第172話 生還帰還(3)
※
二日目に、二柱の神々と、報酬について話し合った以外は、ゼンは静養、としてムーザルの研究施設に留まる事になった。
【一つ目の報酬、虚無の神ヴォイドはその罪を免除、拘束結界から解放され、今は自由の身となった。お前との話し合いにも、いつでも応じる、との事だ】
赤い光を立方体(キューブ)に内包した
「……それだけ、ですか?俺が感謝してる事とかは……」
【話したが、話合いに応じる、以外の事は言っていないようだな。感謝の言葉すらない】
「そうですか……」
別に恩着せがましく、礼の言葉を期待していた訳ではないが、何か一言あってもいいと、ゼンは思ってしまう。
【……余り気にするな。ヴォイドはいつでも、どの神を相手にしても、そのような感じだからな。だからこそ、虚無の神なのか、アレの胸中を窺い知れる者などおらぬよ】
そんなに、解りやすく落胆した様に見えたのだろうか。あるいは、神だから、ある程度こちらの考えんど透けて見えるのかもしれない。
「……解りました。俺の方もその……万全の状態に戻ってから、お会いしたいので、それは後日、という事で」
【うむ。了解した。それと、二番目の、そなたの正体、と言うべきなのか……ゼンが、
「はい……」
ゼンは思わず息を飲む。
異世界の人間だったり、何か化物的なものだったり?だとしても、余り驚きはない。調べてくれたパラケス翁も、それらの予想は並べていた。
【……ヴォイドとの話合いの時に、彼から聞いてくれ。彼が、禁を犯してまで、そなたに接触した事も、それに関係するだろうから、必然的にその話は出る筈だ】
ゼンの期待は、ものの見事に肩を空かされた。
「……随分と勿体ぶるんですね」
【すまぬ。単に、言いにくい事を、アレに押し付けているだけなのだ……】
「ゼンは、傍らで青い光を内包する立方体(キューブ)、
【何を求められているのかは分かるのじゃが、謹んで辞退させてもらおうかな】
とにべもない。そんなに言い辛い事なのか、余計に気になってしまう。ある程度以上の覚悟が必要な事のようだ。
「……解りました。俺にも心の準備がいる事だし、丁度いいと思う事にします」
【助かる】
【悪いのう。代わり、と言っては何だが、他に答えられる事であれば、いつでもわし等に聞いて欲しい。妙な事ではない限り、応じられる筈じゃでな】
【うむ】
「はい。では何かないか、考えておきます」
神に質問出来るなど、普通、滅多にない機会だ。大抵の事に答えてもらえるなら、今まで疑問に思っていた事を、メモにでも書いてまとめて質問してみよう。神でもなく、アルでも答えられる事もあるような気がするが、アルは気ままだ。真面目に答えてくれるか分からない。
※
それから、食事は自動料理機械、とやらの作ったおかゆになったりしたが、やはり栄養重視で美味くも何ともない。
3日目からは、自分で料理する事にした。
初日のみ、車椅子などに乗らされたが、2日目からは、普通に立って歩く事にする。
意外と身体が重い。無重力下での期間が長く、筋肉がなまっているかららしい。
考えてみれが、星に降り立ったのは、火星の衛星ディモスと火星、そして月だが、どこも重力は、母星よりも弱く、何よりジークから降りていないので、ただ座ったままの生活が続いていたのだ。筋肉が弱らない訳がない。
施設内の廊下を、重い身体でやっと歩き、アルに聞いてみる。
「俺達が、宇宙に行ってた期間って、どれぐらいになったんだ?」
「むう。お主が、眠っていた日にちも足すと、一カ月近くになるかのう」
思っていた以上に長い。というか、眠っていた期間、て何なのだろうか。
あの、闇に落ちて行くのと、女神ヘルと会い、話合った時間の全部を足しても、体感時間で半日も経っていないと思うのだが。
施設内のリハビリ室、とやらで、アルと一緒に軽い運動をしつつ、丁度いいので、付き添って来た二柱の神々に問う。
「女神ヘルと対話をしていた時間は、何故4日も経過したのでしょうか?冥府の領域、という話でしたが、よくある話で、そこと現実世界とでは、時間の流れが違うから、とかですか?」
【【………】】
嫌な無言の時間と間。
【冥府のある下層は管轄外なので、よく知らぬのだが、そうかもしれんな……】
【儂等とは、関係性の薄い場所じゃて、そういう事もあるかもしれんのう……】
二柱とも、何も断言してくれない。そもそも、謎の間が怖い。
(俺は、丸三日以上眠らされて、何かされた……?魂の状態で、何をされるって言うんだ。バカバカしい……。あれ?いや、魂に何かされる方が、もっと危ないんじゃ?)
ゼンは、散々頭を悩ませて、考えたが、答えが出る訳もなく。
「……アルは、何か分かるかい?」
「色ボケ女神がナニをしたか等、わしが知るか!」
不機嫌に口を尖らせて、プイと横を向く。
昔、女神との間で、いさかいでもあったのだろうか?ゼンには窺い知る事の出来ない事情だ。
ナニって、ナニですかねぇ。
それはともかく、真相は、ヘルがゼンの記憶を、魂から抜き出して、じっくり観賞し楽しみ、記録に残しただけであった。
世界の膨大な記録は、世界樹にログとして残され、上位の神であればそれを見る権利があるが、それはあくまで外側から見た風景。
ゼンの内面は、スキルという神の加護のない彼では、特殊な方法を取る以外に見る事は出来ない。例えば、無防備な魂の状態の時、等々……。
ゼンの、生涯の記憶、その全てが、少年自身の視点から見れて、その時々の感情、思い、考えを、赤裸々に、少しの洩れもなく見られてしまったのだ。結局は、ゼンが知らない方がいい話な事に、変わりはなかった。
それからもゼンは、時折この空白の三日間の事を思い出し、何があったのだろう、と悩み続ける事になるが、その答えは闇の中。決して、明確な答えを得られる事はなかった。
※
ゼンのリハビリは、順調に進んでいた。
三日目からは、自分で料理を始めた。
ムーザルの施設は、基本的にほとんど機械の全自動化がなされていたが、機械が壊れた緊急時用に、手動で出来るものも多少あり、料理の部署もその一つだった。
鍋やフライパン等はあった。
施設の全てをまかなっている電気を動力源とした、コンロ等の過熱機械もあった。
火がないのに過熱が出来るのは、ゼンには不可解で不気味だが、あるがままを受け入れて、料理をしてしまうのがゼンという少年だ。
食材系は、収納に余りたくさん入れていなかったが、調味料の系統は一通り揃っている。今回の仕事は、街中での魔族の過激派組織の殲滅であった為に、食材はほとんどフェルゼンで使う用に残していったのだ。
調味料と、干し肉やパン等の非常用は、常に常備していたので、いきなりの長期任務(と言うべきなのか?)でも、何とか間に合った。同行者もアル一人だったので、パーティー単位で考えるゼンにとっては、1カ月でも余裕があった。
ただ、ここで料理、となると、食材となる物がなかったが、それは簡単に解決した。
周囲は海、という事で、
それがなくとも、ゼンとアルなら、自力で、転移で出かけ、適当な場所で狩りなり、釣りなり何でも出来たのだが、まだ本調子でないゼンには有り難かった。
内陸地であるローゼン王国の辺境都市フェルズでは、川の魚以外、魚介類は、干したり燻製にした物ぐらいしか入って来ない。
海ぞいを旅した事もあるゼンは、久しぶりに、海の新鮮な魚介類を料理し、食べられる機会となった。
米を持って来なかったので、リゾットやピラフの様な物は作れないが……あれ?おかゆが出て来るって事は、米が貯蔵されているんじゃ?
自動機械が繋がっている素材貯蔵庫まで行くと、当り前のように米があった。
「全部、合成食品かと思ったけど、違ったんだ……」
食料貯蔵庫の様な、腐る可能性がある物の場所には、神が時間凍結処理をなされていて、ゼン達が滞在する事になって、それらが限定的に解除されたのだと言う。
物の鮮度は保証出来ないが、腐ったりとかはしていない。食べられる状態の食材らしい。
自動機械は基本それらを、あの味も素っ気もない完全栄養食に加工するのが役目で、一応の調理機能は、一部の物好きの為に残されていた機能なのだそうだ。
別に、理由とかはどうでもいい。食べられる食材が手に入ったのだ。
鍋で米を炊き、魚は煮たり焼いたり、他の貝類や、海老、蟹なども、それに合った調理法で料理する。
「なんでこんなに美味いのじゃ?お主はやはり、冒険者など辞めて、料理人になった方がいいのではないかや?」
そんな風に言われたのは、何度目だろうか。褒められても、微妙に嬉しくない誉め言葉だ。冒険者の素質を、全否定されているのだから……。
「一家に一台、ゼンが必要じゃな」
目を輝かせて、魚を頬張り、海老を殻ごとかみ砕き、蟹の身を指先の力だけで簡単に割って身を取り出し喰らう、野獣のごときハイエルフ様がのたまう。
「一台って……」
これも褒められているのだが、物扱いされていて、今一つ嬉しくない。
そうして、食卓だけは、彩り豊かに、豪華になり、その日の食事は久しぶりに楽しいものとなったのであった。
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オマケ
ミ「もうすぐ、ご主人様が帰って来ますですの!」
リ「そうね。そして、サリサ様も帰って来られたら、正式に私達の事が……」
(二人とも、ニマニマだらしなく笑っている)
ミ「ああ、婚約ですの!月日が経てば、妻、奥様ですの!」
リ「感慨深いわね。主様が、私達の事を、あんなにちゃんとお考え下さっていたなんて……」
ミ「でも、他の仲魔達の話だと、かなり危ない戦いだったと言ってたですの!」
リ「やっぱり、ついて行きたかったわね。肉体的に怪我とかはなかったらしいから、私も活躍出来なかったかしら?」
ミ「むう。ミンシャにも、あの駄狼達みたいなスキルがあれば……」
リ「あっても、危険に晒したくない、と主様は連れて行ってくれないとは思うけど、それだけ想われていると考えると……」
ミ「もう夢見心地ですの……」
(二人の幸福反芻時間は続く……)
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