第163話 月面決闘(2)劣勢



 ※



 ゼンが、戦闘中突然、謎の衰弱状態におちいり、一転戦況は、互角から不利へと転じた。


 なのに、偽機神(フェイク・マキナ)は悠然としていて、追撃をかけてすら来ない。


「我ガ主ノ敵、排除スル……騎士ノ誇リニカケテ……」


 奇妙な身振りをすると同時に聞こえたのが、その耳障りな声だった。


「しゃ、喋ったのじゃ!」


 月はほぼ真空、音が伝わる様な空気はない。


 こちらに振動波を当てて、わざわざ声を届けているようだ。


「ち、知性がある、とかじゃ、なく、人、なのか?」


 今の言葉から類推すると、まるで元は人で、騎士であった様な口ぶりだった。


「ゼン、喋らず、同調(シンクロ)内で話した方がいい。その方がまだ楽じゃろう」


 ゼンは無言で頷き、そうする事にした。話す事も、呼吸する事すら苦しい状態だったからだ。


 ヘルメット内部で、口を覆う、透明な蓋のような物が、ゼンの口元に押し付けられ、それには管があって、酸素を補充する。


 呼吸の補助機能として、最初からついていた物のようだ。


(そんな風にまでなっても戦え、って事か?エグイな……)


「“人”ヲ進化ノ究極ト考エ、“神”ヲ目指ス愚カナ機構(システム)ノ犬ドモヨ。最早勝敗ハ決シタ。オ前達ガワレラヲ、スライム(単細胞魔獣)ト軽ンジ、ワレラガ術中ニハマッタ時カラ……」


<急にお喋りになったな。言葉は、前に夢に侵入した時に学習したのか……>


<勝利を目前に、自慢をしたいのじゃろう。小悪党にはよくある事じゃ>


【だが、奴等が何をどうやったかを知る為にも、いい気になって語ってもらった方がいい】


【進化云々の話からすると、人から魔獣へと進化?そこから、神を目指す文明なのかのう。にしては、単なる生体改造を受けた、兵器としか思えんのじゃが……】


「今更“亀”ニナリ、結界ニ中ニ隠レテモ、瀕死ノ操縦者ヲ抱エテ、成ス術モナク。我ガ騎士ノ剣デ、葬リ去ロウ」


<瀕死?ゼンは、そこまでいっていないようじゃが?>


<多分、火星の星霊から加護を通してもらった力を、計算に入れていないのかも>


 だが、どちらにしろゼンは弱っていた。万全の状態には程遠い。


<ジーク、俺の言葉を、適当に、途切れ途切れにして、相手と同じ方法で送れるか?>


 出来るらしい。肯定の意が伝わって来た。


「お前……使ってる力…は……接触系…か?」


 途切れ途切れの言葉は、いかにも弱った相手が苦しい息の下で話している様に聞こえた。ジークはゼンの意をちゃんと汲んでいる。


「ホウ。流石ニ、死ノ間際ニマデナルト気ヅクカ」


【そうか!接触系の生命力吸収なのか!】


【成程のう。しかし、そうなると、これはマズイ。今まで、敵の手の平で踊らされていた事になるかもしれん……】


 二柱の神々は、解答の一端を提示され、すぐに事の真相にたどり着く。


<なんじゃなんじゃ!そちらだけで納得するなや。ゼンも、解った事があるなら―――>


<共有領域に上げてあるから、それで確かめて欲しいんんだけど……。要するに、触って相手の力を吸い取れる、ドレインみたいな力を、あいつが持っているんだと思うよ。


 魔術とか、スキルとかでもあるけど、それが接触系の能力だと、限定条件がつく分、強力で、防ぐ手段がほとんどないんだ。触られない様にするしかない……>


 特殊な力、能力の系統は、それが成立する為の特殊条件がつく物がある。その場合、力を使う為に、第一段階で、その条件をクリアしなければならない為に、他のすぐ使える力と違って、強力なものになる傾向がある。


 力を吸い取る魔物や魔獣、魔族等、種類は様々だが、相手の力を吸収する系統は、吸血鬼等も、血を吸う、と言う限定条件がつく為に、弱点は多いが不死(アンデッド)系統で最強の部類の魔族だ。


 そして、相手に触れて力を発動させる接触系は、条件その物はそれ程困難ではないが、限定されている条件がある為に、発動すれば効果は抜群で、その力は強力になるのが常だ。そして、その成長、進化した発展型は、防ぐのがより困難となるのだ。


<相手が一枚上手だったのと、最初の戦いを読み間違えた事で、相手のミスリードにまんまとハマってしまったみたいだ……>


 ゼンは落ち込んでいる風だった。


<むむ。まだよく解らん。わし等はジークに乗って戦っているのじゃぞ?敵と触れてなど、一度もしておらぬではないか>


<……それが、接触系の発展型の恐ろしいところなんだ。俺はあの時、細かい粒子の粒みたいになったヴォイドを剣で集めたけど、あの時は、剣にも障壁(シールド)を張ったままやった。そう出来る技だったから。


 でも『波紋浸透』は違う。より確かに、微細な力を伝達する扱いから、剣からシールドを外して斬った。その一瞬でヴォイドは、俺から剣を通して、ジークをも通して俺の生命力を吸い取ったんだ>


<剣や乗っている機神(デウス・マキナ)も通して?そんな事が可能なのかや?>


【それが、接触型が成長、発展した力の危険性なのだ】


【マズイ事に、儂等はそれを、ジークを扱う際の疲労だと決めつけてしまったじゃろ?】


<あぁ……それは……>


<実際、ジークを扱う疲労もあったんだ。だけど、そちらにばかり気を取られて、生命力を吸収された事に気づいていなかった。更にマズイ事に、相手もそれを知ったんだろう。こちらの夢、精神(こころ)の中に侵入して来たんだから>


 偽機神(フェイク・マキナ)は、ゆったりとした動作で、緩慢な攻撃を仕掛けて来る。


 ゼンはただそれを避け、後退させるしかない。


 先程の様に、近接で格闘でも剣術でも、相手に触れられれば、また更に生命力を吸い取られてしまう。


 障壁越しなら、まだなんとかなるようだが、それでは攻撃の方で、相手に致命的な一撃を浴びせる事が出来ない。


 気付かなかったからとは言え、普通に無防備に、剣術勝負をしてしまったが為に、ゼンの生命力は吸い放題だったのだろう。


 それでも、途中で気づかれては台無しなので、多少加減して、戦闘を長引かせ、生命力を少しづつ吸い続けていたようだ。


 ゼンは、防戦一方の戦闘を演じながら話を続ける。


<最初が、こちらの力を見る捨て駒の試金石かと思っていたけど、そうじゃなく、2番目の方が、こちらを欺く事に使われたんだ>


 考える事ぐらいが取り柄、と言っていたゼンが、その思考で間違いを犯した事が、余程悔しいせいか、ジークの動きも精彩を欠いていた。


<敵は、自分達の戦術が上手く行っても行かなくても、どちらでもいい様に、二重の意味で作戦を立ててたみたいだ。


 火星の核(コア)を吸収して、火星を乗っ取って、ジークを圧倒する力を手に入れて勝ってもいいし、そうでない場合は、こちらに核(コア)を、いかにもスライムが内部に取り込んで、消化吸収しようとした、って場面を見せて、吸収が単なるスライムの消化機能だと思わせた。


 だからあの時、剣の攻撃はあえて避けていた>


 一体誰が、あの火星内部での激しい戦いが、囮の為の見せ札だと思うのだろうか。


【機械の兵器なぞは、消化吸収で取り入れていると思うのじゃがな】


 ミーミル知恵の神がゼンの話に補足を入れる。


<それは、この3体目と、確実に接近戦をさせる為の罠、ミスリードだったんだ。


 そして、アースティアに向かったその行動も、追いつかれなければ、それでそのままアースティアを破壊しただろう。


 でも、追いついて来たならば、この月に、偶然逃げ込めたフリをして、母星に近い場所で、大規模な力を封じ、剣術や格闘をする様な流れに持って行ったんだ、と思う……>


<あの時、月に逃げられたのまで、計算ずくじゃと!>


 アルテシエールも、普通に騙されていた。


<俺達は、それが偶然だと思っていたけど、こうも用意周到に、先に先に相手の考えを先回り出来る敵なんだ。そうみるのが妥当だよ。


 実際、ここでの戦闘なら、剣で、と俺が思うのはともかく、相手まで実剣を出してつき合うのは、よくよく考えてみれば、普通におかしかったんだ。相手が元騎士で、剣に自信があったとしても>


 そして、機神(デウス・マキナ)の様な姿に、ヴォイドが変貌したのも。


 強い相手の模倣をする。なんと的外れな考えだったのだろうか。(言ったのは……)


 ヴォイドは、こちらの考えの先を読み、手の内までも予想して、いかにも不利に陥ったように見せかけ、周到な罠を張り巡らせていたのだ。


 正直ゼンも、ヴォイドにどれだけ知性があるか測りかねていたが、まさか高度な読み合いの、駆け引き勝負になるなどとは、まるで考えもしなかった。


(それだけ、相手をスライムだと思って、甘く見てしまったから……)


 敵に言われた様に、単にデカいだけのスライムと侮っていた。


 ジークの力の凄まじさを扱いかねていたせいで、それに気を取られていたせいもあったが、余りにも痛恨のミスだ。


 世界全ての命運がかかっているのに、してはならない選択ミスをしてしまった。


 だが、まだ結果は出ていない。


 この絶対不利な状況から、どうにかするしかないのだ。


 ゼンが衰弱し、偽機神(フェイク・マキナ)が嵩にかかって、戦闘を押し進める中で、ジークの中で、暗い力が渦巻き、噴火を待つマグマの様に不気味な胎動を見せる。


(ジーク、心配しなくていい。そんな力を、使う必要はないよ)


 ゼンは、主の危機に呼応するような反応を見せるジークに、優しく呼びかけてそのささくれだった心をなだめすかす。


 ここで、ジークが暴走して、ヴォイドを殲滅出来たとしても、その時、月は無事な姿では残らないだろう。


 そうしたら、アースティアにも、どんな恐ろしい災厄が、天変地異が襲い掛かるのか、解ったものではない。


(例えこの身がどうなろうとも、負ける訳にはいかないな)


 とゼンは、自己犠牲精神満々で思うのだが、それは状況と、ひどく矛盾している。


 その場合、残されたジークが大人しくしているか、誰がそれを押しとどめると言うのか。


 ゼンも心配になるが、ヴォイドさえどうにかすれば、神々がどうとでもしてくれるだろう。そう思うしかない。と、無理矢理心に言い聞かせる。


 でも、本当は、ゼンだってそんな事したくはない。今現在、フェルズに残してきた者達、そして、自分と強制的に運命を共にしなければならない従魔達の事もある。


(なんでこう、どこも袋小路なんだろう……)


 結論は、自分も生き残った上で、どうにかしなければいけないのだ。


 最初から思っていた目標が、最後の瀬戸際でも変わらないのに困ってしまうゼンだった……。












*******

オマケ


ゼ「ジークって、あのまま呪いの機体、みたいな状態で、本当に使い物になると思っていたんですか?」

ミ【え……】

テ【や……】

ゼ「どうなんですか?」

テ【て、適合率さえ来てれば、使えるものかと……】

ミ【うむ。あの禍々しさは、御払いとか、浄化でもすれば済むかと思ってのう】

ゼ「言ってる事バラバラ。…そんな準備、してなかったじゃないですか……」

ア「いい加減じゃのう……」

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