第160話 追走



 ※



 最後のヴォイドが母星に向かっていると言う。


 ゼン達は、急ぎ後を追わなければならない。


「―――あの子が、力を貸してくれるって言ってる」


 ゼンの額に与えられた加護から、火星の星霊の、舌足らずな言葉が聞こえてくる。


「一体何を―――」


 してくれるのじゃ、と最後まで口に出来なかった。


 星の核(コア)が眩しく輝き、一条の太い閃光が、地上に向けて放たれたからだ。


「地上へのトンネルを造ってくれたみたいだ」


「おお、ありがたいのう。穴掘りの必要がなくなる」


 ゼンは、ジークをすぐさまその穴へと移動させ、核(コア)と一度、手を振ると、全速力でそのトンネルを、駆け上るように飛行した。


 ジークが通るのに充分な広さと、どういう理屈でか、その壁面は固められ、地下水や溶岩などの侵入がなされないようにされている。


 瞬く間に、地上の光が見えて来る。


 地上に出ても、ゼンはジークの加速をそのまま強め、大気圏を離脱した。


 火星の上空、衛星軌道上まで上がる。


「それでっ、どっちが母星、奴らのいる方向なんですか!」


 ゼンが、咳き込む程の勢いで、二柱の神々に尋ねるが、反応が思わしくない。


【……ゼン、落ち着いて聞くのだ。奴は、飛行ユニットのような物を使って、加速している。分ると思うが、ジークは飛行は出来ても、それ専用の機体ではない。このままでは、追い付く事は出来ない……】


「なんじゃとっ!」


「……それ、本当ですか?間違いないんですか?飛行ユニットって何ですか?」


【神界からの計測じゃ。残念ながら……。飛行ユニットは、奴らが自分の身体をそう変化させたのか、もしかしたら、こちらの様に収納空間に隠し持っていたのかもしれん】


「くっ……こ、こちらも加速のブースターとかないんですか?いや、あのカプセルに乗り込んで行けば、神々の力で……」


【ゼン。あのカプセルは、最初の初速があったからこそ、更なる加速が出来たのだよ。あれに乗っても、ジークとそう変わらない速度しか……。突貫工事で間に合わせに造った物じゃからな。神の力は万能ではない。言った筈じゃ。それに、回収に行く、その時間もかかる】


「……このまま、指を咥えて見ていろ、と?」


【そんな事は言っておらんだろうが!我々とて―――】


「……ちょっと、待って下さい」


 ゼンはうつむき、頭を押さえ、何か考える姿勢だ。


 しかし、いくらゼンが頭が良く、機転に飛んだ少年でも、物理的な距離を縮める事は出来る訳がない。


「転移は、出来ないのかや?一時的に、封鎖を解いて」


【駄目だな。奴は、母星の向かうと同時に、次元転移への確認の波を飛ばしもしている。こちらが封鎖を解けば、そちらを使う可能が高い】


「―――解った。“あの子”が、手伝ってくれると言っています。力を貸してもらいましょう」


「“あの子”?……ああ、火星の星霊か。あれが、何をしてくれると言うのだじゃ?」


「敵に向かって、ぶん投げてくれるそうです。一度、火星の横をギリギリ近くまで寄って、それから向きを変えます」


【それは……『スイングバイ』か!だが、あれの加速でも……】


「『スイングバイ』?……ああ、そういうのがありますね。でも、全部同じじゃないです」


「な、なんじゃなんじゃ、分るように説明せんか!」


「アルにも知識はある筈だけど……。つまり、火星の重力を利用して、その横を飛んで近くまで行き、引力の影響で向きを変え、星に落ちる加速を利用して、速度も得る方法があるんだ。


 でも“あの子”は、それだけじゃなく、ジークを掴んで、放す、と言ってる。つまり、向きを変えた後の、火星の重力に引かれる減速はなしに、逆に勢いをつけて押し上げてくれるみたいだ」


【確かにそれなら、あるいは……】


「ゴチャゴチャ考えるのは後にして、ともかく行きましょう」


 ゼンは、それとは別に忙しく作業をしていた。


 ジークの周囲に、収納空間に入れてあった、各種装備、ロケットランチャーだの電磁ネットの発射装備等、使わなかった物を浮かべていた。


「ゼン、何をしているのじゃ?」


「ボンガの『鉱物精製』で、これらを分解して元に、ジークの飛行ユニットと同じ物を造って、ジークに増設する」


【そんな無茶苦茶な!前後左右のバランス等も考えなければ―――】


「そういうのはそちらでやって下さい。俺はともかく、数を造りますから」


【お主は……いや、もう何も言うまいて……】


 ―――そうして、ゼンが造ったユニットは、ほとんど無理矢理、円を描く様な別の独立したユニットとして造られ、動力であるエネルギーだけジークから得られる様にパイプで繋がれた。


 ジークはその、浮き輪の様に不格好な加速ユニットに、足元から入り腕で固定して、準備を終えた。


【これなら、バランスもなんとかなるじゃろう。細かな進路補正は儂等の方でどうにかする】


「それじゃあ、行きます!」


「急げ急げ!」


 ゼンは、ジークを、火星の星霊の誘導に従って、降下軌道に入る。横側を、ギリギリかすめる様な軌道で、大気圏の上を通る。


 事前にミーミル知恵の神からなされた助言を思い出す。


【焦る気持ちも分かるが、ユニットへのエネルギー量には、細心の注意を払うのだ。急ごしらえの物だ。どんな不具合を起こすかもわからんし、ジークの力は膨大だ。焦って力を入れ過ぎれば、ユニットが耐えかねて爆発、崩壊するかもしれん】


(言ってる事はもっともなんだけど、焦るなとか言われても……)


 故郷の仲間達が、愛しい人が、危機に陥るかもしれない。それでも、だからこそ、失敗は許されない。


 ゼンは深呼吸をして、焦る心をなだめ、落ち着き、同調(シンクロ)しているジークにも、落ち着いて余裕を持つように呼び掛ける。


 ジークの機嫌は悪くない。自分達さえしっかりしていれば。


 ゼンは、焦りと怯えの混ざった、アルらしくない心を、同調(シンクロ)状態で繋がりリンクを強め、落ち着かせる。


(絶対に、ヴォイドの好きにさせたりしない!)


(そうじゃな。わしとお主とで、必ず防ぐのじゃ!)


 重力に引かれ、ジークの軌道が星にそって曲げられて行く。


 その頂点で、まさに大きな力に捕まれた感触があった。


 グングンと、あり得ない加速をして、弦を引かれた弓の様に、火薬の爆発で加速する弾丸の様に、ジークは火星から離れ、母星への軌道に入った。


 同時に、ゼンは加速ユニットを点火し、祈るように速度を上げた。


 細心の注意を払い、力を制御して、決して壊れない様に、でも出来るだけ速度を上げ……


 加速のGへの中和フィールドは、張ってあったのだが、予想以上の急激な加速で、先の戦いでの疲労もあった生身の二人は、一瞬気を失ってしまった。


 ―――


「―――……!どう、なりました?」


 意識を取り戻してすぐに、ゼンは神々に、現在の状況を尋ねた。


【うむ。神界での計測、儂等の加速状態をつき合わせ、計算し、結果が出た。


 喜べ、ゼン。何とか間に合いそうだ】


【まだそう楽観出来る状態ではないのじゃがな。間に合う、と言ってもギリギリで、かなり母星に近い所まで、接近を許す事になってしまったのじゃ】


「……近くても、間に合うなら、上陸なんてさせません。蹴り出して、母星から、距離を離しますよ」


「そうじゃな。わしらに任せるのじゃ」


 途中で目覚めたらしいアルティエールも話を合わせる。


「ところで、俺達の母星って、名前あるんですよね?なんで教えてくれないんですか?今まで、それを意識しない様に誘導されていたんでしょ?」


 ゼンは、目覚めた時、やっとその違和感を、自分の中で捕まえていた。


【【……】】


「……」


 アルティエールまで黙るところを見ると、何かの制限がかけられているのだろう。


【こちらでは、大陸の名や、島の名すら適当じゃ。天文学も余り発展しておらぬから、星の名など、気にする者もおらぬのじゃがな……】


【……まあ、名前ぐらい、いいではないか。自分が護るべき星の名を、知らぬのもおかしな事よ】


【……いいじゃろう。“許可”も降りた。『アースティア』。それが、我等が母星、第3惑星の名じゃ】


「『あーす……てぃあ』?」


【『アースティア』じゃ。区切るでない】


 ミーミル知恵の神はそう言うが、ゼンは『アース』と言う名に、何か聞き覚えがあった。そして、『ティア』にも、何か意味があった……ような?


(ティアは……涙?アースの、涙???分からない……思い出せない……)


【先行しているヴォイドに追い付くには、丸3日はかかる。先の戦いの疲労も回復していないお主達には、休息が必要だ。食事を取って、休むがいい】


【うむ。狭っ苦しい場所じゃが、仕方がない。3日間、ジークの中で過ごすしかない。運動不足やストレスを感じるだろうが、最後の敵と戦う、それまでの辛抱じゃ】


 行きは、十日だ1週間だ、と言っていた、アースティアと火星の航路が、3日で済むと言う。半分以下に短縮だ。


 ヴォイドがどれだけあり得ない加速をしているか、分ると言うものだ。


 ゼンは、母星の名前で、明らかに何か誤魔化している感のある、神々の態度が気になりはするものの、今関係ない事で悩んでも仕方がない、と割り切った。


「ゼン、わしにもパンと干し肉をくれ」


「……ムーザルの完全保存食なら、栄養完備じゃなかったの?」


「あれは、美味しくも面白くもないので、飽きたのじゃ」


「食に面白さ求めても、しょうがないと思うけど……。はい」


 ゼンは持って来た収納具のポーチから、アルと自分の分の食事を取り出す。


【ゼンはビタミンが不足していそうじゃな。このビタミン剤も飲むがいい】


 操縦席コクピットの横のコンソールが開き、いくつかの錠剤を提供される。


「別に、果物とかもあるんですけどね……」


 気が進まないが、一応それも飲んだ。


 決戦前の、強制休養が3日。


 時間を持て余しそうな予感がするゼンだった。













*******

オマケ


ゼ(俺って、気が多いのかな。あの二人と、従魔の二人はともかく、どうして……)

ア「ゼン、何か悩んでおるようじゃな。人生経験豊富なわしに、相談してみるがいい。必ずや、解決してみせるぞい」

ゼ(……悩みの元に悩みを相談するって、どうなんだろう……)

ア「なぜ更に考え込むのじゃ!わしを信用しておらんのかや?」

ゼ「いや、そういう訳じゃないけれど……。じゃあ、アルに質問」

ア「うむ、何でも尋ねるが良い」

ゼ「アル、俺に洗脳とか暗示とか催眠術とか、かけた?」

ア「なんじゃ!その失礼な質問は!」

ゼ「いや、そうでもないと、納得できない事が……」

ア「何を納得出来ないと言うかや」

ゼ「自分の……好意が……」

(アルはニタア、と恐ろしく嫌な笑顔を浮かべる)

ア「何を馬鹿な事を悩んでおるのか。この魅力溢れるハイエルフ様に、落ちぬ者などおらんのが当り前、世の常識、法則じゃ」

ゼ(やな常識で法則……)

ア「それと言っておくが、わしは自分の事で、そんな卑怯な手段など、絶対にとらん。ハイエルフの名誉にかけて誓おう!」

ゼ「ふーん。自分の事で、ね。……ん?それってもしかして、他人に頼まれたら、そういう事をするって事?」

ア「頼まれた、その状況や、代価にもよるがのう」

ゼ「金払えば何でもやる傭兵みたいな……」

ア「何でもではない!状況による、と言っておろう。悪の為だの曲がった事の為になど、やったりはせんぞ」

ゼ「ふむ。それなら、いいのかなぁ……」

別の世界で、その被害に合うとは思わないゼンだった。

あるいは、この世界でも……

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