微笑むは小悪魔

「クリス、彼を土竜タルパギルドまで、案内してあげなさい」


 ルドルフの一言でアテンドに立ったクリスに連れられ、ケントはケンタウルスⅡの商業区画にある路面電車トラムに乗っていた。


「随分変わったな」

「戦争が終わってから十三年も経ちますから」


 ツィードのジャケットに膝丈のスカート、茶色のパンプス、動きに不自然さの欠片もないクリスが、微笑・・む。


「マツオカ様は、いつケンタウルスⅡに?」

「戦争最終日にな、このコロニーに不時着した」

最後の六隻ラストシックス……」

「ああ、全滅したラファイエット艦載機隊、唯一の生き残りさ」


 商業区画の終点で、ケントとクリスは路面電車トラムを降りた。ケンタウルスⅢ同様、街の外れは荒れた状態で放置されおり、青空を映し出すスクリーンもところどころ剥がれ落ち構造材が覗いている。


「それで、土竜タルパギルドってのは?」

「ミハイル・ボルダホフを首領とした表向きは鉱業ギルドです」

「鉱業ギルドねえ、亡霊ファントムを掘り出したのは、偶然か……?」

「ないとは言えません、ラグランジュⅡの小惑星帯は水資源の採掘場ですから」


 剥がれた敷石に足を取られないよう気をつけて、ケントはふむ、と考え込んだ。


「俺の知ってる情報では、統一連合と配下のマフィアの仕業……という話だったが」

「いずれにせよ、背後に軍産複合体プルートスが居るのであれば、敵は太陽系政府です」


 まあ、違いない。


「で、亡霊ファントムをしまってある施設の警備体制は、そんな山屋に破られる程度のレベルなのか?」

「対人用の自動兵器オートマタはあったようですが、きゃっ」


 微妙に浮いた敷石にクリスがつまずいてバランスを崩す。とっさに腕を取ってひっぱり、自分の胸ほどの小さなアンドロイドを抱きかかえるようにして助け起こした。


「マスター、現場の画像を頂きました。警備もなにも、これでは」


 だまって、二人の話を聞いていたノエルの声が通信機コミュから響く。腕に目をやると、亡霊ファントムが収められていたらしい区画の画像が写されていた。小型の戦車ほどあるキャタピラ付きの掘削機が部屋の壁をぶち破っている。


「いきなり本丸にカチこまれちゃ世話ないな……」


 クリスがつま先立ちでケントの通信機コミュを覗きこむ。背中まである長い黒髪がはらりと、ケントの腕にこぼれかかった。


「お姉様! マスターにくっつきすぎです! 後、わざと転ぶとかあざといです!」


 通信機コミュを覗きこむクリスに、ノエルが抗議の声を上げる。


「あらあら、やきもち? ほんとに可愛いんだから」


 キュートなつり目で通信機にウィンクして、クリスがケントの腕をとって歩き出す。


「お姉様のばかっ!」


 ノエルがすねた声でそういって通信が切れた。


「ほんと、子供なんだから、マツオカ様も大変でしょう?」

「まあ、いろいろあるがな、何だかんだでいつも助かってる」

「そうですか、可愛がってあげてくださいましね」


     §


「さて、どうするかな」


 『タルパ鉱業者組合』と書かれた建物は小惑星改造コロニーだけあって中々に堅牢そうな建物だった。


「ノエル、どこまで潜れる?」

「お待ちくださいマスター」


 ケントとクリスは物陰から様子を伺う。


「情報端末、監視カメラ、警報装置、その他安全機構、いずれも旧式機材ポンコツです、のっとりオーバライド完了」

「……なんというか、セキュリティざる過ぎるだろ」

「あら、ノエルの能力でしたら、太陽系星系軍の巡洋戦艦だってのっとれますよ?」


 ……そんな凄いAIがヤキモチ妬きとか、俺はよく今まで生きてたなとケントは思った。


「お姉様に褒められました、嬉しいですマスター」

「わたくしより二十パーセントも色々進化した発展型なんですもの、凄いですわ、私の可愛いノエル」


 このAI二台、全くどうしたものかと思いながらも、ケントは取り敢えず仕事に戻ることにする。


「それで、中の様子はどうだ?」

「確認可能な範囲に、十八名の人間を確認、情報端末内のデータと照合中」

「ミハイル・ボルダホフ、もしくは亡霊ファントムに関する情報は?」

「社内には発見できません、広域ネットワーク上を探索しますか?」


 ……大きさを考えれば、物自体がここにないのは明らかだ。さて誰が知っているか。


「ノエル、通信記録を抽出、金の動きに関するものを洗い出せ」

「了解」

「ノエル、わたくしにも見せてちょうだい?」


 それを聞いたクリスが身を乗り出してケントの通信機コミュを覗きこむ。直接データ通信したほうが早いだろうと思うのだが、その辺りは気を使っているのかも知れない。


「ポートオープン、情報をリンク」

「姉様、可愛い妹のためにがんばっちゃう……あらあら、これかしら?」


 クリスがそう言ってケントを見上げるとニコリと笑う。


「ウラジミール・クールニコフ」

「誰だ?」

「資金移動の記録を検索して、一番沢山名前が出てくる人の名前です、欲しいのはこれでしょう?」

「ご明察、帳簿係なら色々しってるだろう」


 このあたり、クリスとノエルの差はスペックではなく、人間と過ごしてきた稼働時間の差だろう。ケントはポケットからタバコを出してくわえた。


「うう、姉様に負けました、くやしいです」

「大丈夫よ、ノエルもマスターと一緒に沢山過ごせば、すぐに私なんて追い抜いちゃうんだから」

「ほんとに?」


 ……いや、煽らないで下さい、お願いします。


「姉様みたいに人型の筐体があればいいのに」


 うっかりすると本当に六番街の飾り窓からセクサロイドの一つや二つ、盗んできそうで怖い。


「じゃあ、ちょっとその帳簿係さんにお話を聞くとしましょうか」


 ケントはため息を一つつくと、ノエルに指示を飛ばした。


     §


「開始まで二十秒」

「悪いなクリス、頭数にいれちまって」

「かまいません、可愛い妹のためですもの」


 ノエルが交通管制局の信号に割り込みをかけて、ちょっと借りてきた自動運転車オートカーのドアを開け、ニコリと笑うとクリスが降りてゆく。非常ボタンを押して手動運転マニュアルに切り替えると、収納されていたハンドルとペダルが、ニョキリと展開した。


「さて……と」


 アクセルに足を乗せ、ケントは深呼吸する、一つ、二つ。


 ドンッ! と音がして『タルパ』の建物から複数の煙が上がる、同時にけたたましい警報音と警告音声が鳴り響く。


「火災が発生しました、火災が発生しました、各階の気密扉閉鎖まで三百秒、避難を開始して下さい」


 警報を鳴らしながら、ガレージのシャッターが降りてゆく。宇宙空間では気密漏れと火災は大災害につながる。特に鉱山関係のように爆発物を取り扱うとなればなおのことだ。


「気密扉閉鎖後、消火ガスを注入します、各員は直ちに最寄りの非常口から脱出して下さい」


 そして、残念ながら宇宙では人の命は安い。限られた生存空間を守るため、人間の一人や二人、簡単に切り捨てる。エアロックを閉鎖しての真空消火に、ブロックごと切り離しパージしての投棄、鉱山関係者だからこそ、そこに過敏に反応する。


「いましたウラジミールです、確保まで十二秒」


 通信機コミュから聞こえるクリスの声に、ケントは車を出した。きっちり十秒でビルの前に車をつける。ひときわ大きな爆発音がして屋上の電力設備が吹き飛んだ。

 破片の降り注ぐ混乱の中、ノエルが後部ドアを自動で開ける。自分より頭ひとつ半は大きな男を、クリスが車内に投げ込んだ。


「発進」デパーチャ


 クリスの声に、ケントは確認もせずアクセルを踏みつけた。


     §


「お前たちは誰だ! 何をするつもりだ!」


 車を走らせるケントに、後ろからウラジミールが怒鳴り声を上げる。


「相棒、運転を頼むユーハヴコントロール

「アイ」


 パタリパタリとハンドルがたたまれると、ダッシュボードに収納されシートが回転した。


「そいつは、あんた次第だ」


 クリスに抱きつかれるように、上半身をガッチリと押さえつけられたウラジミールに見せつけるようにケントは四十五口径リヴォルバーをスイングアウトさせると、弾を取り出した。


「くそ、放せ! グギッ!」


 ミシリと骨のきしむ音がして、ウラジミールが悲鳴をあげた。小さな筐体に大した馬鹿力だ。


「殺すなよ」

「あら、こんなに可愛い女の子に抱き殺されるなんて、おじさまも本望ですよね?」


 冷たい目で微笑んで、クリスがウラジミールを見上げる。長い黒髪と切れ長の目がゾクリとするほど美しかった。


「くそっ、貴様ら誰だ! 何が目的だ?」

「質問したいのはこちらなんですがね、ウラジミールさん」


 六連発の弾倉に一発だけ弾を戻し、撃鉄をハーフコック、ルーレットのように弾倉を回してウラジミールの上腹部に向ける。


「そんなおど……ひっ!」


 ウラジミールが口を開きかけたところで、ケントは無造作にトリガーを引く。カチリ、と音がして撃鉄がおちる。


「まず、はその情報端末ターミナルを渡してもらえますかね?」


 ニコリと笑って、ケントはウラジミールが小脇に抱えたままの端末を指さすと、再度撃鉄を起こし、額に突きつけた。


「わかった! やめてくれ! 何が聞きたい! グギギッ」

「大きな声を出すのは、お行儀がわるいですよ、おじさま」

「殺すなよ?」

「頼む、助けてくれ」


 冷たい目で微笑みながら、馬鹿力で締め上げるクリスは、ケントからみても、本能的に恐ろしい異質の何かだ。美しいという点では曇りがない分、なおのことその怖さが際立っていた。


情報端末ターミナルのオンラインを確認、パスワード解析中、口座間の資金移動を確認中、火星に籍を置く企業から、二週間前に三千万クレジットの振込があります」


 ウラジミールが車内のオーディオを通して流れるノエルの声に目を剥いた。数秒とかからずに端末から銀行にアクセスされては、たまったものではない。


「企業は軍産複合体プルートス傘下の鉱物商社です」

「ふむ、で、ラグランジュⅡで発掘した荷物はどこだ?」


 額につきつけられた銃口とケントの間をウラジミールの目が泳ぐ。


「お前、軍警察か? いくら欲し、ひっ!」


 最後まで言わさず、ケントは再びトリガーを引く。チッ、カチリと音がして撃鉄が落ちた。


「まて、わかった! わかった。荷物はうちのボスが引渡しに云った! 取引は明日の午後だ!」

「場所は?」


 言いながら、ケントは再び撃鉄を起こした。


「ステンガルド岩礁の浮きドッグ、くそ、これでいいだろ、もう助けてくれ」


 涙目のウラジミールの隣にケントは情報端末ターミナルを畳んで放り投げた。


「他に何かあるか、お嬢様方」

「あ、一つあるかしら」

「な…なんだ……」


 すっかり怯えきったウラジミールが、意地の悪い笑顔を浮かべるクリスを見つめる。


「ずいぶん、鉱山ギルドから横領してるみたいだけど、私達の事誰かに話したら、ミハイルさんにこの事、告げ口しちゃいますからね? 鉱山ギルドは裏切り者はどうなるんでしたっけ?」


 ……怖すぎるだろ、この姉妹……。張り子のトラのように首をカクカク縦に降るウラジミールを見て、ケントはしみじみそう思った。

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