第117話 クラン前のあれこれ☆
※
「ところでアルティエール様、その透明化している、もう一人の術士も、紹介していただきたいのですが」
ゼンは、このままだと紹介なしで、なし崩しになりそうな哀れな存在の事を、明かして欲しいとアルティエールに依頼する。
「子猿、お主、最初から見えておったのか?油断ならぬのう……」
目つきの悪いハイ・エルフ様は、自分の幻術が見破られていた事に対して、かなりショックを覚えているようだが、目を“気”で強化し、看破状態のゼンは、大抵の本質がそのままの姿で見えるし、幻術の熟練者(プロ)である、
幻術系で騙されたままでいる事は、ほぼないと言えた。
「何の意味なのかは分かりませんでしたが、悪意は感じませんでしたので。
だから食事も人数分、お出ししたんですよ」
「わしの幻術を見破るとは、お主、相当じゃぞ」
アルティエールが手をかざすと、そこに、灰色のローブを着た、前髪で目を完全に覆った、何か臆病な感じのするエルフがいた。
「あれ?でもこの子、ギルドで旧交暖めてた時も、お風呂見学の時もいたわよ」
サリサが、突如増えたエルフの術士を見て言う。
「なのに、普通の話をしていた時には姿を消していた。もしかして、彼女が、身内に不幸がどうの、で、抜けた筈のもう一人、ですよね?」
「子猿の言う通りじゃ。暗黒教団の件があったでな、クランを断る理由にしようとしていたのじゃ」
「でも、見えなくて、いなかった時は、全然それが不自然に感じられなかった……」
「多分、認識阻害の一種でしょう。彼女が、サリサを補助した、6人の術士の一人。
お名前は?」
「あのあの、アルティエール様の付き人で、メリッサと言います……」
姿を隠していたのに、ちゃんと食事まで出されて、すっかり恐縮しているようだ。
「この4人で、『古(いにしえ)の竜玉』ですか?」
「その通りじゃ。これ以上はおらん」
「なら、後は……アルティエール様、幻術で誤魔化してますが、その外套の下、何も着てませんよね?」
「………だから、どうだと言うのだ。ハイ・エルフは、原初の森で、何も身に着けず、素肌で森の力(マナ)を受け取るのだ。それが自然じゃ!」
「裸族か……。ここは、原初の森ではなく、人間の世界、人間の街です。公序良俗は守っていただきたい。
サリサ、アリシア、アルティエール様をお風呂に入れてから、適当な服を見繕ってあげて。
大きい子供のに、サイズが合うのがあると思うから」
最初から素足がチラチラ見えていたので、ゼンとしては気が散って仕方がなかった。
「女性の皆さんも、お風呂、一緒にお試しになってはどうですか?
気になっていたようですので。ファナさんも」
「わ、私は、別に……」
「気づかぬ所で、お世話になっていた様ですし、今日は泊まられたら?
お風呂に入って、夕食を食べて、またお風呂を堪能して。
自分がギルマスに伝言を出しますから、どうか一晩、泊まって行って下さい」
ゼンは、ファナに丁寧に頭を下げる。何かフォローしてもらったのは確かなのだから。
「そ、そうまで言われるのでしたら、固辞するのも馬鹿の様ですね。ご招待に応じましょう」
お風呂が凄く気になっていたらしいファナは、意外にすんなり同意した。
「部屋は、さっきの客室を使って下さい」
女性陣が揃って、キャアキャア騒ぎながら風呂へと向かう。
さしものハイ・エルフ様も、あの勢いには逆らえないようだ。
「女性陣はともかくとして、皆さん、パーティーの引っ越しは、どうされますか?
自分達は、いつでも構いません。お手伝いもします。
今日、やらないのでしたら、明後日等の予定をお知らせ下さい。
商会の方で、荷運びの馬車を用意しますから」
「ワシらは宿住まいじゃ。手荷物を運ぶぐらいじゃの」
「俺の所もそうだな」
「うちもです」
「私達も、宿屋です」
『剛腕豪打』、『蒼き雷鳴』、『破邪剣皇』、『古(いにしえ)の竜玉』が宿生活をしていたらしい。
屋敷を借りて自炊していたのは、『清浄なる泉』のみであった。
「なら、区画を最初に決めなければいけませんね。2階の左右に2区画、3階は4区画、どこでも空いていますので、そちらで相談して決めて下さい。
3階が1区画空くので、人数が多過ぎたら、そちらも使えます」
今のところ、『西風旅団』も入れて、全7パーティーになる。
元々の予定ではあったが、いっぺんに増えると、対応する方が混乱しそうだ。
ゴウセルの方で教習中の子供達10名、ほぼ教習は終わっている筈なので、迎えに行った方がいいだろう。
4階は、一応レフライアとゴウセルに、屋敷の主人用だった大部屋(広すぎたので風呂の様に壁を作り2部屋にした)を使ってもらう予定で、他にレフライアがパーティーとして誰か連れてきそうなので、4階はそちらが使うだろう。
後、本気かどうかは分からないが、カーチャがクラン参加で、エリンがギルドとの連絡役になると言う。
今日の、ファナ秘書官の様子等見ると、確かにそういった役割の人がいてもらうのは便利なのかもしれない……。
ファナはすでに、残りのパーティーが連れて来るメンバーの名前を表にして、その部屋割り予定まで書いて、ゼンに手渡していた。
さすが、ギル・マス付きの有能秘書官だ。
各パーティーの訓練予定や、迷宮の効力状態、どこのパーティーが、どこの迷宮に行っているか、等、知っておきたい情報、整理しておきたい情報は色々ある。
城内の冒険者関係の情報管理は、今までゼンが一人でやっていたが、それも確かに無理があるだろう。義母の、いると便利、の意味がようやく分かるゼンだった。
後、ロナッファ達、獣王国組、とでも言うべき二人にも、本当に居座るのなら、どこかのパーティーに入るか、いっそパーティーを作ってもらうかして、冒険者の方に参加してもらうのがいいのかもしれない。
それを言ってしまうと、完全に居座られる事を了承してしまうみたいで、ゼンとしてはまだしたくない話なのだが……。
「区画が決まったぞい」
ガドルドが、考え事をしていたゼンに話しかけてきた。
「あ、はいはい。どうなりましたか?」
小柄だが、体格のいいドワーフの二人が、余り階段を昇りたくない、という理由で、『剛腕豪打』が旅団側、左横の区画に。
『爆炎隊』と仲のいい『蒼き雷鳴』が、2階の右横の区画に。
ガイが、高い所が好きだから、という子供の様な理由で『破邪剣皇』は3階の正面右側。『爆炎隊』の真上の区画に。
『清浄なる泉』が、3階の左正面。西風旅団の真上の区画に。
『古(いにしえ)の竜玉』は、その横区画。3階の左横の区画に決まった。
ゼンは、ファナの書いてくれた表に、区画を足して書く。
「ワシらは、荷物と仲間を連れて来るから、女どもには、区画が決まった話をしておいてくれ、と言っておったぞ。クラリッサにも頼む」
「分かりました。伝言しておきます。あ、自分達の馬車があるようでしたら、前庭に厩舎がありますから、そちらを使ってください」
「ワシらは、迷宮に行くとき借りるぐらいだが、専用馬車を持っておる者もいるのか」
「『爆炎隊』がそうですね。馬の世話とかありますが、借りるより安上がりになるんですよ」
「なる程のう。ワシらも考慮しておこう」
他のパーティー・リーダーも手を上げているので、馬車がある所は、それで移動して来るだろう。
「『清浄なる泉』の皆さんは、これからすぐ引っ越しされますか」
ゼンは、『清浄なる泉』リーダーのザカートに尋ねる。
「ええ。こちらの方が、広々暮らせますから。うちも、『爆炎隊』のように、小さな家を借りて暮らしてたんです。
従者というか、弟子のような子供達が4人、仲間の他にいるので、かなり狭い思いをさせてたんですよ」
「お弟子さんを、里から一緒に?」
「そうです。魔物の襲撃で両親を亡くした親族の子などもいたので、外に憧れを抱いている様でしたし、広い世界を見せたかったので」
「エルフの里でも、魔物はいるんですか?」
「魔物がいない場所などありませんよ。里の近くの森も、定期的に駆除しないと、魔物は増えますから」
「すみません。エルフの里、というと、静かで平和で牧歌的な印象があったので……」
「いえ、わかります。実際、里自体はそういう印象で合ってますから」
ザカートは、端整な顔立ちの、静かな印象のある青年で、どこかライナーに似た感じのするエルフだった。
「ゼンさん、これは真面目な忠告なのですが、余りアルティエール様を、粗略に扱わないであげて下さい」
「あ、すみません。始祖の方に、不敬なように見えたでしょうか」
「いえ、そう言う事ではないんです。あの方は、とても恐ろしい人です……。
あの方の、ブラフマスというのは、燃え尽きた灰を意味します。灰は、炎で森が燃えた後の、再生の象徴なのですが、これは、あの方の気性、を、かなり曖昧模糊にした氏名なのです。
アルティエール様は、森の加護のあるハイ・エルフの中でただ一人、炎の精霊王の加護を受けた方で、里では“破壊者”、“殲滅者”、とも呼ばれています」
「……随分、物騒な二つ名ですね」
「お味方としては頼もしいのですが、あの方は普通なら“静”であるエルフの中では珍しく、“動”の象徴とでも言うべき、荒々しく、勝手気ままな方です。
他種族の人一人、平気で燃やし尽くしかねません。くれぐれも、気をつけて下さい!」
「……第一印象通りの方のようで、頭が痛いです。やっぱり早く、里にお帰り願うのがいいんでしょうね」
「そうですね。今回は、竜人とハイ・エルフとで交わした盟約があるのでしょう。
それで原初の森から出たようですが、導火線に火がついた爆弾が側にあるようで、正直落ち着きませんよ」
「でも、エルフは親族の絆を大事にしますよね」
「はい。ですから、被害がそれ以外にいくのを、私は心配しているのです」
どうも、想像以上に厄介な相手のようだ。
さすがにゼンも、S級の術者などに対抗出来るとは思えない。
そこに、ダルケンとリュウが来た。
「引っ越しやるんだろ?手伝うぜ」
「俺達も、ゴウセルさん所から、荷馬車を借りて行こう」
「ザカートさん、馬車は?」
「家に1台。助かります。馬車3台あれば、すぐに終わりますよ」
そうして、『清浄なる泉』の引っ越し作業の手伝いが始まった。
『清浄なる泉』は、他3名は男性のエルフで、弟子と言っていた、外見は9つぐらいに見える少女2名と、少年が2名だった。ここは全員エルフの団体だった。
すぐその日に引っ越しになると思っていなかったのか、驚いた顔をしていたが、引っ越し先の小城に着いて、更に驚いて、目を丸くしていた。
持って行く荷物等はまとめてもらって、リュウやダルケン達は先に運べる家具を、馬車に載せて運んだ。
3チームの男手が総出で手伝ったので、引っ越しは夕方前には終わった。
他のチームも、足りない布団や家具などをまとめて頼んだので、すぐに店が配送してくれた。
細かな物は、これから順々に揃えて行けばいいだろう。
ゼンも、ダルケンに馬車を借りて、残りの10人の子供達を迎えに行った。荷馬車に乗せるのは、少し可哀想だったので。
今夜も、引っ越し祝い、クラン結成前祝いのようなもので、多少凝った料理を作ろう、とゼンは思った。
あの、種族別の、選択式コース料理等は、明日以降からでいいだろう。
ゼンは、正直言って、最初の勧誘で全部決まると思っていなかった。
『破邪剣皇』『剛腕豪打』『古(いにしえ)の竜玉』、3つのどれかは、断られる事を覚悟していた。
だから、今日の全パーティー参加は、嬉しい誤算だった。
まだ、参加パーティーが確定しただけで、これから訓練でB級昇格出来るように強化していかなければいけないが。
そうして、各パーティーが中級迷宮(ミドル・ダンジョン)制覇出来る位になってくれると、理想の状態まで行けるだろう。
それが、1カ月先になるか、2カ月先になるかは分からないが、もう焦る必要はない。
そして、B級に上がれるくらいになった時には、あの件も片が付き、従魔の件も解禁になっているだろう。
その頃には、このクラン内ではゼンが従魔の事を教えられるので、すぐに従魔の育成にも入れる。
実力があり、協力出来る仲間がいて、従魔の補佐も受けられる。
恐らくフェルズの現状では、最上の状態のクランになるだろう。
当然、ギルドマスターはそれを見越して、ここを『公式クラン』に認定する、と言っているのだ。
自分の荒唐無稽な構想が、意外と上手くいっている事に、確かな喜びを感じるゼンだった。
※
引っ越し祝い兼クラン結成前祝い、となった夕食は、大盛り上がりだった。
ゼンが帰宅したザラを紹介し、サリサと一緒に婚約している事を教えると、そこでもおめでとう、と盛り上がったが、何故か一部盛り下がった者もいたようであった。
帰宅したスーリアを、ラルクが紹介し、結婚している事を伝えると、ここでも盛り上がったが、盛り下がった男達もいた。スーリアのファンだったようだ。
ついでにリュウがアリシアと恋仲である事を言ったが、この二人の熱々ぶりは、それなりに知れ渡っていたので、はいはいご馳走様、とおざなりに祝われた(笑)。
ゼンが昼食以上に凝った料理を振る舞った事もあり、それ程種族的に、好き嫌いのある物でなかったせいか、料理は異常に喜ばれていた。
食後のデザートは女性陣に大うけで、店を出して売らないのか、とでまで言われた。
大陸各地の銘酒も、酒好きな男達には喜ばれていた。
ドワーフ二人は、地元の火酒が飲めて、娘が止めるぐらい、ご機嫌状態だった。
食堂は、流石に満席に近く、使用人の子供達は、専用の食堂での食事になったが、これは仕方のない事だ。
風呂は、男達の方が、2チーム毎に入る交代制になった。組み合わせは日替わりで。
他も、これから集団生活をいかに快適にするか、等が話されたが、今日は酔っている者が多かったので、まともな話にはならなかったが、そんな会話もまた楽しまれていた。
素晴らしき日々の始まり。
そんな感じがしていたからか、ゼンは少し油断していた。
風呂から出て、いったん自室に戻り、ベッドに横になると、明日の従魔研の事や、ギルマスに報告する事を考えたりしていたのだが、その景色が、文字通り、一変した。
明るい月と、夜空が見える。
ベッドの柔らかい感触がなくなった瞬間、センは身体を回転させ、着地し、その場で身構えた。
(転移術?!)
「ほう。見事な身のこなしよな、子猿」
夜空を背に浮かぶ、また外套のみを身に着けたハイ・エルフが、好戦的な瞳で、ゼンを見据えていた……。
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オマケ
ミ「ついに、厨房戦争状態ですの!」
リ「これを毎日。やり甲斐ありますね!」
ミ「任せろ、ですの!」
リ「やりますよ~~」
(簡単な盛り付けとかは、子供達も手伝ってます)
ゾ「忙しくて幸せそうなんだから、偉いよ…」
ボ「手伝いたいね」
ガ「多忙、多事多難」
ル「るーは、食べるほうでもいいお?」
セ「う~ん、出番なし?」
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