第12話 ゼンの独白☆



 ※



 会議室に、大小二つの影が残っていた。ゴウセルとゼンだ。


 先程の話し合いの時のまま、隣り合った席で一緒に座っている。


 ゴウセルが、実は俺も大事な話がある、とゼンを残したのだ。


 西風旅団のメンバーは、これからどこかの食堂で、ゼンの入団(予定)歓迎会、とでもして大いに祝いたかった様なのだが、今日は遠慮して貰った。本当に大事な話があったのだ。


 そろそろ日が落ちる。部屋は夕暮れの、濃いオレンジ色に染まりつつあった。


 冷めきったお茶で舌を湿らせた後、ゴウセルはおもむろに切りだした。


「ゼン、お前、俺の養子にならんか?」


「……?」


 よく意味が分からずに、ゼンは首をかしげる。


「大丈夫だ。レフライアにはもう話して、了承してもらってる。(伊達に忙しい中デートした訳ではない)結婚前に親になるのも面白いかって……そうか、養子の意味が分からんのか?」


 ゼンは頷く。


「あ~~うん。つまり、だな、法律でちゃんとした手続きをして、俺がお前の親になる。正式な、息子になるんだ。勿論、血は繋がってないんだから、義理の関係だが……。


 どうだ?その……。お前はこれから立派に職業に……冒険者になって稼ぎが増えて、今更な気がするかもしれんが……」


「……いい」


「いい!?そ、そうか、なってくれるか!」


「あ、ごめん。違う、そっちのいいじゃ、ない……」


「え”……」


「断り……ます……」


 ゴウセル、ぬか喜びの後に轟沈……。本当は、もう少し日を置いて、ゼンの様子見をしてから言うつもりだったのだが、西風旅団の勧誘と成功の場面を見て、ついこのままの勢いで、と早まった結果が……。


 違う日に言ったとしても、結果は変わらなかったかもしれないのだが。


 部屋は、すっかり日が沈んで暗くなっていた。まるでゴウセルの心の様に。


 月明りで多少明るいのは、満月が近いのか。


「じ、じゃあ、き、今日はもう……」


「待って」


 魂が抜けたように腑抜けたゴウセルが、なんとか立ち上がるのを、ゼンが珍しくハッキリした声で引き留めた。


「オレ、も、ゴウセルに、話、ある……」


「そ、そうか?」


 ゼンの真剣な様子に、ゴウセルはなんとか正気付いた。


「……話、黙って、聞いて欲しい」


「お、おう」


 と答えててから口を押えるが、


「あ、それなら明かりつけよう。魔道灯の……」


「ごめん、そのままに、して……」


「え?だが」


「顔、見られたくない、から」


(表情を見られたくないのか?いつも無表情で全然表情読めんのに?)


 よく意味が分からなかったが、ゴウセルは頷いて、暗い中椅子に座りなおした。見られたくないならこのままがいいだろう。椅子の向きはテーブルの方のまま変えなかった。


 ゼンも向きを変えず、ただ隣り合った席で座る二人。


「オレ、変、だよね。自分で、分かってる……」


 ゼンは静かに話し始めた。


 否定したかったが、黙って聞いて欲しいと言われた。だからゴウセルは口を挟まない。変、であるのは、否定し難い事実でもあったが。


「……感情が、薄いって言う、のかな。弱い?どう言ったらいいか分からない、けど……」


 俺、スラムにいた時……今も、いるんだけど、昔の話。本当は、ゴウセルに言わなかった事もたくさん、あったんだ……」


(そうなのか)


「……オレを助けてくれた人、親切にしてくれた、人、死にかけた俺に、治療してくれた人、いた。オレが、親しい人はいない、って言ったけど、間違いじゃ、ない。


 そういう人は、みんな俺の前から姿、消した、んだ……」


 コトと音がした。話して喉が渇いたんだろう、お茶を飲んでいる。

 

 ゴウセルも一緒になって冷めきったお茶に手を出す。


 ゼンはかなり大事な話をしている。ゴウセルは我知らず緊張していた。


「死んだかどうか、分からない人も、いる、けど、多分、死んでる。今のオレなら、調べようと思えば、出来る。でも怖い。答えが決まってしまう 確定するのが、怖い」


 ゼンの気持ちは分かる。親しい者の死の情報、それは、確認さえしないなら、『生きている』かもしれない事になるのだ。


「一人、一人、いなくなった、けどその。オレ、あまり悲しくなかった、ごめん、嘘、多分、悲しくは、あったんだ、だけど、それで止まってると、死ぬ。


 ただただ1日1日生きているのがやっとな生活。止まれなくて、悲しさとか、どんどん色褪せて、嫌な事する奴いても、怒らない、怒るとか、疲れる……。だから、しない。オレ、そのうち、自分でも自分がよく、わからないように、なった……」


 トツトツと話す。話す事に慣れていないせいか、ところどころつっかえて聞こえにくいのだが、あの無口なゼンが必死に話してくれている。


 ゴウセルは一言一句聞き逃さないように注意した。


「……笑った事、あったかな、喜び……あった気もする。悲しさ、大切だと思えた人、いなくなって、でもオレ、泣いた事、ない。涙って目から出るんだよね。泣いたら、水分減ると思うからかな。綺麗な水は、貴重、だから……」


 泣くも笑いも怒りもせず、ただただ生きる、それだけの生活。それは、正しく人間としての『生』、なのか?生物としては間違っていないが。


(泳いでないと死ぬ魚がいるとか、海のある国から来た商人が話してたが、内陸のこの国じゃ想像もつかない話だな……)


「でも……」


 なにか今急に、ゼンの雰囲気が柔らかくなった?


 ゴウセルはゼンの顔を見たかったが、なんとか我慢した。


「ある日、それは終わった」


 話す言葉に、先程までは悲しみの色があったが、今あるのは、暖かみ?


「オレの事、バカみたいに追いかけて追いかけて、人まで集めて、大騒ぎして……」


(俺がゼンを捕獲しようとした時の話か?)


「オレ、途中で気づいてた。ゴウセルが、その時は名前知らない、変なオジサン。


 汗だくになって、必死になって、諦めないオジサンが、教会とか奴隷商とか、そういうの関係ない人だって、なんとなくわかってた……」


(そ、そうなのか?)


「でも、逃げるのやめられなかった……なんでだろう?あの時は分からなかった。今は、分かる。オレ、多分、楽しかった、んだ。普通の、市民街の、子供の遊びに、『追いかけっこ』、てあるの知って、分かった。オレ、そういう遊びしてるみたいで、楽しんで、たんだ……」


(妙に生き生きしてるかと思えば……)


「……捕まった……捕まった!……捕まえて、くれた。始めて、俺を捕まえた人。そのオジサンは、俺を捕まえた上に、仕事、くれて、


 それに!名前を、くれた!!!」


 声のトーンが急に高くなって驚いたが、それよりも、ゼンが凄く昂ぶっているのが新鮮で、それに内容が、喜びにあふれている。こちらにまでそれが移りそうだ!


「オレ、ゼン!スラムの、ただのチビじゃない、ゼン!その人は、俺の名付け親だって、笑って言って、だからだからだから!その時からずっと、俺の親は、ゴウセル、だよ……」


 言い知れぬ衝撃が、ゴウセルの身体中を駆け巡った。


「それから、全部が変わった、なにも、かも!全部全部全部!


 いつものように走って物を運ぶだけなのに、街の人、喜んで、くれた。甘い物くれた人までいる、甘い物、食べた事なんて、なかった!


 街中走っても、怒られない!お金で食べ物、買える!拾ったり、獲物、捕まえたりしない!

 

 それに、ここ、広かった!全然知らなかった!広くて広くて広くて、1日中走っても、足りないくらい、広い。なのに、ここは壁の中で、まだ外がある、世界、広い!意味分からないぐらい、ともかく広い!」


 ゼンが興奮している。それはそうだろう。自分の小さな世界を飛び出した彼は、無限と言っていい、本物の世界の広さの一端に、触れたのだ!


「それなのに、まだまだ先がある!外!迷宮(ダンジョン)!冒険者!


 魔物と戦う!魔法?魔術?なにあれ、すげーっ!剣だって、あんな重そうな剣で、怖い敵、大きい魔物、みんな斬ってやっつける、なにそれ!」


 少年の前で繰り広げられた未知の世界。驚愕と、そしてまた喜び!


「そこでもオレ、ただ物拾って運んで、なのにみな、喜んで褒めてくれて!」


 波が少しおさまる。


「オレ、思ってた。もしかして、オレ、感情、気持ち、心、ないんじゃないかって。心配?不安?だった。だって、みんなには熱がある。オレ以外の人、全員」


(熱?なんだ?情熱的な事か?)


「でも、オレにも、あった!オレ、ずっとずっと、ただ逃げて逃げて逃げて、来ただけで、でも今オレ、あの人達みたいに、戦いたい!強く、強くなりたい!今いる大事な人、守れるくらい、ずっと強く!そしたら、オレの傍からいなくなる人、いない!


 だから、あの人たちの、仲間、に、なり、たいんだ。オレの中に、熱あった!今オレ、ちゃんと、冒険者になりたい、思って、るんだ!」



 ゼンは、無口な今までが嘘のようだ。暗い中で話しているお陰か?


 凄い雄弁だ。ゼンの中にこれ程の思いがあふれていたとは……!


「でもそれは、全部全部全部、ゴウセルが、オレにくれた!なにもかも!みんな!全部!」


(えぇっ!)


「だから、だから、ね、ゴウセル。オレ、今多分、凄い、幸せなんだ。


 そう、これ、幸せ、なんだ!始め、よく、分からなくて、胸がポカポカ、気持ちがホワホワして、最初、病気かと、思って、少し、怖かった……。でもその内、これが、幸せの状態なんだって、分かった!


 前は、オレに関わった人、みんないなくなって消えて、でも今は、みんないる!オレ、多分幸せ過ぎて、怖い、んだ。ずっとずっと幸せなのに、みんなゴウセルがくれるのに、オレ返せないよ、貰い過ぎだよ。これ以上貰ったら、オレ、幸せ過ぎて死ぬ、かも」


 ゴウセルも分かった。何故自分がこうも、ゼンの世話を焼くのか、面倒を見るのか、養子になって欲しかったのか。


(俺も、この幸薄そうな、何考えてるか分からない、なのに何かをしでかしてくれそうな、そんなこの子を、気に入って好きになって、幸せになって欲しかったんだ。でも、そうか、俺の望みはもう叶っていて、こいつは幸せなのか!)

 

「馬鹿野郎!幸せ過ぎて死ぬってなんだよ、お前は、大丈夫だ!」


 思わず黙るとの約束を破り、ゴウセルはそう怒鳴ると、思いっきりゼンを椅子ごと抱きしめていた。


「これからもっともっと、信じられないぐらい幸せになる!お前には、何かある!だから、昔の悲しい事、つらい事、乗り越えてきたお前には、どんどん幸せになる、その権利があるんだ!絶対に!」


「ゴウセル、痛いよ……」


「馬鹿野郎、俺は感動してるんだ!しばらくこのままでいろ!」


「痛いし熱いし、暑苦しいなぁ、オレ、知ってたよ、ゴウセルの熱が、商売とか、そういうのに向ける熱が、凄い、熱いのを。


 それがオレにも向けてくれてるのが、オレ、嬉しくて、多分、もうずっとやっぱり、幸せ、なんだ……ありがとう、ゴウセル、ずっとずっと、それが言いたかったんだ……」


「なら分かりやすい顔を、表情をしろよ、全然知らなかったぞ!」


「難しいなぁ、だってオレ、ずっと、幸せとか、知らなかったから、どういう顔するか、分からないんだよ……」


「笑うんだよ、バカ、どうしてそう、変なところで不器用なんだ?」


「笑う、かぁ、多分練習しなきゃ、出来ないよ。走る方が楽かな……」


 不器用な、とても不器用な親子はそうして、やっと、初めて、心を通わせる事が出来たのであった………。




 ※




 彼は、彼等は、今この時、確かに幸福であった。


 全てが上手くいっている。


 そう信じていた。


 この先の輝かしい未来の予感すら、感じていた。


 だからこそ、誰もが考えもしなかった。


 自分達に、思いもよらぬ『試練』が訪れる事に。


 少年が、大きな選択を強いられる運命にある事に。


 果たして、その選択が、何を彼等にもたらすのか……。


 神ならぬ身である者には、それを知るすべもなく、ただその運命の大河の流れに身を任せ、その先に待ち受ける何かが訪れるのを、待ち続ける他なき、弱き者、定命に縛られし後継者達よ、幸多からん事を、切実に祈ろう……











*******

オマケ


ゼ「………」

ゴ「………」


(謎の幸福空間)



隣りにあるトイレの個室


ラ「………」


任務遂行中の優秀なスカウトが、声を殺して、一人号泣していた

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