれていた。つまりナターシャはアルテミア正教会に誘拐されたってことだろ?」
ベッポの話を聞いたシャルルは、小声で「信じられない……」と声を漏らし続けている。自分の信仰する教会が自分の友達を誘拐したと聞かされたのだから、無理もない反応だろう。
「ベッポはドラゴンの背中に乗っていましたのよね? どうしてナターシャを追いかけませんでしたの?」
「もちろん追いかけましたよ、でも追いつけなかったんです。空を飛ぶドラゴンでも追いつけないなんて、あの馬車は普通の馬車ではありませんでしたね」
重苦しい空気の流れる中、腕を組んで「ふーむ」と考え込むウルリカ様。
「ウルリカ様? どうしたのですか?」
「アルテミア……どこかで聞いた名前なのじゃ……」
「もしかして魔界にもアルテミア正教会はあるのですか?」
「魔界に宗教は存在せんのじゃ、しかしどこかで聞いた名前じゃ……。うむぅ……うむぅ……」
コクリコクリと首を揺らすウルリカ様、考える姿まで妙に可愛らしい。
一方じっと下を向いていたシャルルは、意を決した表情で顔をあげる。
「アルテミア正教会がナターシャ嬢を誘拐するとは信じられない……しかし今はナターシャ嬢の無事を最優先に考えよう!」
「ええっ、そうですわね!」
「空を飛ぶドラゴンで追いつけない馬車ということは、総本山の所有する馬車に違いない。速さと堅牢さを兼ね備えた特別製の馬車で、主に要人を移送する際に使われるんだ」
「要人を移送ですか? ということはもしかして……」
「恐らく馬車に乗っていたのは、教主様ご本人だろう」
「まさかサーシャを誘拐したのは……アルテミア正教会の教主様……?」
「とにかく事情は分かったのじゃ! とっととアルテミア正教会とやらを滅ぼして、サーシャを連れ戻すのじゃ!」
「「「「ちょっと待ったぁ!」」」」
いきなり物騒なことを言いながら飛び立とうとするウルリカ様を、四人がかりで一斉に引き止める。
「アルテミア正教会は大陸中に布教されている、超巨大な宗教組織ですのよ! 滅ぼすだなんて、そんなことしたら大騒ぎですわ!」
「そんな騒ぎは妾には関係ないのじゃ、よく分からん宗教組織よりも友達の方が大事なのじゃ」
「でも……きっと報復されますわ、ウルリカもタダではすみませんわよ!」
「妾は魔王なのじゃ……相手がなんであろうとも、恐るるに足らんのじゃ……」
ウルリカ様の威圧感に、シャルロットは思わず言葉に詰まってしまう。
巨大な魔力を身に纏い、飛び立とうとするウルリカ様。その時──。
「待ってくれウルリカ嬢! 自分の実家もアルテミア正教会なんだ、だから……滅ぼされると自分は悲しい!」
「なんとっ、それはいかんのじゃ! 友達を悲しませなくはないからの、滅ぼすのは止めておくのじゃ……」
シャルルの必死な言葉を聞いて、ウルリカ様はシュンッと魔力を収める。ウルリカ様にとってシャルルは、ナターシャと同じくらい大切な友達なのだ。
すっかり落ちついたウルリカ様を見て、シャルロットはホッと胸を撫でおろす。
「ふぅ……とはいえナターシャを連れ戻さなくてはいけませんわね」
「本当にアルテミア正教会がナターシャ嬢を誘拐したのだとしたら、必ずなにか事情があるはずだ。だからまずは自分から教会に確認をとってみようと思う!」
「私もお手伝いします! サーシャは私のお友達ですから!」
「もちろん俺も手伝うよ、友達だもんな」
「決まりましたわね! それではクラスのみんなで、ナターシャを連れ戻しますわよ!」
こうして下級クラスの五人は、誘拐されたナターシャを連れ戻しにアルテミア正教会へと向かうのだった。
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
「ところでシャルロット様、先ほど『クラスのみんな』と言いましたけど、ヘンリーを忘れてませんかね?」
「ヘンリーでしたらクリスティーナお姉様と一緒に、教室塔四階の“研究書大量教室”に引きこもっていますわ……」
「先日様子を見にいったら、本に埋もれて眠っていました……もちろんクリスティーナ様も一緒に……」
「寝る間も惜しんで魔法の研究をしていのだな……」
「そうか……今回はそっとしておいてやるか……」
「そうですわね……」
こうしてヘンリーを除いた下級クラスの五人は、誘拐されたナターシャを連れ戻しにアルテミア正教会へと向かうのだった。
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