その16 口内物を吹き出すほどの
部室で一度解散した僕たちはその後、学校から少し離れた場所にある街道沿いのファストフード店に集まることになっていた。
僕を含む通信技術愛好会のメンバーが奏音と一緒にいるところを他の生徒に見られて、後々面倒なことにならないようにするためだった。
乙華先生も来たがった。
仕事が終わるまで待ってて、とか言っていたが、無視した。
この人が生徒指導担当だなんて、北坂高校はどうかしてる。
通信技術愛好会の三人は、すでに四人がけの席を囲んでいる。
麗と吠場が椅子に座ったので、僕は壁沿いのシートに座った。
吠場はもうベーコンエッグバーガーセットを食べ終えそうな勢いだ。
「それにしても遅いわね、菫屋」
「通り道だから着替えてくるって言ってたけど」
「パンツはき忘れて一回家に戻ったとか」
奏音の場合「そんなわけねーだろ!」というツッコミが成立しない。
「ごめーん! おまたせー!」
そのとき、トレーにセットメニューを乗せた奏音がやってきた。
その姿を見た瞬間、僕と麗はドリンクを「ブーッ!」と吹き出した。
奏音の服装はジャンルでいうなら“ゴスロリパンク”になるのだろうか。
袖やボタンの周りがやたらとヒラヒラした白いブラウスに、こちらも必要以上にヒラヒラした黒いワンピースという組み合わせだった。
脚元は白と黒のニーハイに、やたらと革のベルトがついたエンジニアブーツ。
髪はいつも遊ばせている毛先をぺたっとさせただけ。
一瞬ミスマッチにも見える黒縁の大きなメガネは逆にアクセントになっていた。
まあ、なんだ。
普段のイメージから想像もつかないジャンルの服装だけど、よく似合っていた。
「ごめんごめん! 服着替えるだけで、顔まで作ってる時間なくてさー」
そういう問題じゃない。
なんかキャラまで変わった気がする。
「菫屋サンすごいよ! もうその格好で学校にいこう!」
吠場は黙っていてくれ。
「あはは、ダメだよ、だってこれスカートに見えるけどスカートじゃないもん、ほら」
すごく短いスカートに見える。
けしからん! と思ったが、どうやらキュロットスカートのような構造になっているらしい。
いちいち見せなくていい。
それにしても奏音と吠場の会話が異次元すぎる。
奏音は僕の隣りに腰を下ろすと、腰と腰が密着して肘がガスガスぶつかるほどに間を詰めてきた。
こいつはあまりそういうことを気にしないのだろうか。
いい匂いがする……と僕が思った瞬間、麗の目が細くなって光った。
「ごめんなさい、ちょっとそっちに荷物置いてもらえるかしら」
麗は有無を言わさず自分のカバンを僕と奏音の間に放り込んできた。
それを見た吠場がポテトの最後の一本を口に運ぶ手を止めた。
瞬間、麗は吠場の肩をどついた。
「ォゥフ! ごちそうさまです!」
「あはは、麗ちゃんも吠場くんもおもしろいね」
「いやしかし……はじめてスカート姿を見たときも驚いたけど、私服もすごいな……」
「あ、これ? でも、こっち系のは一張羅だよ。せっかく学校の外でみんなに会えるから、嬉しくて気合入れすぎちゃって……」
確かに奏音は嬉しそうに見えた。
こうやって会うことを声に出して「嬉しい」と言われたからか、麗の表情が少し緩んだように見えた。
「菫屋は休みの日に友達とでかけたりしないわけ?」
「しないよ。そんな友達いないもの」
いねえのかよ……。
麗は「へえ……」と言って、なにかを察したようだった。
「昼休みによく一緒にる子とかに、遊びに行こうって誘われることもあったけど、さすがに休みの日まで王子様やるのも、ね」
そうでなくとも奏音は一人で壁ドンをしてしまうくらい“乙女”に飢えていたのだ。
休日まで王子様をやらされたのでは、気が狂ってしまうだろう。
「私の家は三人兄妹でね、上二人が兄なの。小学生くらいまでは着る服はずっとお兄ちゃんのお下がりで別になんの不満もなかったんだけど、中学に入ったくらいからかな。可愛い服が着たいんだけど、なんか恥ずかしくて、言えなくて……」
奏音は何年も前から私服でも“乙女”に飢えていたようだった。
だとしたら、このゴスロリパンクもその反動なのだろう。
ちょっと予想の斜め上だったけど。
「だったら、一刻も早くスカートはかないとダメじゃないのよ」
麗の言い方は突き放すような感じだったが、奏音に対してそんな風に言うと思ってなかったので、ちょっと嬉しくなった。
「んぐッ!?」
控えめに口元だけ微笑んでしまったのがバレたようで、机の下で麗に蹴られた。
「さっさと食べて、作戦会議を始めるわよ」
「ボクはもう食べ終わっちゃったんだけど」
「じゃああたしたちが食べてるとこ見てなさい」
「ブッヒィ!」
よくしつけられた豚だ。
「あはは、麗ちゃんと吠場くん、ほんとにおもしろいね」
うん。奏音も大概だと思う。
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