第61話 賢者ノイマン

「待たせたようですな、シャルロット様」


 ニヤリと笑いながら、戦場へと現れたノイマン学長。

 朱色のローブに黄金の杖という、普段とは違う豪華な出で立ちだ。


「ノイマン学長! 待っていましたわ!!」


 ノイマン学長は、腰をさすりながら「ほっほっほ」と笑っている。

 そこへ、焦げてボロボロになったラヴレス副学長がやってくる。


「ハァ……ハァ……ノイマン学長……」


「おや、ラヴレス副学長ですかな? 随分とボロボロですな」


「どうしてここに……ギックリ腰は……?」


「ギックリ腰は治りましたぞ、オリヴィアに治してもらったのですな」


 「治してもらった」と聞き、ラヴレス副学長は目を丸くして驚く。


「一体どうやって!? 学園の優秀な治癒魔導士でも治せなかったのに……」


「ずっと腰を揉んでもらいながら、治癒魔法をかけ続けてもらったのですな」


「腰を揉みながら治癒魔法? そんなことで……」


「そんなこと?」


 ノイマン学長は目を細め、ラヴレス副学長を睨みつける。

 厳しさのこもった鋭い視線だ。


ではありませんぞ。オリヴィアは一晩中ワシに治癒魔法をかけ続けてくれたのですな。尋常ではない魔力と精神力、そして底知れぬ慈愛の心。癒しの聖女とはよく言ったものですな」


「リヴィは頑張ったようじゃな! 流石は妾の友達なのじゃ!」


「ウルリカ様! ご機嫌麗しゅう!!」


 ビョンッと飛びあがったノイマン学長は、クルリと回りウルリカ様の前でひれ伏す。

 ギックリ腰から回復したばかりとは思えない動きである。


「ところでノイマンよ、リヴィは今どうしておるのじゃ?」


「魔力を使い果たしておりましたので、ゆっくりと寝かせております」


 ウルリカ様は満足そうに「うむ!」と頷く。

 その時、戦場から鋭い鳴き声があがる。


「シュルロオォー!!」


「おや、話している場合ではなさそうですな。まずはサラマンダーをなんとかしますかな」


 そう言うとノイマン学長は、一人でサラマンダーの方へと歩いていく。

 慌てて止めに入る、ラヴレス副学長とシャルロット。


「学長! お一人で戦うつもりなのですか? 無謀です!」


「危険すぎますわ! ここは騎士団との連携を──」


「心配なされるな、ワシの二つ名は知っておろう?」


 ノイマン学長は迫力のある笑顔を浮かべる。

 その迫力に、シャルロットはハッと息を飲む。


「賢者……ノイマン……」


「ほっほっほっ……さて、ゆきますぞ!」


「シュルロオォォッ!」


 鳴き声とともに、サラマンダーの口から炎が噴き出してくる。

 一瞬で地面を溶かすほどの、超高温の青白い炎だ。


 対するノイマン学長は、静かに杖を構える。


「──雹雪魔法、ヘイルブリザード──!」


 杖の先端から迸る、超低温の猛烈な吹雪。

 周囲を白く凍らせながら、サラマンダーの吐いた炎とぶつかる。


「シュルォッ!? シュオオォォ……」


 一瞬でかき消されるサラマンダーの炎。

 勢いの止まらない吹雪は、燃え盛るサラマンダーの体をあっという間に凍りつかせる。


「凄いですわ……サラマンダーを凍らせてしまうなんて!」


 氷から逃れようと、もがき暴れるサラマンダー。

 しかし体を覆う氷は分厚さを増し、完全に動きを封じてしまう。


「ふむ、この程度ですかな?」


「シュロ……シュ……ロ……」


「では苦しまぬよう、早くトドメを刺してやりますかな」


 杖を構えたノイマン学長は、静かに魔力を集中させる。

 集まった魔力は吹き荒れる暴風となり、杖の先端で渦を巻く。


「──風撃魔法、エメラルドブラスト──!」


 放たれた大気の砲弾は、周囲の氷を巻き込み膨れあがっていく。

 巨大な風と氷の塊は、動けないサラマンダーを直撃し、そして──。


「シュ……ロォ……ッ!?」


 バァンッ! と音を立て、サラマンダーの体は粉々に弾け飛ぶ。


「こんなものですかな?」


 杖を下ろすノイマン学長。

 炎も完全に鎮火し、残ったのは巨大な氷の柱だけだ。

 圧倒的すぎる勝利の光景に、人々はワッと盛りあがる。


「「「「「うおおぉぉ~っ! ノイマン! ノイマン!!」」」」」


 ノイマン学長を呼ぶ大勢の声。周囲は大変な大騒ぎだ。

 そんな中、興奮して駆けよってくるナターシャ。


「凄かったです! いつもの奇行老人ではありませんでした!」


「待てナターシャ嬢! 奇行老人はあまりにも酷い!」


 失礼すぎるナターシャを、シャルルは慌てて止めに入る。

 そんな二人を、ベッポとヘンリーは呆れながら見ている。


 ノイマン学長の活躍で戦いは終わりをむかえ、場は和やかな雰囲気だ。

 一方ウルリカ様は、一人で難しい顔をしている。


「ふーむ……あと二体か……」


「あら? ウルリカ、どうかしましたの?」


「うむ……ここからは妾の出番のようじゃ」


「出番?」


 人差し指を立てるウルリカ様、指先からは魔力の波紋が広がっていく。

 探知魔法で周辺の様子を探っているのだ。


「ロティの姉じゃ、森の奥で戦っておるのじゃ」


「お姉様! すっかり忘れていましたわ!」


 ハッとするシャルロットに、ウルリカ様は説明を続ける。


「強力な魔物に襲われておるようじゃ、サラマンダーとは比べ物にならぬのじゃ」


「そんな……っ」


 サラマンダー以上と聞き、顔を青くするシャルロット。


「安心するのじゃ、妾が助けに行くのじゃ!」


 トンッと胸を叩くウルリカ様。

 その小さな手を、シャルロットはハシッと握りしめる。


「待ってくださいですの、ワタクシも連れて行ってほしいですわ!」


「ふむ? しかしロティは十分頑張ったと思うのじゃ」


「いいえ、これはワタクシ達人間と魔物の戦い、ウルリカに任せきりにしたくありませんわ。それに……」


 シャルロットは言葉を切って、真っ直ぐにウルリカ様の目を見つめる。


「お姉様はワタクシの家族ですもの!」


「そうか、ならば一緒に行くとしようかの!」


 こうして、ロームルス学園での戦いは、人間側の勝利で幕を閉じた。


 そして、魔王様と王女様は、次なる戦場へ向かう。

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