第71話 聞き込み調査
次の日の朝。
「歌川さん、これを見て下さい! 」
俺は対策課に入ると直ぐ、アオイから貰ったチラシを歌川さんに見せた。
椅子に姿勢良く座りチラシを見つめる彼女の姿は相変わらず優雅で美しい。
俺はチラシを見る歌川さんに願い事が叶う類の噂が南風美術大学で前から出回っている事、チラシを配られたアオイの通う桜坂女子高校が南風美術大学と同じ大和相国寺駅にある事を教えた。
「なんの得にもならないそんな噂流すなんて。そのチラシ、怪しくないですか? 」
「どうしてそう思われたのですか? 」
彼女はチラシを片手に俺に質問した。
「チラシを配っていた人間を含めて複数犯だと思いまして。壁画を丸ごと複数人で運び出したのかなあ……とか」
「私も複数犯だとは思いますが、どちらにせよ分割せずに持ち出す事は不可能ですよ」
「え? 何故ですか? 」
「あの洞窟の石段の幅では壁画を一枚の塊で運び出すのは物理的に無理ですから」
歌川さんは俺をマジマジと見ている。
俺は今迄そんな事考えた事も無かった。恥ずかしいくらい何も考えていなかった。とてつもなく馬鹿だ。
「この凝ったデザインですね…………。ただ私はこのチラシと壁画泥棒は関係ないと思うのですが…………」
「そうですか…………」
「これって壁画の噂を広めたがっている人間がいるってことですよね」
歌川さんは、俺の問いかけに一呼吸置いてから言った。
「はい、そうですね」
「もし犯人の立場からすると誰にも知られたくないと思うんですが……」
彼女の言う事はもっともだ。
俺もそのことはオカシイとは思ったのだが、理由は無いが犯人に関係があると勝手に思ってしまった。
「俺もそれはそう思うんですが……」
「だったら確かめましょう。私たちに他に手がかりはありませんから」
「いや、まあ、なんて言うか。間違っているかもしれないので」
俺は急に弱気になってしまった。
「でも古川くんの勘が関係あると、そう言ってるんですよね」
歌川さんにしては優しい表情を浮かべ俺を見た。
いつもの氷の微笑みも好きなのだが。彼女の顔に引き込まれそうになり、俺は少し照れてしまった。
二人で話し合った結果、配っている人間を探そうと言う事になった。
大和相国寺駅付近で噂が広まっているようなので駅周辺の高校と大学にチラシを配りに訪れる可能性がある。
歌川さんの意見で、まず駅周辺の学校付近の住人にビラ配りに来たかどうかを訊ね、まだ来ていない学校に張り込んで捕まえようということになった。
当然ながら俺には良い作戦などは全く思いつかないので、全て歌川さんの指示に従うつもりだ。今もそしてこれからもずっと。
午前中に駅周辺の高校と大学に聞き込み調査を行った。
駅周辺には大学が二校、高校が四校ある。その内、南風美術大学とアオイの通う桜坂女子高校は省いて聞き込みすることにした。
刑事でもない俺たちが聞き込みをするのは相手に不審がられはしないかと心配したが、歌川さんの類稀なる美貌と落ち着いた品のある話し方で、高校の調査はスムーズに終わった。中には不審がる人物もいたのだが会社の名刺を見せるだけで、すんなりと話を訊くことが出来た。
因みに俺は歌川さんの隣で馬鹿みたいに突っ立ってただけなのだけれども。俺だけではこうも簡単にはいかなかっただろう。
まだチラシが配られていない高校は男山高校だけだった。男山高校は偏差値の低い男子校であり、近隣住民から煙たがられる存在の高校である。
大学の方は、ビラ配りは学内で配るだろうから近隣住民に訊いても分からないだろう。
俺たちは一旦、駅近くの喫茶店で一緒に昼食を取ることにした。俺たちはオープンテラスの席に着き二人ともサンドイッチセットを注文した。彼女はアイスコーヒー、俺はオプションでメロンソーダに変更してもらった。
おしゃれな雰囲気の喫茶店に歌川さんのような素敵な人は良く似合っていると思った。俺は少し浮いているような気がしないでもない。
「ちょっと大和大学の友人に電話で訊いてみます」
俺は食べ終わると直ぐに外へ電話をかけに行った。このまま暫く歌川さんの小さな口で一生懸命食べる姿を見ていたかったのだけれども。
喫茶店を出て角を曲がった所で携帯電話を出し連絡先を見ると一番目にあ行の秋吉 里香の電話番号が表示される。一度、深呼吸して電話をかけるボタンを押そうとした。もう一度深呼吸して電話をけようとした。結局
、夏目名人に電話した。奴が出なかったら里香ちゃんに電話しようと思ったのだが、こんな時に限ってワンコールで出やがった。
名人はビラ配りのことは全く知らないが、以前、神奈関大学とのサークル交流会の席で願いが叶う壁画の話が出たことを教えてくれた。
そう言えば以前そのような事を聞いたかもしれないなと思い出した。
「だから夏休みリカちゃんは壁画を見に行ったんじゃなかったかなあ? ガス欠でハルに助けてもらった日」
「里香ちゃん何か願い事でもあんの? 」
「もちろん、あるから行ったんだろうねぇ」
電話の向こうで名人にため息混じりに返されてしまった。
俺は名人に礼を言って電話を切った。
(ああ、俺が神様だったら彼女の望む事をなんでも叶えてあげるのになあ。彼女に会いたい、声が聴きたい、笑顔が見たい、そして用もないのに電話を掛けたい)
電話を切る時「レポートの提出期限が迫ってて忙しいんだけど、コレが終わったらどっか遊びに行かない? 」と夏目が言った。
里香ちゃんも忙しいであろうから電話してレポートの邪魔にならなくて良かったと心底思った。
電話を切った直後直ぐにまた夏目から掛かってきた。
「ああ、思い出した。恋愛に関してだったんじゃないかな。そう、里香ちゃんは恋してるんだよね。確かそんなような事、舞ちゃんから聞いたような、違ったかな」
名人は電話の向こうで呑気な声を出す。
恋してるって何だよ。乙女チックな言い方しやがって。イヤ、里香ちゃんは乙女だけれども。だいたい舞ちゃんもそんな話を名人に言うかね。イヤ言うか、恋人同士だもんな。
前言撤回だ。俺が神様であっても里香ちゃんの恋愛成就に関しては叶えられない。叶えたくはない。
「ふーん、里香ちゃん誰か好きな人いるの? 」
俺はとてつもなく気になったが、特に気にしていないようにさりげなく訊いた。
「どうだったかな、いるんじゃなくて、いた、のかな? あれ? 違ったかな。違う理由だったかな? ただ壁画に興味があったからだったかな? 」
結局どうなのか何一つ要領を得ない俺は、少しイライラしながらまた電話を切った。何だったんだ今の。結局分からないならかけ直してくるなよ、アイツ。
名人との電話中、平日の昼前なのに俺の前を沢山の高校生が歩いているのを不思議に思った。
名人と割と長い時間話し込んでしまったと思い、喫茶店のテラスを見ると歌川さんはまだ食事を終えていなかった。どう考えてもいつもより時間がかかっているようだ。まあ別に全然構わないのだけど。
気のせいか、彼女の席の周りだけほのかに明るく見えた。もう一度よく目を凝らして見直してもやはり彼女のいる空間だけ明るいような気がする。
彼女が放つオーラのようなものなのか、華がある人はただそこにいるだけで空間までも華やかにするのだろうか。ともかく彼女は一際目立つ存在だと改めて思った。
俺はオープンテラスまで戻り、まだ食べている歌川さんに、たった今夏目から訊いた事を話した。
昼飯を終え俺たちは交代で男山高校を見張った。
校門から大勢の悪そうな学生たちが下校を始めたが、結局チラシを配る人間は現れなかった。
「ここの高校は馬鹿ばっかりらしいので除外してるんじゃないでしょうか。極悪高校とかヤクザの予備校なんて言われてるらしいですよ」
と俺が歌川さんに言うと、彼女は気まずい顔をして俺の後ろを見ている。
「おい、コラァ!! 」
「聞こえたぞ、テメエ!! 」
大声に驚いて振り返ると如何にも悪そうな高校生の集団が立ち塞がっていた。
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