3章 第16話 玲華の急襲③

「美味しそう。いただきまーす」


 玲華がニコニコしながら、フォークとスプーンを使ってくるくるっとパスタを巻いた。俺もそれに続いて本日のパスタことたらこパスタを頬張る。


「えっと、REIKAちゃんはずっとこっちにいるの?」

「そうだね。今月一杯はこっちにいるかな」

「学校は?」

「一応公休扱い。膨大な課題と引き換えにね」

「⋯⋯うへぇ、大変そう」

「ほんとに。課題終わらせようと思うと寝る時間削るしかなくてお肌に悪いのよね」


 玲華と純哉がそんな会話を交わしていた。

 恐ろしいほどに、玲華はこの一瞬でこのグループに溶け込んでしまった。もう自然に話している。

 こいつ、こんなにコミュニケーション能力高かったか?


「じゃあこんなとこで寄り道してないでさっさと帰れよ」


 なんだか癪に障ったので、言ってやった。


「こら翔! REIKAちゃんになんて事を言うんだ!」


 早速純哉が玲華の肩を持つ。

 こいつはすぐに女のほうに寝返るな⋯⋯凛の時もそうだったけど。


「そーよ、ショー。心も体も頭も疲れ果てた私に優しくしてくれてもいいじゃない?」

「はいはい、そうですね。お疲れ様です」

「ほー?」


 やや不機嫌そうな顔を作ってはいるものの、玲華はこんなやり取りを楽しんでいるように思えた。


(本当に⋯⋯こいつは)


 一瞬で時間を巻き戻す技でもあるのだろうか。

 こんな風に話していると、別れた事も、1年以上の月日が空いていることも忘れさせられる。

 一瞬であの頃に戻ってしまうから、怖い。

 今、玲華は愛梨と化粧品の話をしていた。

 男組は全くついていけないので、とりあえず聞き流しながら食事に集中する。

 これ以上玲華のペースに乗ってはいけない。

 こいつは、恐ろしいやつなのだ。

 俺を騙して家まで連れ込んでしまうし、謀略通りに凛も映画に参加させてしまった。

 まともに向き合うと、全部こいつの思い通りに物事を進められてしまうのではないか、なんだか人の心を操る技でも身につけているのではないかと思ってしまうのだ。


「そういえばヨースケに聞いたけど、ショーも撮影くるの?」


 ふと思い出したように、玲華がこちらを向いて聞いてきた。


「ああ、そのつもり」

「いつから?」

「明後日」

「ほー⋯⋯?」


 さっきのと違って、今度は本当に不機嫌そうな「ほー?」だ。若干のニュアンスで違いがわかるようになってしまった。眉根を寄せているかどうかで、本当に不機嫌かどうかが判断できる。

 こうしてそんな微妙な違いで玲華のご機嫌が分かってしまう自分に嫌になる。

 煽っている時、本当に不機嫌になった時、からかっている時、大体この3パターンに分かれている。

 今のは、多分本当に機嫌を損ねた時の声色。


「なんで明後日からなの?」

「別に。陽介さんが好きな時に来いって言ったから」


 本当は凛がその日から参加するからだけど。

 それを言うと、もっと不機嫌になる気がして、言えなかった。


「⋯⋯そう」


 玲華は、視線をテーブルに落として、パスタを口に運んだ。

 心なしか、元気がない。


「え、なんでお前がいくんだよ! ズリィ!」

「うるさいな。成り行き上そうなったんだっての」


 成り行きというか、渡りに船というか、観測者としてというか、なんて言えばいいかわからないが、俺はそこにいなくちゃいけないのだ。理由は俺以外知る必要がないし言う必要もない。


「ていうか、凛の出る作品ってREIKA主演の映画なの?」


 愛梨が気づいてしまった。

 まあ、この流れなら気付くよな。


「あー、まあ、そう。言っていいのかわかんないから、伏せてたけど」

「いいんじゃない? 近いうちアナウンスされると思うし」


 玲華はあまり気にした様子はなかった。

 ただ、凛の許可なく言ってしまうのが、ちょっと気が引けてしまった。


「すげえ! RIN復帰作がREIKAと共演、しかもお互い初の映画出演とか話題性ありまくりじゃねーか!」

「さっき復帰はしないって言ってただろうが。代理だ、代理」


 愛梨が突っ込むが、純哉はテンションが高い。

 確かに純哉の言う通りだ。きっとRINの失踪事件も相まって、REIKAとの共演は話題になる。

 ただ、その過程にあった事を考えれば、気が気でないのが俺である。凛が出る決意をした原因の半分は俺にあると言ってもいい。

 正直、今こうして凛抜きで玲華と会っていること自体、後ろめたさが俺にはあるのだ。


「リンに負けないようにしないとね」


 少し芝居掛かったように玲華が言った。

 ただ、その言葉はどこか切なげで⋯⋯冗談ではなく本心で。

 ちょうど玲華が食べ終わろうかというときに、マスターがホットコーヒーを運んできた。

 そのまま玲華はいつもの調子で話し続け、純哉と愛梨も次第に玲華と話すのに慣れてきて、今はなんとなく談笑している。

 俺は話半分で聞いて相槌を打ちながら、この光景を見たら凛がどう思うのかな、と、そんなことばかり思っていた。

 きっと、彼女からすれば、嫌だろう。

 自分の知らない間に玲華が自分のコミュニティに入ってきて、自分抜きで談笑していて。

 凛からすれば、きっと自分の領域を侵されているように感じるのではないだろうか。

 そんな事を考えていると、玲華のスマートフォンが鳴った。

 液晶画面には『マネージャー』と表記されていた。


「あ、ごめん」


 そう一言言って、玲華は神妙な面持ちになって電話に出る。


「⋯⋯はい。今? 今は商店街の喫茶店。うん、わかった。すぐ戻る」


 はあ、と溜息。


「ごめん、打ち合わせで呼ばれちゃった」

「今からやるのか?」


 純哉は時計を見ながら言った。

 時計は20時を回ったところだった。


「監督の気分次第だからね」


 肩をすくめて苦笑いをした。


「じゃあ、今日はみんなありがと。バーイ」


 玲華は言いながら、テーブルの伝票入れに入ってた伝票を手に取った。


「あ、いいよ! REIKAちゃんの分俺出すから!」


 純哉が玲華を制す。


「いいの?」

「あのREIKAに奢ったって自慢できる」


 純哉はキメた顔を作ってはいるが、言っている事がしょぼすぎた。しかも数百円のセットを。

 愛梨も呆れている。


「あはは、君面白いね。ありがとう! ご馳走様っ」


 純哉に彼はお礼を言い、小さく手を振ってそのまま店を出ようかというとき、ふと思い立ったように立ち止まった。

 振り返ったところで、俺と視線が交わる。


「なに?」

「⋯⋯ううん、やっぱなんでもない。またね」


 少し寂しげに笑って、玲華はドアを開けて出て行った。


「台風みたいだった⋯⋯」


 愛梨が、以前のマスターと似たような感想を語った。

 きっと、慣れてない人は大体似たような事を言う。台風のようにいろんなものを巻き込んでいってしまうような女。

 それが久瀬玲華なのだ。

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