第6話 才能開花

 聖強教団亜人討伐隊中央司令部。

 そこではネイア・バラハの感動の声が聞こえた。

「素晴らしい成果ですね、皆さん! 見事と言う他ありませんでした!」

 顔なしの伝道者、その人に言われて皆がはにかんだ笑みを浮かべる。こんなに嬉しい事はない。

 しかし、伝え忘れてはいけない言葉もある。

「これもすべてバラハ様のおかげです」

 男の一人が司令部を見渡して告げる。

「俺達が、バラハ様に才能を見出され、教団のみんなに生活を支えてもらったからこそ、こうして力を合わせられるのです。本当に感謝しています」

「皆さん…」

 誰もがネイアに頭を下げる。

 困窮の最中にあって、今日の食事にも事を欠く有り様だった。

 それを聖強教団に巡り合えた事で、激しい飢えを凌げ、新たな職業クラスに目覚める機会を得られ、こうして能力スキルを駆使して聖王国の為に戦えるなどと、かつての自分に語ったとて信じてはもらえないだろう。

 それほどまでに、人生が一変したのだ。

 魔皇と亜人の支配が、人生最悪の変化であれば、"顔なし"との出会いは幸福に満たされる日々への変化であった。

 最早、空腹を満たすために木の根を齧るような事もせずに、明日に向かう今日を全力で働ける。労働の対価で家族を食わせてやれる。道端で犬のように死ぬ事無く、温かい家で毛布にくるまり安らかに眠れる日々が、どれほど貴重で有難い事か身をもって知っているのだ。

 そんな日常を支援してくれたのは、いったい誰か?

 国土を荒廃させた憎い亜人共、それに怯える事無く、寧ろ狩る側にまで成長させてくれたのは誰か?

 これほど充実した毎日を送れるような組織を作り出したのは誰か?

 バラハ様だ。

 到底、返す事の出来ない恩義が、そこにある。我々が出来る事は、彼女への忠誠と献身だけだ。

 そんな想いの結晶の一つが、各司令部の大机に設置されている。

 正確で詳細な周辺地図だった。

「私は、この一枚を見るだけでも、皆さんの弛まぬ努力に圧倒されます。教団を支援してくれている全員に感謝しなければいけないのは、寧ろ私の方ですよ」

「それを聞いただけでも、地図師カートォグラファーたちは大喜びしますよ」

 各地では、地図作成の才をネイアによって引き出された者たちが、護衛班と共に測量や地形の詳細図を更新し続けている。出来た地図を連絡班の早馬に渡し司令部に届けられ、行動予定を組んで補給班や援護小隊と協力し合い、聖王国を踏破する勢いで次の土地へと巡り続けている。

 こうして、精度を高め続けている地図を元に、作戦が練られ前線へと指令が飛ぶ。ベルトラン・モロを始め、指揮官の能力スキルに秀でた者たちがこうして育つ。伝令も、馬の乗り手や通信魔法を使える魔法詠唱者マジック・キャスターが任務をこなし続けて実力を付けている。

 各々の得意な分野の専門家が集結し、聖強教団という名の巨人が動き出しているのであった。

 思考集団が統率者を補佐し集められた情報を整理する。指揮官が各部署に指令を出して、伝令がそれを伝える。

 野伏レンジャー密偵スカウトに探知魔法の魔法詠唱者マジック・キャスターらが、目や耳や鼻となって敵を見つけ出す。

 戦士や魔法使いが手足となって戦闘を牽引し、盗賊シーフたちが相手の情報や武具を頂戴する。錬金術師アルケミスト幻術師イリュージョニストらが相手の動きを抑止し、幻惑による撹乱を行う。

 神官たちが治癒を担当し、格職人スミスは武器防具を鍛え上げ、商人マーチャントが収入、経済、流通を支える。

 胃袋を満たすのは、大勢の農民たちが育てた食物であり、料理人コックが教団員の食生活を栄養から整える。

 それ単体に特化した者は、一人一人は弱いであろうが、専門職として鍛え上げられた職人集団が、一つの目的の為に一糸乱れぬ団結を見せた時、それは人より遥かに強靭な肉体を持つ亜人たちを凌駕する存在となった。

 如何に強かろうと、捕捉され、追跡され、分析され、地の利を奪われ、休みなく弱点を責められ続ければ、敵はたまったものではない。

 亜人連合の残党を狩り出して、その都度、自分たち聖強教団は強固になっていく。

 油断もなく、慢心もない。

 ただ強くあれ。

 それだけだ。

 ある意味、壮絶な誓いだ。

 普通はどこかで妥協する。してしまう。

 ただ、ネイア・バラハは、聖強教団員は更なる高みが実在する事を知っている。

 あの魔皇ヤルダバオトの傍若無人なまでの強き存在を。

 そして、その魔皇をも超える、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を。

 高みは遥か彼方の星空まで。強さを求める事には際限がないと思わせる、そんな者たちと出会った。

 ならば我らも、その地平に赴くのみ。

 魔皇亜人戦争の悲劇を、二度とは繰り返さないためにも。

 そして今現在、急速に成長し続けている聖強教団の皆を見る度に、ネイアは喜びを隠しきれない。

「私も負けていられませんね」ネイアも気をく。

 すると、野伏レンジャーの一人が困ったものだ、と首を振る。

「いやいや、たまには負けてくれないと、私の自身も無くなりますよ。弓の腕を上げたと思っていたのに、今日もバラハ様の腕を見せつけられて、へこんでいるんですからね…」

「そんな、相手を追跡する技術など、私の及ぶ所ではないじゃないですか?」

 今度は野伏レンジャーが得意気な顔をする。

「そこでも負けていたら、本当に立つ瀬がないでしょう?」

 周りの皆が、そうだなと笑った。

 ネイアも笑い合う。多くの者と切磋琢磨する事が出来るこの教団が誇らしい。再び生活を奪われる事の無いように、次こそは守る為に戦えるように、そんな熱い想いを絶やさぬようにする事が、ネイアの使命であった。

 次の世代、次の次の世代、次の次の次の世代…七代先まで、安全に暮らせる礎を築く。そして、絶え間ない研鑽の道のりを歩み続ける、強靭な者たちを育て上げるのだ。

「これからも、強くなる努力を積み重ねて行きましょう!」

「おお!」

 中央司令部の人々は、ネイアの声に大きく応える。

 次の亜人掃討に向けて、休む間もないのだ。

 それに、不安要素がない訳ではない。

 ローブル聖王国の南北対立は深まるばかりで、聖強教団が融和と協力を呼び掛けても、南部の反発は激しくなっていた。人間同士でいがみ合っている場合ではないのだが、それすらも彼らには通じない。

 未だに各地で悪魔の目撃があり、暗躍する奴等の目的も掴めたというのに、未だにそれを信じては貰えない。魔皇ヤルダバオト復活など、国を挙げて阻止しなければならない重大事であるのに、「嘘だ」「出鱈目だ」と根拠もなく否定するばかりなのだ。

 そして、戦争終結から今まで戦い続けているのは、何も我ら教団や聖騎士や兵士たちだけではない。

 組織的な亜人連合の残党も、東の地にまで逃がすことはしないが、国の内部に残った棘でもある。それが特に南の地で多く、聖強教団の活動が、よりによって人々に邪魔されてしまう事が多々あるのであった。

 神出鬼没の悪魔に、亜人の残党、果ては南部の民が、ネイアたちの前に立ちはだかっている。

 この状況、如何に打破するか?

 それが問題であった。

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