妖刀「八龍」の力

私に、力があるっていうの?

私には何もない。魔法が使えるわけじゃあるまいし、まして刀なんて見たこともない。


神様、これは夢なのですか?…夢だと言うのでしょうか。

目の前の人斬りは、わけのわからないことを言っています…


「私に力なんてありません」

「それはお前が決めることじゃない。…その証拠に…空牙が持っていた刀が、どんなものだったか覚えているか?」


「…。あの人は、刀なんて持っていませんでした」

「いや、持っていたんだ。見えなかっただけで。俺にも見えやしない。

空牙だけじゃなく、この町の者は全員、妖刀を持っている。

…これが証拠だ。お前には、八龍しか見えないということが。

…いや、八龍が見えるということが」



ひなのは、何回も大きく深呼吸をした。

頭がどうにかなりそうで、苦しくて過呼吸になりそう。


「じゃあ…私が見た刀は、何なの…?

一体、何の力があるって言うんですか…?」



ユノはまたため息をつく。

ちょっと困惑したような、渋い顔つきをした後、言い慣れていないであろう言葉を口にした。



「…愛だ」

「はぁい??」


あまりにぶっとんだ答えに、ひなのは裏返った声を発した。


「愛とやらを、お前は持っているはずだ。だから、妖刀が色味帯びて見えたんだ」

「や…やめてよ…それ、おかしいです。

私、愛なんて持って…まぁ、なくはないと思うけれど…


みんな持ってるはずだもの。力だなんて大袈裟な」


ひなのは思わず苦笑いしてしまったが、ユノは笑うことなく、明らかに真面目そう。


「誰でも持っているだと…?

俺には、そんなものはない」


「…なんて言うか、難しい愛じゃなくたっていいと思うんですけど…

家族とか、友達を思う気持ちとか。

それなら、分かるんじゃないですか?」


というか、私だってそれしかわからない。


「家族…そんなものは、捨ててしまったからな。権力争いで父親を殺し、母親はどこかで病に倒れているが、俺に知ったことじゃあない。


愛など、なかった。どこにもな」


…!なんてことなの…!そんなことって、あるの…?!



「じゃ、じゃあ仲間は?友達は?」


「町に住む者たちのことか?そこに一体、何の感情があるっていうんだ?

殺せと言われたら、俺は全員でも斬れる力があるんだが」



ひなのは、全身の毛穴がぞわっとするのを感じた。…そうか、この人本物の人斬りだ…


"無感情"…。


「お前には、分かるんだろう?愛というものが」

「そうね…確かに、あなたに比べたら分かるかもしれない。でも、何も特別なんかじゃなくて。

みんなと同じ。だから、私が選ばれるなんて筋違いなの」



家族、友達。みんな大事だって思う気持ちなんて、特別な力なんかじゃないよ。


「俺が決めたことじゃない。八龍が決めたことだから、俺にも分からないがー…

俺とお前は、間違いなくこの刀を操れるもの。二人であって一つなはずなんだ。


俺は、お前のその力も欲しい」


…待って待って。

仮に私がその、愛の力を持っていたとして。


この人がそれを得るなんて、無理なんじゃない?

だってこの人、普通じゃない。

愛のかけらもないし、私が教えてどうにかなることじゃないじゃん。



「…どうやって…?」

「…俺にも分からないが、お前ごとその力をもらう他なさそうだ」

「無理です」


私は即答した。

お前ごともらう、の意味がわからないが、簡単に帰れなくなりそうなことは確かだ。


「無理だと…?」

「無理というか、嫌です。私、あなたに愛なんて教えられない。

そりゃあ、帰っても彼氏がいるわけでも、好きな人がいるわけでもないけど…


あなたとの間に、愛なんて咲かないから。だから、教えてなんてあげられません」


ここまでキッパリと、男の人の要望を断ったのは初めてだ。人生で数少ないが告白された時も、こんなはっきり断れた事がなかった。

もう少しやんわりと断ったものだ。


でも、この人にははっきり言わないと。


「…俺には教えられない…か」


逆上して、それこそ斬られるんじゃないかと、断った後で身構えた。

しかし予想外なことに、ユノは怒る気配はなく、少し脱力したように視線を落としただけだった。



「…そうか…

…俺には、分からないか。そうかもしれないな。俺も分かる気がしない」


「…えっと」


思っていたのと違う、静かな反応が返ってきたことに、ひなのは少し戸惑ってしまった。

ユノはそのままスッと窓を開けると、ベランダのような所へと出て行き、静かに外を眺めだした。


「…人斬りと言われる者たちは、人間だと言ったろう。人間だけど、人間とは少し違う。


人斬りと人間の違いは、妖刀が扱えるかどうか…それだけのようなものだ。


だが、それだけの違い故に生き方が変わった」


そんな風に静かに話した後、ユノは夜風を浴びたままひなのを振り返る。


「俺に愛とやらを教えてくれたら、お前を帰してやろう。あっちの世界に」


「…はい?」


待ってよ、と頭の中でストップをかける。その条件っておかしくない?!


「八龍の力を持つお前にしかできないことだ。…俺は無感情で冷徹だが、力は欲しい。

八龍のもう一つの力を持てば、それこそ最強に相応しくなるはずだ」


「…あなたは、自分が最強になりたいって、その理由で愛が欲しいんですか?」

「そうだ。力には興味がある」

「愛って、そういうものじゃないんですけど」

…って言っても、わからないか。


「言ったろう、分からないと。

お前は無事に元の町へ帰りたいだろう。断る理由はないはずだ」


断る理由なんて、たくさんあります。と、言ってやりたかった。


…だけど、このまま逆らってても、絶対帰してなんかもらえない。


・・・

・・・

…だったら…



「…本当に、帰してくれますか?約束してくれますか?」

「約束しよう」


いささか信用ならないが…

それで帰れるとするならば、さっさと愛を教えて帰ろう。


恋人のふりをすればいいんだもん。大丈夫よ、この人を大事にすればいいんだから。


「…分かった、やります」


その一言に、ユノは心底満足そうに微笑んだ。

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