8.要するにそれは一つのテロ活動ということじゃないか。

 脚本を持って、夜の庭をぶらぶら歩いていると、Gは噴水のへりに、キャプテン・マーティンが座っているのを見つけた。

 常夜灯の青白い光が彼の整った顔に陰影を与えていて、それはそれで見事なものだな、とGは思う。

 丸めた脚本をぽんぽん、と手でもてあそんでいると、キャプテンの方からどうやらGに気がついてくれた。


「やあサンド君」

「やあ、キャプテン・マーティン」

「ユーリだな、その言い方は」


 マーティンは苦笑してGを見上げる。彼はその隣りに腰掛けた。ざ……と水が落ちる音だけが背後に聞こえている。他の音は何も聞こえない。静かな夜だった。


「脚本をもらったのか?」

「まあね。君の指図だろう?」

「どうせ参加してくれるんなら、早め早めに知ってもらっておいた方がいいからね」

「尤もだ」

「今まで奴の所に居たのか?」


 ん? とGは故意的に問い返した。


「ジョナサンの所だ」

「ああ」


 彼は大きくうなづいた。


「そうだよ。ここからだと庭突っ切った方が僕の部屋には近いから、こうやって歩いているんだ」

「ああ確かにその方が近いな」


 マーティンはうなづいた。


「名脚本家は、脚本くれただけで、僕の役回りを説明してくれなかったけれど、君なら説明できるよね?」

「そうだな。君の役回りは、『歌うたい』か『鐘ならし』だ」

「歌うたい? 鐘ならし?」


 彼は脚本をぱらぱらと繰る。青白い光の中に間隔の大きく空いた文章が浮かび上がる。


「あああったあった。確かに台詞なんかほとんどないな」

「それはそれから付けていくんだよ。それに歌うたいは台詞よりは歌だろう。君、歌は? 一応のメソッドくらいはやっているだろう?」

「まあね。ああそうだね、確かジョナサンもそんなこと言っていたっけ」

「奴と何の話をしていたんだ?」

「気になる?」


 Gはくっ、と笑った。

 それは敬愛なるコルネル中佐の笑い方を真似したものだった。気が短い者ならケンカを売ってる、と確実に見られる類の笑いだった。

 マーティンは決して気が長くはないだろう、とGは踏んでいる。そしてそれは間違ってはいないだろう。


「気にはなるだろう。その場に僕はいなかったんだから」

「ふうん。そこまでご執心のわりには、なかなか手が出なかったんだね」

「何?」

「気付いていなかったとは言わせないよ」


 にやり、とGは笑う。微かな風が、彼の長い前髪を揺らせた。


「君は何のことを言っている」

「知れたことを。僕は君には言うなと言われたから、言わない。それは君が訊くべきことだろう?もしもその答を知りたいのならば。そして知りたくはないのなら、訊かなければいい。少なくとも僕に訊くべきことじゃあない」

「ふん」


 マーティンはやや顔を歪めた。Gはその表情を見て、その話はそこで打ち切った方がいいだろう、と判断した。


「ところでマーティン、君も帝立大に一度入ったクチかい?」

「何だよ、薮から棒に。僕も?」

「いや、昼間セバスチャンがそういうこと言っていたからさ。それともずっと君はヨハン・ジギスムント?」

「ああ。ずっとだ。家は父親もその父親も、あの大学に行っていたからな。少数精鋭のいい教育だ、と言われて入学した。うちもまんざらではないが、帝立大に無条件入学できる程家柄は良い訳ではないからな」

「それでもヨハン・ジギスムントに入れるなら、かなりのものだろう?」

「まあね」


 あっさりと彼は答えた。そう言うのに慣れた口調だった。


「悪い所ではない。少数精鋭の講義も演習もやりがいのあるものだし、寮生活も楽しい。この歳になってまで馬鹿騒ぎができるのはあんな所くらいなものだ」


 ふっとマーティンの眼差しが遠くを見る。


「あんな所があるなんて知らなかった」

「そういうものか?」

「そういうものさ」


 Gは奇妙に彼の言葉には共感できない自分を感じていた。

 別にその言葉が真実であるかどうかは問わない。その言葉自体の内容に、自分を共感させる本当らしい何か、があるかどうか、なのだが―――

 セバスチャンの時は、それが本当であれ嘘であれ、彼の中の何かをついた。ユーリの言葉はとりあえず嘘の必要の無い項目に思われた。そしてジョナサンに関しては、完全にシロだろう、と彼は確信している。

 あれで工作員だとしたら、よほどそういう時のためにとっておいたとしか思えない。

 そして、普通そんな小組織には、そんな純朴で経験一つないような人間を置いておくような余裕はない筈だ。自分にも覚えのある反応が、先刻、一つ一つ素直に現れていた。

 マーチャスとはさほどに話もしてはいないが、ある程度まで彼の頭の中では、絞り込まれてきていた。

 尤も決定的な何かが無い限り、そこから手を出す訳にもいかないのだが……


「で、いつから劇の練習はするんだ?」


 Gは訊ねた。


「市民祭は二週間後だからね。あまり時間はない。明日からでも」


 判った、とGはうなづいた。



「つまりこの市街劇の目的は」


 市街戦の間違いじゃないか、とGは思う。

 翌日のサンルームでは、ジョナサンが参加メンバーの前に立って、今回の劇についての概要を説明していた。先日と違い、そこに集まった人数は二桁になっていた。

 参加メンバーは、Gの見た限りでは、殆どがあのビアホールに居た顔ぶれだった。大学生か、専門学校生だろう。歳の頃も、雰囲気も。そして女性は一人としていない。


「現実と非現実の境界線をとっぱらうことにあるんだ」


 はい、と一人の手が上がった。


「それはどういう意味ですか?」

「舞台を市街に持ち込むことによって、そこで行われている非現実ある劇の内容は、市民に作用し、現実と化するんだ」

「つまり、我々の筋書きに、そこに何気なく居る普通の市民を巻き込んでしまおう、ということなんだよ」


 マーティンがやや抽象的になりがちなジョナサンの背後からつけ加えた。


「けどこの脚本には、その結果が書かれてないぜ」


 専門学校生らしい青年はぽんぽん、と渡された脚本を丸めて叩きながら声を上げた。


「それは構わないよ。実際、結果はどう出るかは判っていないんだ」

「それでは劇の――― フィクションの価値がないのではないか?」


 また別の一人が声を上げる。


「さっきも言ったように、この市街劇の目的は、その垣根をとっぱらう所にあるんだ」


 マーティンが答える。何故、とは誰も聞かないことに、黙って聞いていたGはやや不審に感じる。

 この「劇」がイコール騒乱のことであることは、既にGは気付いていた。

 フィクションだリアルだどうの、と文学的用語を散りばめてみたところで、結局言っているのは、マーティンの言うように、自分達の企み=騒乱に一般市民を巻き込ませよう、ということではないか。

 彼は周囲の学生達にも目を向ける。一体彼らは何処まで知っているのか。

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