第196話乙女ゲーのヒロインは、ギャルゲの主人公に勝ちたいのです。その41

 美月は、絶望の表情のままに、郁人と手をつないで、家の前まで着くと、心配そうな郁人に、強がりを言って別れて、やはり、絶望の表情で、自分の家に入ると、そのまま、フラフラと洗面所に向かおうとするのである。


「お姉ちゃんおかえ……ど、どうしたの!? お、お姉ちゃん!? か、顔凄いことになってるよ!?」


 ソファに座ってテレビを見ていた妹の美悠が、姉の美月が帰ってきたことに気がついて、リビングの入り口の方を向くと、のそのそと洗面所に向かう姉の美月の姿が目に入り、驚きの声をあげるのである。


「み…ゆ……た…だいま……」

「お姉ちゃん!? ほ、本当に、ど、どうしたの!?」


 もはや、この世の終わりという表情で、震えた声で、妹に挨拶する姉を本気で心配する美悠は、慌ててソファから立ち上がるのである。


「だ、大丈夫だから……も、諸刃の剣だよ……肉を切らせて骨を切る……だよ」

「な、何言ってるの!? お姉ちゃん!!」


 姉が、ついにおかしくなったと、驚愕の声をあげる美悠を無視して、そのまま、洗面所に向かう美月なのである。


「ちょ……お姉ちゃん!!」

「あ……い、まから……郁人…来るから……よろしくね」


 慌ててリビングから飛び出して姉の美月を追いかけて声をかけるが、洗面所に入りながら、そう言い放つ美月に、本当にどうしたのかと、心配になる美悠なのである。


 美月は、そんな美悠を無視して、洗面所で手を洗いながら、自分の顔を見ると我ながら、物凄く酷い表情をしていると自虐的な笑みを浮かべるが、郁人に勝つ為には、手段は選んでいられないと、顔を叩いで、気を引き締めるのである。


「じゃあ、美悠……郁人が着たら、部屋に来るように言ってね!! 頼んだよ!!」

「え? え? え?」


 心配で廊下でオロオロしていた美悠に、キッと、気合の入った表情で洗面所から出てきて、そう言い放つ姉の美月に戸惑う美悠なのである。先ほどまでは、この世の全てに絶望して、闇落ちしたような表情だった姉が、今度は、世界の破滅に立ち向かう勇者のような表情でそんなことを言うので、美悠は戸惑いながらも、階段を上っていく姉の姿を見つめながら、その場で呆然と郁人の到着を待つのであった。


 そして、しばらくすると、家のチャイムが鳴り、美悠は、あわあわと慌てながら郁人を家に招き入れるのである。


「お、お兄ちゃん……お、お姉ちゃんと何かあったの? お、お姉ちゃん、帰ってきた時、顔が凄いことになってたんだけど……」

「美月と……ああ…そう言えば、美月に頭撫でるの禁止にされたが……あと、今日は少し美月の様子変だな……まぁ、最近、毎日変だがな」


 郁人が、ふむと考えながら、そう言うと美悠は、驚きの表情を浮かべるのである。


「お、お姉ちゃんが……お兄ちゃんにそんなこと言ったの!? な、何があったの!?」

「それは俺が聞きたいけど……美悠ちゃん何か聞いてないか?」

「き、聞いてないよ!! あ……でも、諸刃の剣とか、肉を切らせて骨を切るとか……よ、よくわからないこと言ってたよ……あと、お兄ちゃんに部屋に来るようにって…」


 姉の意味不明の発言をそのまま、郁人に伝える美悠に、疑問顔で、なんだそれと言ってる郁人は、美悠にお礼を言って、階段を上って美月の部屋に行くのである。


「お、お兄ちゃん……だ、大丈夫かな」


 美悠は、不安になりながらボーっと廊下で突っ立ていると、玄関の扉が開いて、母の美里が帰ってくるのである。


「ただい…ま…美悠ちゃん……そ、そんなところで何をしてるの!?」


 廊下で、呆然と階段の方を見ている美悠を見て、驚く母の美里はそう言うと、美悠は、ハッと正気に戻って、こう言うのである。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん達が心配で…」

「……あら、郁人君の靴があるわね……郁人君が来てるのね」


 美悠の気持ちを知っている母の美里は、確か好きな人が、姉と付き合い始めて、部屋に二人きりとか心配でしょうねと思うのだが、美悠は、今日の姉の異様な感じに、何か良くないことが起きそうと、単純に姉の心配をしているのであった。







 そんな中、郁人が、美月の部屋の前にたどり着いて、扉をノックするのである。


「来たね……郁人…入っていいよ」

「あ……ああ……って、美月…どうした?」


 そう言われて、扉を開いて美月の部屋に入ろうとすると、部屋の真ん中で、両手を組んで仁王立ちの美月が目に映り、疑問顔の郁人なのである。


「……い、郁人……かかったね!!」

「は、はぁ……何がだ?」

「……フフフ、余裕の表情でいられるのも今のうちなんだからね!!」


 美月がドヤ顔でそう言い放ち、やはり疑問顔の郁人なのである。そして、郁人が部屋の中に入ると、美月は、ドヤ顔で、テーブルの上に置いてあった一枚の大きめなTシャツを手に取るのである。


「じゃあ、まずは、郁人はこれを着てね!!」

「は? え? なんで?」

「いいから、早く!!」

「……いいけど……美月……これ着替えるには……服脱がないといけないんだが…」

「そうだね」

「……いや……美月……そうだねじゃなくてだな」

「いいから、早く、脱いで着替えてよね!! 時間ないんだからね!!」


 私服に着替えて美月の部屋に来た郁人は、また、着替えをさせられそうになっているのだが、着替えろと言う美月は、部屋を出て行く気がない様で、困る郁人なのだが、早く、早くと急かす美月に、渋々この場で着替えを始めるのである。


「……美月……そのスマホはなんだ?」

「ひ、ひろみんとめ、メッセージのやり取りしてるんだよ!! 気にしないで……ほら、早く着替えて!!」

「……いや、あからさまにこっち向ける必要ないだろ……美月……本当に今日はどうしたんだ?」


 着替えようと上着を脱いで、着ていたシャツを脱ごうとすると、美月がジッと郁人の方にスマホを向けながら、ワクワクと待機している姿にツッコム郁人なのである。もはや、本日の美月の奇行に、本気で心配になる郁人なのである。


「……美月、とりあえず、着替えるから向こう向いててくれ……」

「……なんで?」

「……いや、何でって……いいから、向こう向いててくれ……」


 さすがの郁人でも、美月にジロジロ見られながら、上半身を晒すことには抵抗があるのだが、美月はスマホを向けて、ジッと郁人の方を見ているのである。もう、ヤケクソな郁人は着ていたシャツを脱いで、すぐに美月の用意したTシャツに着替えるのである。


「美月……今、スマホで撮ったよな?」

「撮ってないよ……い、郁人の気のせいだよ」

「いや、音鳴ったぞ……シャッター音!!」

「鳴ってないよ……ひ、ひろみんからの返信が来た音だもん……気のせいだよ」

「何度も音鳴ってたぞ」

「ひろみんがスタンプ爆撃してきたんだよ!!」

「じゃあ、スマホ……見せてくれないか?」

「絶対に嫌!!」


 物凄い、連射モードでカメラを撮影した音が美月のスマホから鳴り、郁人は美月の用意したTシャツに着替えて、美月に詰め寄り、問いただすのだが、美月は知らぬ存ぜぬという態度なので、仕方なく美月のスマホを奪おうとする郁人に、いやっと必死に両手でスマホを抱きしめて、守りを固める美月なのである。


「……全く……まぁ、美月ならいいか……本当に何がしたいんだ……美月は」


 なぜか、泣きだしそうな必死な表情でスマホを守る美月を見ていたら、もうどうでもよくなった郁人は、写真の件は諦めるのである。美月は、郁人が諦めたことで、満面な笑みを浮かべて喜ぶのである。


「フフフ、じゃあ、郁人……今度は私のベッドで腹筋だよ!! 私が足を押さえておいてあげるから、もう、後、三十分くらいしか時間ないから、早く、早く!!」

「いや……待て……ベッドで何で腹筋なんだ……せめても床でやらないと、美月のベッドのシーツ洗わないといけなくなるだろ!!」

「大丈夫だよ!! さっき新品に替えておいたからね!! 安心して腹筋してね!!」

「いや、余計ダメだろ……美月、本当に大丈夫か?」


 美月がドヤ顔でトンデモ発言をして、それに正論で返す郁人に、やはり、ぶっ飛んだことを言い放つ美月に、本気で心配になる郁人なのである。


「いいから、時間ないから!! 早く、ベッドで腹筋して!!」

「わ、わかったから、押すなって……美月……やるから、やるから、落ち着け」


 渋る郁人をベッドの方に必死に両手で押してくる美月に、仕方なく美月の言う通り、ベッドで腹筋をすることにした郁人は、美月のベッドに仰向けで寝っ転がると、嬉しそうに郁人の両足を押さえる美月なのである。


 もうそれは、ニッコニコなのである。そんな美月を見ながら、ため息をついて腹筋を始める郁人なのである。


「なぁ……美月……これになんの意味があるんだ?」

「それは、郁人は知らなくていいことだよ……フフフ、可哀想な郁人だね……私の完璧な罠にかかったとも知らずに、呑気に腹筋して」


 たまに、美月の部屋に呼び出されて、クマのぬいぐるみを抱っこさせられたり、ベッドに寝かされることはあっても、ここまでの訳の分からないことをさせられるのは、始めてな郁人なのである。


「よ、よくわからないけど……俺は帰るまで腹筋してればいいのか?」

「そうだよ!! 頑張って、郁人!!」


 もはや、よくわからないが、満面にそう言い放つ美月に、仕方なく腹筋を続ける郁人なのである。よくわからないことでも、郁人は美月の本気のお願いを断れないので、必死に腹筋をするしかないのであった。







 そして、郁人は美月のベッドで必死に腹筋をしている中、今日の姉の美月の様子を母に話す美悠に、心配になる母の美里は、美悠と一緒に美月の部屋に飲み物とお菓子の差し入れを持っていくのである。


 もちろん、普段はそんなことはしないのだが、今日はたまたま、会社の人からもらった、旅行のお土産があり、それをお裾分けと言う形で、様子を見に行く母の美里について行く美悠なのである。


 そして、階段を上り、美月の部屋の前に着いてノックをしようとする母の美里なのだが、美月の部屋から、声が聞こえてくるのである。


「さすがに、きついな」

「郁人頑張って!! ほら、ほら!!」

「美月……これ以上は無理だって」

「郁人、もっと、早く!! 頑張って」

「いや……これ以上は無理だって……そもそも、早くすればいいってもんじゃないだろ」

「ダメだよ!! 早く、もっと、早く!!」


 そんな、美月と郁人の会話が部屋の中から聞こえてきて、さらにベッドのきしむ音がしており、呆然とする母の美里に、疑問顔の美悠なのである。


「お母さん……部屋ノックしないの?」

「そ、そうね!! で、でも、美悠ちゃんはとりあえず、そこで目を瞑って待ってなさいね」

「え? なんで?」

「なんでもよ!! いいから、そこで目を瞑ってなさいね!!」


 疑問顔の美悠にきつくそう言って、目を瞑らせて、母の美里はノックすることなく、部屋の扉を勢いよく開けるのである。


「美月ちゃん!! 郁人君!! そう言うことはもっと、大人になってから……って、二人とも何やってるのかしら?」


 ベッドの上で、両手を後頭部に当てて、呆然と美月の母の美里を見ている郁人と、郁人の両足を押さえている美月は驚きの表情で母の美里を見るのである。


「えっと……お邪魔してます……美里さん」

「お母さん!! 部屋に入る時はノックしてって言ってるでしょ!! そんな、当たり前のこともできないの!!」


 呆然とする美里に、困惑気味に挨拶する郁人と、滅茶苦茶怒る美月なのである。ベッドで腹筋をする郁人と、それをサポートしている美月に、戸惑い、勘違いをして恥ずかしくなる母の美里なのである、


「えっと……会社の人から、お土産のお菓子をもらったの……郁人君が来てるみたいだから……食べてもらおうって思って……その、お菓子はここに置いておくわね……」

「お母さん……もう目開けていい?」

「美悠ちゃん……さぁ、リビングで一緒にテレビを見ましょうね……じゃあ、郁人君、ごゆっくり」


 そう言って、気まずそうに、お菓子と飲み物を乗せたトレーを床に置いて、部屋の扉をゆっくり閉めて、美悠を連れて退散する母の美里なのであった。


「美里さん……様子が変だったけど」

「……お母さんの事は良いから、早く続きだよ!! ほら、郁人!! 腹筋だよ!!」


 なんだか、顔を赤くして、すごすごと去って行った美月の母の美里に疑問な郁人に、美月は、ムッとしながら、そう言って、郁人に腹筋を再開させるのである。


 そして、帰る時間まで腹筋をさせられた郁人は全身汗でびっしょりなのである。そんな、郁人にすかさずタオルを差し出す美月にお礼を言って、額の汗を拭う郁人に、美月はパタパタと、クマのぬいぐるみを取りに走って、抱っこして、また、郁人の所にパタパタと戻て来るのである。


「はい、じゃあ、郁人……クマさんにサヨナラの抱っこだよ!!」

「いや……今、俺汗かいてて……」

「いいから!!」


 美月にそう言われて、渋々、クマのぬいぐるみを遠慮がちに抱っこすると、美月にもっと、ぎゅっと抱きしめてあげて、クマさん寂しいって言ってるよと言われて、諦めて、クマのぬいぐるみを抱きしめて、またなと言う郁人から、クマのぬいぐるみを受け取り満足気な美月なのである。


「……これで、完璧だよ……い、郁人!! あ、明日から、体育祭まで、ほ、放課後……私は……い、郁人の部屋に行かないから!! 絶対行かないからね!!」


 そう突然、美月に言われて、呆然と立ち尽くす郁人は一瞬で顔面蒼白になるのである。そして、何故か、そう言った美月も、悲しそうで寂しそうな表情を浮かべて、今にも泣きだしそうなのを堪えているのであった。


 美月に何を言われたのかわからない郁人は、とりあえず、美月に言われるままに、また、Tシャツから、着てきた服に着替えて、絶望の表情の美月に、郁人帰る時間だよと言われ、思考回路が死んでしまった郁人は呆然とただ、美月の部屋を後にして、美月家から帰るのである。


「い、郁人君……帰るのね……さっきはあの……って、郁人君? 大丈夫……か、顔色凄く悪いわよ!?」

「……あ……大丈夫です……お邪魔しました……美里さん」


 そう言って、もはや、ゾンビのような表情で、美月の家から出て行く郁人を心配そうに見送る美里だが、今度は階段から、フラフラと、今にも死にそうな表情の美月が下りてくるのである。


「み、美月ちゃん!? ど、どうしたの!?」

「……い、今から……夕ご飯でしょ……夕ご飯作らないと……」


 そう言って、フラフラとキッチンに向かう美月を心配そうに見つめる母の美里は、あの後何があったのかと心配になるのであった。

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