5章 第14話

 映画『記憶の片隅に』のキャストと公開日が同時に発表された時はちょっとした騒ぎになった。

 RINの準主役代理出演とREIKA初主演で『記憶の片隅に』は話題を呼んだ。RIN復活には賛否もあったが、世間の波としては『まあREIKAが主演なんだし、別に良いんじゃない?』と許容されている節がある。REIKA人気は日が経つごとに伸びているようで映画の撮影中よりも世間では騒がれていた。REIKA人気のお陰であまり叩かれなくて済んだ、と言えなくもない。

 玲華はと言うと、映画の撮影が終わったら終わったで、相変わらず引っ張りだこ。CMだけでなくバラエティー番組でもたまに目にするようになった。おそらく映画公開時までにもっと知名度が上がっていて、『記憶の片隅に』の集客にも繋がるだろう。

 ちなみに映画公開は3月末。12月の頭に撮影が終わって3月末公開だから、割とペースとしては早い。

 ポストプロダクション、通称ポスプロと呼ばれる撮影後の映像編集期間は、通常半年くらいかかるものらしいが、今回の『記憶の片隅に』はCGの使用などがないため、3か月程度で十分だそうだ。時代に反して、とことんアナログな映画なのだと言えよう。それだけに、作品のストーリーや役者の演技に全てがかかっている作品だとも言える。

 昔の映画を面白いと思えて最近の映画をつまらないと感じるのは、おそらく何でもかんでもCGに頼り過ぎるところなのではないかな、等と個人的には思っている。

 この作品に関しては、現実的な恋愛作品だ。CGなどはむしろ邪魔と言ってもいい。玲華と凛、そして陽介さん3人の演技力に掛かっている。

 REIKAの人気が高騰しているお陰で、RIN出演のニュースは物議をかもすほどにはならなかった。凛からすれば癪なところもあるのかな、と思って訊いてみたが、「全然♪」だそうだ。もう玲華をライバル視しなくなって、一個人として応援していると言っていた。

 ちなみに、凛は玲華とあれ以降電話やLIMEでやり取りを続けているらしく、なんだかんだで仲良くやっているらしい。こちらとしては不安要素しかないわけだけども、何を話したか訊いても「ナイショ」と逃げ切られてしまう。

 しつこく訊いて教えてもらった事は、玲華が凛に対して卑怯な手を使った事に対して詫びてきた事と、凛はそれを「もういいよ」と許した事。それと、俺の事があったにしろ、2人はこれからも友達であり続ける事を選んだという2点だ。そこに関して、2人にどんなやり取りがあったのかは知らないし、言ってくれない以上は無理には聞けない。女同士の何かがあるのだと思う。

 ただ、あれだけバトって、俺としてもケリをつけた元カノが今カノと友達関係を継続するのは、どこか気まずいというか、もやっとしたものが残るが⋯⋯それは言うまい。これは2人が選んだ事だ。


◇◇◇


 さて、そんなこんなもありつつ、今日は12月20日の土曜日。インターネットテレビ局アメバTVの公開スタジオにて、映画『記憶の片隅に』の番宣生放送企画だ。

 長野からの道中、凛はやっぱり緊張を拭いきれない様子で、新幹線の中では俺の手を握っていた。

 東京駅に着いてからは、渋谷の宇田川にあるアメバタワーを目指す。アメバタワーの1階にアメバTV公開スタジオが入っているのだそうだ。

 アメバタワーは渋谷のハンズ近くになるとの事で、しらばく渋谷も歩かないうちに変わったもんだなと思わされる。

 東京にいた頃、俺はそんなに渋谷には来なかったからだ。凛は渋谷や原宿で撮影が行われる事が多かったらしく、それなりに慣れているとの事。さすがモデル。

 ハンズ前までくると、玲華のマネージャーの田中が俺達を待っていてくれて、アメバタワー内まで案内してもらえた。


「ハーイ、リン♪」

「あ、玲華! ハーイ♪」


 共同の楽屋に通されると、凛と玲華はそんな軽い挨拶を交わした。

 あれだけのバトルがあったのが信じられないほど、仲が良い。俺との事があったなんて微塵も感じさせないほどの普通っぷり。なんだか映画撮影初日の違和感を思い出す。


「⋯⋯ハーイ、ショー」


 玲華は少し迷ったけれど、俺にもいつもの挨拶をしてくる。俺も「お、おう」と少し微妙な態度で返してしまったし、やっぱり今まで通りってわけにはいかない。距離感がわからない。


「まさかこんなに早くに会う事になるとはねぇ」

「全くだよ」


 こっちはもう二度と会わないくらいの気持ちで話したのに、2週間後に再会してるとは思わなかった。

 あれだけ泣き合ったのだから、やっぱり俺達の間の空気は、気まずいというか、居心地が悪い。彼女の泣きじゃくった姿と、バスに乗った時に見せた笑顔が脳裏を過って、胸が痛む。他人ではないはずなのに、他人のように接さないといけない。この何とも言えない距離感が、きっと今の俺達の距離なのだろう。

 ちょうど良いタイミングで田中さんが玲華を呼んでくれたので、それ以上変な空気にならずに済んだ。

 凛は困ったような笑みを浮かべていたが、何も言わなかった。


「よっ、リアル達也!」


 肩をポンと叩かれる。

 こんな最悪なタイミングを見計らって最悪な呼び方をしてくるのは、山梨陽介の他ならない。


「その呼び方はやめてくださいって⋯⋯」

「あ、もう違うんだっけ? ぎゃっはっはっ」


 くそう。面白がりやがって。 しかし、この人には高い給与をもらっている恩もある。多少の事は目を瞑らなきゃいけない。

 それに、暗くなりかけていたところをこうして茶化してくれるあたり、きっと彼は敢えて空気を読まないで、気を遣ってくれているのだろう。


「山梨さんも、あんまり翔くんの事からかわないでくださいね」


 凛が少しむっとした表情を作って、陽介さんを咎める。もちろん演技だ。


「うお、こわいこわい」

「今日の翔くんは私のマネージャーなので、私には彼を守る義務があるのであります!」


 なんだかまたあの演説家みたいな話し方をしている。

 多分、凛は凛で緊張しているのだろう。まだ出番まで少し時間があるが、それを紛らわせたいのだ。


「あ、そうだったのか! 凄いじゃないか」

「いや、マネージャーっていうか、ここに入る為の名目上の役割なんで」

「そうか? まあ、君はそういうの向いてると思うけどな。この前も話したけど」

「まあ、それはまたおいおい⋯⋯」


 そんな風に話しながら、数週間ぶりの陽介さんとの会話を楽しんだ。

 陽介さんがいると、俺の気持ちも幾分かは楽だ。思った以上に彼に心を許している自分がいて、驚いてしまう。こんな風に、兄貴分として頼れる人が今までいなかったからかとしれない。兄貴分が有名俳優だなんて、ちょっと俺には勿体ない気もするけれど。それでも、俺は彼が有名俳優であろうがなかろうが、信用していたであろう事は間違いない。


 それからすぐに凜達は打ち合わせが始まった。

 俺は、その打ち合わせを関係者面して聞いておくしかできないのだが⋯⋯どうやら、陽介さんと玲華が映画の宣伝をした後に、凛に話が振られるという流れのようだ。


(これは⋯⋯もしかすると大変な場所じゃないか?)


 凛が何を話すつもりなのかは聞いていない。凛が話したい事を心の赴くままに、後悔のないようにだけ話してくれたらそれでいいと思う。

 もしそれで炎上したとしても、彼女は玲華のように仕事が立て続けにあるわけではない。しばらくネットなんかを見ないようにして、俺がずっと一緒にいてやれば済む。

 ただ、できれば⋯⋯凛を傷つけるような誹謗中傷だけはやめてやってくれ、とだけ願った。

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