聖火の行先

浅葱

聖火の行先

火が燃えている。聖火が東京で燃えている。

その光景は珍しく、人々は声を上げて聖火を迎えた。

その聖火は、56年の時を超え、再び東京へ。

その熱気は、あの時と変わらない。

人々は声を上げて、聖火を見ていた。

その中に二つの時代を見てきた男が居た。

その名は、鈴木すずき稜也りょうや

凌也は、2006年産まれ。13歳。

さぁ、誰もがこの若さに驚いた事だろう。

凌也は、この56年間、生きて来た訳では無い。

56年の時を越えてきたのだ――


それは、凌也が「1964年の東京五輪について調べよう」という宿題に取り組んでいた時。

この瞬間。

五輪について調べていた、スマホの画面を見つめた

凌也の腕に鳥肌が立った。

凌也は、1964年の五輪の開会式の景色に圧倒されていた。

人々の盛り上がりが写真だけで伝わってくる。

歓声が聞こえてくる。

沢山の人々によって作られた、この景色。

それを凌也は、生で見たいと思った。

その想いを忘れずにいた、二日目の夜。

凌也は、六月の湿った空気に顔をしかめ、布団に入った。


「…や!おい!りょ・う・や!凌也ぁ!」

「はい!」


見知らぬ人の呼び掛けに、凌也は反射的に返事をしていた。


「うむ!良い返事だ!」

「う…む…?」


聞き慣れない言葉に、凌也は周りを見渡した。


そこにあったのは、

見慣れない、古い町並み。

明らかに、2020年には無い世界だ。

ならば、ここはどこなんだ?いや、いつなんだ?

というか、

「ど、どうして俺の名前を?」

「どうしたんだ、凌也。眠り続けて記憶まで飛ん

だのか?」

「え、いや。あ、あなたの名前は?」

「どうしたんだ?凌也!

俺の名前は、小野おの 義則よしのりだ!

思い出したか?」

「い、いえ。あの、ここはいつの時代でしょう

か。」

「ははは!何を言っている!今は1964年!

日本は、五輪の熱に燃えている!

だから、見間違えたのだろう。君が眠ってから

日本は大分変わったからな!素晴らしい!」

「せんきゅうひゃくろくじゅうよねん……?」

「あぁ!そうだ!

どうしたんだ、凌也!

君が眠ってから、さすがに、年は跨いでおら

ぬ!」

「じゃあ、僕はどれくらい前から眠っていたんで

すか?」

「確か……二日程前だな!

よくもそんなに眠れるものだなぁ!」


(二日前…二日前。さかのぼれ。思い出せ。二日前、俺は何をしていた?

……はっ!)


「東京五輪だ!!」

「うむ!そうだ!先程も言った通り!日本は五輪

大会に熱を注いでいる!俺もだ!

もうすぐだなぁ!」

「…え?今は何月ですか?」

「今は、水無月みなづきだ!」

「水無月……六月か!」

「ろ…く…が…つ…?何だそれは?」

「あ、これは、その………」

(この人には、今の俺の状況を伝えておいた方がいいかも知れない。)

「実は…俺…未来から来たんです…」

「み、未来だと!それは…」


(信じて貰えるだろうか…)


「素晴らしいな!」

「へ?す、素晴らしい?」

「あぁ!俺も未来を見てみたいなぁ!

……そうかぁ、凌也は未来から来たのかぁ」

「はい!未来から来ました!」

「うむ!良い笑顔だ!」

「え?」

「笑っていろ!凌也!笑えば、成らぬ物も成る時が

来る。」

「……成らぬ物も…成る時が…来る。」

「あぁ。そうだ。笑っておればな。」


その時の義則さんは、寂しい目をしていた。

今までの、情熱のこもった笑顔ではなく、

どこか儚く、優しい笑顔だった。


その夜、凌也は2020年に生きる自分の夢を見ていた。


「おーい!凌也!早く!」

「待てよ!はやて!」

「はぁはぁ、俺らも五輪出ような!!」

「はぁ、当然だろ!」

「今年は無理だけどな?」

「「村田先生!」」

「そうっすね。東京。出たかったです!」

「俺も、出たかったっす。」

「お前らは、まだ子供だからなー

でもな?それってすんげぇ幸せな事なんだぜ?」

「え?」

「これからがあるって素敵な事だぜ。

未来があるって俺からしたら、羨ましいよ。

しっかりやってて偉いぞ。お前ら。

「未来が素晴らしい……」


「…ろ!…や!…起きろ!凌也!朝だぞー!」

「わあぁ!義則さん!?」

「やっと、起きたな!凌也!

うむ!凌也は、本当に眠りが深いんだな!いい事

だ!」

「よ、義則さん…」

「さぁ!身支度をすませるんだ!朝飯を食べて、外

へ出よう!」

「は、はい!」


今日は、雲一つない快晴。

まるで凌也の……今のようだ。


1964年、小野義則に出会った。

それは、凌也の年表に追加された。

2006年の生誕から左に飛んで、1964年の場所へ。


「ご馳走様でした!」

「凌也!良く食べるな!」

「え?そ、そうですか?」


そんな会話を済ませ、凌也達は、外へ出た。


「…今日はどこへ行くんですか?」

「今日はだな。競技場へ散歩だ!」

「き、競技場へ?」

「あぁ!五輪が行われる競技場へだ!」

「本当ですか!」

「嬉しいか?」

「はい!」

「凌也も、五輪大会が楽しみなんだな!」

「当然じゃないですか!」

「ははは!そうだな!」


そうだ。この日本に、五輪を楽しみにしていない人など居ない。

日本初の、アジア初の五輪大会オリンピックなんだ。

でも、日本初だろうが、アジア初だろうが、2020だって負けてないよ。

五輪にかける熱い想いは56年経った今も変わってないよ。


そうなんだ。変わってないんだ。義則さん。

だから、僕は安心したよ。

スポーツへの想いは変わっていない事にね。

この時に見た、競技場は、立派だった。

2020年と比べ、分かる人は批評を並べるだろう。

でも、何も分からない、俺は、ただ凄いと思った。

確実に快適さとかは劣るんだろう。

でも、迫力があった。

2020年でも、競技場を生で見た事があった。

その時と同じ、もしかしたら、それをも超えるかもしれない。


これが、アジア初の意地。

アジアの地に、聖火が来たんだ。

日本は、それを迎えるに相応ふさわしく。

だから、聖火と日本人は燃え上がった。

いや、日本人だけじゃなかったはずだ。

世界の人々が日本の進化に目を見張った事だろう。

今が実際そうだ。

1946年にいる今、2020年の五輪がもっと楽しみになった。

そこで俺は考える。そう、どちらの開会式を見るか。

そもそも、どうやって2020年に戻るかだ。

さすがに、1946年にいるままなのは駄目だと思う。

俺は、2020年に生きるべき人間だから。

1946年に生きてるはずの人間じゃないから。

俺が、1964年に来た時は、この時代に半端じゃない程の興味を持ったから。

それなら、2020年に興味を持てばいい。

義則さんに、2020五輪の話をするのはどうだろう。

義則さんと五輪トークで盛り上がったら、俺は元の時代に戻れるかもしれない。

戻り方に結果が出たら、

話題は、どちらの五輪を見るかに移る。

せめて、見るなら開会式のみ。

俺が調べたのは開会式までだったから。

それだけは、生で見てみたい。

でも、1964年の開会式を見るなら、2020年の五輪全てを見れなくなる。

それでは、1964年の開会式を諦めるとしたら?

2020年の五輪は全て見れるだろう。

しかし、1946年の開会式を見るチャンスは完全に無くなる。

義則さんが間違えて、二枚取ってしまったチケット。

その奇跡の一枚を俺にくれようとしてくれているんだ。

こんな事もう二度とないだろう。


どちらも見るという選択肢は無い。

駄目だ。俺一人では決められない。

義則さんに話してみようかな。

困った時に義則さんは良い言葉をくれる。


「よ、義則さん!」

「おお!どうした?凌也」

「実は俺。どっちの五輪大会を見るか悩んでて…」

「……?どっち?」

「へ?」


そうだ。義則さんに2020大会の事を話していないんだ。

でも、今話してしまえば、話が盛り上がる事はほぼ確実。

1946年の開会式への切符を呆気なく捨てる事になる。

……くっ

自分で決めるしかない。


……よし。

「義則さん!実は!

俺が来た、2020年にも五輪大会があるん

だ!しかも、東京で!」

「そうなのか!凌也!詳しく聞かせてくれ!」


じゃあね――義則さん―――


「えっとね!…………」


「おやすみな。凌也。」

「さよなら。義則さん。」


俺達は小さな声でそんな会話をした。

俺は泣いていた。

義則さんはあの日の儚い寂しそうな笑顔を見せてくれた。

最後に。

その笑顔は本当に儚かった――

ごめんね、義則さん。


そして俺は、泣きながら、2020開会式を見ていた。

隣には義則さんは居なかった。

義則さん。ごめんね。一人にして。

あの寂しそうな目を見ながら、去っていってごめんなさい。

空に放たれた花火が、まるで、俺と義則さんのように儚く散る。

それが、俺の涙を誘う。

その誘いに乗って、俺の目は涙で濡れた。

それは、俺が眠るまで乾く事は無かった。

あの日、俺が1964年へ行き、ここへ帰ってくる時のように、目を瞑り、

夢を見るまで―――


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