第87話 混迷(前編)☆
※
あの、ラルクのしょうもない疑問を押し付けられてから、リュウは悩みに悩んだ末、結局はアリシアに話す事にした。ラルクが望む様な形ではなかったが。
「珍しいね~。リュウ君が二人で話がしたいとか言い出すのは~」
「あ、ああ、そうだったかな?」
場所はリュウ達の泊っている宿の、リュウ達の部屋の方だ。ラルクにはしばらくどこかで時間を潰してもらう事になっている。
「そうだよ~。何か何かな。ついに、その時が来てしまったのかな~~」
アリシアは上機嫌で、いつもニコニコしてるのだが、今日は輪をかけて、特上に上機嫌に感じだ。
(あれ?もしかして、そういう話を望まれてた?)
サリサとまた同室にすると言っていたし、てっきりまだしばらくは現状維持がアリシアの望みかと思っていたのだが……。
「リュウ君?」
アリシアが不思議そうにリュウを見る。
「や、すまん。どう話せばいいかと思って、な……」
アリシアの真意は分からない。と言うか、分かった事など一度もない、と言ってしまっても過言ではない。それだけアリシアは予測不能で妙な行動に走る事が多く、家族や親友のサリサ、そして自分は昔からそれに振り回されているのだ。
だから、今アリシアの望む事を考えても無駄だし、急に予定を軌道修正出来るほど、リュウは器用な性格をしていないのだ。
「実は、な……」
リュウはラルクの懸念を、多少表現を柔らかくして尋ねてみたつもりだ。
それでもアリシアの機嫌はみるみる悪くなり、とてもやさぐれた感じで、チッ、とかケッ、とかなにか、普段アリシアが言う筈のないような音がするのは、幻聴だとリュウが思い込むことにした。
「……それで、リュウ君は私に、その下世話な欲望の話を、ゼン君から聞き出せ、と?」
「あー、いや、それは違う。俺としては、ともかくアリシアとこの事を相談したかっただけなんだ」
「……それって?」
「もしもゼンが、そうした未成熟な状態で、恋愛音痴?恋愛不感症?みたいになっているのなら、それをやはり、ゼンよりは大人な俺達がどうにかしてやりたい、と思う訳だよ」
「ふ~~ん。でも、どうにかって、どうするの?ゼン君を娼館にでも放り込むの?」
「まさか!そんな乱暴な事は考えてない。ゴウセルさんとも相談して、生物的な仕組みの話をするとか、第二次性徴期の心の話をするとか、か?」
「ププっ、やだ、今更ゼン君に、おしべがどうたら、とか説明するつもりなの~~?」
それまで真面目に聞いていたアリシアは。つい我慢出来ずに吹き出してしまった。
「笑うなよ。それが必要な事なら、仕方ないだろ」
リュウも決まり悪そうに顔を赤くしている。
「それに、サリサは、そのゼンの事が好き、で(?)アリアはそれを応援、してるのか煽ってるのかはよく分からんが、してるんだろ?」
「あれ?気づかれてた~?」
「そりゃあ、あれだけあからさまだと、な。こちらが何かしても余計な事だと思って、気づかぬフリはしていたが。(気づかないゼンがおかしい)」
「そっかそっか。色々気遣ってくれてたんだ。意外~~」
「仲間内でうまくいくなら、それに越した事はないんだが、恋愛事に口出しするのは、難しくて微妙だからな」
「ふむふむ。でもとにかく、さっきの話は、それこそ余計な心配だと思うよ~」
「そうなのか?」
「うん。だって、パラケスお爺ちゃんがゼン君を色々調べて、普通の人間である事は間違いない、とか言ってたじゃない。もしゼン君に、そんな人間的に欠落している事があったら、その事を知らせて、何とかしようとするでしょ~?」
「そうだなぁ。でも高名な魔導士でも、学者先生な人ってのは、恋愛や欲望の事なんかはスッポリ抜けて、ただゼンの身体的異常がないだけ、と言ってたりはしないか?」
「ないない。リュウ君、それはむしろ偏見だよ。そういうのを研究する学問だってあるのに、そこだけ抜かして考えたりする物じゃないよ。それに、そうした下世話事の塊りみたいな師匠がいるんだから、もしそうなら何か口出しするでしょ、あの人」
アリシアはラザンの事が嫌いなので、やたらと辛辣だ。
「ああ、それは確かに……」
人間味あふれ過ぎているラザンという男が身近にいて、ゼンに明確な異常があるなら、確かにハッキリ無神経にそう言うだろうと思えた。
「リュウ君達が、ゼン君を恋愛音痴とか、恋愛不感症なのかも、とか言う気持ちは分かるけど、あの子の育ちやその経緯が独特過ぎて、まだ心の成長がともなっていないんだと、私は思うの~」
「……そうか。そうだな。アリアがそう言うならそうなんだろうな。パラケスの話とかでも納得出来たよ。本当に、余計な心配だったな」
ラルクのしょうもない好奇心から始まった疑問だったが、それでもゼンの事を考え、それが解消出来たのは本当に良かった。
「そうだよ~。それに、今回、リュウ君はとても危ない瀬戸際でした~」
「へ?」
「私に、あんな下世話な話を、ゼン君にさせるつもりだったのなら、リュウ君には大量減点、1億点だったよ!」
アリシアは高らかに宣言する。
「い、1億点減点って、それ、罰則とかどうなるんだ?」
「3日間、口を聞いてあげません!」
「は?」
「それがどれだけ辛い事か、分かる~~~?」
「あ、ああ、そうだな、凄くきついな……」
何だよく分からないが、ともかく話を合わすリュウ。
「こっちも辛いんだからね!涙を飲んで、それをするの!」
涙目なアシシアは、まるでそれを実行するつもりのように見える。
「……でも今回は、回避出来たんだろ?」
「あ、そっか。そうでした~。ふぅ、本当に危ない所だったね~」
にこやかに安堵するアリシア。色々な意味でアリシアの方が危ない。
やはり、彼女には、迂闊に変な話は出来ないと、心に刻み込むリュウだった。
※
「……ていう話があったんだよ~~」
飲み込みかけていた飲み物を噴き出すゼン。アリシアは、ゼンが飲み物を口にするのをわざわざ待ってから、その話をしたのだ。
場所は、ゴウセルの屋敷近くの小さな空き地を利用して出来た公園。
大した遊具もないが、住宅街の子供達にとっては貴重な遊び場だ。
そこにあるベンチに、何か話があると言うので、帰り道に寄って話をしていた訳なのだが。
「……ゴホッ、ケホ…。アリシア、今、タイミング見計らって、その話、したでしょ?」
「何のことだか分からない~。大丈夫、ゼン君。せっかく屋台で買った飲み物、ほとんど吹き出しちゃったね~~」
ニコニコ天然小悪魔天使。ただし、今の行為は天然でなく、狙いすましたものだったが。
「……別に、パラケス爺さんの話を持ち出さなくても、
「うん、知ってたよ。だって、あの可愛いゼン君が、感動の再会の時、私との抱擁を嫌がったんだから~」
「……嫌がったんじゃなくて、困るって言ったんだよ」
「そうだったかな~~」
にこにこニマニマ。
「……なんで、帰り道を待ち伏せしてまで、そんな話したの?年頃の女の子が口にする話題じゃないと思うんだけど」
「それは~~。こんなにみんな、ゼン君の事考えてくれてるんだよ、って、そういうのを伝えておきたかったの~~」
「……ありがたいんだけど、結構余計なお世話というか、みんな俺の事、心配し過ぎなんじゃないかな?これでも少しは強くなったし、色々出来るようになったと思うんだけど……」
「そうだけど~、ゼン君は、人間関係の不慣れさが、やっぱり目立つよね」
「うん、まあ。時々言われることだね」
「だから~、これから一緒に生活する事になるんだし、より一層私達の事信頼して、相談事をして欲しいなぁ、とお姉さんは思う次第なのです!」
「人が飲み物吹き出すような悪戯しかけるお姉さんを信頼……」
「あ、あれは親しき者だからこその冗談だよ!」
「……まあ、いいけどさ」
「ところでゼン君、質問です」
「……なにかな?」
「ゼン君は、『流水』の技とかで、睡眠みたいに、そういうの解消出来たりはしないの?」
(あれ?睡眠の話って、誰かにしたっけ?知ってるんだから、したのかな……)
「結構際どい事聞くんだね…。確かに『流水』なら、そんな事出来ても不思議じゃないけれど、俺はそんな技は教えてもらってないよ。
師匠も、しばらく人里離れた場所を旅して、それから街とかに着くと、すぐ一日目は娼館に駆けこむし、ないのかも」
「ふーん。ないんだ。そっかそっか」
なにを納得したのかよく分からないアリシアは、自己解決したようだ?
「多分ね。俺が年齢的に微妙だから教えなかった可能性もあるけど、それなら後でその技を教える、とか話が出てもおかしくないんだし、やっぱりないのかな」
“気”の制御して、体液の流れを操作して、って自分で出来そうだけど……やめよう。なんか、凄く空しくなりそうな予感がする……。
「……ともかく。うん、一人で抱え込むな、と言われてるし、ちゃんと相談はするよ」
アリシアはそれを聞いて、おー、サリーの教え(?)はゼンの心にちゃんと届いているよ!と思い、少しづつでも着実に、自分の思い描く未来(つまり二人が恋人同士)に近づいているよ、と思ったのだった。
※
思ったその翌日の、昼を過ぎた頃合いに、ゼンがザラを連れてリュウ達の宿まで来たのだった。
昼を過ぎているので、宿の酒場兼食堂はすいていて、どの席でも選べる状態だった。
ゼン達は、いつもの奥の席につき、注文した飲み物が来た後から、二人が来た事情を説明されるのだった。
「―――つもり、ザラさんも、あの小城に一緒に住む、と?」
リュウが確認するように言う。
「その承諾が得られたら、と思って相談に来たんだけど」
ゼンは珍しく、昔のようにモジモジしている。
「ほうほう。それは、別に冒険者になって、俺等のパーティーに入る、って意味じゃないんだな」
当然の話だが、ラルクも確認事項として聞く。
「うん。ザラは、スラムの子供達が働く事を心配してて、最初はギルドを辞めて、一緒に働く、とか言ってたんだけど、それは俺が止めて、ただ一緒に住むだけにして欲しい、とお願いしたんだ」
「今はギルドの寮だけど、それを引っ越すのみ、でギルド専属の治癒術士は続ける、と」
「そう。せっかくいい所に勤めてるのに、辞めて使用人になるなんて、良くないと思ったから」
「そりゃそうだ」
まったくもって正しい。
「で、俺もただ子供達だけ引っ張って来て、教えて働かす事に、少し無理、というか、不安があったから、リーダー格の子がいれば良かったんだけど、ゾイはしばらくはゴウセルのとこに罪滅ぼしで働きたい、って言ってたから、子供達の頼りになる存在がいないのが、ちょっと……」
「ゼン君じゃ駄目なの?」
「俺は、スラム出だけど、ほとんど交流はなかったし、もう単なる冒険者扱いじゃないかな。それでも他の人よりは近しい存在だと思うけどね」
そう言うゼンも、それなりにスラムに行き、ゾイ達と話したり、適当に子供達に食料を分け与えたりしているし、最初の事件以来mゼンはスラムの子供達に、英雄(ヒーロー)のように思われ、慕われているのだが無自覚らしい。
「つ、つまり、スラムの子供達の心のより所に、ザラさんになってもらおうって話なのね」
的確に話の本質を掴むサリサ。つっかえなければとても格好良かったのに……。
「うん、さすがサリサは分かりが早い。長く働けば、俺やミンシャ、リャンカに慣れるだろうけど、最初の頃は色々不安だと思うんだ。
ザラはこっちに来てからも、ちょくちょく向こうに様子を見に行ってたらしい。だから、前にザラを知らない子でも、今はみんな知ってる。治癒してもらった親兄弟がたくさんいるから、信用もされている、と」
「無理を言っているのは分かっていますが、どうかお願いします」
ザラはわざわざ立ち上がって頭を下げる。
「いや、そんな仰々しい話じゃないんで、頭をあげて、普通に話しましょう」
「はい……」
ションボり座り直すザラ。
リュウは何となく、今の構図が、厳しい両親に、どうにか結婚する嫁を認めてもらおうとしている若旦那、みたいになっている気がするのだ。
そしてそれは、アリシアやサリサも、今の状態に何か思うところがあるのだろう。
色々考えている様だが、ともかくこの構図を続けるのは危険な気がする。反対する理由などないし、障害を二人で乗り越える、的現状はさっさと終わらせるべきだ。
「あー、分かった。俺等には特に反対する理由がないし、ゼンの言ってる事はもっともだと思う。これからわんさか増える予定の同居者に、一人二人増えようと、何の問題もないだろう」
「それじゃ、承諾してもらえるんだ」
ゼンが喜びの声をあげる。
「承諾も何も、必要ない、は言い過ぎか。でも大袈裟だと思うぞ。一緒に住む子供達のお世話役的な人が一人増えただけだし、な。それが顔見知りなんだから、反対する理由を見つける方が難しい」
と、ともかく軽く、こんな事はなんでもない、と表現する。実際、こちらには何の影響もない。問題は、女性陣にあるのだろうから……。
「だな、改めて、よろしく、ザラさん。うまくいけば、今度嫁を紹介するから」
ラルクも感じるものがあるのだろう。気軽な挨拶だ。
「は、はい、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
うん、なんか定番の単語(ワード)が聞こえるが、気にしてはいけない。
「よろしくね~、ザラさん」
「よろしく……」
二人のテンションが低いのも気にしてはいけない。
―――それから二人は、業者と小城の賃貸契約と、内装工事の件を話して来る、と出かけて行った。二人並んで……
*******
オマケ
洞窟の中を逃げ惑う、可愛いミンシャ。
突然現れ襲う、強大な魔獣。
颯爽と現れる、後光あふれるあたしの愛しいご主人様!
「ゼン・ス〇ラッシュ!」
一刀のもとに斬り捨てられる哀れな魔獣。
「流水に、斬れぬものなし……」
そうしてご主人様は、可愛いミンシャを抱き起こして言う。
「怖かっただろう?可愛いミンシャ。愛する君を、こんな目に合わせた哀れな俺を許してくれ……」
「そんな……。あたしは、ご主人様が来てくれた、それだけで十分ですの……」
そして、二人の影は重なり合い……
リ「やめやめ!何この聞くに耐えない三文芝居を長々とまあ!」
ミ「何故、一番の見せ場で止めるですの!」
リ「アホな妄想たれ流すのはやめて欲しいんですけど!そもそも、主様はあんなアホっぽい台詞(セリフ)なんて絶対使わないし!」
ミ「そこはミンシャの理想補正が入ってるので、仕方ないですの!」
リ「仕方なくない!しかも、なんか訴えられそうな伏字の入った必殺技まで使って!」
ミ「タイムリーですの!」
リ「おバカ!世界観とか考えないさいよ!」
ミ「……。意外と合ってるですの?」
リ「合ってない!二次ものじゃないから!しかも、いちいち自分に可愛いとかつけて……」
ミ「可愛いですの!」
リ「あざとい!」
(口論が延々終わらない……)
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