41話 日英交渉 その7


「三木さん、重要なお話しがあります」


「何でしょうか?殿下」


「私の7歳下の妹である『モニカ』を、日本に留学させてくれませんか?」


「ええ?それは一大事なことですね」


「既に私の横にいるチャーリー卿や、病床にいる父上も了承済の事なのです」


「これは私がいくら全権特使であっても、私の一存では決められないことなので、日本に至急連絡を取りたいと思います。

 そこで、一旦この場を離れさせて頂きます」



 三木は玲美を通じて沙理江に連絡を取り、妹の日本留学の件を問い合わせたところ、二つ返事で総理からOKがもらえた。


 三木は再び席に戻り、王女に妹の留学の件はOKである旨を伝えた。



 王女は、メイド長に妹をこの会議室まで連れて来るよう指示を出し、3分後に妹は会議室に現れたが、その姿は整備スタッフと同様の作業用つなぎ(袖付オーバーオール)を着用し、金髪ショートボブカットにワークキャップ(作業帽)を被った王族とは思えない雰囲気の機械女子がそこに立っていた。


「モニカ、三木さんに御挨拶を」


「初めまして三木さん。私、モニカと言います。宜しくお願いします。

 あ、そうだ。お昼のうな重弁当ですか。あの味、最高です。

 日本は食べ物だけでなく、先端技術も沢山あると聞きました。

 それを考えると、留学することにワクワクしちゃいます」


「コレッ!モニカ、はしたない」


「ハ~イ、済みません、お姉様」


「済みません、三木さん。

 この妹は小さい頃から機械いじりが好きで、3歳前後に宮殿内にある時計等を片っ端から分解する始末で、それを止めさせるために宮殿に隣接している馬小屋の横に自動車整備工場を建てた位ですから」


「それは丁度良いです。

 我が国からのプレゼントした自動車が死蔵しなくても済みますから。

 それと、確か妹さんの年令は15歳ですか。

 日本ではハイスクールで入学できる年令ですね」


「この妹を、日本のお嬢様学校ではなく、男子生徒が大勢いるエンジニア系の学校で良いですから、是非先端技術を学ばせて下さい」


「分かりました、殿下。妹さんを一人の淑女(レディー)ではなくて、一人の技術者(エンジニア)として立派に学ばせることをお約束しましょう」



「モニカ。ドレスでなくて良いですから、作業服から平服に着替え日本へ行くために荷物をまとめなさい」


 モニカはメイド達に連れられて、着替えと日本へ旅立つ準備のために別室に向かった。


「殿下、王族や貴族等の親類を他国に送ることは人質外交と呼んでいますが、我々の国ではそのような風習は150年程前に無くなりました。

 ですから、今回は妹さんを一人の留学生としてお預かり致します。


 次回コチラに来るときは我が国の外相を連れ、英国側と同盟を締結したいと考えております。

 それと一つ提案したいことがあります」


「三木さん、その提案は何でしょうか?」


「この同盟を機に、日本と英国の子女による交換留学制度を始めませんか?」


「それは素晴らしい提案です。教育関係者に検討させたいと思いますが、ドイツとの戦争が終結した時点で交換留学制度を始めたいと思います。

 それと、我が英国との同盟締結の件、宜しく願います」


「分かりました」



 この後、日本側の技術スタッフを数名残し、三木一行は王女殿下の妹であるモニカを連れて日本に帰国した。




 その3カ月後、三木は有川外相を伴って再び英国を訪れていた。

 訪英理由は、日本と英国間の同盟締結の為であった。

 この同盟は軍事同盟であったものの、過去に同盟が結ばれていた形のものとは大きく違い、軍事的協力の部分は日本側からの兵器提供という一方的な形でしかなかったが、日本側には英国側と手を組むことにより、世界の半分以上の貿易的な利権(覇権)を得ることが出来ることが何よりの得策であった。



 その同盟成立と並行して、日英間では互いに最恵国待遇としての規定を定めた他、日本及び英国の連邦内においても最恵国待遇は極めて有効であった。


 今回の同盟で一番重要だったのは、オセアニア各国が英国連邦から日本連邦に移譲するものであった。

 表向きは自治国家であったが、元は英国の植民地であり、植民地の統治権を日本に譲渡したことに他ならなかった。


 また、英領マラヤ、ビルマ州の独立、シンガポールの共同統治等を含めて、先のオセアニア自治領と併せて、これらの英国連邦から日本連邦への移譲は、日本が英国を除くアメリア及び欧州諸国へ宣戦布告を宣言した際、英国側から同時発表する手筈となったいた。


 英領マラヤに関しては、宣戦布告後に日本軍が現地に到達した時点で、英国軍から日本軍に占領地を引き継ぎ、ビルマ州も同様で隣接しているインド領に引き揚げした時点で、日本主導の下で国家独立し、その後日本連邦に加入することとなった。


 またシンガポールについては、1年おきに総督を交代する形で、両国から順に総督を派遣統治するものとした。


 なお、オセアニア各国の中で、オーストラリア、ニュージーランドについては、日本軍は両自治国が友好的、敵対的に関わらず、連邦移譲から3カ月間は手を出さないとの盟約を英国と交わした。


 何故3カ月間の猶予を両自治国に与えた理由は、オセアニア諸国では白人至上主義を振りかざす白人達が多数居住しており、これら白人達の国外脱出及び移民先の斡旋を英国側に働き掛けてもらうためであった。


 さらに、中国は英国統治下の元で民主主義国家建設に努め、後年中国は英国連邦に加入した。

 コレと並行して英国領としての香港、マカオ、上海を日本へ割譲することになった。


 日英同盟と英国連邦領、日本連邦への移譲やシンガポール共同統治等の発表は、日本時間1941年11月25日午前0時を持ち、英国を除いた欧米諸国並びにソ連に対して日本国が宣戦布告時に発表する手筈となった。



 一方で日本は英国側に2つの依頼をしていた。


 1つ目は、フランス領インドシナとオランダ領インドネシアの植民地統治権を日本へ譲渡する内容であった。


「三木特使、この2カ国は我が英国から働き掛けをしても、絶対応じないと思いますよ」


「分かりました、チャールズ閣下。

 それでは、日本軍がこの両植民地への武力行使により、フランク、ホランド軍の負傷者を含めた捕虜が出た場合は、とりあえず英国本国で預かっていただきたいのです」


「そうですね、三木特使。彼等の本国は現在ドイツの占領下にありますので、帰国したくても出来ないでしょうから、その件はコチラで引き受けたいと思います」


「宜しくお願いします」



 2つ目の依頼は、マダガスカルの英国連邦から日本連邦への移譲であった。


「三木特使、マダガスカルを日本連邦に組み込むのはどういう理由ですか?」


「ハイ、現時点でアフリカ大陸をドイツと英国が統治していますよね。

 2カ国のアフリカ統治状況を日本が監視する場所が欲しいところです。」


「日本に監視されるのはチト怖いかも?」


「ハハハ、コレは対外的な世界平和のために覇権国家が互いに牽制しているというパフォーマンスに過ぎず、あくまで表向きでの建前です」


「ズバリ、本音は何ですか?」


「インド洋での遠洋漁業基地が必要なためです」


「なるほど、流石に魚好きな国民のことはありますね。宜しい、その件は後日ドイツと和平した際に、領土交渉の段階で検討致しましょう」


 日本側の本当の本音は、遠洋漁業基地だけの確保だけではなくインド洋での制海権を確保するための日本海軍基地と空軍基地の設営、さらにマダガスカルに生育するバニラビーンズの安定確保に他ならなかった。



「三木さん、妹のモニカは元気にしていますか?」


「ハイ、殿下。東京高等専門学校の機械科に入学しました」


「東京高等専門学校ですか。どのような学校なのですか?」


「我が国の高等専門学校は、高校と短大が一緒になった5年制学校です。

 その学校で専門的な知識を学ぶわけです」


「そのような学校だと、男子ばかりで、妹がのけ者にされませんか?」


「その点は心配無いみたいです。ここ十数年我が国では機械女子を含めて男性しか興味を持たない分野に、ドンドン女性が進出しています。

 その中でも妹さんは一際カワイイから、入学当初から学校のアイドル的存在で、同級生や在校生から大事にされているようです」


「それを聞いて安心しました」


「それより国王の具合は如何ですか?」


「医師団の話では、余命3カ月前後かと」


「そうですか、もう少し長生き出来れば良かったのですが。

 失礼ながら、病気の原因は何でしょうか?」


「ズバリ言って、肺ガンです。病を発症する前までは、紙巻きタバコを1日に100本前後吸っていましたから」


「かなりヘビースモーカーだったのですね」


「私とすれば、国王の病気の主原因を公表して英国民の喫煙率が下げることになれば、肺ガンに罹る人が少なくなることに繋がればと思っています」


「懸命ですね、王女殿下は」


「私の女王即位も早まりそうです」


「日本側も色々準備しておくように、総理にその事を伝えておきましょう」


「宜しくお願い致します」



 有川外相と三木達一行は英国との軍事同盟締結後、一通りの日程をこなして帰国の途についた。

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