オタクな俺とオタクな彼女 ~オタクな俺とオタクな彼女達編~

夜神

第1話 「どんだけ私のこと好きなの?」

 死んだ。

 ということは、これから異世界転生が始まるわけですね。

 そう思う者が居るかもしれない。

 だがそんなことは起こらない。起こるはずがない。

 何故なら死んだのは俺ではないからだ。

 そもそも死んだ人物は、現実世界に存在すらしていない。

 勘が良い人物ならこの時点で検討が付くだろう。

 そう、これはゲームの話だ。

 詳しく説明するなら俺達がプレイしているのは、現在好評発売中である国民的狩りゲー《モンスタースレイヤー・ザ・ワールド》。

 通称モンスレ。

 多種多様な武器やアイテムを用いてモンスターを倒し、その素材で自身の装備を強化していくゲームである。


『ごめん、やられちゃった』


 イヤホン越しに聞こえた声に悪びれた様子はない。

 まあ誠心誠意の謝罪をされた方が困るのだが。

 基本的にプレイヤーが合計で3回死ななければクエスト失敗にならない。

 デメリットがないわけでもないが、死んだ回数に応じてクエストクリア時にもらえる金額は減少してしまう。これだけだ。俺達の目的は金もよりも素材なだけにクリアさえ出来れば特に問題はない。


「まあピヨってるところに追撃されたら仕方ないだろ」

『そうだよね。いや~さすがトウヤくん、分かってるぅ。今のは仕方ないよね。誰がやっても落ちちゃうよね』


 ここまで開き直られると多少思うところはあるんですが。

 口にはしませんけどね。

 どうしてかって?

 そんなの現在ボイスチャットしてる相手のことを多少なりとも理解しているからに決まっているじゃないですか。

 余談というか、言わなくても分かると思いますがトウヤとは俺のことです。

 フルネームは氷室統夜。

 下種な思考の持ち主からは『夜を統べるとかハーレム王みたいじゃん』とからかわれたりもします。

 なので、そのときの気分によってはボコボコにしちゃったり。

 あ、言っておくけど物理的にはしないよ。するにしてもデコピンとか軽めにチョップするくらいだし。基本的には言葉でやり返すから。

 まあ今はこんな話は置いておくとして。


「そうだな。誰でも落ちる状況だった。だからなる早で前線に復帰してくれ」

『りょーかい。あ、死んだついでに弾丸補充してくるね。だから少しの間、ひとりで頑張ってて』


 この返しは、俺の言ったことに関して了解と言えるのだろうか?

 そう思いつつも敵の攻撃に合わせてコントローラーを操作し、使用している太刀という武器種の特徴のひとつである《見切り斬り》を正確に繰り出す。

 モンスレをやっているプレイヤーならばこれだけで伝わるだろうが、ゲームに精通していない人のためにざっくりと説明するとカウンター技だ。

 ついでなのでボイスチャットしている相手についてもざっくり説明しておこう。

 俺が今ボイスチャットしている人物の名前は、月島つかさ。

 髪型はアンシンメトリーなショートヘアー、片耳にピアス。簡単に言ってしまえば、ザ・今時の女子高生。

 かなりの美人でスタイルも良いだけに男にモテる。気さくかつお姉さん気質なところがあるからか、俺が知る限りでは女子受けも悪くはない。

 勉強に関してはお世辞にも出来る方とは言えないが、高校受験の際に必死に勉強したおかげか、それともやる気の問題か。何にせよ高校生活が始まってからのこの1ヵ月は問題なく過ごせている……ように思う。

 ここまでしか知らないならクラスのマドンナとか学校のアイドル、高嶺の花ってイメージで終わる。だが……


「はぁ……」


 思わず溜め息が出るくらいには、俺は知っている。

 月島つかさがかなりのオタクであることを。

 男子のイメージをぶち壊すくらいに私生活がだらしないということを。

 オタクに関しては今のご時世なら誰にでもそういう一面はあると思うので置いておくとして。彼女のだらしなさがどれくらいだらしないかというとだな。

 まず……生活感がある、という表現をやや通り越すくらいには部屋が散らかっている。

 次に裸同然の恰好で寝て、寝起きに目の前に男が居るというのに動じることなく挨拶してきたりする。

 何でお前がそんなことを知っているのかって?

 こいつとの付き合いが中学の頃からあるからだよ。同じクラスかつ親が知り合いだったってことで、中3のときなんか受験勉強の手伝いでよくこいつの家に行ってたんだよ。

 だから人が知らないようなことも知ってるんです。夜にボイスチャットしながらゲームするくらいの仲にはなっているんです。

 でも付き合ったりはしてないんだな。スマホとかでのやりとりはあるけど、学校だとそれほど話したりしないし。

 何より俺は月島つかさと付き合いたいとあまり思っていない。

 何故なら彼女と付き合ったら男子達の嫉妬が凄そうだから。だらしない一面を人よりも見過ぎているから。中学の頃はまだドキドキしてたのに慣れってのは怖いね。


『トウヤくん、今さ溜め息吐かなかった? もしかして……ぶっ飛ばしたのに壁に壁判定されなかったとか?』

「モンスレあるあるをどうもありがとう。だが的確にぶっ飛ばしてダウン取って、今も斬り刻んでる」

『じゃあ何で溜め息……もしや恋の悩み!? ならお姉さんに相談しよう!』


 ゲーム中にする溜め息で何でそこまで飛躍するんですかね。

 この人の考えには俺にはよく分かりません。


「誰がお姉さんだ。同い年のくせに」

『いやいや、同い年でもトウヤくんより私の方が早く生まれてるから。必然的に私がトウヤくんよりお姉さんだよ』

「それくらいでお姉さんぶられても困るんだが」


 お姉さんらしいことをされた覚えもないし。


「というか、お前のアイコンがキャンプから未だに動いてないんだが。まさかこのまま俺ひとりにやらせるつもりか?」

『モンスターと戦いながら私の動きを観察してるとか……トウヤくん、どんだけ私のこと好きなの? ストーカーじゃん』


 にやけ顔で言っていそうな声にこう思いました。

 回線切るぞコラ。

 いや、それよりもクエストから蹴り出してソロでさせた方が良いのでは?

 このクエストを貼ったのは俺だからやろうと思えば簡単に出来るわけだし。

 イヤホン越しに騒ぎそうな気もするが、このまま舐められるよりはずっと良い。俺だってやるときはやる男だ。

 よし、そうと決めれば即行動……


『というか、トイレに行ってきてもいい?』


 この女、ほんと自由だよね!

 というか、ほんと恥ずかしげもなく言ってくるよね。

 こいつは自分のこと女って思ってないのかしら。それとも俺が男だって認識されてないだけ?

 モンスターも援護するかのように隙のない連撃をやってくるし。これじゃクエストから弾く暇のないんですが。弾こうとしたらキャラクターの動きが止まるし。泊まってる間に死んだら元も子もないというか、絶対煽られるし。

 なので仕方がない。

 ここは俺が大人になることにしよう。

 この手のことはいつもやっていることだ。俺が何もしなければ丸く収まる。怒りを鎮めろ。冷静になれ。


「……行けとしか言えない質問しないでくれます?」

『別に行くなって言ってくれても構わないんだけど。このクエストが終わるくらいまでなら余裕で我慢できるし』

「生理現象は我慢するもんじゃない。だからさっさと行け」

『本当にいいの? 私がトイレ行っている間に死んだりして、戻ってきた時に怒ったりしない?』


 現在進行形で生き残ってるんですが。

 敵の狙いが俺だけになったことで見切りやすくて助かってるんですが。

 というか、この状況で死んでも自身の力不足なだけなんであなたに怒る理由ないんですけど。一緒に戦っててあなたの弾丸で動き阻害されて死んだりしない限り怒る理由とかないんですけど!

 人があれこれ言うの我慢しようと頑張ってるのに何でこの女はナチュラルに煽ってくるのかね。

 こういうところがマジで性格悪い。


「いいからさっさと行け。明日も学校なんだ。ぐずぐずしてたら寝るのが遅くなるだろ」

『寝るのが遅くなるかもって思ってるのにゲームしちゃうとか、トウヤくんは本当ゲーマーだよね』

「一緒に狩ろうって誘ってきたのはお前だろうが。いいからさっさとトイレに行け」

『りょーかい。私のトイレシーン、想像するなよ』


 誰がそんなもん想像するか!

 俺にはそんなマニアックな性癖はない。想像するにしても普通のシチュエーションでするわ。こんな女が高嶺の花認定されるとか世の中終わってる。

 胸の内に芽生えた黒い感情をぶつけるかのように無駄のない動きでモンスターに太刀を振るう。

 こちらの怒涛の攻めにモンスターはあらゆる部位が大破。怯みやダウンを繰り返し、足を引きずりながら逃げて行く。ただその速度はこちらが追いつける速度でしかない。

 故に俺はモンスターに並走しながら捕獲用のアイテムを使用。発生の早い罠を地面に設置し、それにモンスターが掛かるのと同時にクエストが完了した。


『あれ? クエスト終わってる。トウヤくん、もしかして殺しちゃった?』

「そんなことしたら剥ぎ取りが間に合わないって文句言うだろ。捕獲しといたから心配するな」

『さすがはトウヤくん。なんだかんだで人に害のある行動をしないところ、お姉さんは好きだよ』


 自分勝手な解釈しないでもらいますかね。

 討伐すると帰還するまでに必要な時間は60秒。でも捕獲なら帰還するまでに20秒しか掛からない。弱ったとしても討伐までには数分を要するわけだし、クエスト効率を考えたら捕獲するのは当たり前じゃないですか。

 断じてあなたのために捕獲したわけではありません。そこは勘違いしないでもらいたい。


「目的の素材は出たのか?」

『ふふ、何と玉は3つも出た! しかし、目的の爪はひとつも出ていない!』

「威張って言うな。目的のものが出てないんじゃ何の意味もないだろ。このナチュラル強運女が。お前とやるとこういうことが多いから本当面倒臭い」

『あはは、ごめんごめん。でもこれは私というよりゲーム内の抽選が悪いんじゃないかな。いや抽選が悪い。というわけで、もう1回お願いします』

「次こそは出せよ」

『出るように祈っとく。トウヤくんも祈っといて』


 お前のために祈りたくもねぇ。

 と最初は思っていたわけですが、このあと全力で祈り始めました。

 だってこいつ、装備生産に爪が合計で15個必要なのに1クエストで1個くらいしか出さないんだもん。逆鱗とか玉みたいなレアアイテムは毎度のように出す癖に。

 そんなわけで寝る時間は0時を回って深夜になりました。

 明日確実に寝不足で学校に行くことになると思います。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る