本との事さ
九情承太郎
わたしはロボット (アイザック・アシモフのSF短編集)
記憶にある最初の図書施設の記憶は、小学一年生の時。駅前に建てられたばかりの西友の三階にあった子ども図書室。
俺はそこで、初めて読書をした。
昭和五十六年の四月頃。
雑然としていた牛久駅の周辺が区画整理を終え、六階建ての西友が開店した。
平屋建ての田舎スーパーしか知らなかった牛久町民(市民になるのは、数年後)にとって、鉄道で大都市に移動しなくてもオシャレな商品を並べる店舗に行ける事は衝撃的で、周辺の町々からも客が殺到した。昭和五十年代の茨城県は、そういうものだ。
数年後には他の町にもイトーヨーカドーやダイエー、西武が出来る上に、駅前に更に近い立地にイズミヤが出来てしまうので、二十年ほどで撤退してしまうけれど、
小学生の時に最も俺を楽しませてくれた店舗は、この西友牛久店でした。
一階 ブランド店・お洒落なパン屋
地下一階 食料品
二階 婦人服
三階 子供服・スポーツ用品・子ども図書室
四階 紳士服
五階 本屋・玩具
六階 レストラン街・ゲームセンター
二十年以上前の記憶なので多少の間違いはあるでしょうが、西友牛久店の陣容の厚さは分かって頂けるでしょう。
階層は忘れましたが、映画上映も可能な視聴覚ルームもあり、「スターウォーズEP6 ジェダイの復讐(現・ジェダイの帰還)」を初めて観賞したのも、この西友牛久店です。
初めて「源平討魔伝」「アルカノイド」「戦場の狼」「ドルアーガの塔」「ベラボーマン」「スペースハリアー」をやったのも、この西友牛久店。
ピザもチャーシューメンもスパゲティも、初めて食べたのは、この西友牛久店。
初めてエロマンガを買ったのも、いや、この知識はどうでもいい。
初めて尽くしの場所だけれど、一番の思い出は、最も薄れようもない思い出は、子ども図書室で『わたしはロボット』を読んだ事。
母に一時間ほど、ここで時間を潰すように言われて、俺は人生で初めて偉大な知識に触れる選択肢を得た。
小学校よりも遥かに明るく清潔な図書室で、無数の本の中から何を読もうかと見渡しながら。俺は真っ直ぐに進んだ。
本当に、その本に、無心のまま辿り着いた。
『わたしはロボット』
その題名の本に、俺は出会った。
同じ棚には、他にも様々なS F小説が並んでいた。
『海底牧場』『27世紀の発明王』『ついらくした月』
目移りしながらも、俺は『わたしはロボット』
を手にして読み始めた。
後に『われはロボット』『くるったロボット』『うそつきロボット』という題名でも出版されるが、俺は『わたしはロボット』で通す。
最高のS F小説を小学一年生が一時間で読み切れる訳もなく、俺は母に図書カードを作ってもらい、『わたしはロボット』を家に持ち帰って読み込んだ。
ロボット工学三原則を、知った。
相反する命令に狂う現象を知った。
考えるという行為を、第三者が観察して更に考えるという事を知った。
狂った認識を改めずに主張を通そうとする人やロボットを、観た。
心を傷付けられた人が、ロボットを口頭だけで破壊する怒りを見た。
人とロボットの境界線が、実は曖昧だって知った。
アシモフという偉大な作家の名前を覚えた。
返却期間までに、何度読み返したのか、数えていない。返却してから、もう一度借りたし。
俺の人生の血となり肉となり骨となり、魂の一部になった事は、自覚している。
たとえ生まれ変わっても、俺は転生先で『わたしはロボット』を探し出して読む。
俺がこのエッセイで紹介するのは、そういう本です。
本との事さ。
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