第9話 「毎週土曜日は初音さんデーということで」

 はい、というわけで後日談。

 と言いたいのは山々ですが、時間はそんなに進んでおりません。

 現状報告を致しますと、わたくしこと氷室統夜は現在進行形で部長と外出しております。場所は近所にある大型ショッピングモールです。

 何でこんなにことになっているか、は皆さんならすでにご存知でしょう。

 そう、そのとおり。

 どこぞのメカクレ系下ネタ大好き女が週明けからの予定だった取材を今日に前倒ししたからです。

 二次元愛好創作部を救うラノベのタイトルは、オタクな俺とオタクな彼女。通称はオタオタだってさ。みんなも覚えてくれよ。何たって俺が振り回されることで形になっていくんだから。


「氷室くん、その憂鬱そうな顔は何ですか? 初音さんみたいな美少女とお出かけしてるんですよ? 並んで歩いているんですよ? 周りから羨ましい視線を浴びるかもしれないんですよ? 彼女いない歴=年齢の身の上で初音さんとご一緒できているんですからもう少し楽しそうな顔をしたらどうです?」


 隣に居るのがあなたでなければ、上からの物言いではなく常識の範疇の会話をしてくれるならもう少し楽しそうにしていたかもしれません。

 みんなはさ、この人と一緒に出かけて楽しいと思う?

 楽しいと思えるんならそれはそれでいいと思う。人の価値観を否定するつもりはないし、俺からすれば一種の才能だって尊敬の念すら覚えるから。


「こっちの都合をガン無視され、そのうえ取材だの出かけるだの言われてテンションが上がるとでも?」

「それについてはまあ謝罪しましょう。ですが初音さん、男の子の家に行くのは今日が初めてだったのです。そこは考慮してください」


 電話番号も分からないクラスメイトの家に配布物を届ける、なんてパターンなら分かるんだが……この人、俺の連絡先知ってるのにアポなしで突撃してきたからな。それを考えると考慮できる余地なんてない気もする。


「ちなみに氷室くんの部屋まで親切に通してくれたお母様には、ちゃんとご挨拶しておきましたからご安心を」

「それを聞いてこっちが安心すると本気で思ってるなら、部長の頭のネジは外れてますね」


 というか、母さんも母さんだよね。

 今日は朝から仕事だって言ってたじゃん。まあ昼食が用意されていたから作りに帰ってきてくれたんだろうけど。

 でもさ、部長が来たんなら真っ先に俺を起こしてくれても良くない?

 家に上げるのはいいんですよ。来客に対して正しい行いだし。だけど俺を起こしもせずに部屋まで通すのは理解できません。ここだけは断固抗議したいです。


「失礼ですね。初音さんだって初対面の相手には礼儀正しく接します」


 初対面でなくとも礼儀正しくしていただけると嬉しいんですが。

 それに俺の記憶が間違っていないなら俺が部長と初めて顔を合わせた時……


『問います。初音さんは美少女ですか? それとも美女ですか? ちなみに今回は両方と答えても構いません』


 みたいなことを真顔で言っていたような気がするんだけど。


「なので、ちゃんと氷室くんのお母様には『はじめまして。わたくし、氷室くんと交際しております白石初音と申します』と冒頭で挨拶しました」

「それマジで言ってる?」


 親からすれば礼儀正しい女の子だって印象を受けるだろうけど。

 でも、だけど、何よりも……俺とあんた付き合ってないじゃん!

 俺から告白した覚えもなければ、部長から告白された覚えもない。交際している事実が微塵もないのに何でそんなこと言っちゃうの。いや言ってないよね?


「マジかマジでないかで言えば……マジです」


 何で最後カッコいい感じにしたの? バカなの?

 3割増しくらいでムカつくからマジやめて。というか、マジで言っちゃったの?

 うちの両親、割と放任主義というか基本的に子供の好きに何でもさせるタイプだけど。

 でも恋愛に関しては興味持ってるからね。

 つかさの家と付き合いあることもあって、たまに酔っぱらった時につかさと結婚すればプチ玉の輿で家も安泰とか言っちゃってるからね!


「今日は家に帰りたくねぇ」

「氷室くん、それは普通女の子側が帰り際に頬を赤らめながら言うセリフでは? もしや氷室くんは絶賛発情中? 初音さんとラブなホテルでニャンニャンニャンしたいと」

「思ってないです」

「少しくらい迷った方が初音さんも悲しくなりません」

「この程度で悲しくなる玉じゃないでしょ」

「こんな真昼間から玉だなんて……氷室くんは卑猥ですね」


 卑猥なのは隙あらば全ての言葉をそっち方面で連想するあんたの頭だよ。

 というか、ここでの玉ってそういう意味じゃねぇから。ラブなホテルでニャンニャンニャンとかド直球発言してたあんたにだけは言われたくねぇから。


「少し話が戻りますが、氷室くんのお母様には彼女発言の後にすぐさま冗談だとお伝えしておきました。なのでご安心を」

「それはマジなんですか? それとも冗談ですか?」

「マジですよマジ。マジに決まってるじゃないですか。初音さんは部長ですよ? 人生の先輩ですよ? 氷室くんは初音さんをもっと信じるべきだと思います」


 そうやってペラペラと薄っぺらく言葉を紡ぐから信じられなくなるんです。

 ていうか、あなたさっき初対面には礼儀正しくだの言ってなかった?

 俺の母親に会うの今日が初めてだよね?

 礼儀云々を置いておくにしてもいきなり息子さんの彼女ですって言って、すぐさま冗談と否定するとかよく出来たね。普通の人ならそんな暴挙出来ないよ。まあ普通の人はまずそんな暴挙をしようと思わないけど。


「信じてほしいなら身の振り方を見つめ直してください」

「何もなくても信じるのが主人公の務めでは?」

「確かにそういう主人公はいますし、ひとつの王道ではあります。が、ここは二次元ではなく三次元です。俺は主人公ではないので、そんな務めを押し付けないでください」

「何を言っているのですか氷室くん。あなたの人生はあなたのもの。つまりあなたはあなたの人生においての主人公なのです。なのでその務めを果たす義務があります」


 その論理で行くと人類全てに主人公としての義務が発生し、誰もが誰もを信じる温かい世界が生まれるのですが。

 でも現実は違うよね。

 みんなにそれぞれの考えや価値観があって、助け合うこともあれば貶めようとすることもある。温かさだけでなく、冷たさもあるのが現実という世界だよね。


「そういう義務はあなたの書くラノベの主人公に押し付けてください」

「初音さんの書くラノベの主人公は氷室くんですよ?」

「モデルにするだけでしょ?」

「そうですね。でもヒロインと違って主人公は脚色せず、100%等身大の氷室くんで書くつもりです。なので主人公は氷室くんですよ」

「俺でも俺という人間を完全には理解できていないというのに……100%等身大の俺を書くつもりでいるなんて部長は凄いですね」

「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めてください」


 せめてそこは「もっと褒めてくれてもいいんですよ?」くらいにしましょうよ。

 強欲は身を亡ぼすって言いますし。

 何よりあなたは高校2年生でしょ。

 何歳になっても褒められるのは嬉しい行為だとは思いますが、無闇にねだる年齢ではないです。


「そして、もっともっと初音さんに氷室くんのことを教えてください」

「どうやったら今のセリフからそこに繋がるんですか?」

「ラノベを書くのが初音さんの目的であり、当面の目標だからですが?」

「それは今の言葉に対して繋げているのでは? 俺が聞きたいのはもっと根本的な」

「氷室くん、細かいことを気にしていたらモテませんよ」


 モテ男子ではないと自分でも思いますが、不利になると強引に会話を打ち切るのは良くないと思います。

 そんなんだから部長はモテないんですよ。見た目は良いんだから少しくらい猫を被ればいいのに。まあ中身を知ってしまっている俺は、そんなことされたら罵詈雑言で迎え撃つでしょうが。


「それにさっきも言ったはずです。主人公は氷室くんだと。故に氷室くんのことを知るということはラノベを書くということなのです。ま、教えてくれなくても観察しますが」


 観察?

 そんな生易しいものじゃないでしょ。

 あなたの場合、絶対盗撮の域でやるでしょ。超望遠レンズとか付けたカメラとか持ち出すでしょ。


「部長、あなたがバカなのは重々承知してます。でもあえて言わせてください。最後のは俺が了解しない限りアウトです。単なるストーカーです」

「初音さんは氷室くんなら了解してくれると信じています」


 うわぁ、こういうときだけ純情な顔でそういう発言するとかこの人腹黒。

 こんな穢れた純情を俺は見たくなかった。こういう人が居るから世の中の男子は勘違いしちゃうんだ。こんな女子は滅べばいいのに。

 まあこの人の場合、こういう一面がなくても滅ぶべきかもしれないけど。その方が世の中に居る俺のような男子が平和な時間を過ごせるから。


「ちなみに……了解してくれるなら初音さんのパンツ見せてあげますよ」

「……結構です」


 何でパンツなんだよ! おっぱいを揉ませてくれるんじゃないのかよ!

 パンツなんてな漫画とかでよく見せますから。別に部長のパンツとか見たいと思ったりしてませんから。

 だってパンツなんて単体だとただの布切れですし。女の子が身に着けているからこそ真価を発揮するだけで。

 あれ? 部長は女の子なのではなかろうか。

 中身はあれだけど見た目はGOODな女の子ではなかろうか。ならばそのパンツを見れるのはなかなかに良きことでは?

 いやいや、待て待つんだ俺。

 部長に対して何を考えている。こんな誘いに乗ったら身を亡ぼすだけだ。落ち着け、落ち着くんだ。冷静に対処しろ思考しろ。

 なんてことを返事するまでの間に考えたわけじゃないからね。

 ただ単純に外で平然とパンツ見せるとか言う部長に引いただけで。だから誤解するなよ。


「氷室くん、そうやって断ってばかりいると損をしますよ。女の子から見せると言っているのですから素直に見ておけばいいんです」

「最低なことを平然と言いますね」

「男子からすれば最高の言葉では?」


 ビッチ好きならそうでしょうが、俺のような普通の男子は日常会話のテンションでパンツを見せようか? 見せるって言ってるんだから見とけよ。なんて言われても困るだけなんですよ。


「部長、部長はもっと自分を大切にするべきだと思います」

「氷室くん……もしかして初音さん、今氷室くんに口説かれてます?」

「俺が部長みたいな面倒臭い人を口説く物好きに見えます?」

「氷室くん、面倒臭くない女子なんてこの世にはいませんよ」


 そんなことはない……と言いたい。

 いや、きっと存在するよね。男を立てる大和撫子みたいな女の子は存在しているはずだよね。

 俺の周りには現状存在してないけど。女子の中でも面倒臭いと思われるメンツばかりだけど。この世のどこかには存在してるはずだよね。

 俺はそう信じてる!

 出来れば会って親密になりたい。幸せな時間を過ごしたい。心のオアシス的な意味も込みで!


「でも部長ほど面倒臭い女子は滅多にいないでしょ?」

「二度も面と向かって面倒臭いと言うなんて氷室くんは鬼畜ですね。でも初音さんは知っていますよ。氷室くんは面倒臭い女子が好きだということを」

「勝手に人の好みを決めないでもらえますかね。普通に面倒臭くない女子の方が好きですよ」

「周りに居る女子は面倒臭い子ばかりなのに?」


 それは偶々そうだっただけで、別に俺が好んで面倒臭い女子に絡んで親しくなっているわけではありません。

 というか、さらりとあのふたりをディスりましたね。

 まあ全員どこかしら面倒臭いって思ってるでしょうし、自分で自分の面倒臭さは自覚してるでしょうからどうこう言うつもりはありませんが。


「その問題は俺に非はないでしょう。部長を始め全員がもっと常識的範疇の言動をしてくれれば解決するんですから」

「普段抑圧している欲望を全て解放してぶつけられる相手にそれをするな、とは氷室くんはド畜生ですね。初音さん達に死ねと言いたいんですか?」


 あなた方が伸び伸び生きれるように我慢しろ、と言う部長の方がド畜生だと俺は思うんですがね。

 部長達が死ぬ前に俺の方が先に死ぬと思います。

 具体的にはストレスで胃に穴が空いたりして、そこから合併症やら発症してお陀仏って感じで。


「はぁ……部長って本当面倒臭いですね。大切な休日を部長に潰されていると思うと、1ヵ月前の俺をぶん殴りたくなってきますよ」

「氷室くん、人が変えられるのは過去ではなく未来です。初音さんが面倒臭いと思うなら面倒臭くなくなるように初音さんを調教……教育してみてはどうですか?」


 この人、今絶対調教って言ったよね?


「調教したいならそっちでも構いませんよ。むしろ初音さんはそちらを所望します。首輪だって喜んで付けますよ」

「首輪をするのは勝手ですが、俺は部長を飼ったりしませんからね。調教も絶対にしません」

「やれやれ、欲望の捌け口になる雌犬が手に入るチャンスだというのに。そんなんだから氷室くんは童貞なんです。まあでも気長に口説くことにしましょう。今後毎週土曜日は初音さんと一緒に過ごしてもらいますから」


 童貞にも童貞の意地があるんです。

 ビッチな発言する癖に未だに何の成果も出せていない、それどころか男に相手にされているか分からない残念美人で処女の部長には分からないでしょうがね。

 ……って待てよ。今この人、さらりととんでもない発言しなかったか?


「部長」

「何でしょう?」

「今のは俺の聞き間違いですか? これから毎週土曜は部長に付き合わされるとか聞こえた気がするんですが」

「そうですね……初音さんとしては氷室くん、あなたの耳は正常に機能しています。そう返しておきましょう」


 それはつまり聞き間違いではないということですね。

 わざわざ長ったらしく言ったのは意味不明ですが、部長の言動は元より意味不明だったりするので考えるのはやめておきます。

 というか、それ以上に


「部長、何で俺は心身の疲労を最も回復させることが出来る土曜日を部長に奪われないといけないんですか?」

「休日が最もラノベの取材が出来るからですが?」


 いや、まあそれはそうなんだけど。

 それに関しては理解できるところではあるんだけどさ……


「でも平日も放課後するんでしょ?」

「そうですね」

「なら土曜日くらい俺に自由をくれてもいいのでは? 休みにしか行けないところもあるでしょうし、日曜日よりも土曜日の方が動きやすいのは分かります。分かるんですけど」

「けど?」

「今日、短時間部長と過ごしただけで俺の疲れはかなりのものです。毎週どこかに付き合わされたら、と考えるだけで頭が痛くなります」


 今日やったことなんてまだこれといってないんだけどね。

 家に押しかけられてさっき家を出たってだけだし。なのにここまで人に言わせるとかある意味才能だよね。人を不幸にしかしない才能だけど。


「氷室くん、あなたは先日取材に付き合うと言いませんでしたか?」

「それは言いましたが……いや俺も別に取材に付き合わないとか言ってるわけじゃないんです。ただ頻度の問題というか……せめて毎週じゃなくて隔週くらいにしてくれません?」

「初音さんのような美少女と毎週デートできるというのに不服なんですか?」

「正直に言っていいなら不服です」

「そうですか。初音さんは廃部を回避しようと頑張っているだけなのに」


 それはそうなんでしょうけど。

 でもあなたの場合、頑張る方向がおかしいというか。俺のことを困らせる言動ばかりしようとするじゃないですか。

 だけどそれをやめてって言ってもやめるつもりはないって感じですし。なら正面から堂々と言うしかないじゃないですか。

 俺だってリフレッシュタイムは欲しいもん。


「仕方ありません。氷室くんが毎日初音さんに愛をささやくなら隔週で許してあげましょう」

「そんなことしたら周囲に誤解されるんですが?」

「誤解されればいいじゃないですか。初音さんはそういう誤解からお試しで付き合うのも許容できる懐の深い女の子ですので」


 初音さんみたいなクールビューティーな彼女が出来るんですよ。氷室くんにとって良いこと尽くめ。

 そんな感じに言われてるけど、冷静に内容を紐解くと俺が部長の都合の良いパシリになるってことですよね。

 1日の休みを得るためにその条件を呑めというのはあまりにも酷なのでは。俺が言えることなんてひとつしかないじゃん。


「そっちの方が嫌なので毎週土曜日は部長にお付き合いします」

「そうですか。ではラノベが完成するまでの間、毎週土曜日は初音さんデーということで」

「それだけ聞くと俺がまるで部長にベタ惚れしてるみたいですね」

「ベタ惚れしてくれても構いませんよ。何なら……バカップルみたいなことでもしてみます?」


 それってどんなことですか?

 見た目以上にあると言っているそのお胸の感触が超絶分かるくらい腕を組んだりするんですか?

 それともペアルックとか着てどこかにお出かけし、人目を気にせずあんなことやこんなことをしちゃうんですか?

 でもそれ以上に言いたいことは……こういう時だけ覗き込むようにしながら可愛い声で誘うのやめてもらっていいですか。

 あなたのポテンシャルで真面目にそういうことされるとグッときちゃうところはあるので。


「……遠慮しときます」

「氷室くん、あなたという人はとことん初音さんのことを拒絶してくれますね。女の子から攻めるのって結構勇気がいるんですよ。それを無下にするとは最低です」

「最低なのはそういう攻め方をしてくれる部長の方です。俺が拒絶するなんて分かりきってることでしょ」

「それは否定しません。ですが物事に絶対はありませんから。攻めた結果、氷室くんに襲われるのでは? という期待という名の不安があったりなかったり」


 それは結局どっちなんですか。

 聞いたところで真面目な答えが返ってくる気がしないけど。

 というか、俺は今日という日を無事に乗り切れるのかな。まだ始まったばかりだっていうのに。

 神様、もし本当に居るなら俺を無事に家まで帰してください。



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