最終話 生まれ変わったら
「閻魔様。それは私の役目でございます」
二日間じっと座っているだけで何をしているか分からなかった司命がいきなりしゃべった。
「お、おお。そうであったな」
司命は判決を言い渡す役目を持っているのだが、何故か閻魔は自分で判決を言い渡そうとした。
司命は気を取り直して、
「判決、風戸 慎一を煉獄の警護に任命す!」
「えっ、」
閻魔の告げた内容を俄かには理解できなかった慎一は、思わずそう声を上げた。
「なんだ? 判決に不服は認めんぞ」
司命は不愉快を露わにして言った。
「いえ、そうではなくて、オレは咎を償わねばならないのでは?」
慎一はそのような裁きがなされるなど全く期待すらしていなかったので、少々拍子抜けしていたのだ。
司命は慎一に答えた。
「貴様にはそれだけの度量がある」
そして閻魔が横から口を出した。
「それに、その女の貴様を想う気持ちに心動かされたのは事実だ。」
「閻魔様・・・」
閻魔の思わぬ言葉に有紀は驚いて、そして嬉しくて涙が出てきた。
慎一は有紀に、
「でも、もしオレがそれを受けてしまうと、有紀の事今までみたいにずっと見護ってやるのは難しくなるぞ?」
と聞いた。
すると閻魔は、珍しく眉尻を下げて、
「受けるも受けないもない。貴様に選択肢などはないのだぞ。しかしだ。その件についても案ずることはないぞ」
と慎一に言う。
「どいうことですか? 閻魔様」
「お前にはすでに煉獄と現世を行き来する力を授けてある。いつでもその女の様子を見に行ってやることができるのだ」
閻魔の話は美味いことばかりだ。
何か裏があるのではないかと、と穿った見方をしても不思議はない。
「疑い深くてすみません。なぜ閻魔様はオレにそんなに便宜を図ってくれるのですか?」
すると、いきなり新しくやって来た司録が口を開いた。
「それは、先ほどの司録が間違った報告をした上にそれを隠ぺいしようとしたからです」
「えっ?」
慎一と有紀は同時に反応した。
閻魔は少し慌てた様子で、
「こ。こら! みなまで言うでない! ま、間違った情報によって我々は、貴様を地獄へ堕とそうとしていたわけである。貴様の咎は虫のやカエルの殺生くらいである」
閻魔は続けて、
「そう言った殺生が大した事でない、という意味では無いぞ」
と念を押した。
慎一は、
「つまりオレは忽那の後釜って訳ですか?」
と閻魔に訊いた。
「その通りだ」
「それではオレもオレのような成仏できない魂を閻魔様のところへ連れてこなければならないのですか?」
「そうだ」
「オレみたいに、色々な事情があって成仏できない魂を無理やり連れてくる役目は、なるほどオレにとっては一番辛い罰ですね」
慎一は結局は咎を責められていると感じて閻魔に強い口調で問いただした。
「風戸慎一よ。ワシの判決は絶対である」
閻魔は立ち上がり、一歩慎一ににじり寄って言った。
「もし背いたら?」
慎一も今までのように閻魔の前で卑屈にはならず、一歩も引かない様子だ。
閻魔が力を込めて言う。
「もし背いたら……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぐぁあああ! やめてくれー!!!」
向こうから慎一の悲鳴が聞こえてくる。
「有紀様、慎一様は寛大な処置でよかったですわ」
笑いをこらえながら玉依姫がそう言うと、有紀も難しい顔をしながら。
「ええ、そうですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
慎一は千匹の子ネコに囲まれて遊びをせがまれていた。
子ネコといっても千差万別、粗暴なネコには引っかかれ、頭をかじられた。
その度に慎一は悲鳴を上げていたのである。
「閻魔様! こんな罰は本当はありませんよね⁉」
慎一は閻魔にそう質したが、閻魔はすこしニヤリとしただけで何も答えず、立ち去ろうとした。
慎一はロクの事を少し思い出しながら子ネコと戯れていた。
立ち去ろうとした閻魔に玉依姫は、
「閻魔様、一つだけ質問をさせてください」
閻魔はニヤけた顔から厳しい面持ちに変わり玉依姫の方に身体を向けた。
「なぜ、何故わが父を苦しめるようなことをしたのでしょう。私も何故ここ煉獄に連れてこられて、何百年と過ごさねばならなかったのでしょうか?」
必死に閻魔に抗議を込めて玉依姫は言った。
「忽那は貴様に何も言わなかったのか」
「えっ、何のことでしょう」
「ならば良い。知らなくてよいこともあるのだ」
閻魔は生前の忽那が八咫烏の手引きによって惨殺されたことは伏せておいた。
「貴様らをこれから元の世界へ戻す。玉依姫よ。死ぬまでワシを憎んで生きるのだ」
閻魔はそう言うと有紀が、
「閻魔様! 少しお待ちいただけますか?」
そう叫ぶと有紀は玉依姫を抱きしめて、
「私と玉依姫様は生きている時代も身分も違います。貴女は姫様で私は普通の庶民。それなのに私に優しく接してくださって本当にありがとうございました」
玉依姫も有紀を抱きしめ、
「有紀様、私たちにはいろいろな違いはあれど、男を愛する
閻魔の判決に背いた慎一はこれで「成仏」することになり、今までのようには有紀を見護ることができなくなった。
「ええ、私は一年前に風戸を喪っているのです。こうして再び会って話ができるなど思いもしませんでした。それで私の気持ちもひと段落つきました」
玉依姫は頷いて、
「私たち、またどこかでお会いできる気がしますわ」
と言った。
有紀にもそんな気がしていた。
「ええ、きっとですよ。玉依姫様」
二人は光に包まれ、煉獄から泡のように消えていなくなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東京科学工科大学の研究室では、助教授の道足恭代がモニターを見ながら絶句していた。
「マリー=テレーズ、こんなことが本当にあるのね」
助手のマリー=テレーズ・ジュネも信じられない面持ちで同じ画面を見つめている。
「先生、これはますます……」
道足は、マリー=テレーズの言葉に、
「この映像はますます信憑性に欠けるわね…」
首都テレビの暮林も「あの世の映像が手に入った」との連絡を受けてやって来たのだが映像を見て苦笑している
「なんで風戸選手が子ネコと遊んでいるんですか」
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