第17話 涙

「シャルロット~、来たのじゃ~」


 試験の翌日。

 ウルリカ様とオリヴィアは、シャルロット王女の私室に呼ばれていた。

 扉を開けて、部屋へと入るウルリカ様。


「ようこそ、お待ちしておりましたわ」


 部屋の中では、シャルロット王女とナターシャが待っている。


「ナターシャではないか、元気そうじゃな!」


「はい、昨日はありがとうございました。オリヴィアさんも治療してくれて、感謝しています」


「いえいえ、お礼なんて!」


 ペコリと頭を下げるナターシャ。

 ナターシャよりも深く、頭を下げるオリヴィア。


「いえいえいえ、お礼をさせてください」


「いえいえいえいえ、私はただの侍女ですからっ」


 更に深く、頭を下げるナターシャ。

 更にさらに、深くふか~く、頭を下げるオリヴィア。


「いつまでやっておるのじゃ? 床に埋まってしまうぞ?」


「はっ、そうですね……」


「失礼しました……」


「フフフッ、二人は似た者同士なのね。さぁ、どうぞおかけになって」


 ちょこんと椅子に座るウルリカ様。

 オリヴィアは、ウルリカ様の斜め後ろに立っている。


「ウルリカ、オリヴィア。改めてお礼を言わせてください」


「うむ?」


「昨日は助けていただいて、本当にありがとうございました」


 シャルロット王女は、スッと綺麗な姿勢で頭を下げる。

 突然の出来事に、ナターシャは目を丸くして驚いている。

 オリヴィアにいたっては、驚きで顔色が真っ青だ。


「それと、今までのことを謝らせてください。ウルリカ、オリヴィア、本当にごめんなさい」


 シャルロット王女は、もう一度頭を下げる。

 驚きすぎたオリヴィアの口から、「ひぃっ」と悲鳴があがる。


「ナターシャも、昨日は助けてくれて本当にありがとう。それから、酷い態度をとってしまって、ごめんなさ──」


「大変です! シャルロット様が奇病にかかったかもしれません!」


「待ってください! もしかしたらニセ王女の可能性もあります!!」


 シャルロット王女のおでこに手を当てて、心配で泣き出しそうなナターシャ。

 そして、シャルロット王女のほっぺたを、ムニムニと引っ張るオリヴィア。

 二人とも真剣に心配している様子だ。


「あなた達……流石に傷つくわ……」


「「はっ!」」


 ナターシャとオリヴィアは、慌ててシャルロット王女から離れる。


「申し訳ありません! シャルロット様に異常行動が見られたので、奇病かと思いまして……」


「本物のシャルロット様では考えられない行動だったもので、ニセ王女かと……スミマセン……」


 まったく悪気のない様子の二人。

 シャルロット王女はげんなりしてしまう。


「そ……そうなのね……ワタクシはそんなに酷かったのね……」


「うーむ、シャルロットはまるで別人じゃな、憑きものが落ちたようじゃ…」


「ええ、憑きものが落ちたのだと思いますわ。嫉妬という憑きものが……」


 優しく微笑むシャルロット王女。

 さんざん酷いことを言われているが、怒った様子はまったくない。

 本当に別人のようである。


「ところでウルリカ、昨日のことを説明させてもらえるかしら?」


「説明などせんでよい。ドラゴンに妾を襲わせようとしたのじゃろう?」


「えっ……どうして分かるのかしら?」


「よくあることじゃからな」


「よくあること……?」


 「よくあること」の意味が分からず、シャルロット王女はコクリと首をかしげる。

 しかし、ウルリカ様はさっさと話を進めてしまう。


「それよりも、なぜお主はあんなことをしたのじゃ? それが気になるのじゃ」


「それは……先ほども言った通り、嫉妬ですわね」


 シャルロット王女は話を続ける。


「ワタクシには兄姉がおりますの」


「兄が一人と、姉が二人じゃったかの?」


「その通りです。三人ともそれぞれ、才能に溢れる兄姉ですわ。周囲からも高く評価されていて、国民からも好かれていて……」


「素晴らしい兄姉だと言っておったのう」


「ええ……それに比べて、ワタクシはなんの才能にも恵まれなくて……なにをやっても器用貧乏で……」


 辛そうな表情を浮かべ、それでも話を続けるシャルロット王女。


「王家の血筋を利用して、人を集めていい気になっていましたわ……でも心の奥では、ずっと劣等感を感じていましたの……」


「なるほどのう、それが嫉妬じゃな」


「そうですわね……きっとワタクシは、嫉妬でおかしくなっていたのですわ。自分の思い通りにならないことが許せなくて……自由奔放なウルリカに、無性に腹が立って……それを羨ましくも思えて……」


「血筋や地位など、妾はまったく気にせぬからのう!」


 オリヴィアの口から「少しは気にしてください……」と呟きが聞こえる。


「兄や姉、そしてウルリカに嫉妬したのですわ……本当に愚かな……醜い感情ですわ……」


「事情は分かったのじゃ、それにしてもシャルロットは凄いのう」


「え?」


 ウルリカ様からの思わぬ発言。

 シャルロット王女だけではなく、オリヴィアとナターシャも驚いている。


「自分の弱さと向きあって、正直に話しておったのじゃ。なかなか出来ることではないのじゃ」


 ポンポンと、シャルロット王女の頭をなでるウルリカ様。


「頑張ったのう、偉いのじゃ!」


「う……うぅ……ひっく……本当にごめんなさいぃ……」


 ポロポロと泣き崩れてしまうシャルロット王女。

 ナターシャに抱きかかえられて、なんとか椅子に座りなおす。


「ウルリカ……本当にありがとう……ありがとう……」


 シャルロット王女の目から、涙が溢れ続ける。

 その時、くぅ~と可愛らしい音が鳴る。


「おっと、お腹が空いたのじゃ」


 外はすっかり日が暮れている。

 長い間話し込んで、ウルリカ様はお腹が空いてしまたのだ。


「そろそろ帰る時間かのう?」


「あっ、ちょっとお待ちになって」


「ん? なんじゃ?」


「今日の夜、少しお時間もらえるかしら?」

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