第68話 悪魔の壁(18)☆40



 ※



 ミノタウロスの戦利品は、魔石に、金貨数枚と、高級牛肉の塊りが3つ程。それぞれ部位の違う肉らしい。そして、ミノタウロスが使っていた魔具の戦斧(バトル・アックス)も落ちていた。(魔斧、と呼ぶのだろうか?)


「おー、武器も落ちたか。レア・ドロップなんじゃね?」


 ラルクが目を輝かす。自分が使える物でなくともレアな物が落ちるのは嬉しい様だ。


「そうですね。詳しく鑑定して貰わないと分からないでしょうが、障壁付与の他にも何か効果がありそう。こういうのは、売るよりも仲間の為に取っておくのがいい事も……」


 今回は、普通の階層ボスだったせいだろうか、ゼンは気が緩んでいて、つい思っていた事が口に出ていた。


「ふんふん。まあ、今のとこ素材や魔石で利益は充分だしな……」


 リュウ達は、その発言をそのまま聞き流す様な様子だったが、そうではなく、それが頭にしみ込んで理解するまで一拍時間が空いただけだった。


「……仲間って、俺等じゃないよな?戦斧(バトル・アックス)使う奴なんていないし」


「なんだ、ゼンは増員のアテでもあるのか?」


 女性陣二人の視線も、説明を強く催促するものだ。何でも相談すると言ったのだし、いずれ話すつもりでもあった。多少前倒しでもいいだろう。


「え~~と。これは、それなりに先の話として、俺が考えていた事なんですけど、上級迷宮での話です」


「うお、もう上級の話って……」


「ああ、ゼンは、ラザンの従者として、上級の探索もした事があるからか」


「でも、気が早過ぎない~~?」


 サリサは何も言わず、全部聞いて、言いたい事が出来たら言うつもりなのだろう。


「そうなんですけど、早めに準備した方がいい事もあって。


 ともかく、安全地帯で座って話しましょう。ここにいると、また再生(リポップ)した階層ボスと戦う事になってしまうので」


「ああ、そりゃそうだ」


 一同は連れ立って、40フロアの奥、階段の手前にある安全地帯へと移動する。


 そして車座になって思い思いが適当に座る。


「上級迷宮っていうのは、知ってるかもしれませんが、下級や中級とは全然中身が違うんです」


 知っていなかった。


 サリサ以外は全員、「知らない」、と答えた。たどり着けるか分からない遥か上の迷宮の知識を調べる程彼等は勤勉ではなかったのだ。サリサは学校時代の調べものが迷宮関連で、その時知ったとの事だった。


「中はまるで、別の“世界”の様だった、て私が読んだ本には書いてあったけど」


「うん、そうなんだ。砂漠だったり、草原だったり、雪山だったり、通路とか迷路とかな迷宮とはまるで別物です」


 ゼンが上級迷宮の中の様子を語る。


「へ~~。しかし、それでどうやって、別の階、いや階層にか、行くんだ?」


「どこかに扉なり階段なり、転移場所なりが隠されているんです。それを見つけるのが、探索なんですよ」


「うわ、面倒っちい!」


 それが役目なスカウトのラルクは顔をしかめる。


「普通にやってたらまるで見つかりませんね。そのフィールド内にヒントがあったりもするんですが、予知系とか勘の鋭い系のスキル持ちに探させるのが普通みたいです」


「で、ラザンはどうしてたんだ?」


「……俺に先導させてました」


 さもありなん、と皆が頷く。


「で、問題は、その広さや魔物の強さも、なんですが、一番の問題は、敵の規模が違う事です」


「中級とかだと24ぐらいが最大か。それの規模が違うって、まさか100体とか?」


 リュウは冗談で言ったのだが、アッサリ肯定されてしまった。

 

「そうですね。合計するとそれ位になる時も。それが、通路とかじゃないから、前後左右どこから来るか分からず、地面の下や空からだって来ます。


 中級までは、途中から援軍とかって、そういう能力を持った敵の場合しかないんですけど、上級だとどんどん追加されます。戦闘に時間がかかればかかるだけ、嗅ぎつける魔物も多くなりますから」


 想像するだけで大変そう、どころの話ではない。


「特に、後背から来る敵が困るんです。後衛が後衛ではなくなりますから」


 サリサとアリシアが困惑した表情を浮かべる。


 特に、近接はほぼやった事のない、昨日の死神(デスマスター)戦が初めてだったサリサにとっては死活問題だ。魔術師は体力がなく、だからこそ後方で味方の為の砲台となるのが役割なのだから。


「それ、もう色々詰んで、打つ手がなくないか?」


「だから、自分のパーティー以外の仲間を集めるんです。いわゆる『クラン』です。いくつかパーティーが集まって合同作業する。ボスも、1PT制限なんてありませんから。つまり上級は、集団戦用の迷宮、と言っていいかと思います」


 あ~~、と皆がやっと、最初の仲間うんぬん、と言ったゼンの発言の意味を悟る。


 もしも上級まで至って、そこでまともな活動をしようと思うのなら、他の仲間の存在は必須になるのだ。


「あー、でもな、ゼン。言いにくいんだが、俺達には、仲間になってくれるパーティーの当てなんて、フェルズにはまるでないんだが」


「それは、知ってます。と、言うか、フェルズの上級冒険者は、シリウスさんの所の『崩壊騎士団』、ビシャグさんの所の『デス・パワー 死神の力』ぐらいしか、クランとして機能してませんから。


 2、3の中の良い所が合同作業するぐらいで、ギルドマスター曰はく、“強いくせに無駄にプライドばかりが肥大して、助け合う事を嫌う”のが、フェルズの冒険者の悪い所で、上級ともなると、それが顕著で、お互いを敵視(ライバルし)してるのが現状だそうです」


「フェルズ以外は違うのか?」


「上級は、そうでもしないと探索出来ませんから、常識的にクラン活動してますね」


「じゃあさ~、クランに属さないフェルズの上級冒険者って、何してるの~?」


「上級迷宮の入り口近くで弱い敵を漁ったり、普通に中級迷宮探索してるらしいですよ。それで充分お金は稼げるようですが」


「なんか、言っちゃ悪いけど、せっかく上級に上がった意味がない様な……」


 サリサが辛辣だが実際その通りで、ギルマス・レフライアも、このどうしようもない現状を変えたい、と働きかけているのだが、その成果は未だ出ていない。


「で、ある程度は俺の従魔で増員も出来るんですが、やっぱり他の冒険者に参加してもらったクランを新しく作ってしまうのが早いと思うんです」


「……ゼン、何だ、今の『俺の従魔』って?」


 ゼンは昨夜の事が合ってからか、口が滑りやすくなっていた。


「あー、はい。これも話さなきゃいけない話でした」


 ついでだ。アリシアもサリサも知っているのだし、大体を話してしまおう。


 ゼンは、前に話した『パラケスの新技術の話』、その内容を明かす事にする。もう1週間過ぎているし、隠し事はしないで何でも相談、と昨夜二人から散々言って聞かされた話だ。隠し事をしている罪悪感もあったので、一気に全部話してしまった。


 二人とも、かなり混乱して、驚いていた様だが、サリサやアリシアの口添えや解説等もあって、最終的には内容を理解し、受け入れてくれた。


「……はぁー、しかし、魔物使役術士(テイマー)でもないのに、従魔が持てるか、なんか夢が広がるな」


 ラルクは精神が柔軟なのか、すでに自分が従魔を持った時の事を考えている様だ。


「ま、まあな。じゃあ、その技術が広まった暁には、上級冒険者はほとんどが従魔持ちになる、のか?」


「絶対、とは言えませんが、多分。少しは戦力増強になるから、フェルズの迷宮探索も活発になるかも?


 あるいは、従魔なんて軟弱だ、いらん、とか言う冒険者もいそうだし、中には奴隷代わりに肉の壁にしそう。あ、でもダメージは自分に帰るから、そうそうそんな事はしないかな、フェルズにはもう奴隷商いないから、補充は出来ないし……」


「ああ、なんか奴隷商が集団でフェルズから逃げ出したって、あの話か」


「はい。違法奴隷もかなり扱ってたし、少なくとももうフェルズには戻って来ないでしょう」


「……なんか、ゼンが何かしたみたいな口ぶりだが?」


「ええ。俺、あそこには昔からの恨みがあるから、従魔達に協力してもらって、この街からいなくなって貰いました。フェルズの美化運動の一環です」


 何かニコニコ笑ってとんでもなく怖い事を言っている。


「悪徳商人は一掃だ~~。フェルズが綺麗になっていいね~~」


 普通に同意して喜んでいるアリシアはかなり変だ。


 サリサは呆れて言葉もない。


 リュウとラルクは、ゼンがスラムにいた時ずっと追いかけられていた、という過去を知ってはいたが、まさかきっちり落とし前をつけていたとは思いもしなかった。


 そんな事が可能なのは、『流水』の弟子の実力なのか、従魔達の力なのか、恐らくはその全部、総合力なのだろう。味方としては頼もしい限りだが、もし敵にまわったりしたら、どれ程恐ろしい相手になる事か……。想像するだに恐ろしい。


「しかし、街中で魔物なんて出してたら、大騒ぎにならないか?そんな話は聞いてないが」


 奴隷商の話で魔物が暴れた、なんて噂にもなっていない。


「あ、俺の従魔は、みんな人型、と言いますか、“人種(ひとしゅ)”なんです」


「……魔物が“人種(ひとしゅ)って、意味分からないわよ?人型なら分かるけど。それに、全員、獣系って聞いて……」


「元は獣系だよ。さっき説明したと思うけど、その魔石に注ぐ、魔力や“気”の質、量で上位に進化する事があるって。どうも、その最上位が“人種(ひとしゅ)”らしいんだ」


「……は?」


 昨夜の説明では省いた箇所だったので、サリサもアリシアも驚いて、何が何だかさっぱりだ、みたいな顔をしている。


「あー、だから説明難しくて嫌だったんだよね。どうせだから、会って、見てもらおう。うちの子はみんな人見知りというか、余りそういうの嫌がるんだけど、ゾートならいいか」


 ゼンは一人立ち上がって、皆とは反対に向き直り、そこにゾートを実体化させる。


 その場所に、背の高い、体格も良いゼンと同じ系統の皮鎧に、背中に大剣を背負った、顔が老けて見えるのでリュウ達と同じぐらいに見えるが、肉体年齢はゼンと同じな剣狼の従魔、ゾートが現れた。


「俺なんかで良かったのかね、主(あるじ)」


 ゾートは気まずそうに言う。中の仲間に遠慮してるのだ。


「他の子は出たがらない子が多いから。これが、俺の従魔の一人、剣狼(ソード・ウルフ)のゾートです」


 ゼンが皆にゾートを紹介する。


「ゾートだ。主(あるじ)のお仲間だ、同じ様に敬意を払う。何かあれば言ってくれ」


 ゾートは片膝をついて頭を下げる。


 皆がギクシャク頭を下げる。話として聞いても、いきなり実物が出るのとではまるで意味が違う。頭が追い付かないのだ。


 彼は従魔の中ではかなり気さくな方で、ガチガチな敬語で敬わないのがゼンには有り難い。ボンガでも良かったが、あがって上手く話せないかも、とゼンは気を遣ったのだ。


「人が、急に現れた……。すげえな!」


 最初に反応したのはラルクだった。他は度肝を抜かれてしまって反応が遅れている。


「剣狼(ソード・ウルフ)って、もしかして“あの”剣狼(ソード・ウルフ)か?」


「あー、はい。俺が師匠と倒した群れのボスです」


「まるで人にしか見えんが……」


 リュウがやっと呟く。


「あー、ゾート。耳を、出してみて。狼の」


「ほいほい」


 ゾートの頭頂部に、狼の耳が出る。


 犬さん!モフモフとアリシアが言い、狼な、とゾートが否定する。


「こう言った特徴も出せるんですが、元の姿に変身する事も出来ます」


「いいのか?主(あるじ)無駄に消耗しても……」


「姿を見せて、従魔だって実感してもらいたいから。見世物みたいで悪いんだけど……」


「いや、俺は主(あるじ)に従うだけさ。そんな些細な事は気にせん」


 そして、ゾートの姿が変わる。巨大な、大剣の様な角を持った狼の姿に。見上げる様な大きさだが、ゼンが戦った時よりも一回り以上小さい。まだ成体ではないからだ。


「フフ。不思議な感じだな。もうあちら(人種)の姿の方が、本当の自分と感じる」


「話せるのか!いや、それ以前に変身出来るとか、便利過ぎだろ!」


 何故かラルクだけが大はしゃぎしていた。


 アリシアも凄いね、大きいね~~、モフモフだね~~といつもの天然だった。


「剣狼(ソード・ウルフ)はA級(ランク)の魔獣ですが、俺の“気”で創られているから、もう俺以上にはなりません。だから、多少元より弱体化してるかも」


「俺は、別に弱体化した感じはしないぞ。俺を倒したんだから、主(あるじ)は俺より上の戦士だ。何故謙遜する」


「いや、あれは偶然、駆け引きが上手くいった結果に過ぎないし、またやったら今度は俺が負けるよ」


 そう言うゼンに、ゾートは不満なのか、フンと鼻息で否定する。


「これが剣狼(ソード・ウルフ)、“従魔”なのか……」


 茫然としながらも、リュウは、本来対峙する事もかなわない様な上位の魔獣を見て、心の底から感動に打ち震えていた。


「この技術だと、従魔は主(あるじ)以下で大体一律の存在になってしまうんですが、うちにコボルドの子がいますけど、ゾートより少し強かったりするんですよ」


「“あれ”は仕方ないだろう。なにせ最強だ……」


 ゾートが頭をたれ、尻尾を股下にしまう。


「剣狼(ソード・ウルフ)より強いコボルド(犬鬼)か。色々常識が崩壊するな」


 強い魔物の魔石を使う意味がない、うんぬん、と聞いたのはこの事か、と納得する。


「ゼン、従魔って、スキルはどうなってるの?」


 サリサの質問。


「あ、固有のスキルは使えるよ。人種(ひとしゅ)までいくと、スキルも一番上位が使えるらしいんだ」


「魔術が使える子は?」


「えーと、攻撃系は余り得意じゃない子が二人いる。ユニコーンとラミアで、幻術と治癒、後呪術が使える」


(とりあえず、立場は守られたのかしら?……)


 とかサリサが考えていたのを、ゼンは知らない。


「なんか、ゼン、顔色悪くない?」


「あー、一応、従魔を実体化するのに“気”を消耗してるから。ゾートは、魔獣になって貰った、その姿をまた再構成してるから、2倍以上使ってる」


「それって、大丈夫なの?」


「言ったと思うけど、俺は“変”だから、そんなにでもないんだ。他の人だと、もっとグッタリするみたい。」


 サリサ達から見れば、完全未知の技術なので、どう大丈夫なのか、心配いらないのか分からないので、とりあえずゼンの言う事を信頼するしかない。


(いつもより消耗してる気が。もしかして迷宮内だからか?でも、ガエイの時はそうでもなかったのに……)


 それからゼンはゾートを中に戻すと、改めてこれからの事を話すのだった。











*******

オマケ


ミ「ち、違うですの!嫌がってないですの!人見知りじゃないですの!」

リ「今更言っても無理でしょ。食事のみ希望って……」

ル「ぶーぶー。ぞーだけスルいお!」

セ「乙女が二人、でも男も二人。ボクには無理……」

ガ「反省」

ボ「紹介、緊張するからホっとした…」

ゾ「いやぁ、悪いな。しかし、人間の女の子にモフられるなんて、初めての経験だぜ。前より威厳、なくなったかな?」

ミ「へー、モフモフされたんですの?あたしもしてやるですの?」


ボスボス!(肉を叩く鈍い音)

ゾ「さ、最強の再教育希望だ、主……」ガクッ

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