第60話 孤独
「うっせぇな、大袈裟なんだよっ! 」
夏目を罵倒しながらも、素早く俺たちの前に出てみんなを庇おうと身構える恭也は流石と言うべきか。
俺なんかは恭也に比べれば、里香ちゃんからの二回目の抱擁に備えただけの全くセコい男だ。しかもそれは不発に終わるというザマだ。
「だって死神かと思ったんですよぉ」
夏目が情けない声で弁解したが誰も聞いてはいないようだ。一応、「死神が柔道着着てんのかよ! 」とツッ込むべきだったか。
白骨死体を見た後にいきなり声を掛けられて臨戦態勢に入った俺たちの気持ちを察してか、月島さんは降参のポーズで両手を挙げた。
「待ちなさい。私は君たちと争うつもりはありません。敵わないのはさっきの試合で嫌と言うほど判っていますから」
月島さんは力なく微笑んだ。
俺たちも警戒を解き月島さんの出方を待った。
月島さんは事情を説明するために、俺たちを別の屋敷に案内した。それから屋敷の中の畳が敷き詰められた大部屋に通された。その部屋には過去の道場主たち二十人ほどの額縁写真が壁に飾られている。
恐らくここは先程、探索の結果報告で恭也が話していた修練場の事だろう。
修練場だけに机や椅子など何もなく、みんな畳の上に直に座ると、月島さんは全員に缶コーヒーを配ってくれた。
「こういうところでは、お茶とお団子だと思ったんだけどな」
夏目がボソっと独り言をいった。全員が夏目を無視をする中、舞ちゃんだけが夏目に何かをコソッと耳打ちした。
「この額縁に飾られた方たちはここの道場の代々の強者たちです。先程、君たちが見たのは彼らの人骨です。これは道場の風習で遺骨伝え《いこつつたえ》という習わしなんです」
月島さんはサラリと恐ろしい事を爽やかに言った。
天拳流の道場では昔からの習わしで死んだ道場主や強者の骨が魂と一緒に道場に宿り、道場を守り更なる力を与えると考えられ、昔から火葬をせずにそのまま大切に保管されらという。
なんとも大変気味の悪い話だとは思ったが、俺の中では最悪の状況を想像していたので同時にホッと安堵もした。
みんなも殺人事件に巻き込まれなかったことに安心したようで笑顔になった。
「いやーしかし安心しましたよ、ヘヘ。さっきまでは犯罪の匂いがぷんぷんしてましたからね。
さっきの現れ方なんてアメリカのシリアルキラーみたいでしたよ」
無神経な夏目が笑いながら言う。
「お前は何でもかんでもハッキリ言い過ぎなんだよ、バカ! 」
涼介が夏目を叱った。
「…………」
月島さんは無言で席を立った。
「ほらぁっ、お前ぇぇ、もう嫌だぞ、あの人の機嫌を伺うのは! 」
俺は夏目を睨んだ。
「でも、あの人、伝説の武人て言われてる割に、度量が狭くないか? 」
恭也が冷めた感じで言う。
「確かに、それはある」
涼介も同調しだす。
「月島さんてニコニコしている顔から急に無表情のゼロの顔になる時があるんだよな。それがホント怖いの」
俺も本心を打ち明けた。
「やあ、お待たせ。お団子、落ち着いてから出そうとは思っていたんですよ」
月島さんは穏やかな笑顔でお団子とお茶を持って来た。向こうで怒りを鎮めて来たのは分かっているだけに俺たちも愛想笑いで彼を迎えた。
それから月島さんの話は続いた。畳の上に直に皿を置いて食べる団子は美味しかったが食べにくかった。
「月島さんも死んだらあの箱に入るんですか? 」
夏目が団子を食べながら無遠慮に聞くと
「ええ……昨日まではね、そう思っていたんだけどね…………」
月島さんは夏目の失礼な質問にも丁寧に答える。
「この代々続く道場をずっと守って行くのか、行けるのかどうか。大事な娘に一人寂しくこの道場を継がせるというのは考えてはいなかったのですが自分の代で終わらせるのはどうかとも思い……。
代々の道場主様たちに申し訳ない気持ちで……。
遺骨伝えの風習も、武術の鍛錬に明け暮れる自分にも、私の道場優先の考えにも妻は嫌気がさしていたんでしょうな。
私もこの何もない里でずっと暮らすのは娘も妻も不憫だとは思ってはいたのですがね………」
月島さんは少し力なく肩を落として話す。
融通の効かない武道一筋の生活に月島さんに奥さんも愛想を尽かして娘さんを連れて出ていかれたそうだ。
娘さんのことは大変可愛がっていたそうなのだが。
俺たちは思い切って石田会長と壁画の事を詳しく聞いてみた。
決して石田家と仲が悪くなった訳ではなく寧ろ今も関係は良好で、警備会社の警備員の教官として打診されたり相談役になって欲しいと何度か石田会長自らも訪れていたそうだ。
俺たちの壁画捜査は完全に明々後日の方向を目指して全く見当違いをしていたようだ。俺たちが正直に蔵や他の建物を探した理由を話すと、月島さんは笑って壁画盗難事件の関係者ではないと否定した。
「君に負けてやっと決心がついたよ。何十年と修行して修行し続けてそれでも君に全く敵わなかった。私は井の中の蛙だったんだなあと。
君みたいな人間も勤めているなら私も石田会長の元で働いてみようかと思う」
さっきまでの暗い雰囲気の月島さんとは打って変わって晴れやかな笑顔で俺に言った。
「最後に古川くん、どうしても聞きたいのだけど、ウチの天拳流は一撃必殺で今までの相手は確実に一発で仕留めてきたのだけど、逆に今日は私が一撃で仕留められた訳だが、君にダメージはあるのか? 私の拳は完全に君の顔を捉えたとおもったのだが。私にはそこまでの痛みがないのだが、君、手加減したのか? 」
月島さんは俺に手加減された事を怒っている様子ではなく本当に不思議に思って聞いているようだ。
業の事を教える訳にはいかない俺は、どうしようかと少し思案したが、答えは出なく押し黙ってしまった。
何か言おうとしたが結局出てこなく、どうやって誤魔化そうかと考えていると
「わははははははは、困らせてしまったようだね。私のプライドが傷つくと思って手加減したとは言えないよな。私はまだまだ君の足元にも及ばないくらいなんだね。伝説の武人が聞いて呆れるよ、まったく。やはり引退するべきなんだろうな…………よしっ! 」
月島さんは段々明るく一人で上機嫌になった。
俺たちは全員顔を見合わせると、全員が夏目に合図した。夏目が中々察しなかったので舞ちゃんに肘打ちされていた。
「じゃ、月島さん、我々はこの辺でお暇致しますね」
夏目が笑顔で言うと、全員が一斉に立ち上がりいそいそと帰り支度を始めた。
俺たちがいくら遠慮しても月島さんは大門の外の石段の下まで見送りに来てくれた。
「いやーこんな美人の女性たちと別れるのは名残惜しくてねぇ、わははは。じゃあまた今度。古川くんは石田会長の会社で会うかもね、その時は仲良くしてよね! 」
別れ際、憑き物が落ちたように終始ハイテンションの月島さんは兎に角、不気味だった。俺たち全員顔を引き攣らせながらの笑顔で月島さんと別れ車に乗り込んだ。
この緑いっぱいの大自然の里でよもや伝説の武人の、あまり聞きたくはなかった個人的な悩みと家庭の話まで聞くことになるとは……。
そして俺のせいで武人の人生を変えてしまうような事になるとは……。
ただ俺は月島さんにイシダオオトリビル内で会いたくないなと思った。
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