五十二話 再会 ④

「お願い、私をソニアって呼ばないでね!」


 ソニアの言葉に焦りが滲んでいて、カル達は小さく頷いた。

 空に浮かぶ小さな影が段々と大きくなるにつれて、その形がカル達にも理解できるようになる。影は体よりも大きな翼を持った竜とその背に跨る黒いローブの男だった。竜の大きさは人よりも少し大きいぐらいで、図鑑にも載っていない種だ。しかし、翼の大きさから飛ぶ事に特化した魔獣である事はカルにも容易に想像が出来た。


 やがてその竜がソニアの金髪と黒いローブを揺らしながら着地すると、その背からソニアと揃いのローブの男が降り立った。

 黒いフードを目深に被っていて目は見えないが、白い髭が口の周りを囲んでいる。

 この男、カルには見覚えがあった。アレクサンドロス城が襲われた時、飛空挺でオルフェウスの隣に居た男だ。


「随分と楽しそうだな僧侶ビショップ。お前の任務は監視と始末だろう。いつになったら我々が旅を引き継げるんだ……まったく。これはオルフェウス様に報告しないとな」

「はぁ……ルーク。私の計画が台無しじゃない」

「計画だと?」

「せっかく正体を隠して仲間に溶け込んで、油断したトコを襲おうと思ってたのに」


 ソニアはもう一度盛大に溜息を吐き出してからその男を睨み付けた。


「ここに来たのはオルフェウス様の命令? 任務を受けたのは私のはずよね? 報告されて困るのはあなたじゃないの?」

「ぐ……」

「あなたのせいで私まで動き辛くなっちゃったじゃない。まあいいわ。今回は報告しないであげる。だからさっさとここから消えて!」


 ソニアはそう吐き捨てるとルークと呼ばれた男に背を向けた。そしてゆっくりとリオナに近づいて行くと眼前で片膝をついた。


「リオナ様、正体がバレてしまいましたのでこれで失礼しますが、必ずお迎えに上がります」


 凛と透き通った声色を響かせたソニアに全員が言葉を失っていた。それを気にする様子もなく立ち上がったソニアは薄い唇の両端を引き上げる。そしてリオナにしか聞こえない程の小さな声で呟いた。


「もしも、お兄ちゃん達に何かあったら……絶対に許さないから」


 今までとは全く違う声色にリオナは息を呑んだ。

 ルークは舌打ちをしつつ、降りたばかりの飛龍の背に跨がると飛龍が翼を広げた。空に飛び立って少ししてからルークは肩越しにソニアを睨み付ける。


「くそ、今に見ておれ。小娘の分際で生意気な事を言いおって」


 ソニアは飛び立ったルークを横目で見送ると瞼を閉じて小さく息を吐き出した。


「なんとかごまかせた……よね」


 ソニアの笑顔にカル達の表情も柔和なものに変わったが、リオナの表情だけは冷たい風にさらされたように固まっている。

 ソニアはリオナを一瞥した後、一度視線を落とした。ほんの一瞬だけ寂しげな表情を見せたソニアだったがすぐに笑みを浮かべてカルを見つめた。


「もう行かなきゃ……怪しまれるね。またね、お兄ちゃん。……フィ、フィガロさんも」

「お、おい! ソニア!」


 その言葉を残してソニアは忽然と姿を消した。

 目の前の出来事にカルは視線を左右に振る、だがソニアの姿はどこにも見当たらない。


「き、消えたのか?」

「消えた訳じゃなさそうね」

「どういう事だよ」

「光の屈折率を変えたのよ……しかも自分の魔力を感知されないぐらいまで抑えてね。ワタシの魔法も消されたし……あの娘、一体何なの」


 それを聞いたフィガロは腰に両手を当てて胸を張った。突き出した顎はニケを指して、やや上から視線を向けている。


「何って、カルの妹のソニアだって言ってんだろ」

「そんなの分かってるわよ……相変わらずバカね」


 そう言ってニケは歩き始めた。フィガロの横を通り過ぎる際、一瞥してわざとらしく大きな溜息を吐いてから足を進めていく。

 カルとギンも「何でバカなんだよ」と声を荒げたフィガロの肩を叩いて通り過ぎたが、フィガロは首を傾げただけだった。


「良かったね♪ カル」

「あぁ。ソニアと会えるなんてな。このまま一緒に行けたら良かったのにな……」

「うん、でもまたねって言ってたし、また会えるよ」

「そうだな、オルフェウスが絡んでるし、今は仕方ないよな」


 カルのいつもよりも少し大きい歩幅に、ギンも合わせて歩く。

 その後ろにはフィガロとリオナが、前方にはニケが森の奥にある祭壇へと向かっていた。


「そう言えばあいつ……ルークだったか? ソニアとのやり取りからして、オルフェウスはこの旅を引き継ぐつもりなんだな」

「そうなの? 何で?」


 そう聞き返したギンに腕を組んだカルは視線を落として考え込んだ。しばらく考えた後、その答えを口にする。


「帝国の繁栄の為に世界を救った英雄として名を残したいとか……。その為の兵隊を禁術で生み出しているとしたら……。なんか、違うな。上手く言えないけど……しっくりこない」


 紫紺の髪を掻きながら自分の言葉を否定したカルだったが、その表情は明るい。オルフェウスの目的は分からないが、カルがしたい事だけは、はっきりしている。


「まぁ向こうから来るなら願ったり叶ったりだ。俺がぶっ飛ばしてやるよ」


 カルはそう言って笑みを浮かべた。その笑顔も、言葉も、足取りと同じで軽い。

 背中でそれを聞いていたニケは肩越しにカルを見つめると小さく呟いた。


「もしもそうなったら……アナタに出来るのかしら」


 その言葉は誰が聞き取る訳でもなく、ちらつき始めた雪に混じって静かに落ちた。

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