第151話 宇宙(ソラ)へ



 ※



【本来は、超ド級の固定砲台から撃ち出すのだが、流石にこの施設には、その設備はない。


 弾丸型のカプセルは、いかに空気抵抗をなくし、遠距離まで射出出来るかの試験用に造られた物なのだ】


「はあ。そうですか」


 まるで興味ないゼンは、説明内容を上の空で聞き流している。


「なら、初速はどうするのじゃ?電磁加速で全て済ますのかや?」


【いや、ロケット・ブースターならあるのでな。それで第一加速。海中トンネル内でそれを切り離し、電磁加速で残りの不足分を補う。


 海中から出た後も、ジン風の精霊王の助力で、空気抵抗の極限まで薄い“道”に導かれる。追い風も吹く。大気圏脱出は容易だろう】


「余り速くなり過ぎても、こちらが加速のGの負担で潰れんか?」


 アルティエールは、異世界の知識があるからか、ムーザルの科学を理解出来ているからか、不安となる問題点をつく。


【カプセル内は、ある程度、Gを相殺する結界(フィールド)内とする。ゼロにまではならんが、潰れるような事はなかろう】


 神様が味方しているのだ。機神(デウス・マキナ)の様な大質量の物は、敵の侵攻に合わせて転移は出来ないが、ほぼ何でもありで移動出来るのだろう。


【全ての準備は、お主らが来る前に済ませてある。すぐにでも射出出来るが?】


「うむ。善は急げ、じゃな。いや、ゼンと善をかけた訳じゃないぞい(汗)」


 アルティエールは、慌てた顔でどうでもいい言い訳をしている。


「その前に、ちょっといいですか?」


 出発の段どりが決まったようなので、ゼンは片手を上げて、それを止める。


「今回の件についての報酬について、です」


【ほう。冒険者なら、これを仕事と考え、報酬を要求するのは正当な権利ではあるが、お主からそれを言い出すとは思わなんだ。余り無茶なものでなければ、こちらとしても、それなりの代価を考えるが】


「3つ、要求があります。


 1つは、俺に可能性世界の夢を見させて、投獄されている神の釈放。それと、その神と話をさせて欲しい」


 ゼンはいつになく真剣な顔つきで、二柱の神々を見つめる。


【この世界でなら、彼の罪を特例処置として、許すのは容易じゃろう】


 ミーミル知恵の神の返答は、色よいものと受け止めていいのだろう。


「2つ目は、貴方方は、俺が“何”であるか、知っているんですよね?それを、俺に教えて欲しいんです」


 ゼンは次に、自分の出生の謎、その存在が何であるかの根本を問うた。


 ミーミル知恵の神は、しばしの沈黙の後に答えた。


【………この世には、知らなくてもいい事、と言うのは実際に存在する。わしは、お主がそれを知っても、いい結果を生むとは思えん。知って、悲しむ事になるやもしれぬぞ?】


「……ご忠告は、ありがたく受け取っておきます。でも俺は、こんな世界になってしまったからこそ、出来る事があって、多分、自分を知る事も、そうなんじゃないか、って思うんです」


【……かもしれんな】


「本流の世界じゃないからこそ、知る事が出来るのなら、俺はそれと向き合い合いたい。俺に可能性をくれた神と会うのも、同じような事です」


 本流でないからこそ、こうして神と話す機会を持てて、その代行役のような事を成そうとしている。聞きに行くつもりはなかったけれど、目の前にその権利があるのなら、使う事を躊躇わないゼンなのだ。


【……それは、協議事項じゃ。お主がヴォイドの撃退に成功する、その時まで】


「分かりました。じゃあ、先に、一つ質問があります。俺を助けてくれた神は、ヴォイドという名の、無の神、なんですか?」


【……何故、そう思うのじゃ?】


「何となく。会った時の印象(イメージ)も、そんな感じだったので。闇に近いけど、もっと虚ろで、空っぽな、何もない感じが……。貴方は、わざとその名前を話に出した、そんな気がしたんです」


【そこまで察しておるなら、隠しても意味はなさそうじゃな。そう。彼はヴォイド、無の神、虚無の神、零(ゼロ)の神、ヴォイドじゃ】


「お礼を、言わなくちゃいけない、と思うんです。会って直に」


 最良の選択に導いてくれて。その方法は最悪だったとしても。


【……ヴォイドを撃退すれば、それも叶うじゃろうて】


【3つ目はどうした?最後の要求は?】


 テュール軍神が焦れたのか、話に割り込んで来る。


「それは、戦いに勝って、生き残ったら言わせて下さい。かなり無理な願いなので……」


 ゼンは、珍しく気弱に、目線を落とす。


 少年が願う、無理な要求とは何か、本人以外は想像もつかない。無理難題を求める様な性格ではないから尚更に。


「それじゃあ、出発する前に、フェルズにいる俺の従魔と念話をさせて欲しいんですが。ここは、閉ざされていて念話が通じません。自分の中にいる従魔とも話せなくなっています」


 ゼンは気を取り直したのか、出発前の、現実的な話を持ち出して来た。


【うむ。他の介入を避ける為に、そうした処置のなされた結界内じゃからな】


【ここは高度な術式が施されておる。アルティエールに外の、離れた場所にある島まで転移してもらおう。そこで、念話をするがよい】


 テュール軍神が尊大そうに言う。


エーギル海神に話は通っておるから、その海域に魔獣は寄ってこん。心行くまで話して、戻って来るのじゃぞ】


「分かりました。寛大な処遇、ありがとうございます」


 ゼンは、それなりの礼儀で神々に礼を言った。


「……わしは体のいい、使いッパシリじゃな」


「面倒をかけて悪いね」


 ブツブツ愚痴をこぼす、アルティエールへのお礼も忘れない。


「これも借りじゃ。わしの勘違いと相殺でな」


「殺しかけたのとじゃ割りに合わなくない?」


「つべこべ言うでないわ」


 アルティエールはゼンの腕をつかみ、転移する。


 また、大海原の上空。真下に、小さな島が見える。


 緑が少しあるだけの、本当に小さな島だ。


「あそこの様じゃな。砂浜に降りるぞ」


「任せたよ」


 アルティエールは目測の転移で、その島の小さな砂浜に近づき、浮遊術で舞い降りた。


「じゃあ、俺は従魔達と話してるから、アルはその間、時間をつぶしてて」


「分かったのじゃ。果物でもなっておらんかのう……」


 アルティエールは島の木々を見に行ってしまった。



 ※



 ゼンは改めて、従魔達に呼びかける。


<ミンシャ、リャンカ。しばらく連絡出来なくてごめん>


 ゼンは、共有する知識に今回の記憶を分ける。私的に見られたくない記憶は、ちゃんと分けて、従魔達には見れない領域になっている。


 従魔達にもそうする様に言っているが、彼等は隠し事をしない。それが、従魔としての本能なのかもしれない。困った事に。


<ご主人様、心配しましたですの!……なにやら、随分大変な事になっているようで……>


<主様、お変わりなく、私、お声が聞けて、やっと安堵いたしました。こちらは、特に変わりはありませんが、子供達は皆、主様を心配しておりました。


 しばらく消えていたサリサ様は、先頃皆さまの所に戻られた様です>


 ゼンも従魔達の記憶から、フェルズの様子を垣間見て、色々と確認が出来た。


<俺達も、話は出来ないが中からどういう事かは見て、聞いていたぜ>


 ゾートが、ゼンの中にいる従魔を代表して言ってくれた。


<……うん、お互いの状況は確認出来た。あの場所は、神以外は念話などは出来ない空間のようだ>


<とても複雑な術式と思われます>


 リャンカが補足してくれる。


<で、今は外に出て話している訳だけど、記憶を見て解ると思うけど、これから、機神(デウス・マキナ)という物に乗って戦う事になった。皆には、アル関連でお偉いさんからの仕事が入って、しばらく留守にすると伝えて―――>


<ご主人様、あたしも一緒に行くですの!>


<私もです!危険なお仕事なら尚更!>


 ゼンは、二人にそう言われると予想はしていた。


<……それは、駄目だ。先日の殲滅作戦動揺、二人には残っって貰いたい……>


<どうしてですの!あたし達もご主人様の中で大人しくしてるですの!>


<私も、先輩の意見に同意です。私達は、微力ながら主様の御力になれます。フェルズにいても、主様の中でも、主様がお亡くなりになったら、私達も死ぬのですから、それなら!>


 ミンシャとリャンカの切実な叫びに、ゼンも心が痛い。


 もう、生半可な説得では、二人とも納得して残留してはくれないだろう。


<……これは、俺から言い出さないと誓って、隠していた事だけど、今はそういう場合じゃないから、言ってしまう。俺は、ミンシャとリャンカが特別大事なんだ。


 多分、サリサやザラとは少し違うけど、好き、なんだと思う……>


<……え?え?これ、なんですの?夢?妄想?>


<し、しっかりして下さい、先輩。あ、主様は、そんな甘い囁きで、私達を誤魔化して、フェルズに残そうとしている……んですよね?>


 ミンシャは、混乱のるつぼにはまり込んでいる。


 リャンカは、平静を装っているが、完全には冷静でいられなかった。


<フェルズに残そうとはしているけど、それは、戦いの場にお前達を戦場に連れて行きたくないからだよ。無意味かもしれない、単なる我が侭だとは分かっている。それでも……。


 前、サリサに、俺にしか幸せに出来ない女の子達を、3番目以降の嫁に、と言われた時、真っ先に浮かんだのは、二人の顔だった。でも、二人は従魔で、その本能に縛られて、俺を慕ってくれているだけじゃないか、と思うと、それを口にするのは卑怯に思えた……>


<そ、そんな事はないですの!あたしは、ご主人様をずっと、最初から、うううん、大切に、大事に育てられて、色々一緒に生活していて、ドンドン好きが膨らんでいったんですの!>


<私も、従魔の本能、と主様は言いますが、それには絶対的な強制力はありません。もし、嫌な主で、妙な事を手伝わされるなら、従魔は拒否して死を選ぶ事も出来ます!


 だから、私達の想いは本物です!主様を、心からお慕い申し上げております!>


<あ、あたしも、ご主人様が好き、愛してるんですの!>


 二人は、これが良い機会とばかりに想いのたけを、ゼンにぶつけて来る。


<……うん、俺も二人が好きなんだ。だからこそ、残って欲しい。今回一緒なのは、アルだけで、俺の大事な人達は皆、そちらに残っている。


 だから、ザラと一緒に、子供達を俺の代わりに守ってやってくれないか?小城は、フェルゼンは、俺が手にした、初めての“居場所”かもしれない。それを護り、維持していて欲しいんだ>


 ゼンは、隠していた本心を二人に見せた。それは、二人に日頃からの言動、行動を喜びつつも、迷い、受け入れていいか悩む、ゼンの本心だった。


<ご主人様……>


<主様……>


<心配する事はない。俺は、絶対生きて帰って来る。お前達を死なせたりはしない!


 俺にとって、星とか世界とかなんて、漠然としていて、どうでもいい話なんだけど、それが壊されれば、被害はフェルズにも及ぶ。だから、俺は戦うんだ。世界の為とかじゃない、大事な、仲間達、家族、従魔、恋人、子供達。それらを護る為に、俺は行く!>


 ずっと、心に引っかかっていた本音をさらけ出す。


 そう。人死には出ない方がいいだろう。でもそれは、ゼンにとっては次いででしかない。


<帰って来たら、二人の事は、俺からサリサに話すから、お願い、されてくれないかな?>


(本当は、ルフも残したいけど、あの子はグズりそうだし……)


<分かりました!不肖ミンシャめは、ご主人様に代わり、チーフとしてこの場をお預かりいたしますですの!>


<私も、承知いたしました。主様は安心して、お仕事をなさって下さい。お帰りを、心からお待ちしております……>


 嫁話を出した事で、なんとか二人は了承してくれた。二人とも同い年だし(肉体年齢)、サリサ達同様、婚約者となるだろうが、3番目は一応空けておかなければいけない。


(アチラが、どれぐらい本気かは分からないけど……)


「アル!話は済んだよ!」


 とその3番目候補に、大声で呼びかける。


「おお、そうか。こちらは大量じゃ。この果実、すっば甘くて結構いけるぞい」


 アルティエールは、両手いっぱいに緑の皮の果実を取り込んでいた。


「柑橘系の果物かな。これから長旅になりそうだし、俺も取って行こうかな」


 無人の島で、動物すらいないこの島では、実を食べる動物、収穫する者もいないので、取り放題のようだ。


 一つ試しに食べてみると、結構美味かった。


(こういう野生のは、酸っぱすぎたりもする物だけど、珍しいな……)


 これは或いは、神の加護か、精霊の恩恵なのかもしれない。勘ぐり過ぎだろうか?


 ゼンもアルに並んで、果実を取り込み、ポーチに収納しながら考える。


(ま、今更どうでもいいか……)


「アル、満足いくまで取ったら戻ろうか」


(やっぱり自分には、世界を救う、だの、星を護るだの、なんて似合わないし、実感もまるで湧かない。そんな漠然としたものよりも、あの子達を、仲間を、家族を護る。絶対に死なせない、傷つけさせたりしたくないんだ!その結果として、他の人死にが出ない事はいい事だ。


 そう、冒険者なんて、そんなものでいいんだ。巨大スライム3匹の討伐。それが今回の仕事だ!)


 ゼンの顔付が変わる。明確な目的が定まり、いつもの、ただ目標に向かってまっしぐらにわき目もふらず突き進む、ゼン本来の姿を取り戻していた。。


「覚悟は出来たようじゃな」


 ゼンの表情を見て、アルティエールはニヤリと不敵に笑う。


「うん。大袈裟に考えても仕方がない。俺は、自分に出来る事を、全力でやるだけだ!」


「その意気や良し。ごちゃごちゃ考えても、やる事は変わらんからのう」


 色々とお見通しのようだ。



 ※



 転移で戻ったムーザルの研究施設、その奥側に、試験場か何かなのか、整備されたグラウンドがあった。


 その場所に、カタパルトが設置され、機神(デウス・マキナ)を入れる弾丸型のカプセルがロケットブースターをつけられ、そこに蓋を開け、準備されていた。


 そこまで、結界から海の氷で出来たらしいトンネルが伸びていた。


 発射されればすぐに、そのトンネル内に入るようになっている。


「海中トンネルの、レールガン・マスドライバーなんぞ、何処かにあったかのう……」


 アルティエールが首をひねり、また趣味的な話で頭を悩ませている様だ。


 ジークも、乗っていた台が可動式だったらしく、そのカタパルトの横まで移動されていた。


【後は、お主らが乗り込み、カプセルに入って、出発するだけじゃ】


【行こうではないか、星の大海へ】


 二つの立方体が、ウキウキでもしているのか、ふわふわ動きが落ち着かない。


【食料、水、酸素は充分。中で合成する事も出来る。ゼンは食わんじゃろうがな】


 よくお分かりで。


【乗り込む前に、二人はこの水を、コップ一杯飲んで欲しい】


 丁度喉も乾いていたので、二人は用意されていた水を、何の疑問もなく飲んだ。


【それは儂が管理する、知識の泉の水じゃ】


 それが何か知っているアルティエールは、ブっと吹き出した。もう水は飲んでしまったので、無駄な行為だったが。


「か、片目とか要求するのかや!大神(オーディン)の様に!」


 ゼンは、アルの様子を見て、厄介事か、と頭を悩ませている。


【いや、これはその、一千分の一まで薄めた物じゃ。一時的に知識が増す程度。何も要求せんよ】


 だが、ゼンとアルティエールの片目が、少し薄く、色変わりしていた。


【それも、一時的な影響じゃよ。気にせんでいい。大丈夫じゃ】


「……そういうのは、説明を先にして下さい」


 これも戦闘の準備なのだろう。それでも、若干からかわれている感じがする。


 ゼンは、アルと一緒に、今まで着ていた鎧、服は脱いで、肌にピッタリとした、宇宙服に転用出来るムーザルの戦闘服に着替えた。前のヘルメットと違い、今度のは服と繋がって気密性のある物になっている。


「なんか、ピッチリし過ぎてて、変な感じ……」


「同意じゃな……」


 それから搭乗台の上に行き、ジークに乗り込む。


 すると、ミーミル知恵の神テュール軍神も、コクピットの下方に近づいて来る。そして、そこに小さなハッチが開き、二柱は左右にそれぞれ収納された。


「あれ?お二方も、一緒に行くんですか?」


【そうじゃよ。儂等は元々、この戦闘のアドバイザーじゃ。戦闘面、知識面、のな】


 それ以外にも役目があるが、ゼンには言えない。


「ああ、俺が負けそうになった時、機神(デウス・マキナ)をヴォイドに取り込ませない為に、消滅させる役ですね」


 ゼンにはお見通しであった。


【……泉の水、飲ませるべきではなかったのでは?】


【それ以前の問題じゃろうて】


 ゼンン達が操縦席(コクピット)に乗り込むと、ゼンの正面のコンソール部分の端に、赤のランプと青のランプがつく。


【こうして、お主等といつでも話せるのじゃ】


「……せっかく、ゼンと二人きりと思おておったものを……」


 アルが何か愚痴らしきものをブツブツ呟いている。


「それで、ジークをあの中に、乗り込ませるんですね」


 ゼンが、ジークの視界で、カタパルトに設置された弾丸型のカプセルを見る。


【そうじゃ中に手足をロックして固定する所がある。乗り込んだら、そこに手足をセットして、グリップがあるから、ジーグに握らせて、終わったら、ジークの関節も固定するのじゃ】


「関節を、固定?」


【機械じゃからな。そうした事も、操縦者(パイロット)が思うだけでそうなる】


(思うだけで、か……。俺には合わない文明だな……)


 色々自動で便利になるより、忙しく自分で動く事を望むのがゼンだった。


 言われた様に、慎重ににそのカプセルの中に入り、手足をセットするのだろう場所を見つけ、手と足をその位置まで動かす。手は、グリップを握らせ、『関節を固定して』とジークに頼む。


 この場合、命令すべきなのだろうが、ゼンにはジークを道具扱いするつもりはサラサラない。


 自分に好意的な武器だが、そこには自我を感じられる。無下にするつもりはないのだ。


【少しそのまま待つのじゃ。ジークが乗り込んだ状態の、重量のバランス、平衡を保つ為に、各所に重りを追加する】


(なるほど。不均衡だったら、真っ直ぐ飛ばないものな)


 その作業にしばし時間が取られた後、カプセルのハッチが締められ、その部分の固定、強化処置が行われる。


【では、準備はいいな?カウントダウン5秒で行くぞ】


「せわしないのう……」


【5、4、3、2、1、発射!】


 ロケットブスターが点火され、カプセルは海水のトンネルへと吸い込まれる。


 身体が押さえ込まれる感覚は、最初の一瞬だけだった。


 それからしばらくして、ロケットブースターが燃料を使い切り、切り離される。


【これから電磁加速じゃ。ゆるやかに回転するが、それは真っ直ぐ進む軌道の為じゃよ】


(ライフル等が、銃身の刻まれた溝で回転するのと同じかな?)


 知識の泉の効果か、ゼンはそんな事を考える。


 そこまでは普通だったのだが、ここからが問題だった。


 一瞬、グンと加速が増したのが分かった。


 何故なら、ゼンとアルティエールへのGが、それと分かる程増したからだ。


「……おい、全然相殺されておらんぞ。かなりきついのじゃが……」


 ゼンも、頭から押さえ込まれる様な感覚が、かなり強く、歯を食いしばっていた。


 意識を失いそうな感覚がする。


(これは、ブラックアウト?脳に血が行かなくなって、失神する……)


 ゼンは、知恵の泉の効果か、今自分に起きている事を分析し、ともかく“気”でその圧力を緩和し、意識的に脳に血が行く様に操作した


 後ろからゼンの様子を見ていたアルティエールも、ゼンの真似をして部分的な結界を張り、そのGを少しでも弱めた。


【これは、トール雷神が張り切り過ぎているようじゃ。電磁加速が、予定の倍以上に……】


【あいつは戦神で、こちらに来たがっていたからか、余計に力が入っているのか……】


 どうも、力を抑える様に伝えている筈なのだが、話を聞いていないらしい。


 回転もそうと分かる程に回っていて、目がまわりそうだ。


(耐えるしかない……。出発時点でこれか……)


 先が思いやられるゼンだった。


 この機体内の結界を強化するのは、カプセルの飛行のバランスを崩す危険性がある。


【順次加速する為に、海底トンネルを長くしたのが仇になったか……。あの脳筋が!】


 神々が文句をいう程の行程がしばらく続き、弾丸型カプセルは、海からついに射出された。


 外が見える訳ではないが、電気のチリチリした感覚が消えたのが分かった。


 そしてカプセルは、ジン風の精霊王の用意した空気抵抗の限りなく薄い道を通り抜け、星の重力を振り切り、大気圏を一気に脱出した。


 音速を超えた、超音速で飛び去るそれを、見れた者はいなかったであろう。


 通り抜けた後のソニックブームで起こった轟音で、何かがあった、と気づく者は大勢いたが、それが何かは謎であった。


 そうして、ゼン達は星を離れ、真空の宇宙(ソラ)へと飛び出して行った……。





 ―――


 ―――ある崖の端で、男は胡坐を組み、快晴の空を眺めていた。


「……面白そうな事やってるなぁ、あいつめ。俺も誘えよ……」


 後から遅れて轟音が、辺り一帯に響き渡る。


 木の枝を咥えた男は、さもおかし気に、クックックと口の中で笑い、飛んで行った弟子の行く末を思うのであった。










*******

オマケ


ミ「……これって、本流の世界じゃないからですの?」

リ「そうかもしれませんね。自分から言いたくはなかった、と言ってましたし」

ミ「蛇、結構冷静ですの!嬉しくない?感激しないですの?」

リ「あ、いえ、ちょっと信じられなくて、現実感がないみたいな……。これって夢でしょうか……」

ミ「頬をつねるですの」

リ「ふんぎゃ~!その馬鹿力で、私の繊細な頬を捻りつぶさないで下さい!」

ミ「夢から覚めたですの?」

リ「嘘……。これ、本当なんだ……」

ミ「紛れもなく本当ですの!あたし達の勝利ですの!」

リ「……本当かしら?正直、先輩はそうだろうけど、私は、ただ気を遣われただけなんじゃ?」

ミ「ご主人様の愛あふれる本心見たのに、ですの?」

リ「う……。確かに、あれって嘘なんか見せれる物じゃないですね……」

ミ「そうそう。二人揃って、妾、愛人、側室?ですの」

リ「……主様はそういう差別とか区別嫌いだから、普通に妻だと思いますよ」

ミ「妻!若奥様!」

リ「まだ婚約者ですけどね。はふ……まだ信じられないなぁ……」


(幸福な従魔のお二人でした)

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