第14話:伏見京香は怒ってる?

 一日の授業が終わり、そして終礼のホームルームも終わった。


 伏見に声をかけようとしたのに、彼女はさっさと帰り支度をして、立ち上がった。そして足早に教室を出て行く。


 ありゃ。

 もしかして、マジで嫌われたか?

 ちょっとヤバいな。


 やっぱりちゃんと誤解のないように言い直さなきゃ。

 今から追いかけたら、アイツに追いつけるかもしれない。


 俺は急いで下足箱で靴を履き替えて、

 急いで校舎から出て、

 急いで校門を出た。





東雲しののめ君」


 ──うっわ、びっくりした!

 校門の陰から、突然誰かに声を掛けられた。


 あ、伏見が立ってる。

 クールな表情のままだ。


「ああ、伏見。ちょうどよかった」

「あら偶然ね、こんなところで会うなんて」


 いやいやいや!

 どこが偶然なんだよ!?


 君のほうが先に下校したんだから。

 完全に待ち伏せしてただろーっ!?


「ちょうどいいわ。言っておきたいことがあるの」


 あれっ?

 伏見の方から、何か言いたいことがある?

 やっぱ怒ってるのか……?


 伏見は無表情のまま、片手で髪をふわっとかきあげた。

 おおっ。とってもクールな仕草だ。

 美人がやると様になる。



東雲しののめ君は、私に忠告のようなものをしてくれたみたいだけれども。あなたには、私が笑顔を見せるのを止める権利があるのかしら?」


 権利?

 そんなものはないけど……


 俺は伏見のことを思ってそう言ったんだ。

 いや、そのつもりだったんだ。


 えっと……

 どう説明しようか?

 今度は誤解がないように、ちゃんと説明しなきゃな。


 どう言えば、わかってくれるだろうか……?



 ──ん?


 ふとホログラムの彼女を見ると、なんだかおどおどした感じで、なにやらぶつぶつと呟いてる。


『し…東雲しののめ君が黙り込んでる…… も、もしかして怒ってる!? ふぇーん、どうしよう、どうしよう? 謝った方がいいかな?』


 ──ん?

 いやいや、違うぞ伏見!

 俺は怒ってなんかいない!


 どうやって説明しようか、伏見が誤解しないように、懇切丁寧に説明する表現を考えてるだけだ。


『いえ、ここはやっぱり私のクールなイメージを崩さないために、がんばってツンツンキャラでいかなきゃ! 勇介君に好きになってもらうために! よーし、がんばれ私! がんばれ京香!』


 実物の伏見が鼻からふんっと息を吐いて、俺を睨みつけてきた。

 伏見京香!

 めっちゃ頑張り屋さん……だなっ!

 でもここはツンツンじゃなくて、デレっ子キャラを出すべき場面じゃないのか!?


「どうしたの、黙り込んで? 権利……って言葉の意味がわからなかったのかしら?」


 はっ?

 いや、俺が黙り込んでるのは、そこじゃない。


 小学生じゃあるまいし。

 いやいや、小学生でもわかるぞ、伏見京香よ。


「権利というのは、役に立ったり都合がいいこと……ではないわよ」


 ──そりゃ、『便利』だ。


「凄く遠い距離を表す言葉……でもないわよ」


 ──そりゃ、『千里』だ。


「ある規準などから外れないように、全体を統制すること……でもないわよ」


 ──もはや、なんのボケなのかすら、わからん……


 ……あ、『管理』か。


「あるものごとを自分の意志によって自由に行なったり、他人に要求したりすることのできる資格や能力のことだからね、権利は」


 確かにそうだ。その定義は間違ってはいない。

 けど、かえって『権利』の意味が、よくわからなくなってるぞ。


 お前は辞書かよっ!?


「権利の意味は俺もわかってる。俺が黙ってるのは、そんな理由じゃない」

「えっ? そ……そうなの?」

「そうだよ」


 そうなんだよ。

 単にどう説明するか考え込んでるうちに、お前が訳のわからない思考をするもんで、それに引きずり込まれてるだけだよっ!


「あっ……」


 伏見は急に周りをキョロキョロ見てる。今度はなんなんだ?


「ここは人目につくわ。ちょっとこっちまで、ツラ貸してくれる?」


 あごでくいっと道路の先を指した所を見ると、どうやら校門前から離れたいらしい。


 でも、『ツラ貸して』って……

 昔のスケバンかよっ!


『ふぅーっ……なんとかクールなツンツンキャラを保ててるわ……』


 ホログラム伏見が、額の汗を拭いながら、そんなことを言いやがった。


 こいつ──

 ツンツンキャラを取り違えてないか?


 クールなツンツンと言うより、これはスケバンもしくは悪役令嬢キャラだろ?


 ──いや、それもちょっと違うな。

 とにかく、かなりポンコツな感じだ。


 伏見の思うツンツンキャラは、いったい何をモデルにしてるんだ? 謎だ……


 そうじゃないぞと注意してやりたいけど……

 面白いからとりあえず、もう少し様子を見よっと。あはは。



 それに確かに今は下校のピークだし、ここにずっといたら目立ちすぎる。

 俺は素直に伏見の後ろについて、人通りが少ない裏道まで移動することにした。

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