第149話 女神様と少年と……☆
※
「でも俺、馬ぐらいは乗れるけど、機械の巨人の乗り方なんて、当然知らない訳で、操縦法って、どう覚えればいいんですか?それも、情報として送ってもらうとかする、と?」
色が変化して、まるで別の機体になった様なジークを前に、ゼンは途方に暮れて、二柱の神に問いかける。
【いや、覚える必要はない。それは、乗ればすぐ分かる事だからだ。
だがその前に、これから来たる二柱の女神から、その加護を授かって欲しい】
他にもまた神が出て来るのか、とゼンはつい癖で、嫌な顔をしてしまうが、思い直し、心構えをして、何色の光を内包した立方体(キューブ)だろう、と考えていると、そこに唐突に、漆黒の上品なドレスを纏った、物凄い美少女が現れた。転移して来たようだ。
漆黒の髪に漆黒の瞳の、何処かサリサに似た面影のある少女。
しかし、目を細めて、少し眠たげでダルそうな感じの、幾分かタレ目気味の、不思議な雰囲気を持つ少女だ。
【夜の女神、ノートだ。宇宙は、夜空に通じる星々の世界、闇の世界だ。その加護は、この星を出た際にきっと役立つだろう】
【初めまして、人の子よ。以前に、貴方は夜の闇が落ち着くものだと、私を褒めたたえてくれましたね。とても感激いたしましたわ。私(わたくし)の加護を持つ少女を通して、聞かせてもらいました】
褒めたたえた、と言う程の話ではなかった気がするが、否定する事でもないだろう。
しかし、あれはサリサと二人だけで話した、睦言のようなものだ。勝手に、“通して”聞かせてもらった、と言われても、どういう顔をしていいか分からない。
「いえ、別に、大した話では……」
と、視線を逸らして、言葉を濁す。
【後、もう一柱、ニヴルヘイムと冥界(ヘルヘイム)を統べる女神ヘル。世界に満ちる魔素(マナ)も、彼女の管轄で、魔神の側面も持っている。この戦いで、魔力(マナ)の総量は、戦いの行方を左右するものだろう。その加護も授かって欲しい】
また
胸や大事な部分だけが黒布を巻いて隠しているが、それがギリギリ過ぎて、より男の欲望を掻き立てるような恰好をしている。
【妾(わらわ)が、魔を司る女神ヘルである。妾(わらわ)の加護深き少女の想い人には、格別の感謝を……】
「……って、その身体、サリサじゃないですか!なんだかさっきから、似た顔付だと思って見ていたら!」
【そうじゃな。お主の愛しき伴侶の一人じゃ】
何故か楽しそうな
「平然と肯定しないで下さいよ!なんでサリサの身体を、二柱の女神が交代で使っているんですか?!」
予想だにしなかった事態に、流石のゼンも戸惑いが大きい。
【丁度、器としての資質を、彼女が持っていたからじゃ。黒髪に黒の瞳を持つ種族には、
「そ、それは、そうかもしれないけれど、俺は神々の事なんかに、詳しくないんですよ……」
どちらかと言えば嫌いで、その知識を積極的に調べた事など皆無であった。通り一遍の知識ぐらいしかない。
アリシアに、光の神の加護があるのだろう、ぐらいしか考えた事がなかった。いや、二人が同等に規格外な事を考えれば、確かに予想出来る事だったのだ。
「ともかく、その凄い恰好をどうにかして下さい!」
【おや?伴侶ならば、見慣れたものであろうに。折角、さあびすしてあげたと申すに、つまらぬ男(おのこ)よなぁ……】
不満げな口ぶりで、それでも
肩を丸出しな、ノースリーブの黒のドレス。何故かスカートに大きくスリットが入っている。動きやすそうではあるが、そこから黒の網タイツを履いた足が、チラチラと見え隠れしている。真っ赤なハイヒールまで履いている。
サリサには。確かに似合うのだが、だから余計にゼンは困る。
それでも、これ以上言うのは藪蛇だ。次は、何かもっと奇抜な服にするかもしれない。この女神は、ゼンの反応を見て楽しんでいるのだ。
「~~~。じゃあ、その加護とやらを、さっさと済ませて下さい!」
言うゼンの前で、
【それでは、僭越ながら、私(わたくし)から……】
「?なんで、入れ替わる必要が……」
「?!」
余りに意表を突かれ、驚いたせいで口が開いてしまった。それが余計に悪かった。
怒涛のように、口の中に舌を差し込まれた。そしてそれはそのまま、ゼンの口内で暴れ回る猛獣と化す。
ゼンは、自分の顔を掴むノートの手を引きはがそうとするが、力の弱い魔術師のサリサの手とは思えない程の力強さで、まるでビクともしない。神的な身体強化でもなされているのか。
いくら嫌でも、サリサの身体を蹴ったり殴ったりはしたくない。それに、しても無駄な感じがひしひしと伝わって来る。
いっそ、この無遠慮な舌を噛んで……いや、それこそサリサのか弱い箇所を傷つけてしまう。
ゼンは頭が混乱し過ぎてワヤヤになっているが、あくまでこれは、サリサの身体なのだ。それを忘れてはいけない。
思えば、サリサとこうした深いキスをした事も、まだなかった。
一度、試しに舌を差し入れたら、涙目になって身体を押し返され、「それもまだ早いから……」と言われてしまったからだ。
ゼンは、そういういらん技術まで、若い頃は伊達男で、かなりの女を泣かせたと言うパラケスに、口頭で教え込まれていた。
女性を喜ばせる様に、恥をかかせぬようにと言われ、何も知らないゼンは、頭から老魔導士の教えを信じ込み、熱心に習い覚えた。
おかげで、サリサにいらぬ誤解を与えてしまった。ザラも、似た様な感想をゼンに持っている様だった。
つまり、旅の間にそれなりな女遊びをしていた、とか、もう女慣れしているとか、である。
誤解が過ぎて泣きたくなった。従魔の件でパラケスと連絡を取った時、その事の苦情を言ったら、死ぬ程笑われた。ついでに、その場にいた義母(ギルマス)にまで笑われた。
それは、もういい。無知過ぎた自分の落ち度もある。
それでも、この世界でそれなりにいい年齢の二人の婚約者の、初心(ウブ)で純情可憐が過ぎるのにも問題があると思うのだが、そんな二人だから大事にしたいとも……。
―――……ハッ!
心が現実逃避して、今の状況への拒絶反応が強過ぎたのか、二人との思い出に逃げ込んでいた様だ。
とにもかくにも、タップリ五分間は、ゼンの口内を堪能し尽した
「ッ☆★!?」
思わず吐き出しそうになるゼンの口を手で押さえ、ニッコリと、物凄い圧力を感じさせる笑顔で女神が強制する。
「全部飲み下しなさい。身体の内側から加護が隅々まで行き渡るのです。出す事など、許されませんよ?」
……ゼンは、泣く泣く全部飲み込むより他に、道はなかった。
全身、汗がグッショリで、脱力した。鍛錬よりも消耗した気がする。
なのに、まだ終わりではなかった。
【妾(わらわ)の番じゃな。安心するが良いぞ。妾(わらわ)は
脱力して今にも倒れそうなゼンの顔を、無理矢理上に向かせると、また女神の口唇が、少年に襲い掛かって来る。
ゼンはもう、何も考えない様にして、力も抜いて相手のされるがままに身を任せた。
抵抗しても無駄でしかない。疲れるだけ、無意味だ。
そう思っても、無心でいられる訳がない。
しかも、
ゼンがいくら、何も考えない様にしようとしても、敏感な場所を、繊細な手つきで触れて来られては、無反応ではいられない。
思わず目を開けると、うっとりと上気し、興奮し切った
サリサのそんな表情など、見た事もないのに、いつかサリサもそんな風な顔を、自分に見せてくれるようになるのだろうか、等と夢想してしまう。
危険な兆候だ。
今、ゼンが相手をしているのは、あくまで
もはやゼンは、嵐の海を、粗末なイカダでこぎ出した、無謀な旅人だ。
ただただ、激しい嵐(ヘル)に翻弄され、イカダの帆を張る柱(理性)にしがみつき、大海(欲望)に落とされまいと踏ん張っているが、それもいつまでもつか分からない。
いつ果てるとも分からぬ、長い長い時間が過ぎた様な気がした。
それは実際は、十分程度で、
また最後に、たっぷり
【いい子だ、フフフ……。このまま妾(わらわ)の眷属に召し立てたいものよのぅ……】
【それは協定違反よ。他の女神達からも、きつく言われた癖に、私(わたくし)よりも長く、濃厚な接触をしておいて、
【初物を先に摘んでおいて、その言い草はなかろう】
何か言い合っているが、ゼンは茫然として、耳から聞こえてはいるのだが、ちゃんとした情報として頭の中に入って来ない。
無心なろうとし過ぎて、意識がどこかに飛んでしまったようであった。
バッチィーーーーン!!!
それを呼び覚ましたのは、ようやく身体の主導権を戻してもらったサリサであった。
思いっきり無防備なゼンの頬を、全力で引っ叩いたのだ。
「あ……っ痛……」
ゼンは、いつも黒のローブ姿に戻ったサリサが赤い顔をして、憤怒の眼差しで自分を睨んでいるのを、やっと目視で確認し、意識を自分の身体に戻す。
「痛い、じゃない!ボーッとしない!」
「ああ、うん、サリサだ。本物の、いつものサリサだ……」
疲れ切ったゼンに、サリサは侮蔑の視線を向ける。
「……早く拭いて!二種類の口紅(ルージュ)が、べったり口についてるわよ!」
サリサは、自分のハンカチを、ゼンに押し付けるようにして渡す。
「いや、そんなに怒らないでよ。俺だって、好きでやってる訳じゃないんだから……」
受け取ったハンカチで、素直に口をぬぐうゼン。
「はぁ~、そうですかぁ?なんか、ウットリ陶酔した顔してた様に見えたけどぉ~」
嫌味たっぷりなサリサの顔の赤さは、サリサが女神二柱の感覚を共有していたからだ。
つまり、表には出ていなかったが、サリサも二柱がゼンとしたディープ・キスを、一緒にしていたも同然だったのだ。
「……好きな人の身体であんな事されたら、誰だって悪い気はしないだろ……」
ゼンの言い分も、無理もない事だ。
「今のは、私であって私じゃないんだからね!浮気よ、浮気!」
感覚を共有していたサリサは、その高揚や陶酔感を誤魔化したくて、否定的な事ばかり言っているのだった。
「それは、見方として厳し過ぎると思うよ……」
ゼンの方は、確かにサリサへの罪悪感があるので強く出れない。
微妙にすれ違っている二人であった。
それでも、これから命がけの戦いになるかもしれないのだ。こんな風に、ギクシャクしたまま別れては、悔いしか残らない。それは駄目だと二人とも思っていた。
「……うん、こんな言い方は、女神様には不敬かもしれないけど、口直しがしたい」
ゼンは、衝動的に動いていた。
「え?な?ぜ、ゼン……?」
ゼンは、サリサを抱き寄せて、そっと口付けする。
いつものように、舌など入れず、抱き締め方も、柔らかく、大事な物を、少しでも傷つけないように。
最初は堅かったサリサの身体からも力が抜けて、ゼンに身体を寄せていく。
二人は、そうしていつも通りの、暖かな幸福を取り戻す。
それを、アルティエールは少し離れた機神(デウス・マキナ)の足元で、羨ましそうに見つめていた。
「……焼けるのう。何か胸がモヤモヤするではないか……。
おや、お主もそうかや?気が合うのう……」
何故か、また不穏な気配を放ちだした『ジーク』を見て、アルティエールはその足を、拳でコツンと叩く。
ウォン、と同意する様な音がした。
<……また、機神の適合率が変わったぞい。ゼンは82%に落ち、アルティエールのものは、70%まで上がっておるようじゃ>
<まさか、焼餅とか言わんでくれよ。……その適合率と言うのは、好感度のパラメーターのようだな……>
二柱の神は、また念話で、不可思議な反応を示す機神(デウス・マキナ)に、どうしたらベストの状態に調整出来るのか、頭を悩ますのであった。
*******
オマケ
ある日の女子会
サ「なんか、時々不安になるのよね。なんだか、あいつってば、妙に女の子のあしらい方が上手い、って感じがして……」
ザ「私も、それは思います。自然に抱き寄せたりとか……」
サ「うんうん。それが当り前、みたいな行動するのよね」
ア「ゼン君の年齢を考えたら~、もっとアタフタして、年上のお姉さんがリードしてあげなきゃ、って感じのが普通だよね~~」
サ「まあ、あの子が普通じゃないのは、今に始まった話じゃないけどね」
ス「さすが『流水の弟子』って感じだけど、無理して大人ぶってるんじゃないの?」
ザ「それも、あるとは思います。でも、もうそれが様になってて……」
サ「なのよね。頼りになるのは嬉しいけど、頼っても欲しいから」
ア「恋人に、多くを求めるのは、誰でも~、どこの時代でも一緒だね~~」
ス「そうね。私から言わせてもらうと、二人とも少し我が侭かな」
サ「そう、なのかしら……」
ザ「そう、かもしれませんね……」
(話は尽きない模様)
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