奪還
第34話 想い
「忽那の野郎‼」
有紀を連れ去られた慎一は地団駄を踏む他なかった。
慎一は気を取り直して、騒然となった現場から元紀を連れ去るために元紀に憑依した。
(元紀くん、大変なことに巻き込んでしまって申し訳ない)
(いえ、慎一さん、そのすみません。有紀さんを護れなくて)
慎一の詫びに、元紀も詫びで返した。
(謝ることなんてないさ。実際、有紀を拐って行ったのは『忽那』っていう煉獄では最凶の化け物だ。俺でも全く歯が立たなかった。でも、今の俺にはいまチカラがある。漸く忽那の野郎を追い詰めたんだが、こんな事になっちまって)
(そうなんですか…)
元紀は力なく答えた。
(ところで元紀くん)
(ええ、何ですか?)
(君にちょっと聞きたいことがあるんだ)
元紀は少し身構えた。
(あのさあ、その、)
(何ですか? 慎一さん。はっきり言ってくださいよ)
身構えた分、煮え切らない慎一の態度が可笑しかった。
(ああ、言うよ。君は有紀の事をどう思ってる?)
元紀の直感は当たった。今日の一部始終も慎一は見ていたに違いない。自分の態度や声色は慎一にも有紀への想いを感じ取られるに十分だっだろう。
ずっと、元紀は自分を偽っていた。
一年前のあの日、タクシーから降りてきた有紀の姿を初めて見た時から、有紀の事が気になって仕方がなかった。いや、もっと言えば完全に虜になっていたのだ。
しかし、自分が助けることができなかった要救護者の慎一の婚約者に近づく事など不謹慎だとずっと自分の心に鎖を掛けて自分を縛っていた。
今日、久しぶりに有紀に出会って自分の気持ちに改めて気がついた。
(オレは、有紀さんの事が好きです)
思い切って告白した元紀に、慎一は黙っている。
(すみません。慎一さんには、有紀さんを見守ってほしいと言われ複雑な気持ちにはりました。亡くなった婚約者に似ているからと言って図々しいと)
慎一は元紀の意識の中で葛藤をしていた。元紀は続ける。
(自分の気持ちに嘘をついていました。一度しか会っていないのに、こんなにも心を乱されるなんて。オレ、どうしたら)
慎一はようやく元紀の意識に語りかけた。
(俺はもう、有紀を助けてはやれないんだ。今も忽那に拐われてしまったし。もちろん、俺の仲間と取り返しに行くさ。でも、有紀の気持ちさえ整理がついて、君を受け入れるのであれば、俺はそれに越したことはないと思ってるんだ)
今度は元紀が黙った。
(ただ、忽那から有紀を取り戻したら一度だけでいい。君を通じて俺が有紀を見守っている事を伝えたい。そうだな、順番は君が有紀を口説き落とすのが先だけど。)
元紀の目からは止めどなく涙が出ている。
(これは、俺と君だけの約束だ。最初は何故だか分からなかった。でも、顔が似ているという理由だけでこんな事を頼めやしないよ。君は…とても誠実でいい奴なんだと俺は知ったんだ)
(買いかぶらないで下さい。人の婚約者を好きになってしまうようなダメな奴です。オレは)
(では、そのダメな奴にハッキリと言おう。頼む。有紀を幸せにしてやってくれ)
最後には元紀は意識の中で大きく頷いた。
(分かりました。受け入れてもらえるなら、精一杯有紀さんを幸せにします!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
東京科学工科大の練馬キャンパスでは、コマが姿を現して、霊科学研究者、道足恭代助教授と助手のマリー=テレーズ・ジュネと再度対峙していた。
道足は、血だらけの化け猫の目の前のコマの姿に泡を食っていたが、なんとか気を取り直して話しかける。
「私は何か夢でも見ているのかしら。E.G.o.I.S.T.(エゴイスト、霊を可視化する装置)なしでも大きな猫が見えるわ」
「改めてお願いする。ワシらを追いかけないでくれ。ワシら妖の類がお主ら人間とこのように交わる事は災難をもたらすぞ。もちろん、お主たちの側にじゃ」
道足は生唾を飲み込む。
しかし、負けてはいられない。
「はい分かりました、とは私は言えないわ。助手この子にも相当無理を言ってこのE.G.o.I.S.T.を作らせたの」
「作ってしまったのは仕方ない。使いたくなるのも理解できる。しかしじゃ。ワシらの存在を明らかにされては妖の世界は黙ってはおらぬぞ。これは脅しなどではない」
「脅してるじゃないの」
道足の肝の据わり方は半端ではない。
「突き詰めて言えば、お主の望みはなんじゃ? 有名になる事か? それとも金か?」
「有名になる事も金を得る事も結果に過ぎないわ。ねえ? マリー=テレーズ」
マリー=テレーズはこのように急に話を振ってくる道足には不満を持っている。
「先生。私は研究費用さえ貰えれば」
「あら、ミリタリーグッズも買い放題よ? あなたこの前101空挺師団の払い下げのパラシュート欲しがってたわよね?」
「先生、人の
「あーら、それは悪かったわ」
「少しも悪いと思ってない顔をしてらっしゃいますよね」
「おいおい、お主ら。ワシが怖くないのか?」
コマは二人が化け猫の自分の存在を忘れて罵り合っている姿に多少呆れ、半分感心していた。
「もちろん怖いわよっ!」
二人は声を合わせて応えた。
「では、何が欲しいのじゃ?」
「霊科学の地位を向上させたいの。みんな『霊科学なんて似非科学』っていうし、散々よ。とにかくしっかりとしたエビデンスが欲しいの」
「エビでんす? なんじゃそれは?」
「証憑のことよ。悪いわね日本語が不得意で」
「先生、英語もそれほどお得意とは…」
マリー=テレーズがそういうと、バシッ! と大きな音がした。
「叩かないで下さい。先生」
「愛の鞭よ。ありがたく頂きなさい」
「お主らには付き合いきれんのう」
その実、コマは少しこの二人が気に入っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます