第27話 出発
「——えっと……いろいろ迷ったけど、これが一番手軽に摂取できる食べ方です……」
夕翔は青い顔をしながら、手作りスムージー10杯分をおぼんに乗せてリビングへ運んできた。
それは花奈たちが摘んできた異臭を放つ草、オレンジ、リンゴジュースからできており、一見、安全安心の健康ジュースに思える……。
異臭はもちろん消えずに残っていた。
「夕翔様、ありがとうございます。妖術で臭わないようになっていますから、ご心配なく」
「そっか……安心したよ」
いくら臭いを感じないようにしていても、夕翔の頭からは強烈な異臭が離れない。
明らかにまずい、と夕翔は確信していた。
伊月は笑みを浮かべたままゴクゴクと飲み始め、1杯目をあっさり飲み干す。
「ちょうど喉が渇いていたので助かります!」
長風呂だった伊月は喉を潤そうと、休憩を挟まず2杯目、3杯目もどんどん飲み干していく。
「まじか……うっ」
夕翔は味を想像してしまい、吐き気を催していた。
「なんでゆうちゃんが気持ち悪くなってるの……? たとえ味がわかったとしても、伊月は根性で飲めるから問題ないんだよ〜」
「そ、そっか。伊月さん、すごいな……」
そして、数分足らずで伊月は10杯の異臭スムージーを完飲した。
「夕翔様、ごちそうさまでした。さすがにお腹がいっぱいです」
伊月はニコニコしながら言った。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
——伊月さんはいい子だな……。花奈と姉妹なのに、所作や言葉遣いが全然違う……。花奈はどういう教育を受けてきたんだ?
夕翔は今までの花奈の異常とも言える行動を振り返りながら、花奈を横目で見る。
「ゆうちゃん、どうしたの? 私に見とれてた〜?」
花奈はニヤニヤしていた。
「はあ……そういうことにしておいて」
——こういうこと言わなければな……。俺は花奈の外見以外でどこが気に入ったんだっけ……?
夕翔は腕を組み、難しい顔をして考え始める。
「ちょっと! その反応は何? 私を選んで後悔してるみたいな……?」
「そ、そんなことないよ。はははっ」
夕翔はわざと焦った雰囲気を醸し出した。
「ゆうちゃん?」
花奈は目を細め、夕翔の顔を覗き込む。
「ほら、そろそろ準備したら? 荷造りも終わってるんだし。ね、伊月さん?」
「そうですね。姉上、お願いします」
「まあ、いいわ。あっちに行ったら、とことん追求するから……」
夕翔は花奈の鋭い視線から顔を背けた。
「まずは、それぞれの式神たちを収納して」
「うん」
「はい」
夕翔はモモを体内に保持し、伊月は掌に3体の式神を吸収した。
「次にこの家の妖力を全て吸収させてもらうね。ゆうちゃん、いい?」
「どうぞ」
花奈は夕翔と伊月、夕翔のボストンバッグを1つの球体状結界で囲んだ後、リビングの床にくるみ程度の種を1つ置いた。
すると——。
種から細い根が下に生え、双葉が発芽した。
そこまでは可愛らしい見た目だったが……。
家の妖力を吸い上げ始めるとすぐ、根は床に張り出して太くなった。
そしてそれに伴って茎が伸びて太くなり、枝分かれし、葉が増え……夕翔たちよりもどんどん大きくなる。
そのスピードは尋常じゃないくらいに早かった。
「伊月さん、あれは……花ですか?」
しばらくして、数個の赤色のつぼみが花開く。
その花は5枚の肉厚な花びらを持ち、中央には大きな口と紫色の牙が見えていた。
「そうですよ。私たちの世界に存在する妖植物・
伊月はニコニコしながら答えた。
バリバリッ!!!
ガリガリッ!!!
拉触刺荒は大きな咀嚼音を立てながら、荒々しく夕翔の家を食べ始めた。
花の1つはキッチンは3口で食べ終え、一気に2階の床を食い荒らしていく……。
「うわ……」
あまりの惨状に夕翔はドン引きしていた。
「いい食べっぷりね〜。きっと、ゆうちゃんの家は妖力をたくさん蓄積しているから、美味しいんだよ。お布団とか最高なんだろうな〜」
「き、気に入ってもらえて光栄だよ……」
——これが近所の人とかに見えてたら、驚くどころの騒ぎじゃないよな……。
夕翔は苦笑するしかなかった。
「グエ゛ーーーーッ……」
夕翔の家を完全に食べ尽くした拉触刺荒は、大きなげっぷをした。
家があった場所は地面がむき出しで、配管が丸見えの状態だ。
伊月と一緒に上空から眺めていた夕翔は、あまりの早さに目を見開いていた。
「お疲れ様〜」
花奈はそう言いながら拉触刺荒を撫でると、再び小さな種子に戻った。
「次は……」
花奈は種を回収した後、家の跡地を覆うように魔法陣を展開した。
すると、その土地の上空から地下に及ぶ空間が全て切り取られる。
一瞬のうちに両隣の家は土地ごとずれ、夕翔の家があった場所は完全に消滅した。
「これで、この世界でやることは完了したよ」
「俺に関すること全てがこの世界から完全に消えたんだな?」
「うん」
「後腐れなく離れられるのは助かるよ。いろんな人に迷惑がかかるから」
夕翔は自分の家があった場所を上空からぼんやりと眺める。
——親の肩身も全部なくなって少しは寂しさを感じるかと思ってたけど……意外にも清々しい気分だな。
これからも隣には花奈がいるからだろう、と気づいた夕翔は、花奈と目があって少し照れ臭くなる。
「よし、これでこの世界はさよならだな」
夕翔は花奈に微笑みかける。
「うん。時空の狭間へ行くよ〜!」
「うん」
「はい!」
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