21.「俺は、殺されてもいいと考えていた」

 内調局員が去った後の裏通りは、静かだった。心臓の打つ音すらもたやすく耳に届く程に、静かだった。

 太陽は既に中天にあり、穏やかに、秋の陽射しを投げかけている。

 そして気持ちも。

 確かにこんな時が、昔、あった。

 彼は意識の扉を閉ざした。そして身体に訊ねる。俺の身体は、昔どうして壊れたんだ?

 それは。彼の身体の記憶が映る。ぼんやりとしていたそれは、次第に鮮明になってくる。


 それは何処の戦場?

 俺は誰と戦っていた?

 そして俺は、誰に殺された?


 …… 


   *


 時刻を告げる鐘と同時に、祝祭の広場から、花火の音がした。鷹の合図だ。

 そして彼の下部工作員達も、今ごろは放送局に入り込んだ『飛ぶ**』の下部工作員を捕らえるなり抹殺するなりしているだろう。

 Gは市街劇が未然に防がれたことを確信し、ゆっくりと立ち上がった。

 既に血の染みは、赤黒く乾き、服に固くこびりついていた。ぱらり、と前髪が落ちて、彼の視界を軽く隠した。直接目に突き刺さるような夕方の陽射しのまぶしさに、彼は一瞬目を細めた。

 そして光の中に、黒い戦闘服姿を見つけた。


「何とかなったよ」


 鷹は長い銃を肩にかつぎながら彼の元に近付いてきた。


「感謝する」

「その顔では、思い出したな」

「まあね」


 何となく惜しいな、と鷹はつぶやき、手の届く距離からは僅かに離れた位置で立ち止まった。


「あの大戦の末期、俺と君は、同じ軍勢に属していた。混乱する戦局と分裂し統合し、混乱する敵を相手に、大きな戦果を挙げていた」

「そうだね」


 Gはさらりと答える。話の飛び方に、その表情は戸惑うこともない。


「だけど君は、あの時向こうへと走った」

「……」


 彼は目を伏せた。


「何故だ? いや、理由なんかどうでもいい。とにかく君は、あの時、俺でもなく、今まで戦ってきた仲間でもなく、あのひとの方を選んだんだ」

「……そうだ」

「そして俺は、君を追撃した」

「あんたの追撃は執拗だったね」


 Gはやや困ったようにうなづいた。そんな彼を見て鷹は腰に手を当てて苦笑する。


「それはそうだ。確実にあの時の俺は、君を憎んでいた。手に入れて、そして壊してやりたいと、どれだけ思ったことか」

「そして俺を墜として、壊した」

「そう。墜として、壊した。だが無論俺達は、俺達である以上、そんなことで、この世界から消滅できる訳がない。墜ちた君は逃げたんだ」

「ああ。さすがにかなり逃走にも手間がかかったね」

「一族の中に紛れ込んでいるとは、さすがに俺も気付かなかったよ。もともと君はそこに居るべき者だったから、わざわざそこに身を隠すとは考えてもみなかった」

「俺も」

「君も?」


 くす、と鷹は笑う。


「俺は、俺がそんなところに身を隠すなんて考えてもみなかった」

「そうだろうな。そして君は、そんなところに居たくせに、『MM』に身を寄せた。あのひとの元に」


 Gは軽く頭を振る。


「俺はそんなことは知らなかったさ」

「だが、その活動自体にあのひとの薫りが立ちこめているんだ。君はどれだけ自分の記憶を別の記憶によって隠ぺいしても、それに惹かれたんだ」

「否定はしないよ、***」


 奇妙な発音が、そこに響いた。空間がややきしむ音がする。


「その言葉で呼ばれるのも久しぶりだよな?」


 そうだね、と彼は微笑む。


「だけど俺は俺なりに、衝撃は受けていたんだ。あんたに追われるのは正直言って悪い気分じゃなかった。そしてあんたの手で墜とされるのも」

「結局俺は、君を見つけられないまま、現在の場所に紛れ込んでいる。君と同様、人間と詐称して、あの場所に居る」

「結果として、また敵同士だな」


 Gは苦笑した。


「……もし君と再会したら」


 鷹は長い銃を軽く持ち上げる。ふらりと上げられただけの銃は、それでも目の前の相手に正確に向けられていた。


「俺は、どう自分が思うかと考えていた。殺したいと思うだろうか、抱きたいと思うだろうか」

「……」


 Gは目を伏せる。あのサンルームで会った時の、好戦的な瞳。


「俺は、君を見て、そして、君が記憶を封印していることに気付いた瞬間、殺したいと思ったよ」

「俺は、殺されてもいいと考えていた」


 Gの言葉に、鷹はふっと笑った。


「気が付いていたよ」


 鷹は銃をゆっくりと下ろした。


「何だか判らない。だけど俺はあんたの声を耳にした瞬間、抵抗する力が消えてしまったんだ。俺はそれを、あんたが好きだからと思っていた」

「おや、違うのかい?」

「違った。それは好きとか嫌いとかそういうことじゃあなかったんだ。はっきり言って今でも本当の意味は判らない。墜ちた時の記憶のせいかもしれない。だけど」

「だけど?」


 鷹は目の前の相手に問い返す。


「確かにその時、俺はそんなことも何もかも、どうでもいいと、思っていたんだ」

「そう。それが判った時、俺は君を抱きたいと思った」


 矛盾している奴め、とGはくっと笑った。


「今でもそう思えるかい?」

「ひどく勿体ない、と俺は思うよ」

「勿体ない?」

「また明日からは、俺達は敵になる。場合によってはともかく、基本的には内調も反帝国組織には敵だろう?」

「そうだね。でも」


 でも? と鷹は問い返す。


「今日はまだ、祭の日だ」


 Gは手を伸ばした。


「来いよ。俺を墜としてみればいい」


 くす、と笑って、先の大戦の生き残り同士は、手を取った。

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