第72話 魔王と少女達の日常?

 朝日の眩しい午前のひと時。シャルロットは一人、ロームルス城の敷地内を歩いていた。

 気持ちのいい快晴の朝にもかかわらず、足どりはトボトボと重たい。


「はぁ……困りましたわ……」


 深いため息をつきながら、後ろを振り返るシャルロット。

 その目に映るのは、美しい朝日とは対照的な、むさ苦しい男の集団だ。武骨な鎧に身を包んだ、王国騎士団の男達である。


「あの……少しよろしいかしら?」


「「「「「はい! なんでしょうか、シャルロット様!!」」」」」


 ビシィッと背筋を正して、男達は一斉に返事をする。

 一糸乱れぬその動きは、気味の悪さすら感じさせるほどだ。


「あなた達は……一体なにをしていますの?」


「「「「「我らの女神様を、全力でお守りしているのであります!」」」」」


 キラキラと輝く目で、シャルロットを見つめる男達。

 ロームルス学園の戦いを経て、勝利の女神シャルロットは、騎士団の男達から大人気になってしまっているのである。


「ワタクシ、護衛なんて頼んでいませんわよ?」


「「「「「はい! 自主的にお守りしているのであります!!」」」」」


「気持ちは嬉しいですわ、でもこんなに大勢の護衛は不要ですの」


「「「「「いいえ! むしろ少ないくらいです!!」」」」」


 一歩も引かない男達、むしろグイグイとシャルロットへにじり寄っていく。

 女神を守る正義の騎士団のつもりなのか、しかしシャルロットからしてみれば、ゾロゾロとうっとうしい珍集団でしかない。

 「はぁ」とため息をついて、シャルロットは“あること”を指摘する。


「ところで、あなた達の本来のお仕事はどうしましたの?」


「「「「「……」」」」」


「……あなた達の本来のお仕事は?」


「「「「「……」」」」」


 シャルロットの指摘を受けて、先程まで威勢のよかった男達は、一斉に黙り込んでしまう。

 その様子を見たシャルロットの目は、キリキリと吊りあがっていく。


「……自分達のお仕事は、そっちのけにしていますのね?」


 ギクリッと肩を震わせる男達。そして──。


「ワタクシのことは放っておいて! さっさとお仕事に戻りなさーい!!」


「「「「「ヒイィッ! 申し訳ございません!!」」」」」


 平和なロームルス城に響き渡る、シャルロットの怒りの叫び。

 突如として落ちた女神の雷に、男達はビビりながら散っていく。

 そんな中一人の騎士が、諦めずにシャルロットへと食い下がる。


「し、しかしっ……女神様の護衛は……?」


「護衛!? あぁ……そうですわね……」


 ギロリッと騎士を睨みつけるシャルロット。

 少しの間じっと考え事をすると、なにかを閃いてポンッと手を叩く。


「ではあなた、一つ伝言をお願いしますの。ワタクシの──」


 そう言って、ニコリと笑うシャルロットなのであった。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ 



 眩い朝日に照らされる、ロームルスの城下町。

 燦々と輝く太陽の下、ベッポは一人で大通りを歩いていた。


「急に実家から呼ばれるなんて……なにかあったのか?」


 一通の手紙を握りしめ、不安そうな表情で歩き続けるベッポ。

 実家からの呼び出しを受け、商会の営む店へと向かっているのだ。

 大通りから角を曲がり、間もなく店へ到着というところで、ベッポはピタリと足を止める。


「な……なんだこれ……?」


 ポカーンと口を開け、その場に固まってしまうベッポ。視線の先には──。


「魔物避け爆弾を売ってくれ! あるだけ頼む!」


「私も魔物避け爆弾を買うわ! とりあえず三十個お願い!」


「俺は魔物混乱爆弾を買いたい! この金で買える分、全部売ってくれ!」


 店の前を埋め尽くす、大勢の人々。

 その誰もが、商会で扱っている“臭い商品”を求めて、やいのやいのと騒いでいるのである。

 かつてない異常事態を前に、ベッポは思考停止で固まったままだ。そんなベッポの元へ、一人の男が走って来る。


「ベッポお坊ちゃーん! 待ってましたー!」


「ア……アントニオ……か……?」


「はいっ、アントニオでございます! ベッポお坊ちゃん!」


 ベッポの前に現れたのは、アントニオと名乗る小太りの男である。ベッポの父親から店の経営を任されている商人の男だ。

 アントニオに話しかけられ、放心状態だったベッポはハッと我に返る。


「アントニオ! これは一体なんの騒ぎだ!?」


「見て分かるでしょう、全員お客様ですよ! 先日のロームルス学園での戦いで、店の商品が大活躍したのでしょう? その噂が広まって、店は大盛況なんです!!」


 嬉しそうに話をするアントニオ。全身汗でビショビショになりながら、両手を広げて大喜びだ。

 一方のベッポは「いやいやいや」と疑問を口にする。


「いくら大活躍したからって、あんな臭い商品は誰も買わないだろ!」


「それがですね! 商品を買ってくれているのは、みんな農家の方々なのですよ!」


「農家!? うちの商品は冒険者向けだろ?」


「どうやらうちの商品、農家にとっては最高の魔物避けみたいですよ! 畑から離れた場所に撒けば、臭いは気にならない。臭いのせいで安価ですから、安く大量に買える。いいこと尽くしだそうです!!」


「マ……マジかよ……」


 思いもよらぬ需要の増加に、ベッポは信じられないと言った様子だ。


「ただ一つ問題がございまして、私一人では店を回せないのです。ベッポお坊ちゃんには現場の指揮をお願いしたく、急きょお呼び出しをさせてもらったのです」


「現場の指揮って……父はどうしたんだ?」


「お父様は……その……旅行に行っておられます……」


「はぁっ!? こんな時に旅行だぁ?」


 自分勝手な父親の不在を知り、ガックリと膝をつくベッポ。

 そうして少し落ち込んだあと、パンッと頬を叩いて勢いよく顔をあげる。


「分かった! 現場の指揮は俺が執る!!」


「ありがとうございます! ベッポお坊ちゃん!!」


「あぁ、その前にアントニオ、お前に一つ伝言をお願いしたい。俺の──」


 そう言って、ニヤリと笑うベッポなのであった。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 ポカポカ陽気のお昼時。

 オリヴィア、ナターシャ、ヘンリー、シャルルの四人は、とある喫茶店に集まっていた。


「もぐもぐ……シャルロット様は大変そうです。王族としてやることも多いのに、騎士団の方々につきまとわれているそうで……」


「ベッポの実家は大繁盛らしいな! 王都中の噂になっている! もぐもぐ……」


「シャルロット様もベッポも、ボク達と違って忙しそうですね……もぐもぐ……。ところでウルリカさんは、今日はどうしているのですかね?」


「ウルリカ様はジュウベエ様と遊びに行きました。朝早くからお二人で、どこかへ行ってしまいましたよ……もぐもぐ……」


 仲よくケーキを食べながら、この場にいない三人の話をしている。

 シャルロットやベッポと違い、四人は暇を持て余しているのだ。


「みんな大変そうだな、自分達も力になれればよいのだが……ズズズ……」


「ズズズ……同じクラスの仲間として、手伝えることは手伝いたいですね」


「そうですね……ウルリカ様は遊んでいるだけですけどね……ズズズ……」


 シャルル、ヘンリー、オリヴィアの三人は、ゆったりと紅茶を飲みながらクラスメイトの心配を口にする。

 そんな中、「はいっ」と勢いよく手をあげるナターシャ。


「でしたら午後から、お手伝いに行ってみませんか?」


「それはいいですねサーシャ、私も賛成です!」


「自分も賛成だ! ナターシャ嬢よ、素晴らしい考えだな!」


「非常によい意見ですね、もちろんボクも賛成ですよ!」


 ナターシャの提案に、他の三人も大賛成だ。

 誰の所へ手伝いに行こうか、ワイワイと話しあう四人。そこへ別々の方向から、二人の男が走って来る。


「ナターシャ様! オリヴィア様! ようやく見つけました!」


「ヘンリーさん! シャルルさん! 探しましたよー!」


 走ってきたのは、王国騎士団の男と、商人のアントニオである。

 二人ともゼェゼェと息を切らせながら、それぞれ預かった伝言を口にする。


「ゼェ……ゼェ……シャルロット様から……伝言です……今日一日……シャルロット様の……護衛についてほしい……と……」


「ゼェ……ゼェ……ベッポお坊ちゃんから……伝言です……今日一日……お店の手伝いに……来てほしい……と……」


 言い終えると同時に、酸欠で意識を失ってしまう二人。

 伝言を聞いた四人は、顔を見あわせて一斉に立ちあがる。


「行きましょう、リヴィ!」


「もちろんです、サーシャ!」


「急ぐぞヘンリー!」


「もちろんですよ、シャルル!」


 こうして、仲間思いな四人は、急ぎ友達の元へと駆けつけるのだった。


 倒れた男二人を、その場に放置して……。

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