第41話 淡い命が散る時
「瑠璃光が盗まれただと?」
慎一は怒りに震え、忽那を睨みつけた。
「その童はいちいち小癪でな。俺様に式神なんぞを送り込んで見張りをするわ、今は俺様をめった刺しにしやがった」
忽那には忽那の言い分がある。
「だから、一番大切なものを奪ってやったまでよ! はっはっはっ!」
忽那は高らかに笑い声をあげた。
「なんでそんな事が!」
と、慎一が悔しそうな声をあげると忽那は、
「
と煉獄での地の利を口にした。
「慎一よ、これはちと厄介なことになったぞ」
とコマ。
「ああ。だけどよ、瑠璃光をどうやって自分に当てたんだろうな?」
かつて玉藻前と闘った時には、確かにサキは慎一に頼んで鏡を使って自分の発した瑠璃光を自分に当てて傷を治した。
「とにかくだ、あいつをやっつけるしか手はねえんだ。手加減とか出し惜しみとか、俺は一切しねえぞ!」
コマの目には、慎一の闘神は99、確変する知神は現時点では67、精神は88まで上がってるように思えた。
「こいつはこいつで、結構まずいことになっているな。体がもつのかそれが心配じゃ」
コマは容れ物としての慎一の身体と能力が均衡していないことを危惧していた。
「何をごちゃごちゃ貴様らは話している⁉ 掛かって来なければ、こちらから行くぞ!」
忽那はそう言うと今度はクイックモーションで闘騰気を撃ってきた。
「もうその手は食わねえって、いってんだろうが!」
慎一は眼前で印を結び、
「oṃ ṣṭrīḥ kāla
と唱え、大威徳明王を召還した。
「さっきは逃げられたが、今度はそうは行かねえぞ! 忽那!」
「
大威徳明王と化した慎一は、宝棒、三叉戟を持って水牛に乗ったまま忽那に突っ込んだ。
瑠璃光の力を使って自らの傷を治癒させた忽那は、水牛の突進を完璧に止めて見せたのだ。
「少しは手ごたえがねえとな」
水牛を組み止められ、驚いたが、慎一は笑って言った。
「はっ、貴様ごときにこの忽那様が屈するとでも思ったか!」
慎一は水牛から飛び降りて宝棒を振り下ろす。
忽那は宝棒を右の腕で防いだが、鈍い音を立て忽那の右腕は変な方向に曲がった。
「ぐぅうううっ! ぐぁあああああ!」
苦痛に顔が歪む忽那。
しかし次の瞬間忽那の右腕は元通りに治った。
「うへぇ、こりゃ厄介だぜ」
慎一はショックを隠せない。攻撃しても、攻撃しても治癒力で瞬時に治してしまうのだ。
「うーむ、これは何か手立てを考えねば」
コマも思案に暮れている。
そこにサキが式神を再び放った。
「アタシの瑠璃光返せー!」
見たことがないほど、サキが憤怒の表情をしている。
式神は次々と忽那を襲い、全身に突き刺さった。
「シン兄! ネコちゃん! 今よ!」
式神に手を焼いている忽那の腹に、コマは爪を突き立てた。
同時に慎一は右脚を宝棒で力任せに打撃を加えた。
忽那は呻き声一つ上げずに静かに倒れ、腹を両手で庇うように覆いかぶせている。
右足は完全に折れている。
「瑠璃光は無尽蔵ではないわ! チカラが溜まるまで治せないはず!」
サキは追撃を慎一とコマに促した。
「治癒力が回復する前にこいつをやっつけなければならないのか」
「ヤツは弱っておる。今やらねばこちらが危うくなるぞ!」
コマはやる気だ。
「コマ! こいつは逃走癖がある。俺は向こうに回る! 挟撃するぞ!」
現世で忽那に逃げられた慎一は慎重を期して挟撃を選択することにした。
河原の方向にコマが、そして煉獄の奥の方に慎一が陣取る。
「さあ、どうやってお前を料理してやろうか」
慎一は忽那に恐怖を抱かせるように煽った。
忽那は動かない。いや、まだ痛みに耐えて動けないでいる。
「さあ、返せよ。有紀を返せこの野郎!」
慎一は忽那を殺すことではなく、有紀の奪還が目的であることを思い出した。
「それから玉依姫様もじゃ!」
コマはここには来ることができなかった八咫烏のために玉依姫の開放を迫った。
「地獄の事は地獄に任せてやる。俺には興味は全くねえ。その代わり二人を返しやがれ!」
「そんな手緩いことで、貴様たちはいいのか? 生きるか死ぬか。どちらかだろう」
手負いの状態で忽那は猶も挑発を続ける。
「シン兄! 式神さんに有紀さんと玉依姫さんの居場所は探ってもらうから大丈夫よ! 早くしないと、また復活しちゃう」
忽那は余計なことを、という顔をしてサキを睨んでいた。
サキは、一方では瑠璃光について考えていた。
「瑠璃光のチカラはあたしのもの。今は、それを忽那が勝手に使っているだけのはず。でもどうしたら取り返せるの?」
聞こえたのか、忽那がこう言った。
「俺様が死ねば治癒力は自然に貴様に返る。 または、貴様が死ねば俺の治癒力は消えてなくなるさ」
と言うや否や、挟撃された方向とは違う方向に ――そこにサキがいる ―― 忽那は走り出した。
偵察の式神を残して、攻撃用の式神は使い果たしてしまった。忽那はそれを見逃さなかった。
「治ったのね?」
小さくそういうと、絶体絶命の状況でサキはぐっと歯を食いしばって、小さな体で忽那の怒涛のように押し寄せる攻撃を受け止めた。
しかし、大きな力の前では小さな、儚い体は無力だった。
サキの体はボロ雑巾のように宙を舞い、最後は地面に叩きつけられた。
一瞬の油断だった。
「サキぃーーーっ!」
「忽那! お主なんと惨いことを」
慎一とコマは瀕死のサキに駆け寄った。
サキは、
「し、式神さん… あ、有紀さん… 玉依姫さんの 居場所を、シン…兄と、ネコちゃんに教えて」
式神に指示をだして、弱々しく ふぅーっと息を吹きかけた。
式神はサキの事など一顧だにせず飛び立っていった。
「し、しっかりしろ! サキぃ!」
慎一はサキを抱きかかえて涙を流している。
「し、シン兄… あり…が…と…」
と言い残して事切れた。
慎一は吠えるように慟哭した。悲しく、激しい声を上げた。
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