第139話 決戦(2)☆
※
「油断するな!普通の魔物じゃない!強化されているぞ!」
先頭で敵を迎え撃ったブローウェンが、大声で冒険者達を一喝する。
その通りだった。術での強化か薬品での強化かは分からないが、
だが、基本は雑魚の魔物だ。下級から中級程度に上げているようだが、それでもかなり無理をして強化したのだろう。拒絶反応か、身体が無理な強化に耐え切れず、血の涙を流す者や、口から泡を吹いている者までいる。
まさに消耗品扱いで出されているのだろうが、哀れさすら覚える仕打ちだ。
それでも、魔物の本能で、後衛の女性術士達を目指そうとしている。
その進行方向には、ブローウェンが敢然と立ち塞がり、まるで鉄塊のような『折れぬ大剣』の代名詞とも言える、武骨で巨大な魔剣『豪傑裂斬』を振るう。
その破壊力は凄まじく、一振りで十体以上の
冒険者達も、彼の名声や、その大剣の噂は聞いた事のない者などいず、その攻撃範囲からはガッチリ距離を取り、老英雄の邪魔にならない様にしていた。
それに並ぶ活躍をしているのが、西風旅団リーダーのリュウだった。
「大剣使います!」
と周囲に注意を促してから、最早手足同然に扱えるようになった魔剣を豪快に振るう。
大剣を、普通に剣の様に軽々と使い、魔物をザクザクと紙でも切るが如く始末している。彼の余りの若さに、どうしても不安に思っていた周囲の心配を、あっさり払拭するに値する活躍ぶりだった。
ラルクも次々と魔弓で矢を放ち、味方の討ち洩らしそうな敵を、正確無比に弱点を狙って一発で仕留める手際の良さに、周囲は感心するばかりだ。
若いと言うよりも幼いとしか言いようのない外見のゼンは、ラルクの様に弱点のみに最小限の力で剣を使い敵を倒すのだが、その剣の速さは、A級の冒険者達でもかろうじて見える位の速さで、移動した後に敵がバタバタと倒れていく様は、異様ですらあった。
だがその表情は渋く、今の状況を気に入らないのを如実に示していた。
事前情報では、この高級遊技場、つまりはカジノなコキュートスには50人程の魔族がいて、その内の10人は幹部クラス。他は部下だと言う、完全に敵の本拠地だった。
その幹部が見張りをしていた、と言うのも奇妙な話に思えるが、敵対者を早期に発見し、出来得る事なら全員始末、もしくは大量に間引く大事な役目を負っていたのだろう。
その死も“草”同様に警報になっていたらしく、この大量の
だとしても、殺さずに拘束出来る様な生易しい相手ではなかったので、先手を取られたのも、致し方ない結果だった。
それにしても、今のこの状況は不自然極まりなく、ゼンにもまだ分からない謎の事態だ。
敵に魔族は残り49人だが、今、店から出て来ているのは魔族ではなく魔物だ。コキュートスがいくら広い店でも、こんな数の魔物が中にいる訳がないし、事前の情報でも魔物がいる等とは知らされていない。
転移が封じられているこの場で、何故に目的以外の敵が、こうも大量に出現するのか?
そして、魔物使役術士(テイマー)の従魔でも、従魔術の従魔でもない魔物をどうして自在に操れるのか。……いや、操ってはいないのか?人種(ひとしゅ)の中でも特に人間に敵対する本能が一番強い魔物は、今ここに魔族がいても、人間の方を襲うだろうし、更に
この人間のひしめく城塞都市のフェルズの中でなら、魔物や魔獣を解き放てば、勝手に人間に向かって来て暴れるのは必須だ。
ではやはり、肝心なのは、どうやって魔物を出現させられるのか、だろう。今は下級の強化した魔物しか出ていないが、下級が出せるのなら、中級や上級の魔物、魔獣を出せてもおかしくはない筈だ。
あの店に中には、そうした手強い敵が、すでに配置されているのかもしれない。
元々、どんな罠や仕掛けあるのか分からない店内だ。スカウトの調査が、怪しまれない範囲内で行われたが、敵に対応する仕掛けなどが見破れる訳もなく、あの魔具を再現出来るスカウトも、全ての怪しい魔具を見つけられた訳でもないだろう。
では、この先、どうすればいいのか。
今の流れはマズイ。敵のペースに完全に乗せられている。
このまま馬鹿正直に店内に突入しても、勝ち目が薄い様に思われる。
コキュートスは、全3階の、面積の広い建物で、1、2階が賭け事が行われる店のスペースで、3階が店員側の場所となっている。
この分だと、1階に罠や魔獣が満載で、2階に40人の部下要員の魔族、3階に幹部の残り9人が、悠然と陣取って待ち構えているのかもしれない。
それを、下から順に、迷宮(ダンジョン)の探索のようにやる必要が、あるのか?
バカバカしい。敵の思惑通りに動く事はない。ここは、試練の迷宮(ダンジョン)ではないのだから。
自分達は、盤上遊戯(ゲーム)の様に、動きを制限された駒ではないのだ。
見ると、この建物全体は、対魔術の障壁が張り巡らされている。
窓やドアから増え続ける魔物をどうにかしようと、術士達も火球(ファイヤー・ボール)や雷撃(サンダー・ボルト)、風刃(ウィンド・エッジ)等の攻撃魔術を放っているのだが、扉や窓の手前でそれは、見えない障壁に当たり、効果がない。
障壁から出て、店から離れた魔物には効果がある様だが、それでは出口を塞ぐような事は出来ない。
ゼンは、自分の感覚と、セインの“浄眼”の力も借りて、店を覆う障壁の元となっている魔具をさぐると、流石にハルアに造ってもらった簡易的なフェルゼンの障壁と違い、店の前面の至る所に魔具が設置されており、網の目の様な構造で、一つ二つ壊しても、店を覆う障壁の結界は消滅出来ない作りになっている。
だが逆に言えば、魔具の配置を読み、適切な場所を壊せば、障壁に穴を空けられる、と言う事だ。
<サリサ、ちょっといい?>
ゼンは指向性の、“気”を込めた小声でサリサに呼びかける。
<な、何よ、急に!>
少し間が空いた後、サリサは風の魔術で声を送って来た。迷宮(ダンジョン)内で使っていた術だ。
<俺が、店の扉の所の障壁に穴を開けるから、そこから、この店全部が吹き飛ぶぐらいの術を飛ばして欲しいんだけど>
<え!こんな街中で、そんな事していいの?付近一帯に被害が出ると思うんだけど……>
<大丈夫、この魔術障壁は、店の外側全部覆ってる筈だから、それが破れない限り、被害は外に出ないだろ?>
<理屈上はそうだけど……>
<今も増えてる、こいつらを止めなきゃいけないし、この中にはどんな仕掛けがあるかも分からない。このままだと、中に突入出来たとしても、危険だと思うんだ>
<それは、そうよね。あ、でも、その扉の所から、爆風とか出るんじゃないかしら?>
<それは、俺がどうにかするよ>
<……分かった。責任はゼンが取るのね。なら、思いっきりやるわ>
<そうは言ってないけど……。障壁、内側から破らない程度の手加減はして欲しい>
<はいはい♪>
何か、上機嫌になった感じのサリサの声色が怖い。確かに、やれ、と言ったのはゼンだが、責任がどうのと言われても、何を持って責任を取る事になるのだろうか?
(何か被害が出た時の、賠償金とか?)
考えても仕方ない。今の状況を挽回出来るなら、どうでもいい。
とにかく、ゼンは建物1階の中央にある、魔物が壊した正面扉の周囲の魔具の配置を見て、どれとどれを壊せば、扉の部分に穴が開くのか判断して、剣風を飛ばし、それを壊したり、取り外したりした。
外した分は、中に魔術が入った後、再び穴を塞ぐ用だ。
ついでに、正面から湧く
何か壊した手応えがあり、
(中にあった仕掛けを壊せたかな?)
<正面扉、障壁に穴を開けた。いいよ!>
ゼンがサリサに合図を送る。その間にも、周囲から
<分かった、行くわよ>
どうやら他の術士にも話していたらしい、サリサの周囲の術士も、扉の開いた建物内部への、魔術攻撃を始めた。
様々な術が飛び交い、店の内部を破壊して行くのがその音で分かった。
「これから魔術で、店内を爆破してもらいます!光と音、爆風に注意して下さい!」
またゼンが“気”を込めた大声で、冒険者達に注意した。
サリサの周囲に、『
サリサも、『
他の術士達の術を露払いとして、自分の術を最後に撃ち放った。
ゼンは、その恐るべき力の込められた槍が入ってすぐに、壊れていた扉を元の位置に戻し、“気”で固定、強化した。その上に、外した魔具をいくつか並べ、これも固定する。
それで、穴の開いていた障壁の結界は繋がったが、あくまで応急処置のようなものだ。
ここが一番弱い箇所になるだろう。魔術障壁を、“気”で補助強化する様にしながら、ゼンはその瞬間に備えた。
「やります!『核裂爆破』!」
サリサが、何か不穏な響きのする呪文の名前を唱えた瞬間、ゴゴゴゴ、と、内部で連鎖的な爆発が起こり、その後、トンデモない轟音と、まばゆい光、そして、ギシギシときしむ、魔術障壁の張られた建物の外壁が、直線でなく、曲面となった。
内部の圧力に耐えきれず、建物が、まるで風船の様に膨らんだ風になったのだ。
前面、後面、左右に屋上までもが、丸に近い状態となり、何かの冗談の様にすら思えた。
嫌な感じに地響きすらする。
その爆発が起きたその後からは、もう魔物は湧いて出なくなり、冒険者達は、とにかく、その余りにまばゆすぎる光を見ないようにしながら、目をやられ、建物の隙間からの爆風の余波でよろめく魔物達を、作業的に減らして行った。
ゼンは、自分が開けた穴部分の補強に神経を注ぎ、動ける状態ではなくなった。
明らかにやり過ぎだった。
膨らんだ建物の壁面が紅く熱せられて、溶けるのではないかと心配になる程だった。
出口のほぼない爆発の余波は、全て内部で荒れ狂い、中にあった、形ある物、生きた者を襲い、粉々に消し飛ばすか、余りの熱さに溶けて消えるのではないかと思われた。
「『滅』!」
サリサはどうやら、その爆発の威力を、何らかの方法で、収束させ、消し去った様だ。
内部に感じていた、恐ろしい熱量の力が嘘の様に感じられなくなった。
そして、高級遊技場コキュートスは、唯一残った屋上の重みで、外壁の壁を巻き込むながら、中へと倒れ、崩れ落ちて行った。
また轟音を上げながら、その建物は、見事な程無残に崩れ去り、後に残るのは、廃墟となった、建物の成れの果てであった。
中で、建物を支え、形成していた柱や床、天井等が爆発の熱で無くなり、単なる立方体の箱に成り下がった建物が、天井部の重さに耐えきれずに崩壊したのだった。
1階部分で爆発したので、下の方では何がいようとも、ほぼ消滅、2階部にいたであろう魔族の手下40名も、ほぼ全滅か、重傷で苦しんでいる様だ。
そして問題の、幹部9名。こいつらの中には、魔術の障壁を付与された者や、自分で障壁を張れる魔術士、闘気を鎧に出来る戦士等が、かろうじて生き残ったようであった。
「ガアァァァッ!!なんだ、今の出鱈目な魔術は!」
瓦礫の下から、それを跳ね飛ばしながら現れたのは、異様な魔族であった。
ワーライオン(人獅子)という魔族がいる。人狼と同じ、獣化出来る魔族だ。
マンティコアという魔物がいる。獅子の身体に人の顔、コウモリの翼にサソリの尾を持つ、キメラ(合成獣)系の魔物だ。
その、本来顔のある位置から、ワーライオンの腰から先が生えている。
まるで、ケンタウロスの獅子バージョンのような、異様な外観。どういう意図があって、合成させたのかは分からないが、その力は確かに、2体分以上の力を発揮出来るようだ。
その後ろに、隠れる様に立つ魔術師風の黒ローブの魔族も、異様な外観をしていた。
体中至る所に、腕輪だの指輪だのと、輪っかを何個もつけていて、鎧代わりに使っているのか、と思えるぐらいに、身体中ジャラジャラさせていた。
その周囲を囲む、三人の魔族は普通に剣士のようだ。魔族なので、魔法剣士かもしれない。
その獅子魔族にしろ、3人の剣士にしろ、輪っかだらけの術士を護る護衛なのは明らかで、つまりはその術士がこの組織の重要人物のようであった。
その意味はすぐに分かった。
術士が腕についた輪の一つは外し、何か唱えて地面に投げると、
<ゼン、種が割れた。あいつ、空間術士よ!捕まえた魔物を魔具に蓄(ストック)えて、いくらでも出せるんだわ。だから、あいつさえ倒せば―――>
<それで、あいつらの戦力が増える事はない。分かった!>
ゼンが最速で動き出す。
狙いは明らかだ。
「馬鹿め、そうやすやすと―――」
獅子の魔族が、ゼンの行く手を遮ろうと動き出すが、その眼前を炎の刃が通り過ぎる。
「「「お前の相手は、こちらがする!」」」
ブローウェン、リュウ、ロナッファが、獅子の魔族を囲み、動けない様に牽制していた。
「小癪な!たかが冒険者風情に、我が止められると!」
獅子の魔族が、手に持つハルバートを豪快に振り、叩きつける様に攻撃するが、ブローウェンはそれを軽々と受け止める。
リュウの横合いからの攻撃は、サソリの尾が相手をするが、二合三合と相手をする内に、相手の尾の動きを見切る。
「単調だな!」
リュウの魔剣は炎の刃となって、サソリの尾を3つに分解して断ち切った。
「なぁっ!?」
「よそ見が過ぎると、隙が多いぞ!」
ロナッファは、リュウの反対側から攻撃する。コウモリの羽が、何の牽制にしているのか、バサバサと羽ばたいて、ロナッファを叩こうとするが、何の意味もない。その翼は、ロナッファの
ゼンはその横を、何の障害もなく移動する。
最初に、先程現れた
口から地獄の炎を溢れさせ、狙った獲物は地獄の果てまで追い詰める恐怖の猟犬、と言われる魔獣だが、ゼンにすれ違いざま、全て頭を刎ねられ、息の根を止められてしまう。
「おのれ!」
術士を護る三人の剣士が、ゼンを迎え撃とうとするが、そこにラルクの援護の矢が飛ぶ。
「チィッ!」
三人とも、それなりの使い手なのだろう。ラルクの矢は、全て剣で叩き落される。
だが、援護としては申し分ない。
矢の相手に気を取られた相手の脇を、ゼンは『流歩』ですべる様に通り抜ける。
その後には、急所を切り裂かれ、倒れ伏す三人の剣士の遺体が崩れ去るのみ、だ。
「下らない茶番はおしまいだ!」
ゼンが、魔族の攻撃の要らしき、空間術士へと斬りかかる―――
*******
オマケ
リ「はぁ……。実力不足な自分が恨めしい…」
エ「仕方ないですよ。ゼンさんを信じて待ちましょう」
ハ「そう、だねぇ。ゼンは強いし、他も強い人ばかりみたいだから」
コ「大変なお仕事で、大変ですね」
ハ「その助けになる物を、ボクとコロちゃんは造る訳だから~」
コ「そうだね、ハルちゃん」
エ「私は、資料の整理でもしていましょうか……」
リ「あたしは、修行あるのみ、かな……」
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