第3話 軍旗製作で有名なハンオク星域のオクラナ

 自分はどうやら、恐ろしく自信のある者に弱い。

 彼は暖かいスープを口にしながら、確信していた。

 この地方は、夏に差し掛かっているらしい。スープの中身の、野菜の青みがそれを物語っていた。

 差し向かいで彼女はお茶を口にしていた。

 彼女自身の食事は、弟が戻ってきてからということだった。香りの高い、赤みの強い茶を、大きなポットから何回も何回も、彼女はカップに注ぐ。そのたびに軽い刺激のある香りが鼻をついた。

 そしてそういう彼女の行動や、食事、壁にかけられたタベストリなどを見るごとに、彼はここが「ハンオクのオクラナ」であることを確信するのだ。この惑星は、この地方は、あるものの特産地で有名だった。そうだ。彼は思い出す。

 あのひとがそう言ったんだ。 


「何見てんの? サンド」

「あれは、君の……?」


 彼は壁の一面に視線を向ける。そこには巨大なタペストリがあった。

 天井の高い部屋の壁の一面を覆う、細かな刺繍の施された。

 その壁に取り付けられた、小さな祭壇の乗せられた棚にも、似た様な織り方の布が数枚、きちんと畳まれている。


「ええそうよ。さすがに最近は、そんな時間もないけど」

「じゃ今、君は」

「工場つとめよ。それでも教わったんだけどね、軍旗製作は。だけど手間ばかりかかるのに、単価が高いから、もう最近では注文が無いのよ。それにその昔はお得意様だったとこが敵に回っちゃね」

「敵?」

「……判ってないようね。天使種よ。アンジェラスの軍勢よ」


 サッシャは眉を寄せ、露骨に嫌そうな表情になった。彼はその表情の変化に気付かないふりをして、スープを口に運んだ。

 そうだ。軍旗製作でこの惑星は有名だった。あのひとはそう言ったんだ。

 最高の材料と、職人芸があの惑星には揃っていると。

 見たこともある。

 船の外に貼る、巨大な工芸細工。繊細な模様と、大胆な意匠。そしてそのバランスをちょうど支えている、強靱な特殊繊維の土台。

 その特殊繊維を織るための資源が最も豊富な惑星。それがハンオク星域の第二惑星オクラナだ、と彼は聞いていたのだ。

 真空の宇宙、戦闘空間でその存在をアピールする際に使われるような代物だ。単価が大きいのは無理もない。注文が多い時には栄えるだろう。そのくらい、その昔は戦争も、盛んだった。


 だが今は? 


 彼は疑問に思う。


「戦争の当初は、そのおかげてこの惑星は、なかなか栄えたらしいけどね。でも今じゃあそんなにそれを欲しがる所もないわ。二~三十年前に、アンジェラスの連中が、急に勢力を伸ばしてきた時に、大量の注文があって息を吹き返したけど……」

「けど?」

「十年前、連中が手の平を返したように敵に回ったから、もう何にも用はないのよ」

「じゃあ今では」

「何であなたがそんなことを知らないのよ、サンド」


 サッシャはややにらむように彼を見据える。


「……忘れていると言ったら」

「馬鹿じゃない、と言うわよ」


 でも確かに、それは言われても困るのだ。


「ねえサッシャ、本当に、俺は忘れているんだ。教えてくれないか? 今は、一体いつなの?」


 ことん、と彼女は音をさせてカップを置いた。


「本当に、覚えてないの?」

「本当に」


 嘘だ。


 彼は同時に思う。

 覚えていない訳ではない。だが、その間の状況についてはさっぱり判らない。

 彼女の言うことを考え合わせていくと、考えられることは、一つしかない。


「共通星間歴569年。ついでに言うと、ここは、そのあなたの言うところの、旧ハンオク星域の惑星オクラナの、地域b-35」

「で今は、ココラヤ共和同盟?」

「そうよ。付近の星域が同盟を組んだんだわ。手の平を返した軍勢に対抗するために」


 つまりはそれが、アンジェラスということか。

 彼は目を伏せて、うなづいた。


「十年前?」

「そう。十年前に、いきなり連中は、ここを襲ってきたわ」


 そして彼女は不意に顔を上げた。


「絨毯爆撃よ。奴らの無抵抗の同胞を殺したという言いがかりがついたの。その時に、あたしの両親も死んだわ」


 彼は息を呑んだ。そんなことが。


「死んでしまったのよ。別に何もしないのに。ただそこに居たというだけで」

「……だけど仕方ない」

「仕方ないってね? ええ仕方ないわよ。運が悪かったとしか言いようがないのよ? でもね……」


 彼女は大きく首を横に振った。


「……あなたにそんなこと言ったって仕方ないわよね。忘れているんなら。サンドリヨンなんだから。時間制限つきのお姫様、気にすることないわよ。仕方ないんだから」

「サッシャ……」


 だけど。

 彼女の表情は、決してそんな「仕方ない」と言っている顔ではなかった。

 唇を堅く結び、目には何やら暗い翳りが見える。

 ふと、戸口の方で音がした。彼女は立ち上がった。


「ミッシャだわ」


 サッシャは一度台所へ向かった。

 かけていた鍋に緩い火をかける。すすでもついたのか、前掛けで手をぬぐいながら、弟の帰ってきただろう戸口へと歩いて行った。


「あらあらあら」


 優しい声音。彼はふとその声の方に視線を飛ばした。


「……ほら腕を出して。……痛い?」


 ケガでもしているのだろうか。

 彼はちら、と声のする方向に目をやる。サッシャと同じ金色の巻き毛が、視界に飛び込んだ。黒い、膝丈のズボンと白いシャツが、よく見ると奇妙に汚れている。遊び回ったのだろうか。そういう年頃に見える。


「ちょっとテーブルについてなさい。……キズ薬……」


 サッシャは姉らしく、少年の背を優しく抱くと、ぽんぽんと軽く叩いた。ミッシャと呼ばれた弟は、姉の言う通り、黙ってうなづくと、彼の居るテーブルへと近づいてきた。

 そして少年は、彼の姿を見て、目を見張った。大きな、透き通った青い瞳が、彼をじっと見据える。

 彼は、一瞬戸惑った。


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